愛と死の輪廻

栗菓子

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第17話 崩壊

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お気に入りの男娼を奪われた執念深い貴族や、大切な仲間を奪われた恨みは時と共にだんだん積もっていった。

彼らは優秀な調査組織に命じて、ジェイムスなど濃厚な殺人と犯罪疑惑がある貴族たちをなにか証拠はないかと

密かに調べていた。 敵もさることながらなかなか証拠や、尻尾は見せなかった。


しかし、如何なることか、あるところに埋められていた証拠となる宝石や、ボロボロになった衣服などが、天の采配だろうが、飼い犬を散歩させている途中、いつになく飼い犬が興奮したように、リードの紐を引っ張り、飼い主は面食らいながらもいつもの飼い犬の様子と違い、ためらいがちに飼い犬の思うままにさせた。

すると、いきなり犬は土を堀りはじめ、興味があるものを探し当てた。ボロボロになった衣服に纏いつくかすかな異臭。嗚呼。死体の腐りかかった肉片だ。骨らしきもののあった。白い手の骨のようなものをみた飼い主は瞬時に犯罪の証を探し当てたのだと悟った。


国の警察に、飼い主は血相を変えながら訴えた。震えながら犬を大事に抱えていた。

いつもは完璧に処理をする死体処理人が、偶々具合を悪くして、弟子や他の業者に任せたのだ。
その弟子や、他の業者はその死体処理人に比べたらいい加減で、薬中毒だったため、なかなか判断力がつかず、
無造作に処理し、いつもと違ったところに埋めた。

それが、証拠の発見となり、ジェイムスの首に死神の刃がかかった時だった。

優秀な警察や、調査委組織はその証拠をもとに、死体処理人のアジトや、犯罪組織とのつながりの或る貴族を一網打尽した。

その中にはジェイムスの犯行となる証拠と、手足となった業者の自白も決め手となり、逮捕は間近だった。

ジェイムスは、その暴露を知り、逃亡しようとしたが、既に退路はふざかれている。

彼は己の破滅を予感した。そして執着している妻アンと最後の遊戯をしようと思った。



ジェイムスは、開発されたアンの身体をゆっくりと堪能して、優しく抱擁した。
はじめてジェイムスはアンを大事な宝物のように、抱いた。

これにはアンも面食らった。いつもと違う暴力的な性交と違って、蕩けそうな甘い性交だった。

「なあ・・アン。俺は俺なりにお前を妻として愛していた。女でも抱けたのはお前だけだ。」

それはジェイムスなりの愛情表現だった。

アンはそのいつもと違う夫の抱擁に、嗚呼ついに破滅が来たのだとアンは感じた。

彼は処刑されるか、生涯幽閉されるだろう。一体どのくらい無辜の人を殺めてきたのか?

アンはジェイムスの異常心理や性癖が解らなかった。世の中にはそういう異常者もいると聞いたけど・・

まさか夫がそんな人とはアンはいまだに信じられなかった。


アンはわたしもころされるのだろうか?とぼんやりと媚薬に犯された頭で考えた。

ジェイムスは彼なりにわたしを愛している。死ぬのは嫌だが、彼の奇妙な愛はどこか心地よかった。

わたしは彼の妻として殉死したほうがいいのだろうか?

アンにはわからなかった。夫が異常性癖で快楽殺人者の貴族と判明したら、アンの実家も大いにダメージを受けるだろう。アンは針の筵として、夫を抑制できなかった共犯者の妻として囚われるかもしれない。

世界の酷薄さはアンも知っていた。僅かな情でアンは生き延びていた。


わたしは彼の愛を受け入れて、彼との人生をともに終えるべきなのかもしれない。

これがわたしの運命なのだ。

アンは無意識に、ジェイムスを夫として、最後の運命を共にしようとした。


味方になってくれた戦士の男と、娼婦の女の意識が心配そうにアンを見守っている。
美しい男娼と醜い男も何故か親身になってくれた。

それが気になっていたが、アンは覚悟を決めて、自分からジェイムスを抱きしめた。
初めてだ。ジェイムスの背中に優しく腕を手を絡めるのは。

アンは母親のように、ジェイムスを抱きしめた。

まるで世界に二人だけの世界に生きているようだった。

深海に二人だけ沈む感覚だった。

ジェイムスは僅かに目を見開いたが、母親の胎内に還るように彼は、目を閉じてアンの抱擁を受け入れた。

その時だけ、アンとジェイムスは偽りなく夫婦だった。

「貴方を愛しているわ」

アンは最初で最後の愛の言葉を小さくジェイムスに囁いた。偽りなき真実の心で告白した。

ジェイムスは少し悲しそうな顔でアンの愛を受けいれた。


ジェイムスが、なにか酒をわたしに飲ませた。意識が遠くなる。漆黒の闇に沈むようだった。嗚呼毒だ。
彼は破滅する前にわたしを毒殺したんだ。

彼の心はわからない。唯、愛はわかっている。

わたしは彼の奇妙な愛を受け入れ、わたしも彼を愛した。

それが破滅であってとしてもいいだろう。

わたしが死んだ後、ジェイムスはどうなるのだろう。わたしは彼が心配だった。不思議と心は穏やかだった。


これがわたしだ。とるにたらない凡庸なアンは妻として、夫ジェイムスとの奇妙な愛を構築した。

「「馬鹿な女だ(ね)」」

悲し気な呆れたような声がかすかに聞こえた。嗚呼彼らだ。許して。でもこれが私の運命なのよ。わたしはわたしなりに戦って、彼の愛を受け入れ、愛したわ。

例え、それが破滅と死の運命であっても・・わたしは確かに彼を愛した。

わたしの意識は完全に闇に沈んだ。


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