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048 北国プロイセンで砂糖づくり。

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俺はプロイセン公の態度が一変したことに驚く。

「あの技。さぞや名の有る武人とお見受けする。武人に対しては武人としての礼があるもの」

「父上はドイツ騎士団の総長であったからの。武人に対しては目が無いのじゃ」

エリーザベトが俺に耳打ちをする。
聞けば、助け戦で参戦していたリヴォニア戦争から帰還した父を喜ばせようと思ってあの商会に出向いたという。

「太郎殿は他にも刀をお持ちであろう。父上に見せてはもらえんかの?」

頼み込むエリーザベトに俺は「いいですよ」と返して、公の執務室へと戻る。
執務室の片隅にあった作業台の上に刀剣と甲冑を並べるとプロイセン公の目が輝いた。

「これは見事なものだ」

プロイセン公はしげしげと武具を眺めつつ唸った。
護衛の騎士達も興味深そうに見つめている。

「どうぞ、皆さんも遠慮なさらず」

「そうだ。お前達も見てみるといい」

「ハッ」

公の許しを得て武具に見入る彼らも感嘆のあまり言葉が続かない。

「単なる武具ではなく。美術品としての価値もあるとは何とも素晴らしいものだ」

プロイセン公とエリーザベトがそう評したので、俺も自分の考えを述べることにする。

「飾りというのはそういうものだと思います。
 充分な実用性がありながら、それを敢えて主張せず、ひっそりと存在しているから飾り足りうるのだと。
 実用を自己主張しないけれども、いざという時には実用に耐え、頼りとなる装備であってこそ飾り足るのではないでしょうか?
 いたずらに華美へと走り、実用性に欠けたお飾りでは本当の意味での『飾り』足りえないものと思います」

「なるほど。貴殿は実に面白い見方をされる。勉強になった」

頷きながらプロイセン公は喜色を浮かべた。
娘のエリーザベトも父親が満足げなのを見て微笑する。


「さて、では商談といこうではないか」

プロイセン公が真面目な顔をして俺に告げた。

「この剣とこの剣、それとこの甲冑を買い受けたい。代金はいかほどであろうか?」

「お代金銭以外でもよろしいですか?」

「別に構わんが、プロイセン公国を所望する、などは駄目だぞ」

「それは心得ております」

「では何を望むのだ?」

「飼料用のビートを貰えませんか?」

これにプロイセン公は面喰ったようで、しきりに目をしばたたかせている。

「そんなものを幾ら積んだところでこの武具の価値には釣り合わんぞ。
 一体、いかなる考えによるものだ?」

「これ」

エリーザベトも疑問を挟んできたが、父公がそれをたしなめる。

「かまいませんよ、エリーザベト様。
 私は飼料用のビートから砂糖を作りたいのです」

「……は?」

俺の発言には皆が驚いたようで、お市以外の全員が俺を見ている。

「太郎。飼料用のビートから砂糖を作るなどとお前は気でも狂ったのか?
 あんなもの、土臭くて喰えたものではないぞ。飼料用とはそういう意味だ」

ルイーズまでもが俺の正気を疑う発言をした。

「可能です。何でしたらこの場でビートから砂糖を取り出してみせましょうか?」

「……本当にできるのか?」

「はい」

自信満々に俺が断言したせいで、プロイセン公は考え込んだ。

「父上、ためしにやっていただいても構わないと思います。
 ダメで元々。上手くいったら儲けものということで」

「……ううむ。そうだな。
 では太郎殿。一つお願いできるか?」


城の厨房を貸りる許可を得た俺はその場にいた全員を引き連れてキッチンに向かった。
厨房の人員を含めての調理実演会である。
まず、最初に飼料用ビートを綺麗に水洗いしてもらった。
その間にお湯を沸かしておく。

俺は包丁を手にビートを薄くスライスして全員に配る。

「なんだこれは! 土臭いぞ!」

口に入れた瞬間、お市が思わず吐き出した。
みんな揃いもそろって渋い顔をしている。

「ではこれを茹でてみようか」

そう言うと、俺は薄く切ったビートを鍋に次々と放り込んで煮立てていく。
茹で上がって浮かんできたビートを皿に載せて、俺が試食してみた。

「うん。土臭さがかなり薄れて強い甘みがあるな」

「どれ」

俺の評を聞いてプロイセン公が茹でたビートに手を伸ばす。

「……! 確かに甘い! これはすごい発見だぞ」

公の鶴の一声で全員が茹でビートを口に放り込む。

「……甘い」

「父上、これは我が公国の新たな売り物となりえます!」

「そうだな。とんでもない発見だ」

「いいや、まだまだ、こんなものじゃない」

父娘の会話に割り込んで俺は更なるメニューを展開する。
ポテトチップのように薄切りにした飼料用ビートを煮えたぎる油の中に放り込んだのだ。
音を立てて油で揚がるビート。
油の鍋から甘い香りが周囲に漂いだした。
天ぷらの油切りの要領で油を切ったビートチップを一枚、口に放り込んでみる。

「甘くて美味いな。ちょっとばかり塩をふってみようか」

軽く塩をふると更に味に深みが増した。
土臭さは全くない。

プロイセン公の手がさっと動いた。
次の瞬間、ビートチップは公の口の中へ。

「これは旨いぞっ! 寝酒のつまみにもってこいだ!」

「父上、妾も食べとうございます」

負けずに手を伸ばすエリーザベト。
あっという間にビートチップはなくなった。

「これはいい。これを城のメニューに採用するぞ」

公の命令を受けた厨房員が大急ぎでビートチップの大量生産に着手する。
そのかたわらでアルブレヒト公が俺に申し出た。

「これは公国経済の一大事。貴殿とはもう少し話を詰めねばならぬな」

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