49 / 82
049 プロイセン公国女騎士隊ブートキャンプ
しおりを挟む「驚きの連続で自己紹介と挨拶を交わすのを忘れてしまっていた。申し訳ない」
プロイセン公アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハが非礼を詫びると、
娘のエリーザベトと弟のアルブレヒト・フリードリヒも同時に謝罪を口にした。
「いえ、こちらこそ、うっかりしてしまい。失礼をば致しました」
「では改めて太郎殿。私はアルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハ。プロイセン公だ。
こちらは娘のエリーザベト・ホーエンツォレルンと息子のアルブレヒト・フリードリヒ・ホーエンツォレルン。
我が城へわざわざ出向いていただいたことに感謝する」
そう言って公が一礼したので答礼を返す。
「私は駿河の国は今川家の客で安倍太郎と申す者。
駿河の国はこの大陸を東の果てまで行ったシナから海を渡った先、日ノ本というところにある国にございます。
今回お譲りしました刀剣武具は日ノ本の産であります」
「……なんと!」
「そんな遠くから!?」
プロイセン公親子から驚きの声が上がった。
お付きの護衛騎士たちも仰天している。
「こちらに居りますは私の護衛を勤める騎士のアンジェリカ。
日ノ本よりも北に在るプレスタージョンの王国の貴族の姫にございます」
この説明にお市はむっつりした顔で頷いた。
ルイーズは白けた顔で俺を睨んでいる。
その顔にはこう書いてあった――「アルフヘイムはどうなった?」と。
「……貴族の姫で騎士。
姫騎士アンジェリカ様……素敵」
うっとりとした表情でエリーザベトがお市を見る。
その頬は上気して熱っぽい感じがした。
「……信じられん。プレスタージョンの王国が実在したとは」
何やら考え込むような仕草でプロイセン公が黙り込む。
プレスタージョンの王国はヨーロッパに伝わる伝説だ。
世界の東の果てに敬虔なキリスト教徒の王、プレスタージョンに率いられた強力な王国が存在していて、
いつの日にか、イスラムの脅威に曝される欧州のキリスト教徒を救うために軍勢を発して駆けつけてきてくれるという妄想である。
「……この詐欺師」
ルイーズが俺の耳元でつぶやいた。
「それで次はこいつだな」
俺が促すとルイーズが声を上げる。
「私はアントワーヌ・レグノウ。フランスはユグノーの商人にございます」
胸を張って答えたルイーズに俺は突っ込みを入れた。
「それだけじゃないだろう」
「……ルイーズ・ド・モンモランシー」
渋々といった風でルイーズが付け加える。
プロイセン公がこれにすぐさま反応した。
「モンモランシー公爵家の方でしたか。
ですが、モンモランシー公爵家はカトリックではなかったですかな?」
「いえ、叔父のガスパール・ド・コリニーがユグノーですので」
「その縁でユグノーに」
「はい。そうです。
ユグノーとなった私はモンモランシーの家とは何の関係もありません」
「なるほど、あのコリニー提督の姪御さんでしたか」
しばし二人は貴族同士の会話で盛り上がっていたが、我に返ったプロイセン公が俺に話を振ってきた。
「飼料用のビートは好きなだけ持っていくといい。
だが、それだけでは、今回の件の代価としては安すぎる。
何か望みはないだろうか?」
「では、これからも末永いお付き会いをお願いしたく思います」
「それが代価か……。面白い。
目先の利益を追わずに先々の付き合いを求める。
気に入った。これからもよろしく頼む」
俺とプロイセン公が握手を交わして商談を終えると、待ってましたとばかりにエリーザベトが父にねだる。
「父上、わたくしも騎士になりとうございます」
「エリーゼ。女子(おなご)は騎士にはなれないのだ」
渋い顔でプロイセン公が娘にダメだと言う。
「どうしてでございますか」
「エリー。女の祖であるエバはアダムの肋骨から生まれたのだ。
おなごは男の世界に出しゃばってはいけないのだよ」
なだめ諭す父に娘は反発するしかない。
「あら、そうなんですか。
ですが、プレスタージョンの王国にはアンジェリカ様のように女の騎士がいるようですね。
プレスタージョンは神への信仰心篤いお方と聞いておりますけど、どうして彼の国では良くて我が国では駄目なのですか?
もしかして彼の国の王は神に背いた不信心者なのでしょうか?」
愛する娘にこう問い詰められてはさすがのプロイセン公も言葉に詰まるしかない。
恨めし気にこちらを見ると溜息を吐いた。
お市は俺を睨んでいる。
「はぁ……。そうまで言われては仕方がない。
エリーゼ。騎士となるならしっかり励んで貰うぞ。
アンジェリカ殿。娘をお願いする」
言外に「お前達のせいだからな。責任とれよ」という思いを込めてプロイセン公が頼んだ。
迷惑そうに俺を睨んでから、お市が了承を告げる。
そして翌日からエリーザベト姫の騎士修行がはじまった。
ずらっと整列した一同を前にして俺はため息をつく。
公女エリーザベトの騎士修行の噂を聞いて女騎士志願の貴族の娘たちが幾人も名乗りを上げたのだ。
「どうするのだ。これ?」
小声でお市が聞いてくる。
「もう、こうなったらやるしかないだろう」
「……責任は取れんからな」
二人してひそひそ話をしていると、公女エリーザベトが娘たちを代表して前に出る。
「ではよろしくお願いします。マスター」
「おう。任せとけ」
マスターと呼ばれて、異世界時代のことを思い出した俺は変なスイッチが入り、思わず余計なことを口走ってしまった。
俺は改めて彼女たちを一瞥をくれる。
さすがに騎士志願なだけあって、この場に集合した全員が動ける服装をしていた。
ドレス姿でのこのこやって来るような粗忽者は一人もいない。
「では、手始めに訓練場の内周を駆け足で四十周して貰おうか。
途中で走れなくなったら歩いてもいいぞ。順位をつけるわけではないからな。
だが、絶対に足は止めるな。
立ち止まった者はあそこだ」
そう言って門外を指さすと貴族令嬢達の顔つきが一変した。
落第、即退場であることを理解したのだろう。
「でははじめ!」
俺の号令の下、娘たちは降り積もった雪の中を一斉に駆けだした。
貴族娘たちの足によって、見る見るうちに新雪の藪が踏み固められていく。
「立ち止まるな! 動き続けろ!」
雪の上でスリップした令嬢が転倒した。
「転んでも気にするな! 歩いても構わない! 立ち上がれ!」
「ダー! センセイ!!」
意を決して令嬢が立ち上がる。
再び駆けだした令嬢に俺は檄を飛ばす。
「雪との噛み合わせに気を付けて全力疾走だ! 転ぶなよ!」
何週もするうちに上気してきた娘達は汗を掻き始めた。
バテててきて歩き気味になっている者もいる。
俺はそんな奴らに声を掛けた。
「ただ歩いてばかりだと身体が冷えて風邪をひくぞ! 小走りでもいいから体温を上げる努力をしろ!」
ダラダラ歩きになりかけていた連中が俺の指摘で我に返り、ぽつぽつと小走りになりはじめる。
「冬の運動は寒さとの戦いだ! 汗を掻けば身体が冷える!
風邪をひきたくないなら汗を掻き続けるしかない!」
「ダー! センセイ!!」
娘達が一斉に唱和して、女騎士養成ブートキャンプが始まった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始め
イニシ原
ファンタジー
ダークスローライフで癒しに耐えろ。
孤独になった勇者。
人と出会わないことで進む時間がスローになるのがダークスローライフ。
ベストな組み合わせだった。
たまに来る行商人が、唯一の接点だった。
言葉は少なく、距離はここちよかった。
でも、ある日、虹の種で作ったお茶を飲んだ。
それが、すべての始まりだった。
若者が来た。
食料を抱えて、笑顔で扉を叩く。
断っても、また来る。
石を渡せば帰るが、次はもっと持ってくる。
優しさは、静けさを壊す。
逃げても、追いつかれる。
それでも、ほんの少しだけ、
誰かと生きたいと思ってしまう。
これは、癒しに耐える者の物語。
***
登場人物の紹介
■ アセル
元勇者。年齢は40に近いが、見た目は16歳。森の奥でひとり暮らしている。
■ アーサー
初老の男性。アセルが唯一接点を持つ人物。たまに森を訪れる。
■ トリス
若者。20代前半。アーサー行方不明後、食料を抱えて森の家を訪れる。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる