異世界最強戦士、転生先で戦うことを禁じられる

Wataru

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拳を使わない選択

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 放課後。

 体育館裏で、人の声がはね返っていた。

「だからさ」
「調子乗んなって言ってんだよ」

 乾いた音。

 振り向くと、男子生徒が三人に囲まれていた。

 地面に尻もちをつき、何度も頭を下げている。

「……すみません」

 声は小さく、ほとんど聞こえない。

 それを見て、三人が笑う。

「声ちっせーよ」
「やる気あんの?」

 また拳が振り上がる。

 俺は、一瞬だけ立ち止まった。

 ――殴れば、終わる。

 力を使えば、一瞬だ。

 誰も傷つけず、
 あいつらも二度と近づかない。

 それが、今までの正解だった。

 だが。

 女神の声がよぎる。

『殴れば解決する状況で、
 殴らない選択をする』

『それが修行だ』

 ため息を一つつく。

 仕方なく、歩き出した。

「もうやめろ」

 三人が振り向く。

「は?」

「関係ねぇだろ」

 倒れている男子を見る。

「帰れ」

 それだけ言う。

 男子は、戸惑いながらも走って逃げた。

 残った三人の視線が、俺に向く。

「ヒーロー気取り?」

「お前が代わりってわけ?」

 拳が振り下ろされる。

 避けられた。

 だが、避けなかった。

 顔に衝撃が走る。

 口の中に血の味が広がる。

「……反撃しねぇの?」

 もう一発。

 体が揺れる。

 殴り返せば終わる。

 分かっている。

 それでも、拳は握らない。

「気持ち悪ぃな」

「つまんねー」

 三人は、そのまま去っていった。

 静かになる。

 口元の血をぬぐう。

 痛みはあるが、大したことはない。

 それより――

「……何やってんだ」

 後ろから声がした。

 振り向くと、光一が立っていた。

「問題ない」

 そう答える。

 次の瞬間。

 壁を蹴る音が響いた。

「ふざけんなよ」

 珍しく、本気で苛立った顔だった。

「力使えば、一瞬で終わるだろ」

 黙って聞く。

「ちょっと脅せば」
「あんな奴ら、二度と来ねぇ」

 その通りだ。

 否定はできない。

「殴られる必要あったか?」

 答えは出ない。

 俺は、少し考えてから言った。

「……あいつを逃がすには」
「俺が前に出るのが早かった」

「違ぇよ」

 光一は吐き捨てる。

「一番早いのは、ぶっ飛ばすことだろ」

 沈黙。

「女神に言われただろ」

 俺は視線を逸らす。

「だからって、殴られろって話じゃねぇ」

「最低限の力でいいだろ」

 光一の言葉は、合理的だ。

 正しい。

 昔の俺なら、同じことを言っていた。

 少し間が空く。

 光一が、低く言った。

「……お前、弱くなったな」

 胸の奥が、わずかに痛む。

「昔のお前なら、三秒で終わってた」

 沈黙。

 その通りだった。

 俺は、小さく息を吐く。

「……そうだな」

 終わっていた。

「何のために強くなったんだよ」

 答えは出ない。

 いや。

 出せない。

 力を使えば、守れる。

 だが――

 それだけでいいのかが、
 分からなくなっている。

「……分からなくなってる」

 自分でも、驚くほど素直に口に出た。

 光一は、苛立ったまま言う。

「分からなくなるくらいなら」
「さっさと徳積んで戻ろうぜ」

 あの世界は、分かりやすい。

 強いか、死ぬか。

 それだけだ。

 俺は、壁にもたれた。

「……ああ」

 そうだ。

 本来は、それでいい。

 それなのに。

 さっき逃げていった男子の背中が、
 頭から離れなかった。

 守れたのは、ほんの数分だ。

 明日また、同じことが起きるかもしれない。

 それでも。

 あいつは、今日は帰れる。

 殴られずに。

 それでよかったのか。

 まだ、分からない。

 ただ――

 昔みたいに、
 迷わず拳を振るえる自分は、

 もう、どこにもいなかった。
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