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医務室に残された余白
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目を開いた瞬間、白い天井が視界に入った。
ぼんやりと瞬きをして、状況を理解するまでに少し時間がかかる。
消毒薬の匂い。
静かな気配。
「……ここは……」
声を出そうとして、喉がかすれた。
「お気づきですか、エリナ様」
傍らから声がして、視線を向ける。
そこにいたのは、医務室の侍女だった。
「王宮の医務室です。馬車の事故で倒れられたと伺っています」
――馬車。
その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。
迫ってきた馬車。
背中に回された腕。
強く引き寄せられた感触。
そして――
「……あの人は……?」
思わず、口をついて出た。
侍女は一瞬だけ首を傾げ、それから静かに答える。
「助けてくださった方でしょうか。すぐに医師を呼ばれましたが、今はもうこちらにはいらっしゃいません」
胸の奥が、わずかに沈んだ。
(……いない)
分かっていたはずなのに。
それでも、心のどこかで期待していた自分に気づいてしまう。
助けてくれた人。
あの夜、路地裏で会った人。
そして――
「殿下」と呼ばれていた、あの人。
(……王子様、なの?)
考えた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。
同じ横顔。
同じ声。
同じ距離感。
偶然だと片づけるには、あまりにも重なりすぎている。
けれど。
(……違う、かもしれない)
(……殿下、という呼び方は)
(この国の王子様とは、限らない……よね)
舞踏会には、他国からの使節も来ていた。
王族の血を引く者が、身分を伏せて街中を歩いていても、
不思議ではない。
(……そうだ)
あの人が、
この国の王子様だと決めつける必要はない。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった。
そう思おうとする。
思わなければいけない気がした。
(……本当は)
もし、この国の王子様だったら。
そんな考えが浮かんでしまって、
エリナは、慌てて首を振った。
――だめ。
期待してはいけない。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
妃候補なのだから。
王子に特別な感情を抱いても、それ自体は罪ではない。
それでも――
“あの人”への気持ちと重なってしまうのが、怖かった。
「……ご無事で、本当によかったです」
侍女の声に、はっと我に返る。
「ありがとうございます」
そう答えながら、エリナはそっと胸に手を当てた。
身体は大丈夫なはずなのに、
心臓だけが、まだ落ち着かない。
怖かったはずだ。
馬車に轢かれそうになったのだから。
それなのに。
(……会えて、嬉しかった)
そんな感情が、確かに残っている。
助けられたことではない。
無事だったことでもない。
“あの人に会えた”ことが。
それに気づいた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……何を考えているの)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
舞踏会では選ばれなかった。
仮面の人にも、王子にも。
それなのに、まだ期待している。
エリナは、ゆっくりと息を吐いた。
今は、考えない。
考えてはいけない。
この感情が何なのか、
誰に向いているのか。
答えを出すには、まだ早すぎる。
目を閉じると、
最後に聞いた低い声が、かすかによみがえった。
叱るようでいて、落ち着いた声。
――前を見ろ。
その一言だけが、
胸の奥に、静かに残り続けていた。
ぼんやりと瞬きをして、状況を理解するまでに少し時間がかかる。
消毒薬の匂い。
静かな気配。
「……ここは……」
声を出そうとして、喉がかすれた。
「お気づきですか、エリナ様」
傍らから声がして、視線を向ける。
そこにいたのは、医務室の侍女だった。
「王宮の医務室です。馬車の事故で倒れられたと伺っています」
――馬車。
その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に戻ってきた。
迫ってきた馬車。
背中に回された腕。
強く引き寄せられた感触。
そして――
「……あの人は……?」
思わず、口をついて出た。
侍女は一瞬だけ首を傾げ、それから静かに答える。
「助けてくださった方でしょうか。すぐに医師を呼ばれましたが、今はもうこちらにはいらっしゃいません」
胸の奥が、わずかに沈んだ。
(……いない)
分かっていたはずなのに。
それでも、心のどこかで期待していた自分に気づいてしまう。
助けてくれた人。
あの夜、路地裏で会った人。
そして――
「殿下」と呼ばれていた、あの人。
(……王子様、なの?)
考えた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。
同じ横顔。
同じ声。
同じ距離感。
偶然だと片づけるには、あまりにも重なりすぎている。
けれど。
(……違う、かもしれない)
(……殿下、という呼び方は)
(この国の王子様とは、限らない……よね)
舞踏会には、他国からの使節も来ていた。
王族の血を引く者が、身分を伏せて街中を歩いていても、
不思議ではない。
(……そうだ)
あの人が、
この国の王子様だと決めつける必要はない。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった。
そう思おうとする。
思わなければいけない気がした。
(……本当は)
もし、この国の王子様だったら。
そんな考えが浮かんでしまって、
エリナは、慌てて首を振った。
――だめ。
期待してはいけない。
そう思った瞬間、
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
妃候補なのだから。
王子に特別な感情を抱いても、それ自体は罪ではない。
それでも――
“あの人”への気持ちと重なってしまうのが、怖かった。
「……ご無事で、本当によかったです」
侍女の声に、はっと我に返る。
「ありがとうございます」
そう答えながら、エリナはそっと胸に手を当てた。
身体は大丈夫なはずなのに、
心臓だけが、まだ落ち着かない。
怖かったはずだ。
馬車に轢かれそうになったのだから。
それなのに。
(……会えて、嬉しかった)
そんな感情が、確かに残っている。
助けられたことではない。
無事だったことでもない。
“あの人に会えた”ことが。
それに気づいた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……何を考えているの)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
舞踏会では選ばれなかった。
仮面の人にも、王子にも。
それなのに、まだ期待している。
エリナは、ゆっくりと息を吐いた。
今は、考えない。
考えてはいけない。
この感情が何なのか、
誰に向いているのか。
答えを出すには、まだ早すぎる。
目を閉じると、
最後に聞いた低い声が、かすかによみがえった。
叱るようでいて、落ち着いた声。
――前を見ろ。
その一言だけが、
胸の奥に、静かに残り続けていた。
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