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それから数日。
バルディンは、何もしてこなかった。
呼び出しもない。
薬膳の依頼もない。
あの視線も、あの一言も。
――何も。
(……忙しいだけ)
そう思おうとするたび、
胸の奥で、小さな焦りが育っていく。
廊下ですれ違えば、いつも通りの微笑み。
他の妃候補にも向けられる、完璧な王子の顔。
エリナにだけ向けられていたはずのものが、
どこにも見当たらない。
(……私の、勘違いだった?)
そう思った瞬間、
胸がひどく痛んだ。
期待してはいけない。
分かっている。
それでも。
夜になると、思い出してしまう。
あの部屋。
名前を呼ばれた声。
「またその目をしているな」と言われた、あの夜。
(……会いたい)
気づいたときには、
その言葉が、心の奥で何度も繰り返されていた。
――だめ。
自分で自分を戒める。
妃候補として、節度を保たなければ。
けれど、体は正直だった。
食事をしていても、味が分からない。
仕事に集中しようとしても、ふと視線が扉に向く。
来るはずがないと分かっているのに。
(……どうして)
何もされていない。
拒まれたわけでもない。
それなのに、
「何もない」ことが、こんなにも苦しい。
その夜。
エリナは、薬草庫で作業を終えたあと、
しばらくその場を動けずにいた。
(……このままじゃ、だめ)
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
放っておかれるのが、
こんなに辛いなんて思わなかった。
期待してはいけないのに。
期待している自分が、こんなにもはっきり分かる。
(……一度だけ)
心の中で、言い訳をする。
一度だけ、確かめたい。
自分が、見放されたわけじゃないことを。
エリナは、ゆっくりと私室を出た。
向かう先は――
もう、考えるまでもなかった。
⸻
王子の私室の前で、足が止まる。
ここに来るつもりなんて、なかった。
なのに、体が勝手に動いていた。
(……帰ろう)
そう思ったのに、扉の前から動けない。
拳を握りしめ、
小さく息を吸う。
――お願い。
まだ声にも出していないのに、
胸が、ひどく熱くなった。
意を決して、ノックをする。
一度。
間を置いて、もう一度。
「……入れ」
聞き慣れた声。
扉を開けると、バルディンは机に向かっていた。
書類から視線を上げ、こちらを見る。
その目が――
何も変わっていないことに、胸が詰まる。
「……どうした」
淡々とした声。
責めも、驚きもない。
エリナは、一歩踏み出してから、止まった。
言葉が、喉につかえる。
「……あの」
声が、思ったより小さかった。
沈黙。
バルディンは、急かさない。
ただ、待っている。
それが、余計につらい。
指先が、きゅっと握られる。
「……お願い、が……」
言いかけて、言葉が途切れる。
何をお願いしたいのか。
自分でも、はっきりしない。
ただ――
放っておかれるのが、もう耐えられなかった。
視線を伏せたまま、絞り出すように言う。
「……少しだけ……」
沈黙が、落ちる。
エリナは、心臓の音がうるさくて、
相手の表情を確認する勇気が出なかった。
――言ってしまった。
その事実だけで、胸が震える。
次に何を言われるのか。
拒まれるのか。
呆れられるのか。
それとも――
エリナは、唇を噛みしめたまま、
ただ、待つしかなかった。
バルディンは、何もしてこなかった。
呼び出しもない。
薬膳の依頼もない。
あの視線も、あの一言も。
――何も。
(……忙しいだけ)
そう思おうとするたび、
胸の奥で、小さな焦りが育っていく。
廊下ですれ違えば、いつも通りの微笑み。
他の妃候補にも向けられる、完璧な王子の顔。
エリナにだけ向けられていたはずのものが、
どこにも見当たらない。
(……私の、勘違いだった?)
そう思った瞬間、
胸がひどく痛んだ。
期待してはいけない。
分かっている。
それでも。
夜になると、思い出してしまう。
あの部屋。
名前を呼ばれた声。
「またその目をしているな」と言われた、あの夜。
(……会いたい)
気づいたときには、
その言葉が、心の奥で何度も繰り返されていた。
――だめ。
自分で自分を戒める。
妃候補として、節度を保たなければ。
けれど、体は正直だった。
食事をしていても、味が分からない。
仕事に集中しようとしても、ふと視線が扉に向く。
来るはずがないと分かっているのに。
(……どうして)
何もされていない。
拒まれたわけでもない。
それなのに、
「何もない」ことが、こんなにも苦しい。
その夜。
エリナは、薬草庫で作業を終えたあと、
しばらくその場を動けずにいた。
(……このままじゃ、だめ)
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
放っておかれるのが、
こんなに辛いなんて思わなかった。
期待してはいけないのに。
期待している自分が、こんなにもはっきり分かる。
(……一度だけ)
心の中で、言い訳をする。
一度だけ、確かめたい。
自分が、見放されたわけじゃないことを。
エリナは、ゆっくりと私室を出た。
向かう先は――
もう、考えるまでもなかった。
⸻
王子の私室の前で、足が止まる。
ここに来るつもりなんて、なかった。
なのに、体が勝手に動いていた。
(……帰ろう)
そう思ったのに、扉の前から動けない。
拳を握りしめ、
小さく息を吸う。
――お願い。
まだ声にも出していないのに、
胸が、ひどく熱くなった。
意を決して、ノックをする。
一度。
間を置いて、もう一度。
「……入れ」
聞き慣れた声。
扉を開けると、バルディンは机に向かっていた。
書類から視線を上げ、こちらを見る。
その目が――
何も変わっていないことに、胸が詰まる。
「……どうした」
淡々とした声。
責めも、驚きもない。
エリナは、一歩踏み出してから、止まった。
言葉が、喉につかえる。
「……あの」
声が、思ったより小さかった。
沈黙。
バルディンは、急かさない。
ただ、待っている。
それが、余計につらい。
指先が、きゅっと握られる。
「……お願い、が……」
言いかけて、言葉が途切れる。
何をお願いしたいのか。
自分でも、はっきりしない。
ただ――
放っておかれるのが、もう耐えられなかった。
視線を伏せたまま、絞り出すように言う。
「……少しだけ……」
沈黙が、落ちる。
エリナは、心臓の音がうるさくて、
相手の表情を確認する勇気が出なかった。
――言ってしまった。
その事実だけで、胸が震える。
次に何を言われるのか。
拒まれるのか。
呆れられるのか。
それとも――
エリナは、唇を噛みしめたまま、
ただ、待つしかなかった。
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