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序章2
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「わざわざ馬の心配までする人間なんて、私たちの世界にはそうそういませんよ。『地球』では、それが普通なんですか?」
この世界の馬は、角が生えてたりするのを除けば地球のとそっくりだけど、爆風で少々飛んだくらいではけがはしない。
それでも一応、明日は病院に連れて行こう。悪いのは野盗であって、動物ではない――今更ながら。
「ごめんね、ふっ飛ばしちゃって」と私は馬たちのたてがみを撫でた。心なしか、馬から冷たい目を向けられたような気はする。
「うら若い女性が、馬に言う言葉ではありませんね」
「ほっといて。あ、キール、馬車の中覗く時気をつけてよ。残党がいるかもだし」
「ええ。……おや?」
横倒しになった一台の馬車の中を覗き込んでいたキールが、驚いた声を出した。
「どうしたの?」
「……人がいます。もし、大丈夫ですか? よろしければ、お手をどうぞ」
キールに手を引かれてよろよろと出てきたのは、すらりとした女の人だった。ピンクのひらひらした、ネグリジェのような服を着て、体が痛むのか少し顔をしかめている。
「どこか、強く打っていませんか?」
「う、……く」
苦悶の声を上げるその人に、私はぞっとしながら駆け寄った。
「ご、ごめんなさい! 人がいたなんて……しかも女の子だなんて! あいつらに捕まったのね!? 手っ取り早く片をつけようと思ったのと、相手が多数だったのもあって、私つい地面を爆砕しちゃって……。キ、キールもフォローしてよっ」
「ええ。うちの魔法使いが、加減というものを知らない爆発魔で、大変失礼いたしました。後でよく言っておきますが、あなたのお体を傷つけたのは事実。あいまいな形で済ませる必要はありません、きっちりと補償を請求していただいて」
「丁寧に煽ってない!?」
女の子が立ち上がった。年のころは、十代半ばくらいに見える。
直立すると、思ったよりも身長があり、百六十一センチある私よりも、五センチ近く高く見えた。
「……今の魔法は、あんたが?」
彼女は、山道にできた凹みと私を交互に見つめて、訊いてきた。ハスキーな声で、弱々しく。
「そうなんですッ。ちゃんと道の穴は埋めておきますから。主にそこのキールが」
「大丈夫ですよ、ルリエル。ちゃんとスコップは二つ用意してあります」
「わーありがとう!? 気が利くう!」
すると、女の子はキールに向かってついと手を伸ばした。
「おれがやります。助けてもらったんだから」
「おれ?」
「おれ?」
彼女の律義さより、一人称のほうが気にかかって、私とキールは揃って訊き返す。
「おれは男だよ。女の格好なんてしていたものだから、紛らわしくて申し訳なかったね。名は、……リシュと言う。改めて、ありがとう」
「……お、男の人?」
「女の振りをしていたほうがやりやすいこともあってね。ただ、下手を打ったので、助かった。ええと」
「あ、ええと、私はルリエル。ルリエル・エルトロンド。こっちは、キーランド」
キールが、ポーズだけで脱帽した。
「……あんた、仮面なんかしてるのに、名前言っていいのか?」
「ああ、これ? ま、相手見て名乗ってるから大丈夫でしょ」
「今遭ったばかりなのにか?」
「私はあなたから、少なくともまだなにも悪さされていないもの。適当に信じたって、悪くはないでしょう」
特に意味もなく胸を張った私に、リシュが小さく吹き出した。
そして、居並んでいる馬と、ぐったりしたまま縛られている野盗たちの前を、ゆっくりと練り歩く。彼らに、右手のひらをかざしながら。
「リシュ? ……なにしてるの?」
「あんたの魔法見せてもらったからな。おれも、手の内を見せるよ」
すると、爆破が直撃していないとはいえさすがによろめいていた数頭の馬が、目に見えてしゃっきりと元気になった。
それに、ちょっぴり肌に焦げ目がついていた野盗たちのけががみるみる言えていき、何人かがうめきながら目を覚ます。
「な……」
私とキールは、揃って絶句した。
リシュがこちらへ振り向いて、
「これがおれの魔法」
と微笑む。
「ま、魔法ってリシュ、これ治癒魔術じゃないの!?」
「私も、見るのは久し振りです……治癒の力は、単純な炎や氷の魔法と違って、そうそう使い手がいるものではないですからね……」
単純で悪かったな、と私はキールを一瞥してから、
「リシュって……何者なの?」
「それはこっちのセリフでもあるな。おれにだって魔素が見えるんだ。さっきの魔道、編成も錬成も、スピードと質がただ者じゃなかった」
「いやー、私は別にそんな大した……」
話の途中で、野盗の一人が「あああああっ!」と大声を上げた。
「な、なによ!? びっくりするじゃない!」
「そ、その赤いマスク! 緋色のローブ! まさか、て、てめえ、噂の――」
そこから、いかつい男たちが口々に、私の二つ名のいくつかを叫び出す。
「爆炎の魔女!」「西大陸最強の魔道士!」「『七つの封印』の筆頭!」
いつの間にか、あだ名が増えたなあ……と思いながら聞いていたら。
「白昼堂々の男飼い主!」「知性を暴力性に変えた女!」「倫理と社会の爆砕者!」
そして全員で声を揃えて、「ルリエル……エルトロンド!」
「それほんとに私の二つ名!? 私そんな風に言われてんの!?」
はっと見ると、リシュが先ほどよりも少し冷めた目で、私を見つめていた。
「……なんとなくだけど、あんたがどういう人なのか、分かったような気がする」
誤解だ、と叫ぼうとするより前に。
傍らでお腹を抱えているキールの頭をぱんと叩き、ついでに野盗たちに向けて魔法で適当な爆風を起こして、再び黙らせる。
リシュは、じっとりとした半眼になっていた。
こういうところが私が誤解を生む元なのかな、とちょっぴりは思う。
この世界の馬は、角が生えてたりするのを除けば地球のとそっくりだけど、爆風で少々飛んだくらいではけがはしない。
それでも一応、明日は病院に連れて行こう。悪いのは野盗であって、動物ではない――今更ながら。
「ごめんね、ふっ飛ばしちゃって」と私は馬たちのたてがみを撫でた。心なしか、馬から冷たい目を向けられたような気はする。
「うら若い女性が、馬に言う言葉ではありませんね」
「ほっといて。あ、キール、馬車の中覗く時気をつけてよ。残党がいるかもだし」
「ええ。……おや?」
横倒しになった一台の馬車の中を覗き込んでいたキールが、驚いた声を出した。
「どうしたの?」
「……人がいます。もし、大丈夫ですか? よろしければ、お手をどうぞ」
キールに手を引かれてよろよろと出てきたのは、すらりとした女の人だった。ピンクのひらひらした、ネグリジェのような服を着て、体が痛むのか少し顔をしかめている。
「どこか、強く打っていませんか?」
「う、……く」
苦悶の声を上げるその人に、私はぞっとしながら駆け寄った。
「ご、ごめんなさい! 人がいたなんて……しかも女の子だなんて! あいつらに捕まったのね!? 手っ取り早く片をつけようと思ったのと、相手が多数だったのもあって、私つい地面を爆砕しちゃって……。キ、キールもフォローしてよっ」
「ええ。うちの魔法使いが、加減というものを知らない爆発魔で、大変失礼いたしました。後でよく言っておきますが、あなたのお体を傷つけたのは事実。あいまいな形で済ませる必要はありません、きっちりと補償を請求していただいて」
「丁寧に煽ってない!?」
女の子が立ち上がった。年のころは、十代半ばくらいに見える。
直立すると、思ったよりも身長があり、百六十一センチある私よりも、五センチ近く高く見えた。
「……今の魔法は、あんたが?」
彼女は、山道にできた凹みと私を交互に見つめて、訊いてきた。ハスキーな声で、弱々しく。
「そうなんですッ。ちゃんと道の穴は埋めておきますから。主にそこのキールが」
「大丈夫ですよ、ルリエル。ちゃんとスコップは二つ用意してあります」
「わーありがとう!? 気が利くう!」
すると、女の子はキールに向かってついと手を伸ばした。
「おれがやります。助けてもらったんだから」
「おれ?」
「おれ?」
彼女の律義さより、一人称のほうが気にかかって、私とキールは揃って訊き返す。
「おれは男だよ。女の格好なんてしていたものだから、紛らわしくて申し訳なかったね。名は、……リシュと言う。改めて、ありがとう」
「……お、男の人?」
「女の振りをしていたほうがやりやすいこともあってね。ただ、下手を打ったので、助かった。ええと」
「あ、ええと、私はルリエル。ルリエル・エルトロンド。こっちは、キーランド」
キールが、ポーズだけで脱帽した。
「……あんた、仮面なんかしてるのに、名前言っていいのか?」
「ああ、これ? ま、相手見て名乗ってるから大丈夫でしょ」
「今遭ったばかりなのにか?」
「私はあなたから、少なくともまだなにも悪さされていないもの。適当に信じたって、悪くはないでしょう」
特に意味もなく胸を張った私に、リシュが小さく吹き出した。
そして、居並んでいる馬と、ぐったりしたまま縛られている野盗たちの前を、ゆっくりと練り歩く。彼らに、右手のひらをかざしながら。
「リシュ? ……なにしてるの?」
「あんたの魔法見せてもらったからな。おれも、手の内を見せるよ」
すると、爆破が直撃していないとはいえさすがによろめいていた数頭の馬が、目に見えてしゃっきりと元気になった。
それに、ちょっぴり肌に焦げ目がついていた野盗たちのけががみるみる言えていき、何人かがうめきながら目を覚ます。
「な……」
私とキールは、揃って絶句した。
リシュがこちらへ振り向いて、
「これがおれの魔法」
と微笑む。
「ま、魔法ってリシュ、これ治癒魔術じゃないの!?」
「私も、見るのは久し振りです……治癒の力は、単純な炎や氷の魔法と違って、そうそう使い手がいるものではないですからね……」
単純で悪かったな、と私はキールを一瞥してから、
「リシュって……何者なの?」
「それはこっちのセリフでもあるな。おれにだって魔素が見えるんだ。さっきの魔道、編成も錬成も、スピードと質がただ者じゃなかった」
「いやー、私は別にそんな大した……」
話の途中で、野盗の一人が「あああああっ!」と大声を上げた。
「な、なによ!? びっくりするじゃない!」
「そ、その赤いマスク! 緋色のローブ! まさか、て、てめえ、噂の――」
そこから、いかつい男たちが口々に、私の二つ名のいくつかを叫び出す。
「爆炎の魔女!」「西大陸最強の魔道士!」「『七つの封印』の筆頭!」
いつの間にか、あだ名が増えたなあ……と思いながら聞いていたら。
「白昼堂々の男飼い主!」「知性を暴力性に変えた女!」「倫理と社会の爆砕者!」
そして全員で声を揃えて、「ルリエル……エルトロンド!」
「それほんとに私の二つ名!? 私そんな風に言われてんの!?」
はっと見ると、リシュが先ほどよりも少し冷めた目で、私を見つめていた。
「……なんとなくだけど、あんたがどういう人なのか、分かったような気がする」
誤解だ、と叫ぼうとするより前に。
傍らでお腹を抱えているキールの頭をぱんと叩き、ついでに野盗たちに向けて魔法で適当な爆風を起こして、再び黙らせる。
リシュは、じっとりとした半眼になっていた。
こういうところが私が誤解を生む元なのかな、とちょっぴりは思う。
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