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第三章 リシュとザンヴァルザン妃王の君7
しおりを挟む「……ルリエル?」
キールと、ダンテも「おい、どうした?」を私の顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもないなんでもない。とにかくそうして、悪魔退治は成功したのよ。おかげで、『霧の塔』の周りは溶岩地帯みたいになっちゃったけど」
「でもぉ。ルリエルさん、それが本当なら――疑うわけじゃないんですけどぉ――現代の人類最大級の英雄じゃないですかぁ。どうして、内緒にしてたんですぅ?」
それだ。
私は、頭をぽりぽりと書きながら答える。
「当時は、なんていうか、夢中で。私が悪魔を倒したかったっていうより、私が特別に思ってた人が、そうしたかったから、ついていったみたいな……感じで」
はあ、とダンテが間の抜けた声を漏らす。
「私、実をいうと、六つの悪魔っていうのがこの世界でどんな存在なのか、今一つピンときてなかったんだ。あくまで、史料で見た怪物って感覚で。だから倒したことを特に人に宣伝しようとも思えなかったのが、一つと」
「一つと?」とキール。
「もう一つは、……ブリーズ、七つの封印って呼ばれるくらいの魔法使いなら、大陸史は勉強したはずだから、知ってるよね? 今まで、悪魔が倒されたことは何度かあったわよ。でもその度に起きたのが……」
「ああ……。人間の争い、ですねぇ……」
私は、納得した表情に変わっていく皆を見回し、
「そう。悪魔が死ぬと、その土地やパワーバランスや利権、その他諸々を狙って、人間の国同士が必ず争うの。そのことは、当時の仲間と打ち合わせてて、もし悪魔を倒すことができても、私たちからは公表しないようにしようって言ってたんだ。悪魔を倒すのは、ベルリ大陸の人たちの悲願なんだろうけど、……そのために、私たちのせいで、戦争なんて起こさせたくなかったから。なにか、別の重大事が起きて、人々の目がそっちに向いたりとかした時に、タイミングを計って世の中に知らせようって」
ダンテが、ははあ、と言って顎を撫でながら、
「でもよ。ある日いきなり悪魔が一体いなくなれば、割とすぐに知られそうなもんだがな。正面切って戦う国こそそうはないが、調査隊はどこも出してるはずだし」
あ、とブリーズが声を上げた。
「でもぉ、それって変ですよぉ。あたし、ザンヴァルザンの調査隊が、『霧の塔』の調査に行くと、月に一度くらいヴェルヴェッチ=アルアンシの放つ炎が見えたって聞いてますよぉ。定期的に魔獣も活性化してるらしいですしぃ。もちろん近づけないから遠目に見ただけでしょうけど、一年も前に倒してたなら、ここ一年のその調査報告はおかしくないですかぁ?」
「ん。あ、うん。えっとね」
私の言いよどむ姿に、キールがなにごとか気づいたらしい。
「ルリエル。……まさかとは思いますが」
私は頭をくなくなと振って答えた。
「ふっ……。そのまさかよ」
ブリーズが「なになに? なんですかぁ?」と私とキールをきょろきょろ見比べる。
「つまりですね」とキールが右手の人差し指を立てた。「その炎は、ルリエルが月一回程度、『霧の塔』まで魔法でひとっ飛びして行った。そして悪魔の振りをして、遠くからでも見えるような大規模の炎系魔道を放っていたということです。普通の調査隊なら、それを見たら報告のために帰りますからね……そうですね?」
ばれては仕方あるまい。
私は、潔く、首を縦に振った。
キールは畳みかけてくる。
「さらに、ルリエル。魔獣たちが定期的に騒いで活発な姿を見せていたのも、あなたが……?」
「……魔獣も暴れたほうがそれっぽいかなって。でも手なづけて言うこと聞かせるなんて無理だから……、だから……」
キールが目、閉じそうなくらいを細めた。もちろん、笑っているからではない。半眼の進化系だ。
「だからそこで、純粋な火力で……ですか?」
「うん。適当に二三体吹っ飛ばせは、大体ほかの魔獣は慌てて逃げていくから……。それが、活発に活動してるように見えたんじゃないかなー、なんて」
「ルリエルさんん、今更指立ててほっぺに添えても、全然かわいくないですぅ。むしろ、笑顔が怖いですぅ」
ダンテが、「ま、事情は大体分かった。おれたちに言わなかったのは、水臭いと思うがな」と腕組みした。
「う、それはごめん。私としても、悪魔が死んだってどのくらい大ごとなのか測りかねてたところがあって」
なにしろ、地球には悪魔がいないので、感覚的にとらえるのが難しいところがある。
これで大体事情は説明したのだけど、私なりに、気になるところもあった。
「でもさ。私実は、ここ二ヶ月ほど、ヴェルヴェッチの振りするために『霧の塔』に来るのさぼってたんだよね。段々めんどくさくなってきて」
「え?」とキール。「しかし、妃王の話では、相変わらず悪魔が出没していると」
「そうなの。……ということは、考えらえれるのは」私は人差し指をぴんと立て、「私以外の何者かが、『霧の塔』でヴェルヴェッチの振りをしている。私が今回の討伐隊に参加するのは、それが何者によるもので、なにを目的にしているのかを、知りたいからなんだ。……正直、嫌な予感がする」
■
キールとダンテは、一度ハルピュイアに帰った。
一度、というのは、再びヴァルジに戻ってくるよう妃王様から命じられたからだ。
「そなたたち男子二人、ただの男娼ではなかろう。代替者だな」
帰り際に玉座の前へあいさつに行くと、、妃王様がそう言ってきた。
「……アブサンス?」
呟く私に、ブリーズが耳打ちする。
「代替者ですぅ。簡単に言うと、人間の中で七つの封印に次ぐ実力者って意味ですねぇ」
そうなんだ。確かに、この二人は人間の中でも群を抜いて強い。元騎士団長と、素手格闘の王者だし。
「そなたたちにも、是非此度の悪魔討伐に参加してもらいたい。ルリエルの縁者であればなおのこと。対悪魔用の武器防具は、こちらで用立てよう」
キールたちは、彼らなりに私のことが心配だったようで、「ルリエルと同行できるなら」と快く引き受けた。
引継ぎや打ち合わせをハルピュイアで終えたら、四五日ほど王宮へ戻ってくる予定だ。
私とブリーズは、王宮づきの近衛軍の魔法使いに合流して、作戦や隊列、戦術の打ち合わせをした。
魔法師団長たちを交えた会議が夕方に終わり、私とブリーズが部屋に戻ろうとしていると、廊下の途中で「二人とも!」と呼び止められた。
傍らの石壁の先から、見知った顔が私たちに手を振っている。
「リシュ!」
「リシュさんん」
「今会議終わったのか?」
「うん。これが、意外にブリーズが熱かったのよ。騎士団をあてにしてるようじゃいけない、魔法使いだけでも悪魔を倒すくらいのつもりじゃないとって。最初は魔法使いを前衛にして押し進んで、それじゃ歯が立たなさそうな時だけ本隊が来るようにってさ。特に、私とブリーズが一番先頭に立つのが最良だ、とか」
ブリーズが、顔を赤らめる。
「だ、だってぇ。どう考えても、私とルリエルさんが今回の最大戦力じゃないですかぁ。私は軍隊を率いて戦ったことはないですけどぉ、被害は少ないほうがいいと思いますしぃ」
私も、軍事面に詳しいわけじゃないんだけど。
基本的に、悪魔や魔獣と戦うときは、神霊力を込めた武器を持った騎士団や戦士団が、魔術師の先戦闘補助や回復を受けながら白兵戦を挑むことが多い。
魔道士は後衛に回って、遠間から魔道で攻撃するわけだ。魔法使いの多くはあまり重装備はできない(主に体力面の都合で)ので、できるだけ敵とは間合いを取りたいから、必然的にそうなる。
「へえっ。意外にブリーズって、戦闘に関しては積極的なんだな」
軽く目を見開くリシュに対し、ブリーズは、にへらっと笑う。
「や、やだあ。褒めないでくださいよう。照れますぅ」
……褒めてたかな、今?
「それはそうと、リシュ。聞きたいことがあるの」
「ん。なんだよ?」
「カーミエッテ様とは、どう?」
リシュは、昨夜すでに、妃王様の私室に招かれていた。
彼はわずかに顔を赤らめて、
「どうって。まだ、一晩共寝しただけだけど、一応満足はしていただけたんじゃないかと思う」
すると、そこへ、妃王様の神職の世話をする執事頭の壮年の男性が通りがかった。
「おお、リシュ殿! 妃王陛下より聞きましたぞ、昨夜は――いえ今日の朝まで、ベッドでは大活躍だったそうですな! まるで、若い牡鹿が踊り狂っているようだったとか! 陛下も、ほとんど眠らせてもらえなかったといいつつ、肌の張りが昨日までとは大違いとおっしゃっておられた! 『若さって凄いな……』とのことですぞ! 大したものです!」
執事頭は、リシュの手を取るとぶんぶんと縦に振り、それからさっと立ち去って行った。
「……やるじゃん、リシュ」
「く……あんなこと、あっさりと口にしていいのかよ、今の人……!? ま、まあ、聞いての通り、ある程度は手ごたえがあったかな。陛下も、お優しかったし」
「……遠征反対のことは?」
「言ったよ、一通り終わった後で。勇気が要ったけど、必要なことだからな。聞き入れてはもらえなかったけど。ザンヴァルザンの悲願だし、もう準備は整っているしってな」
初めての床入り(と言うのかどうかは分からないけど)で、そこまで話ができるなんて。
この子、やっぱり肝が据わってるとこあるんだな。
「さっすがリシュ! お祝いにお茶会しようよ。ブリーズ、悪いんだけど、メイドさんに言って用意をお願いできない?」
「分かりましたぁ。行ってきますぅ」
ブリーズが、すたすたと廊下の奥へ消えていく。
そこで私は、ぐるりとリシュに向き直った。
「ところで、リシュには、別のお願いがあるの」
「別? なんだよ?」
「もし、妃王様がエリクサーを持っていたら、今度の遠征で使わせて欲しいんだ。もちろん私からも頼むけど、渋られる可能性も高いじゃない? だから、リシュからもお願いして欲しい!」
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