男娼館ハルピュイアの若き主人は、大陸最強の女魔道士

クナリ

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少し長いエピローグ それからの日々について4

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「わらわに相応の力があれば、今すぐにでも、全ての悪魔を端から滅ぼしに行くだろう。そなたは、わらわを含めた、この大陸で連綿と生きてきた人々の、願いの一端を叶えたのだ。たとえそなたの心が地球に向いていようと、いつか本当にそなたが地球に戻る日が来ようと、それは変わらん。……それも分かるな?」

 はい。

「少なくとも、このカーミエッテ・ザンヴァルザンは、ルリエル・エルトロンドへの感謝と称賛を、死ぬまで人々に伝え続けるだろう。だから、そなたには無限の味方がおるよ。それはルリエルが、己の生き方で勝ち取ったものだということは覚えておいてくれ。悪魔にさいなまれてきたわらわたちのために――」

 私は、うなずこうとした。けれど。

「――わらわたちのためにではなく、そなたのために。この大陸にも、そなたの帰る家があるのであろう? そこで、ルリエルが幸せに暮らすためにだ」

 思わず、うつむいていた顔を上げた。
 カーミエッテ様が微笑んでいる。
 目と目が合うと、カーミエッテ様の美しい顔が、急にぼやけていった。目の周りが熱い。

「気の済むまでお泣き。そなたが無防備になれる人間は、この大陸にはまだ少なかろう。嬉しくて泣く時は、一人でもよい。だが、悲しくて泣く時は、信じられる誰かの隣であれ。すでに幾人もいるそなたの仲間の、誰かのな」



 腫れてしまった目の周りを気にしながら、私はカーミエッテ様に続いて、宝物庫を出た。廊下を、玉座のほうへ向かう。

「そういえば、ブリーズ――ではなかった、ヒューリー・ウルフグラフトだがな。息を吹き返したそうだぞ」
「本当ですか!?」

「ああ。肉体的には、死亡していなかったらしい。致命的な損傷も負ったと聞いているが、スノウが断末魔に肉体を再生した状態で出て行ってくれたおかげで、まあ、幸運だったな。ただ、魔力や体が完全に復調するかというと、なんとも言えんところだと聞いているが」
「そうですか……。でも、ひとまずは、よかったです。彼女は、立派な人ですから。生きていてくれて、嬉しい」

「ああ。起き上がれるようになったら、リシュにも会わせてやろう。おお、噂をすれば」

 カーミエッテ様が立ち止まると、前方に、見覚えのある銀髪が見えた。
 窓から差し込む光を、眩しく照らし返している。

「ルリエル!」
「リシュ! ちょっぴり久し振りだね! 元気だっ――?」

 言葉が途中で止まったのは。
 リシュが、淡いブルーの、百合の花びらを模したようなドレスを着ていたからだった。

「あ、この服? 似合うだろ? カーミエッテ様の従兄弟が昔着ておられたのを、譲っていただいたんだ! おれ、この王宮で、カーミエッテ様の次に美しくなって見せるからな!」

 初めてリシュと出会った時のことを思い出す。
 ということは、あの時の服装は、仕事の上でやむなくとか、無理矢理着せられたとかではなくて、本人の意志によるものだったのか。
 吹き出してしまった。
 ついでに、目元を強くこすった。

「あっなんだよルリエル、涙が出るほど笑うことないだろう! カーミエッテ様、おれ、美しいですよね!?」
「うむ! 麗しいぞ、リシュ!」

 王族が親指を立てるのを、この大陸に来て初めて見たかもしれない。
 ともあれ、そんな風にして、私は王宮を出る時、思いもかけずに笑顔だった。



「ただいまー」

 ハルピュイアの、事務室のドアを開けると。

「うわあッ!?」という、カルスの声が聞こえた。見ると、彼は平たくて大きい紙の箱を抱えて立っている。
 続いて、脚立に乗ったダンテが「うお」、ミニキッチンから顔を出したトリスタンの「ひえ」。

 キールだけが冷静に、ドアの前にいた私のところに来て、
「お帰りなさい。明るいうちに帰って来られるとは思っていませんでしたので、お見苦しいところをお見せしまして。ちょうど、装飾が仕上がったところです」
「……なに……これ?」

 事務室の中の、天上から壁から、あちこちに金銀赤青のモールや色テープが取りつけられ、ピンクやオレンジの幅広のリボンが飾られている。
 どう控えめに見ても、ホームパーティ会場だ。
 そういえば、四人とも、白いシルクのシャツに黒いフォーマルなパンツを穿いている。

「……誰かの誕生日かなにか? だっけ?」
「お祝いですよ、ルリエルの」

「……私? ああ、悪魔を倒したから? やっぱり凄いことなのよね、あれって」
「正確に言うと、ルリエルの生還祝いですね。悪魔と対峙して、無事に帰って来てくれた。そのお祝いです」

 キールが私の手を引いて、部屋の中央へ連れていく。

「お、大げさだなあ」
「大げさではありません。私も、ダンテたちも、本音を言えば反対でしたから。ルリエルが最前線に立っての悪魔討伐など」

「え、そうなの」と私は男子たちを見回す。みんな、一様に首を縦に振った。
「いくらなんでも危険ですからね。しかし、王国からの依頼を袖にすれば、これからのルリエルの生活に障りがあります。最悪は、国を追われるかもしれません。従うしかありませんでした。不甲斐ない私たちを、お許しください」

「いや、許すもなにも。あ、じゃあ、スノウとの戦いの最後、キールとダンテが結構近いところにいてくれたのは」

 ダンテがぶぜんとした顔で、
「心配だったからに決まってるだろうが。足手まといにならん程度に、接近してはいたさ」
 と鼻息を荒くする。

 カルスが腕組みして言った。
「ルリエル、もう少し、自分を大事にしたらどうだ? 常日頃から、どうも己の扱いがぞんざいに見えるが」

「え!? そんなことないでしょ?」

 思わぬことを言われて驚いていると、トリスタンがミニキッチンから出てきた。

「まあまあ……そのくらいにしまして。ちょうど、お茶が入りましたから……」

 それを合図に、男子たちがくるくると動いて、テーブルに料理やお茶を並べていく。
 百面鳥のスープ、そのもも肉の香草焼き、サラダには七色トマトがちりばめられ、ローズとロイヤルベリーのハーブティーがガラスのポットで出された。

 山型パンが湯気を上げながら切り分けられ、ホイップバターが添えられる。
 ……天国か?

 キールとトリスタンが料理を取り分けている間、ダンテが説明してくれた。
「料理はほとんどキール、茶はトリスタンが丹精込めて用意してくれた。部屋の飾りつけはおれ。で、カルスからは、プレゼントだ」

 ダンテが目くばせすると、カルスが顔を背けながら進み出た。さっきの箱を、両手で私に差し出す。
「……ん」
「おお……。ありがとう」

「選んだのは僕。けど、お金はみんなで出し合った。……誕生日、おめでとう」
「……開けてもいい?」

「いいけど。着るのは、後にしなよ」
「着る?」

「ドレスだから。……対魔法処理とかしてない、きれいなだけのドレスだから、戦闘の時とかには着るなよ」
「き、着ないよ! 着るわけない! ……ありがとう、カルス。キール、ダンテ、トリスタン」
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