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どうして人間て、生き物のくせに、こんなに生きづらくできてる
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「そして、さっきの二つの前提条件の変化があれば、先輩もきっと死にたくなくなりますよ。そうしてゴーストが出せなくなれば、五月女世界で会うこともできなくなります」
「ま、待って。今の、傍にいてくれる人っていうのは、五月女くんのゴーストのことじゃなかったの?」
「僕は、五月女世界の水葉先輩と、頑張って仲良くなります。本を貸したり、読んだりして。……実はちょっと不審がられるようなことしちゃったんで、苦労するかもしれませんけど」
「ええ……何したの……?」とそれこそ不審がるような水葉先輩に、
「まあ、それはちょっと置いておいて、」と僕は咳払いする。
「並行世界は平衡したがる。それなら、水葉世界の僕も、先輩に出会うでしょう。その時、思い出してくれたら嬉しいです。先輩が元気に暮らしているのを、別世界の僕が心から喜んでいるってこと」
その時僕は、ゴーストの手に掴んだ。水葉先輩の――
「そんな……。だって、水葉世界の五月女くんは、君じゃないじゃない」
――水葉先輩の体にはびこる、免疫不全という症状の核を、切れた手首の先で。
「ですから、寂しいんですってば。でも元々、先輩は今日死のうとしてたんですから、死んで会えなくなるか、生きているけど会えないかの違いです。それなら、生きてる方がいい」
「私は、最後に会えたら、それでよかった」
「僕は嫌です。死にたがりながらぎりぎりの状態で顔を合わせるより、お互いに無事に暮らせる方が」
「無事じゃないよ。五月女くんは、私の病気を持っていくんでしょう?」
先輩の声音に、泣き声が混じる。
「それは、フィードバックが軽いことを祈るしかないですね」
「だから、だめだって言――あッ!?」
先輩も感じ取ったようだった。昔から当たり前のように先輩に取り付いていた病魔が、少しづずつ引き剥がされていくのを。
「僕たちのゴーストは、先輩の言うように、自殺を促進するための能力なのかもしれません。でも、そうではないかもしれない。もっと、とても単純なものなんじゃないでしょうか。お腹を空かせた人に、自分の食べ物を分けるような、そのくらいきっと単純な」
「お願い、五月女くん。私は、自分のために人を傷つけたくない……」
「傷つきませんよ。まったく、どうして人間て、生き物のくせに、こんなに生きづらくできてるんでしょうね」
言い終わると同時に、僕は、先輩の中から掴み出した不快感の塊を、自分の内側に吸い取りきった。
まるっきりの自己満足だということは、分かっていた。けれど、だからこそ、なんとも言えない充足感を、僕は味わってしまっていた。
ふっと、ゴーストでも感じていた重力の存在が、僕の感覚から消失した。足が床から浮き、天地が定まらなくなる。
やっぱりだ。
先輩が元気に生きていく世界と並行する、僕の世界。
そこで僕は、生きていきたい。心からそう思えた。
「先輩」
「五月女くん」
嵐のような寂しさが、地鳴りのような切なさと共に、僕の胸の中で吹き荒れた。
それでも、無理して笑顔を作る。最後に先輩に見せる顔は、明るいそれでありたい。
「五月女くん。ありがとう。……またね」
「ええ。必ず。また」
「五月女くんと会えてよかった。ゴーストになるくらい追い詰められて、でも、頑張ってきてよかった」
「僕もです。先輩がいたからそう思えます。ずっと、元気で」
先輩の頬をいくつかの雫が伝い、それでも、先輩も笑顔を作ってくれた。
意識が暗転し、見えない穴に引きずり込まれるように、急速にゴーストの全てが喪失されていく。
少しは報いることができただろうか。彼女が僕に、僕の家族に、数え切れないほどの人たちに施してくれてきたことに。
もしそうなら、僕は嬉しい。
「ま、待って。今の、傍にいてくれる人っていうのは、五月女くんのゴーストのことじゃなかったの?」
「僕は、五月女世界の水葉先輩と、頑張って仲良くなります。本を貸したり、読んだりして。……実はちょっと不審がられるようなことしちゃったんで、苦労するかもしれませんけど」
「ええ……何したの……?」とそれこそ不審がるような水葉先輩に、
「まあ、それはちょっと置いておいて、」と僕は咳払いする。
「並行世界は平衡したがる。それなら、水葉世界の僕も、先輩に出会うでしょう。その時、思い出してくれたら嬉しいです。先輩が元気に暮らしているのを、別世界の僕が心から喜んでいるってこと」
その時僕は、ゴーストの手に掴んだ。水葉先輩の――
「そんな……。だって、水葉世界の五月女くんは、君じゃないじゃない」
――水葉先輩の体にはびこる、免疫不全という症状の核を、切れた手首の先で。
「ですから、寂しいんですってば。でも元々、先輩は今日死のうとしてたんですから、死んで会えなくなるか、生きているけど会えないかの違いです。それなら、生きてる方がいい」
「私は、最後に会えたら、それでよかった」
「僕は嫌です。死にたがりながらぎりぎりの状態で顔を合わせるより、お互いに無事に暮らせる方が」
「無事じゃないよ。五月女くんは、私の病気を持っていくんでしょう?」
先輩の声音に、泣き声が混じる。
「それは、フィードバックが軽いことを祈るしかないですね」
「だから、だめだって言――あッ!?」
先輩も感じ取ったようだった。昔から当たり前のように先輩に取り付いていた病魔が、少しづずつ引き剥がされていくのを。
「僕たちのゴーストは、先輩の言うように、自殺を促進するための能力なのかもしれません。でも、そうではないかもしれない。もっと、とても単純なものなんじゃないでしょうか。お腹を空かせた人に、自分の食べ物を分けるような、そのくらいきっと単純な」
「お願い、五月女くん。私は、自分のために人を傷つけたくない……」
「傷つきませんよ。まったく、どうして人間て、生き物のくせに、こんなに生きづらくできてるんでしょうね」
言い終わると同時に、僕は、先輩の中から掴み出した不快感の塊を、自分の内側に吸い取りきった。
まるっきりの自己満足だということは、分かっていた。けれど、だからこそ、なんとも言えない充足感を、僕は味わってしまっていた。
ふっと、ゴーストでも感じていた重力の存在が、僕の感覚から消失した。足が床から浮き、天地が定まらなくなる。
やっぱりだ。
先輩が元気に生きていく世界と並行する、僕の世界。
そこで僕は、生きていきたい。心からそう思えた。
「先輩」
「五月女くん」
嵐のような寂しさが、地鳴りのような切なさと共に、僕の胸の中で吹き荒れた。
それでも、無理して笑顔を作る。最後に先輩に見せる顔は、明るいそれでありたい。
「五月女くん。ありがとう。……またね」
「ええ。必ず。また」
「五月女くんと会えてよかった。ゴーストになるくらい追い詰められて、でも、頑張ってきてよかった」
「僕もです。先輩がいたからそう思えます。ずっと、元気で」
先輩の頬をいくつかの雫が伝い、それでも、先輩も笑顔を作ってくれた。
意識が暗転し、見えない穴に引きずり込まれるように、急速にゴーストの全てが喪失されていく。
少しは報いることができただろうか。彼女が僕に、僕の家族に、数え切れないほどの人たちに施してくれてきたことに。
もしそうなら、僕は嬉しい。
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