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第29話 第七章 シバカタロウ 3
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当然というかさすがというか、綾花の教え方は上手かった。ちんぷんかんぷんで苦手だった数学が、次第に面白くなって行った。
前日に理解できなかった問題を翌日に解いた時に、綾花は特に嬉しそうに笑った。その笑顔は、日に日に眩しくなって行った。
同情でも、愛着でもなく、俺は女としての綾花に、どんどん惹かれて行った。
季節はやがて、秋になった。
昼休みの事務所のテーブルで、俺は綾花と参考書を広げていた。
すぐ隣の綾花の整った横顔はきれいで、いい匂いがした。
綾花に、好きだ、と告げた。
綾花は驚いて俺を見て、そのまま動きを止めた。
答を待たずに、俺は綾花の小さな唇に自分のそれを重ねた。綾花は、逃げなかった。
「……俺、キスするの初めてなんだけど。今ので、合ってる?」
「あ、……合ってると思うけど。て言うか、ま、間違ってるやり方ってどんな――……」
「キスって、合意の上でやるもんだよな。それも含めて、今の、合ってる?」
まっすぐに向き合ったまま、言葉は止まった。
やがて、見詰め合ったままの綾花の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
綾花は、小さくうなずいた。何度も何度も、繰り返し、うなずいた。
それから俺達は、店の外で二人っきりで会うようになった。
俺は毎日を浮かれて過ごすようになり、天気のいい日は屋上で授業をサボり、綾花と会えない日は用も無いのに第四文芸部の部室に乗り込んで、本など読まずに調子よくくっちゃべった。
綾花と、結婚したい。そう思った。
あの両親の血を受け継いでまともな家庭を築ける自信などなかったから、俺は子供の頃から、自分は一生結婚などしないものだと決め付けていたはずなのに。
彼女の空虚を、別のもので埋めてやりたい。俺と一緒にいることで、少しでも楽になって欲しい。
他の誰にもできなくても、俺にならやれるはずだと信じた。
不愉快な家での暮らしの中で、人生なんて下らないと思ったことは、無かったわけじゃ無い。でも、そんなもののために死んだりするのも、真っ平ごめんだった。
俺なりの幸福を手に入れるまで、死んでたまるものか。その思いは、綾花と出会ってなお強くなった。
生き抜いてやる。綾花と。俺達の、俺達のための人生を。
そう思った。
前日に理解できなかった問題を翌日に解いた時に、綾花は特に嬉しそうに笑った。その笑顔は、日に日に眩しくなって行った。
同情でも、愛着でもなく、俺は女としての綾花に、どんどん惹かれて行った。
季節はやがて、秋になった。
昼休みの事務所のテーブルで、俺は綾花と参考書を広げていた。
すぐ隣の綾花の整った横顔はきれいで、いい匂いがした。
綾花に、好きだ、と告げた。
綾花は驚いて俺を見て、そのまま動きを止めた。
答を待たずに、俺は綾花の小さな唇に自分のそれを重ねた。綾花は、逃げなかった。
「……俺、キスするの初めてなんだけど。今ので、合ってる?」
「あ、……合ってると思うけど。て言うか、ま、間違ってるやり方ってどんな――……」
「キスって、合意の上でやるもんだよな。それも含めて、今の、合ってる?」
まっすぐに向き合ったまま、言葉は止まった。
やがて、見詰め合ったままの綾花の目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
綾花は、小さくうなずいた。何度も何度も、繰り返し、うなずいた。
それから俺達は、店の外で二人っきりで会うようになった。
俺は毎日を浮かれて過ごすようになり、天気のいい日は屋上で授業をサボり、綾花と会えない日は用も無いのに第四文芸部の部室に乗り込んで、本など読まずに調子よくくっちゃべった。
綾花と、結婚したい。そう思った。
あの両親の血を受け継いでまともな家庭を築ける自信などなかったから、俺は子供の頃から、自分は一生結婚などしないものだと決め付けていたはずなのに。
彼女の空虚を、別のもので埋めてやりたい。俺と一緒にいることで、少しでも楽になって欲しい。
他の誰にもできなくても、俺にならやれるはずだと信じた。
不愉快な家での暮らしの中で、人生なんて下らないと思ったことは、無かったわけじゃ無い。でも、そんなもののために死んだりするのも、真っ平ごめんだった。
俺なりの幸福を手に入れるまで、死んでたまるものか。その思いは、綾花と出会ってなお強くなった。
生き抜いてやる。綾花と。俺達の、俺達のための人生を。
そう思った。
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