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第33話 第七章 ラスト・トーク 1
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職員室までの廊下は、夜煌蟲達が両脇へどいてくれたので、問題なく歩けた。やっぱりかなりの影響力を持って、あの人は蟲を操ることができている。
引き戸をガラガラと開けると、職員室の中で、一番奥の教頭先生の机に、柚子生先輩が座っていた。私を見て、音もなく床に立つ。その体はいたる所、大量の蟲にまとわりつかれていた。
床に、先生達の死体がいくつも転がっている。机に引っかけたベルトで首を吊った先生もいれば、カッターナイフか何かで首を切り裂いたらしく、血塗れの亡骸もある。よく見ると、死体の中には生徒も混じっていた。その上を、夜煌蟲の塊がいくつも、無遠慮に這い回っている。
「エリヤちゃん、よく、あたしが職員室にいるって分かったねえ」
「私は、……柚子生先輩の記憶を見ました。そうしているあなたはもう、別人なのかもしれないけど」
私は職員室の中ほどまで進んで立ち止まり、柚子生先輩と向かい合った。
「真っ先に職員室の中を襲ったのは、電話や通信機器を使えなくするためじゃなくて、それ自体が一番の目的だったんですね。先生達を、先生という生き物を、せめて手の届く範囲だけは、全滅させてやりたかった。だから、ここに一番執着しているだろうと思っただけです。柚子生先輩としての理性が残っていれば、こんなことは無意味だって、思い留まってたでしょう。今のあなたは、ほとんどもう、ただの蟲の入れ物なんですね。ほとんど空っぽなんだ。あなたの記憶を持った蟲が、その体を自由に出入りできるくらいに」
「あたしは、もう何ヶ月も前からこうよ。エリヤちゃんと初めて会った時からね。ただの人間のままの藍崎柚子生と、端から見る分には変わらなかったわけでしょ。エリヤちゃんも蟲の記憶を覗いて、初めて気づいたんでしょ? あたしの体が、夜煌蟲の入れ物だって」
柚子生先輩と、同じ顔。同じ声。確かに、同じ体。でも、もう違う。
「おかしいとは思いました。一坂と一緒に柚子生先輩が職員室に入った時も、こんな風に先生達の死体がごろごろしてたはずなのに、端末のメッセージでは驚いたり怯えたりする様子もなかった。先生達全員の死体ですよ、絵文字なんて入れてる暇があったら一言くらい触れるはずです」
柚子生先輩は、人差し指でかりかりと頭をかいた。人間そのままのしぐさで。
「職員室の前でうつ伏せになっていた時も、あれは確かにあなた本人だったんでしょうけど、死んでなんていなかった。蟲で体を覆って、手を触れて調べられないようにして、私達をやり過ごした。あの血は、ここにいる先生の死体から手に入れたんですね。あれで、柚子生先輩は死んだことになりました。……蟲まみれになっても、どうということはなかったんですね。耐性どころじゃなく、あなたは蟲の入れ物なんだから」
柚子生先輩の口元が、ぐにゃりと歪んだ。笑っている形、なのだろう。
「死んだことにしておけば、あたしは容疑者から外れるでしょ? エリヤちゃんはともかく、斯波方君が真相に気づいて、この体を力任せに破壊されたら困っちゃう。あたしはもう、ただ夜中にうごめくだけの蟲じゃない。この体の、この脳に触れている限り、独立した意志がある。その元々は藍崎柚子生のものだけど、あの子はあたし達と長い間にあんまりひどく混じり合って、今はもう随分、この体の中で薄れてしまった。だから、エリヤちゃんも安全ではないのよ。あなたを生かしたがってたのはあたし達じゃなく、藍崎柚子生なんだから」
人間の表情。人間の言葉。私は恐らく人間の中で初めて、夜煌蟲と会話をしている。
引き戸をガラガラと開けると、職員室の中で、一番奥の教頭先生の机に、柚子生先輩が座っていた。私を見て、音もなく床に立つ。その体はいたる所、大量の蟲にまとわりつかれていた。
床に、先生達の死体がいくつも転がっている。机に引っかけたベルトで首を吊った先生もいれば、カッターナイフか何かで首を切り裂いたらしく、血塗れの亡骸もある。よく見ると、死体の中には生徒も混じっていた。その上を、夜煌蟲の塊がいくつも、無遠慮に這い回っている。
「エリヤちゃん、よく、あたしが職員室にいるって分かったねえ」
「私は、……柚子生先輩の記憶を見ました。そうしているあなたはもう、別人なのかもしれないけど」
私は職員室の中ほどまで進んで立ち止まり、柚子生先輩と向かい合った。
「真っ先に職員室の中を襲ったのは、電話や通信機器を使えなくするためじゃなくて、それ自体が一番の目的だったんですね。先生達を、先生という生き物を、せめて手の届く範囲だけは、全滅させてやりたかった。だから、ここに一番執着しているだろうと思っただけです。柚子生先輩としての理性が残っていれば、こんなことは無意味だって、思い留まってたでしょう。今のあなたは、ほとんどもう、ただの蟲の入れ物なんですね。ほとんど空っぽなんだ。あなたの記憶を持った蟲が、その体を自由に出入りできるくらいに」
「あたしは、もう何ヶ月も前からこうよ。エリヤちゃんと初めて会った時からね。ただの人間のままの藍崎柚子生と、端から見る分には変わらなかったわけでしょ。エリヤちゃんも蟲の記憶を覗いて、初めて気づいたんでしょ? あたしの体が、夜煌蟲の入れ物だって」
柚子生先輩と、同じ顔。同じ声。確かに、同じ体。でも、もう違う。
「おかしいとは思いました。一坂と一緒に柚子生先輩が職員室に入った時も、こんな風に先生達の死体がごろごろしてたはずなのに、端末のメッセージでは驚いたり怯えたりする様子もなかった。先生達全員の死体ですよ、絵文字なんて入れてる暇があったら一言くらい触れるはずです」
柚子生先輩は、人差し指でかりかりと頭をかいた。人間そのままのしぐさで。
「職員室の前でうつ伏せになっていた時も、あれは確かにあなた本人だったんでしょうけど、死んでなんていなかった。蟲で体を覆って、手を触れて調べられないようにして、私達をやり過ごした。あの血は、ここにいる先生の死体から手に入れたんですね。あれで、柚子生先輩は死んだことになりました。……蟲まみれになっても、どうということはなかったんですね。耐性どころじゃなく、あなたは蟲の入れ物なんだから」
柚子生先輩の口元が、ぐにゃりと歪んだ。笑っている形、なのだろう。
「死んだことにしておけば、あたしは容疑者から外れるでしょ? エリヤちゃんはともかく、斯波方君が真相に気づいて、この体を力任せに破壊されたら困っちゃう。あたしはもう、ただ夜中にうごめくだけの蟲じゃない。この体の、この脳に触れている限り、独立した意志がある。その元々は藍崎柚子生のものだけど、あの子はあたし達と長い間にあんまりひどく混じり合って、今はもう随分、この体の中で薄れてしまった。だから、エリヤちゃんも安全ではないのよ。あなたを生かしたがってたのはあたし達じゃなく、藍崎柚子生なんだから」
人間の表情。人間の言葉。私は恐らく人間の中で初めて、夜煌蟲と会話をしている。
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