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第45話 第八章 虚無の温度
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凄まじいまでの大増殖を成し遂げながら、外の世界に広がることなく、檻のようなプールに自ら閉じ込められた蟲達。
まるで、自殺。
夜煌蟲の――自殺。
これは柚子生先輩の、最後のコントロールによるものなんじゃないだろうか。そうでなくては、蟲がこんな行動を取る理由は無い。
それとも柚子生先輩一人ではなくて、もしかしてあなた達、皆の意志なんですか。
記憶には、意志も宿るのですか。
そう訊きたくても、誰に訊いていいのか分からない。
今まで、特別必要も無いと思いながら必要最小限に接して来た『他人』達は、皮肉にも私が人間として再生した日に、皆失われてしまった。
生命体の消え失せた学校の校庭の隅で、私はただ一人、かがり火のような緑光が立ち上るプールを見つめながら立ち尽くしていた。
私には、何が残ったのだろう。知らず、自分の体を両手で抱く。
すると制服のポケットに、固いものの感触があった。取り出してみると、斯波方先輩が渡してくれた携帯端末だった。形見になってしまったけど、先輩の家族に返さなくてはならない。
そして私は、その液晶画面を見て驚いた。通信可能のマークが点っている。
いつの間に復活したのだろうと訝しんで、ひとつ、思い浮かんだ。
柚子生先輩はさっき教頭の机で操作していたパネルで、電波の制限を解除したんじゃないだろうか。配電盤が壊れたというのは柚子生先輩の嘘で、一坂と職員室に行った時、単に校内の照明系の電源だけを切ったのではないか。考えてみれば、そうでなくては、携帯端末の電波が妨害されたままだったのはおかしい。
いくら最後に蟲をコントロールしたところで、自分が死んだ後に、蟲達がちゃんと私を見逃してくれるかどうかは分からない。柚子生先輩はそのために、外部と連絡を取れるようにして保険をかけてくれた。
考え過ぎかもしれない。でも、そう信じたい。柚子生先輩は、最後の瞬間だけでなく、夜煌蟲を体に迎え入れてからもずっと、あの体の中に存在していたのだから。
私は頭の中で言葉を整理してから、斯波方先輩の携帯端末で110番に電話をかけた。
今夜あったことを順を追って説明しようとしたけど、結局は途中で支離滅裂になり、半分も言い終わらない内に警察の方から「今から行くので、そこを動かないように」と言われて、電話を切った。
警察は、私を保護して、安全に家に帰してくれるだろう。今夜のことがニュースにでもなれば、周囲の人々や見知らぬ他人が温かい言葉をかけて、優しく私を取り扱ってくれるのだと思う。もしかしたら、あの母親でさえも。
でも、今夜起こったことを分かち合える人は、誰もいない。
こんな悲しみも、未曾有の夜も、直接の体感と共に語り合える人はどこにもいない。
今まで、誰とも分かり合いなどせずにずっと一人だった。これからも、一人というだけだ。でも、そんな孤独に、今の私はもう、耐えられないくらい怯えている。
これから先の人生は、どれほど寂しいんだろう。
胸がちぎれそうだった。体ごと、校庭の冷たい空気の中で押しつぶされてしまうような気がした。
これなら、人形でいた方がましだったんじゃないだろうか。
まるで、自殺。
夜煌蟲の――自殺。
これは柚子生先輩の、最後のコントロールによるものなんじゃないだろうか。そうでなくては、蟲がこんな行動を取る理由は無い。
それとも柚子生先輩一人ではなくて、もしかしてあなた達、皆の意志なんですか。
記憶には、意志も宿るのですか。
そう訊きたくても、誰に訊いていいのか分からない。
今まで、特別必要も無いと思いながら必要最小限に接して来た『他人』達は、皮肉にも私が人間として再生した日に、皆失われてしまった。
生命体の消え失せた学校の校庭の隅で、私はただ一人、かがり火のような緑光が立ち上るプールを見つめながら立ち尽くしていた。
私には、何が残ったのだろう。知らず、自分の体を両手で抱く。
すると制服のポケットに、固いものの感触があった。取り出してみると、斯波方先輩が渡してくれた携帯端末だった。形見になってしまったけど、先輩の家族に返さなくてはならない。
そして私は、その液晶画面を見て驚いた。通信可能のマークが点っている。
いつの間に復活したのだろうと訝しんで、ひとつ、思い浮かんだ。
柚子生先輩はさっき教頭の机で操作していたパネルで、電波の制限を解除したんじゃないだろうか。配電盤が壊れたというのは柚子生先輩の嘘で、一坂と職員室に行った時、単に校内の照明系の電源だけを切ったのではないか。考えてみれば、そうでなくては、携帯端末の電波が妨害されたままだったのはおかしい。
いくら最後に蟲をコントロールしたところで、自分が死んだ後に、蟲達がちゃんと私を見逃してくれるかどうかは分からない。柚子生先輩はそのために、外部と連絡を取れるようにして保険をかけてくれた。
考え過ぎかもしれない。でも、そう信じたい。柚子生先輩は、最後の瞬間だけでなく、夜煌蟲を体に迎え入れてからもずっと、あの体の中に存在していたのだから。
私は頭の中で言葉を整理してから、斯波方先輩の携帯端末で110番に電話をかけた。
今夜あったことを順を追って説明しようとしたけど、結局は途中で支離滅裂になり、半分も言い終わらない内に警察の方から「今から行くので、そこを動かないように」と言われて、電話を切った。
警察は、私を保護して、安全に家に帰してくれるだろう。今夜のことがニュースにでもなれば、周囲の人々や見知らぬ他人が温かい言葉をかけて、優しく私を取り扱ってくれるのだと思う。もしかしたら、あの母親でさえも。
でも、今夜起こったことを分かち合える人は、誰もいない。
こんな悲しみも、未曾有の夜も、直接の体感と共に語り合える人はどこにもいない。
今まで、誰とも分かり合いなどせずにずっと一人だった。これからも、一人というだけだ。でも、そんな孤独に、今の私はもう、耐えられないくらい怯えている。
これから先の人生は、どれほど寂しいんだろう。
胸がちぎれそうだった。体ごと、校庭の冷たい空気の中で押しつぶされてしまうような気がした。
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