棘を編む繭

クナリ

文字の大きさ
19 / 45

第三章 8 

しおりを挟む
 エツと別れて、シイカは駅に向かって歩いていた。胸中は複雑だった。成就する見込みのない恋でも、本人と触れ合ってその人となりを知ってしまうと、その想いを消してしまうというのはかなり気が引ける。
「ねえ」
 うつむきがちに歩いていたせいで、シイカは、自分が呼ばれているのに気づかなかった。シイカの目の前の歩道に、欧華橋高校の制服を着た女子高生が立っている。
「あなた、一年でしょ? あの変な部に入るの? やめた方がいいよ、尾幌さんと空木君がいちゃついてんの見るだけだから」
「え? あの」
「先生もあんまり来ないっていうし、二人で準備室で何してるんだか」
 少々釣り目がちの双眸に、くるくるとした髪質のショートカットで、かなり気が強そうに見える。そして、明らかにシイカに好意を持っていない。
 クツナやクツゲン、エツのように、ある程度好意的に会話ができる相手ならまだしも、遠慮のない口調で一方的に話してくるタイプとは、シイカはまだ普通に会話ができない。手のひらの中に汗がにじみ、顔が紅潮してくる。ただの高校生が相手だというのに、緊張がたちまち恐怖を連れてきた。
 ――あ、でも、もしかして。
「もしかして、……空木先輩の」
「ほんと、騙されたって感じ」
 女子高生はがりがりと側頭部を爪でかいた。
「二人ともただの友達とか言ってるけど、男女の友情とか、ありえないでしょ。あの二人、高校生になってからもお互いの家に泊まったりしてんのよ。しかも親が出かけてる日に」
「それは、……」
 確かにちょっとよくないかな、とシイカは胸中で思う。
「あの二人、付き合ってないって方が不自然なんだって。お互いに大事で大事でたまらないって顔してて、でもそれ以上には近づかないの。意味分かんない」
 少し身を乗り出した女子高生に気圧されたシイカが同じだけのけぞった時、今度は別の声が響いた。
「よせよ」
「うぇ、空木君」
 シイカたちの脇に、一人の男子高校生が立っていた。さっき欧華橋高校の昇降口で見た顔だ。緩い七三、黒く細いフレームの眼鏡。空木トワノだ。
 女子高生は、つまらなそうな顔をして立ち去る。
 トワノは嘆息して、シイカに会釈した。
「エツと帰り際にいた子だな。済まない、部室でエツといちゃついてるなんてつもりは全くないんだが」
「いえ、そんな風には、思ってません、から」
 今の女子高生相手の時ほどではないが、やはり男子が相手となると、シイカはエツに対してと同じほどには気楽にはしゃべれない。少しずつ言葉がつかえてしまう。
「もし興味があれば、気軽に部室に来てくれるとありがたい。今日は、エツが久しぶりに楽しそうにしていた」
「そ、そうですね。また。……あのう」
「ん?」
「今の女の人、私と尾幌先輩が、あの喫茶店から出てくるまで、ずっと待ってたんでしょうか。なかなか、偶然とは思えない、タイミングだったんですけど」
「ああ、そうだな」
 それだけ、トワノに未練があるのだろうとシイカにも分かる。しかし今、それより重要なのは。
「……それが分かるということは、空木先輩は、私たちを見張っていたあの人を、さらに見張ってたという、ことです……か?」
 五秒ほど、トワノが静止した。そして腰から上半身を折り、さっきの会釈よりもさらに深く頭を下げる。
「本当に済まない。どうしても、エツのことが気になったんだ。もうしない。約束する」
「い、いえ、そうじゃないんです。ただ」
 トワノが首だけを上げてシイカを見、促すように疑問符を顔に浮かべた。
「ただ、……尾幌先輩のこと、大切なんですね。すごく」
 微笑みを浮かべたトワノは、体を起こした。すらりとした体躯が、姿勢よく伸びる。
「そうなんだ。エツには幸せになってほしい。君もよかったら、エツの友達になってやってくれ」
 トワノとは、それで別れた。シイカは駅に着くと、電車待ちの間、今日あったことをメッセージアプリでクツナに送った。少なくともそれだけの内容で、クツナが早速繭使いに乗り出したりしないよう、極力慎重な文面で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...