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第三章 8
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エツと別れて、シイカは駅に向かって歩いていた。胸中は複雑だった。成就する見込みのない恋でも、本人と触れ合ってその人となりを知ってしまうと、その想いを消してしまうというのはかなり気が引ける。
「ねえ」
うつむきがちに歩いていたせいで、シイカは、自分が呼ばれているのに気づかなかった。シイカの目の前の歩道に、欧華橋高校の制服を着た女子高生が立っている。
「あなた、一年でしょ? あの変な部に入るの? やめた方がいいよ、尾幌さんと空木君がいちゃついてんの見るだけだから」
「え? あの」
「先生もあんまり来ないっていうし、二人で準備室で何してるんだか」
少々釣り目がちの双眸に、くるくるとした髪質のショートカットで、かなり気が強そうに見える。そして、明らかにシイカに好意を持っていない。
クツナやクツゲン、エツのように、ある程度好意的に会話ができる相手ならまだしも、遠慮のない口調で一方的に話してくるタイプとは、シイカはまだ普通に会話ができない。手のひらの中に汗がにじみ、顔が紅潮してくる。ただの高校生が相手だというのに、緊張がたちまち恐怖を連れてきた。
――あ、でも、もしかして。
「もしかして、……空木先輩の」
「ほんと、騙されたって感じ」
女子高生はがりがりと側頭部を爪でかいた。
「二人ともただの友達とか言ってるけど、男女の友情とか、ありえないでしょ。あの二人、高校生になってからもお互いの家に泊まったりしてんのよ。しかも親が出かけてる日に」
「それは、……」
確かにちょっとよくないかな、とシイカは胸中で思う。
「あの二人、付き合ってないって方が不自然なんだって。お互いに大事で大事でたまらないって顔してて、でもそれ以上には近づかないの。意味分かんない」
少し身を乗り出した女子高生に気圧されたシイカが同じだけのけぞった時、今度は別の声が響いた。
「よせよ」
「うぇ、空木君」
シイカたちの脇に、一人の男子高校生が立っていた。さっき欧華橋高校の昇降口で見た顔だ。緩い七三、黒く細いフレームの眼鏡。空木トワノだ。
女子高生は、つまらなそうな顔をして立ち去る。
トワノは嘆息して、シイカに会釈した。
「エツと帰り際にいた子だな。済まない、部室でエツといちゃついてるなんてつもりは全くないんだが」
「いえ、そんな風には、思ってません、から」
今の女子高生相手の時ほどではないが、やはり男子が相手となると、シイカはエツに対してと同じほどには気楽にはしゃべれない。少しずつ言葉がつかえてしまう。
「もし興味があれば、気軽に部室に来てくれるとありがたい。今日は、エツが久しぶりに楽しそうにしていた」
「そ、そうですね。また。……あのう」
「ん?」
「今の女の人、私と尾幌先輩が、あの喫茶店から出てくるまで、ずっと待ってたんでしょうか。なかなか、偶然とは思えない、タイミングだったんですけど」
「ああ、そうだな」
それだけ、トワノに未練があるのだろうとシイカにも分かる。しかし今、それより重要なのは。
「……それが分かるということは、空木先輩は、私たちを見張っていたあの人を、さらに見張ってたという、ことです……か?」
五秒ほど、トワノが静止した。そして腰から上半身を折り、さっきの会釈よりもさらに深く頭を下げる。
「本当に済まない。どうしても、エツのことが気になったんだ。もうしない。約束する」
「い、いえ、そうじゃないんです。ただ」
トワノが首だけを上げてシイカを見、促すように疑問符を顔に浮かべた。
「ただ、……尾幌先輩のこと、大切なんですね。すごく」
微笑みを浮かべたトワノは、体を起こした。すらりとした体躯が、姿勢よく伸びる。
「そうなんだ。エツには幸せになってほしい。君もよかったら、エツの友達になってやってくれ」
トワノとは、それで別れた。シイカは駅に着くと、電車待ちの間、今日あったことをメッセージアプリでクツナに送った。少なくともそれだけの内容で、クツナが早速繭使いに乗り出したりしないよう、極力慎重な文面で。
「ねえ」
うつむきがちに歩いていたせいで、シイカは、自分が呼ばれているのに気づかなかった。シイカの目の前の歩道に、欧華橋高校の制服を着た女子高生が立っている。
「あなた、一年でしょ? あの変な部に入るの? やめた方がいいよ、尾幌さんと空木君がいちゃついてんの見るだけだから」
「え? あの」
「先生もあんまり来ないっていうし、二人で準備室で何してるんだか」
少々釣り目がちの双眸に、くるくるとした髪質のショートカットで、かなり気が強そうに見える。そして、明らかにシイカに好意を持っていない。
クツナやクツゲン、エツのように、ある程度好意的に会話ができる相手ならまだしも、遠慮のない口調で一方的に話してくるタイプとは、シイカはまだ普通に会話ができない。手のひらの中に汗がにじみ、顔が紅潮してくる。ただの高校生が相手だというのに、緊張がたちまち恐怖を連れてきた。
――あ、でも、もしかして。
「もしかして、……空木先輩の」
「ほんと、騙されたって感じ」
女子高生はがりがりと側頭部を爪でかいた。
「二人ともただの友達とか言ってるけど、男女の友情とか、ありえないでしょ。あの二人、高校生になってからもお互いの家に泊まったりしてんのよ。しかも親が出かけてる日に」
「それは、……」
確かにちょっとよくないかな、とシイカは胸中で思う。
「あの二人、付き合ってないって方が不自然なんだって。お互いに大事で大事でたまらないって顔してて、でもそれ以上には近づかないの。意味分かんない」
少し身を乗り出した女子高生に気圧されたシイカが同じだけのけぞった時、今度は別の声が響いた。
「よせよ」
「うぇ、空木君」
シイカたちの脇に、一人の男子高校生が立っていた。さっき欧華橋高校の昇降口で見た顔だ。緩い七三、黒く細いフレームの眼鏡。空木トワノだ。
女子高生は、つまらなそうな顔をして立ち去る。
トワノは嘆息して、シイカに会釈した。
「エツと帰り際にいた子だな。済まない、部室でエツといちゃついてるなんてつもりは全くないんだが」
「いえ、そんな風には、思ってません、から」
今の女子高生相手の時ほどではないが、やはり男子が相手となると、シイカはエツに対してと同じほどには気楽にはしゃべれない。少しずつ言葉がつかえてしまう。
「もし興味があれば、気軽に部室に来てくれるとありがたい。今日は、エツが久しぶりに楽しそうにしていた」
「そ、そうですね。また。……あのう」
「ん?」
「今の女の人、私と尾幌先輩が、あの喫茶店から出てくるまで、ずっと待ってたんでしょうか。なかなか、偶然とは思えない、タイミングだったんですけど」
「ああ、そうだな」
それだけ、トワノに未練があるのだろうとシイカにも分かる。しかし今、それより重要なのは。
「……それが分かるということは、空木先輩は、私たちを見張っていたあの人を、さらに見張ってたという、ことです……か?」
五秒ほど、トワノが静止した。そして腰から上半身を折り、さっきの会釈よりもさらに深く頭を下げる。
「本当に済まない。どうしても、エツのことが気になったんだ。もうしない。約束する」
「い、いえ、そうじゃないんです。ただ」
トワノが首だけを上げてシイカを見、促すように疑問符を顔に浮かべた。
「ただ、……尾幌先輩のこと、大切なんですね。すごく」
微笑みを浮かべたトワノは、体を起こした。すらりとした体躯が、姿勢よく伸びる。
「そうなんだ。エツには幸せになってほしい。君もよかったら、エツの友達になってやってくれ」
トワノとは、それで別れた。シイカは駅に着くと、電車待ちの間、今日あったことをメッセージアプリでクツナに送った。少なくともそれだけの内容で、クツナが早速繭使いに乗り出したりしないよう、極力慎重な文面で。
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