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第三章 砕け散らずにいられたありふれた幸福の形
青四季海と、両想いの鮎草亜由歌
しおりを挟む亜由歌の家に入り、ドアを閉めるなり、海は亜由歌をかき抱いた。
そして、最初の時とはまるで違う、激しく深いキスをした。
亜由歌の息も乱れている。
思えば、海から亜由歌にこんなにも強く触れるのは初めてなのだ。
海は、すぐに、亜由歌の体の感触に、服越しに溺れていった。布一枚向こうの生身に、五感が吸い込まれていく。
そして亜由歌のワンピースの裾をまくり、中に手を入れた。
亜由歌の体がびくりと震える。
海は、ここでつながろうとしたわけでも、下着を脱がせようとしたわけでもない。ただ、亜由歌の熱い素肌に触れたくて、夢中だった。
亜由歌の腿の温かさと柔らかさは、暴力的ですらあった。
海の指が、亜由歌の下着の縁に触れた。
「あ、か、海くんっ」
「うん? ……」
「いいよ、いいの。いいんだけど、シャ、シャワー。シャワー浴びても、いいかな……?」
言葉の形は質問だったが、中身はお願いだった。
海はそんなことは気にしないし今すぐ先へ進みたかったが、理性を欠いていたのは自覚している。亜由歌の気持ちを無視してしまうなら、自分に彼氏の資格はない。
「もちろん――もちろん。あ、でも」
「なに?」
「おれも一緒に入っても」
「だめです!」
海にしても、言ってみただけだったので、おとなしく引き下がることにした。
最低限の自制が効いたのは、海に「仕事」の経験があったからかもしれない。
「あ、……でも、」バスタオルを取りに行こうとした亜由歌が振り返って言った。
「どうした?」
「どうしても、ってことなら……つ、つ、次の時ねっ」
・
亜由歌の後で海もシャワーを浴び、初めて、二人で裸で、亜由歌のベッドに入った。
しばらく抱きしめあってから、海が体を起こす。
そして、海が始まった。
首筋や肩を唇と指で、わき腹や腕を手のひらで包むように、それぞれ亜由歌の体がなぞられていく。
鎖骨が舌でたどられると、くすぐったさと快感が亜由歌を震えさせた。
海は、その反応から、亜由歌に気持ちよさだけを感じさせる触れ方を悟り、実行する。
少年は、すべての神経を亜由歌の体に注いで、その指と舌が、自分の体感には未熟な亜由歌の性欲をどんどんむき出しにしていった。
それでも、羞恥心から、亜由歌は唇を噛んで声をこらえる。
ずっと欲し続けたものにじかに触れて、息遣いも触れ方もとめどなく激しくなっていく海の、けれどすべての動きが優しい。
亜由歌には、海が、人間の少年というより、獰猛な狼かなにかのように思えた。
その気になればたやすく噛み破ってしまえる亜由歌の肌を、けだものが、その牙の鋭さと強度のことごとくを愛撫に変えて襲ってくる。
交わす言葉も余裕も、一片もない。けれど込められるだけの思いやりを込めて。
あの海がこんなになるのか、と亜由歌は恐れとともに喜びも抱いた。体を笑われるかもしれない、などというのはまったくの杞憂だった。
亜由歌の体温も上がっていたが、海のそれははるか上で、いつか発火しそうなほどの熱を包んだ熱い生き物が、なめらかな肌で亜由歌に覆いかぶさってくる。そうされると、肌が接触したすべての箇所が性感帯同然に感じた。
亜由歌の胸が、海につかまれた。
愛撫の形は乱暴だが、込められた力は穏やかで、胸の先端を唇で挟まれ、舌で弾かれると、
「あッ」
と、とうとう亜由歌の口から声が出た。
海の顔が下へ降りていく。
衣服をなにもつけていない亜由歌は、反射的に、強く足を閉じようとした。
しかし、海の両手も下半身へ降りてきて、腰や下腹によどみなくももどかしい愛撫が続くと、つい力が抜けてしまう。
その足を、海が割り開いて、真ん中に体を沈めた。
指先で亜由歌のくぼみに触れると、そこはもう滔滔と濡れていた。
「ああ……」
亜由歌が、観念したような、断念したような、切ない声を漏らす。
とうとう、おれにしてくれたことと、同じことができる。
その喜びにとらわれた海は、容赦がなかった。
すでに目覚めていた亜由歌の尖りを舌先で掘り起こし、舌の表面を大きく使って何度も円を描いてから、不意を突いて上下に細かくこすらせる。
それを、亜由歌の反応を見ながら、最も好まれる動きを見抜き、より亜由歌が好むものを選択して繰り返していった。
「ああ……! あ、うあ、は……」
海が動きを加えるたびに、亜由歌の声が大きくなった。
もう、切れ目なく喘ぎ声が部屋に反響してしまっている。
一番の未熟な弱点に、的確過ぎる攻めを受けてしまい、数秒ごとに、自分の体が体験した快感の最大値が更新されていく。
「ああああ……!」
亜由歌の耳に、遠く、誰かの叫び声が聞こえた。
それが自分の口から出ていることに、しばらく気づかなかった。
一度目の絶頂に、亜由歌は、いきなりさらされた。
びくんと腰と背中が震えて固まり、わけの分からないうちに、自分は今いったのだという感覚だけが残される。
亜由歌は、もっと、海に正確に伝えたかった。
今いったよ、気持ちよかったよ、凄く嬉しい、ありがとう。
そう言いたい。謝意を言葉にして告げたい。それなのに、口からは、吐息と喘ぎ声だけしか出すことができない。
そんな、と思っているうちに、二度目の絶頂がやってきた。
「く、ふう……!」
なんとか息を落ち着けて、海に言葉を、言いたい、言わなくては、と思うのだが、絶頂直後の独特の無力感にとらわれているうちにもどんどん海の打ち込んでくる快楽の弾丸が溜まり、それが体の奥で一気に弾けて、また亜由歌の舌が空を切る。
亜由歌は頭を抱えた。いつかの海のように。
海にはそれが見えていない。
二度目や三度目の絶頂の余韻がまだ残っているのに、そこに合わせ掛けで、重複した分厚い快感が送り込まれ、亜由歌はおかしくなりそうだった。
このまま続けられたら、自分はどこか、後戻りできないところまで行ってしまうのではないか、という恐怖さえ芽生えてくる。
いってるよ。
海くん、私、いってる。
だからいいの、もう。
もうだめ。
許して、ごめんなさい、という言葉が亜由歌の口から漏れているのを、海はようやく気づいた。
そして、体を起こす。
朦朧としたまま、亜由歌は、それを見た。
今までになんどもそれをかわいがり、追い込み、果てさせてきた。
しかし、今までに見たいつの時よりも、それは大きく、ひどく感情的に見えた。海という優しいけだものが持つ、もっと飾り気のない、もう一つの凶暴なけだもの。
男の体の中で、唯一、感情に任せて形を変える剥き出しの部分。
海の性欲は強い。
その反り返り方は、肉食獣の牙に見えた。自ら濡れているのが、乾いているよりもさらに獰猛さを色濃く表して見える。
あんなものが、体の中に入ってくるなんて、信じられなかった。
あんなものが入る場所は、私にはない。亜由歌の体が、初めて、純度の高い恐怖で震えた。
その一方で、亜由歌の足は、閉じようとしなかった。
迎え入れたがっている。そう望んでいる。こんなにも怖いのに。その気持ちは相反せず、両立する。
「亜由歌、いい?」
「……うん」
入り口はすぐに探り当てられた。
亜由歌の肩はまた震えたが、先端が沈み込むと、思ったよりも大丈夫かもしれないと思えた。
試練はその後に来た。
本当に体が裂けてしまうのではないかと思えた。
海のほうも、初めての経験に、想像以上の抵抗を感じて、狼狽があった。
しかしここで戸惑う姿を見せるべきではないと、慎重に亜由歌の様子を見ながら腰を進める。
しかし。
(狭い……!)
これで本当に合っているのか、疑わしくなる。
海の怒張があまりのきつさにあえいでいるのだから、亜由歌のほうはそれとは比べ物にならない苦痛に襲われているだろうことは察せられた。
必要以上に傷つけたくはない。
本当にそう思う。
なのに、ペニスだけが、挿入前から備えた荒々しさをまったく潜めない。
海にすれば自分の体の一部分なのに、まるで言うことを聞いてくれない。
もう少し、小さく、柔らかくなれないのか。
そう自責しても、亜由歌の泣きそうな顔も、苦悶の声も、巻き起こるなにもかもを欲望に変えて、海のそれは熱も硬さも増すばかりだった。
「あ、……あ、あ……ぐ……」
上に逃れようとする亜由歌の頭がベッドの縦板に当たりそうになり、海はその体を包むようにして抱きしめた。
亜由歌がうなずく。
そして海が亜由歌の体を押さえたために、挿入の進行が一気に進んだ。
「うぐううッ!」
亜由歌の食いしばった歯から苦悶の声がこぼれる。
痛い。やめて欲しい。でも、絶対にやめて欲しくない。
亜由歌の腰が揺れた。それが、海をさらに奥まで誘おうとしているのだと気づいた時、とうとう海は最奥まで亜由歌を貫いた。
(これが、亜由歌の……)
先端に、鈍く、行き止まりを感じる。
(……亜由歌の、一番奥……)
亜由歌の入り口と、海の根元が、ぴったりと密着していた。その肌の触れ合いがとても心地いい。
海は動けなかった。動く必要がないくらいの快感と幸福で、そのすべてを指と唇に込めて、手と口が届く亜由歌の箇所ことごとくを撫で、なぞり、ついばんで、キスをした。
乾いてしまう前に、海は亜由歌から離れた。
もっと慣れてからならばともかく、許容量を恐らく超えているのだろう今の亜由歌の中で、射精するまで動こうなどとは思いもよらなかった。
体の緊張と心の安堵による汗がびっしょりの海を、今度は亜由歌が優しく抱いた。
そしてその手が、海のペニスに伸ばされる。
「あ、亜由歌? いいんだ、無理しなくて」
「ううん。私がこうしたいの」
亜由歌の手が上下に動き出す。
どちらからともなく体が寄り添い、唇が重なった。初め互いに遠慮がちだったキスは、どんどん深くなっていく。
一度硬さを弱めていたペニスが、再び完全に勃起した。
亜由歌が、すっかり知り尽くした海の弱点の、段差と、先端の裏側を、巧みにとらえて追い詰めていく。
もう一度自ら濡れ出したペニスは、そのぬるつきの中で、痛みに変わる一歩手前の絶妙の力加減でしごかれると、手も足も出ないままに限界を迎えた。
ただでさえ、幸福のただなかにいて無防備な海は、ひとたまりもなかった。
「あ……亜由歌、……いく……」
「いいよ……このままで、いい……?」
「だめ、……だめだ」
「だめ? なにがだめ? ……どうして欲しい?」
「先のところを、手でくるんでくれ……じゃないと、たくさん出るから……亜由歌のベッド、汚ッ……ッ」
「出ちゃう? いっぱい出ちゃうの? いつもみたいに? 海くん、凄く勢いよく出すもんね……?」
話しながらも、亜由歌は手を止めない。
「そ、そうだよッ……亜由歌……あっ、おれ、亜由歌……! ……見て、亜由歌、あ……おれのいくところ……!」
びくんッ、と海の顎が跳ね上がった。そして、
びゅうッ!
「きゃあっ!?」
量も濃さも、今までのどの時よりも多かった。
嘘のような高さに打ち上げられた特濃の塊が、空中で一瞬止まってから落下し、ぱたたッと海と亜由歌の肌へ落ちて音を立てる。
亜由歌は慌てて手のひらでペニスの過敏な先端をくるんだ。
そしてぐにぐにと強めにこね回す。
「ごめんね海くん、間に合わなくて……いいよ、もっといって!」
手のひらの凹凸やしわまで分かるほどに鋭敏になった弱点に、容赦なく追い打ちを受けて、海はいよいよかつてない絶頂に打ちのめされた。
「ああ、亜由歌……! あ、ゆ、う、あ、だめ……ああーッ……!」
「いいよ、好きなんでしょう、これ? ずっとしてあげる、全部出るまで……」
びゅッ! びゅ、びッびゅッ!
射精はさらに断続的に続き、何度も亜由歌の手のひらを叩いた。
瞬く間に、先端を覆う亜由歌の手から精液があふれ、半固体の白い塊が、すでに限界を超えているはずなのに萎えるどころかなお反り返るペニスを包んでいく。
それを新たな潤滑油にして、亜由歌は幹をしごいた。手のひら全体を使って、ゆっくりと、ペニス全体を愛おしむようにして、時折先端まで触れると、びくりと海の体が喜びの残滓に震える。
いつしか、海は泣いていた。
快感に支配されたまま、気がついたら、亜由歌を強く抱きしめていた。
そのために亜由歌の手技がようやく中断され、海は、やっと口が利けるようになった。
「亜由歌……」
「なに、海くん」
なにか言おうとしたわけではない。
しかしなにかを言いたくなって、海は、
「好きだ」
とだけ告げた。
亜由歌が、私も好き、と言って、涙を浮かべた。
性欲が抜け落ちた体に残ったのは、あどけなく澄んだ純粋な感情だった。
応援ありがとうございます!
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