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<プロローグ 江藤樹里の今まで>
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<プロローグ 江藤樹里の今まで>
夜、眠ろうと思って、目を閉じて。
次に瞼を開いたら、そこは私の知らない場所だった。
「どこ……ここ?」
空が、どこまでも、突き抜けるように青い。白い鳥が二三羽、蒼穹を横切って羽ばたいているのが見えた。
視線を下すと、そこには、ヨーロッパのような(行ったことないけど)大きな白いお城がそびえ立っている。いかめしく高い城壁の向こうに、いくつかの楼閣が見えた。
私がいる場所は、庭園のようだった。すぐ横にはバラの植え込みがあって、大輪の白バラがいくつも咲いている。この一角はバラ園ってことかな。でも柵やアーチが瀟洒で立派な割に、枯れかけたり、しおれている花弁も目立っていた。……今って、バラの季節だっけ?
庭園には、凝った形のベンチや鉄細工のアーチがそこかしこにあって、どう見てもそれらは、日本のものだとは思えなかった。
いや、日本にも外国を模した装飾の庭園くらいたくさんあるんだろうけど、花の質感というのか、場の空気感というのか、土や芝生の様子からしても明らかに日本のそれとは違っている。
……外国だ。
私――江藤樹里二十七歳は、生まれも育ちも日本の千葉県北西部で、海外旅行はおろか本州を出たこともない。
なのに、どうして。
「ここ、どこ……?」
さっきと同じ疑問を口にしながら、きょろきょろとあたりを見回す。
すると、知らない女の人が私に駆け寄ってくるのが見えた。
「ユーフィニア様! いきなり姿が見えなくなりましたので、心配しましたよ!」
彼女は、見た感じ二十代前半くらい。ブラウンの髪と瞳で、いわゆるメイド服みたいな、白黒のワンピースを着ていた。この人も、日本人には見えない……けど、言葉は日本語だな。
白いシンプルなヘッドドレスでまとめた髪をぶんぶん横に振って、彼女は近づいてくる。
「聞いておられるのですか? ユーフィニア様がもう少し思慮深くなってくださらないと、わたくしも、お暇をいただく可能性がないわけではないのですよ!」
女の人は、怒っているみたいだ。眉尻が吊り上がって、パフスリーブに包まれた肩をいからせている。
ユーフィニアという人に話しかけているらしいけど、彼女の進行方向には私しかいない。
「お返事くらいなさったらどうなんです!」
とうとう女の人は、私の前で立ち止まってしまった。
私の目を、その怒気をはらんだ目でまっすぐににらんでいる。
「えっと……私に話しかけてます……か?」
違いますよね、という意味で訊いたのだけど。
「あなたのほかに、ユーフィニア・ヘルハウンズ様がおられるんですか? 私まで去ればほかの者もついに愛想を尽かし、いよいよあなた様の身の周りの世話をする者はいなくなりますよ。それをお覚悟の上でなら、お好きになさい!」
全然話が通じない。
どうしよう。
……待って。ヘルハウンズ? どこかで聞いたような……。
えっ。
ま、まさか。
「あの、えーと……」
「おやおや、また記憶喪失のふりですか? このマティルダのことも、すっかりお忘れになられたわけでしょうか?」
女の人は、半眼で私をちろりとねめつけた。
「あ、マティルダさんというんですね。あの……ここは、どこでしたっけ?」
「どことは? ヘルハウンズ城の外庭、祝福のバラ園という以外に、お答えがありますか?」
ユーフィニアもマティルダも聞いたことはない。
でも、ヘルハウンズ。ヘルハウンズ城。そうだ、聞き覚えが――その名前に見覚えがある。
私がここ数年やりこんでいるスマホゲーム、ハイグランド・シンフォニーに、背景の一枚絵としてだけ登場する、あのお城だ。
ということは。
「マティルダ、さん。ここの城主……つまり、王様とか、あと王子様って……」
「しらじらしくさんづけとは、まだそのお遊びを続けられるおつもりですか? 王の名はバルクリア・ヘルハウンズ様、そしてその第一にして唯一の王子はリルベオラス・ヘルハウンズ様ですね」
リルベオラス・ヘルハウンズ――リル!
ハイグラの登場人物で、私の最推しのキャラだ!
とりあえず、ほっぺたをつねった。痛い。
その場でぴょんぴょんとジャンプしてみる。たんたんと着地した。
普通だ。夢だとしたら、もっと身軽だったり、なんなら空だって飛べそうなものなのに。
あと、私は、夢を見ている時にこれが夢だと気づいたことがない。そういう人って、死ぬまでそうなんじゃなかったっけ。
じゃあこれって、現実!? ……異世界転移とか転生ってやつ!?
推しの住んでいる世界の、推しがいる国に!?
「お……おおー! うわあー!」
いきなり奇声を上げた私に、マティルダさんがびくりとして後ずさる。
凄い。私だって、好きなゲームの中に転生とか転移なんてできたらいいなと思ったことはあるけど、まさか実現するなんて。
でも、待って。
手を見下ろすと、現世での私のそれとは、形が少し違う。どの指もしなやかに長くて、肌は絹のようになめらかで。
どうやら、これは転移ではないみたいだ。「私」の体じゃない。
もし転生なら、「誰」に転生したのかが大事になってくる。
どうやら体は女性だし、年齢も元の私とそこまで大きくは違わない――二十代くらい?――ように思えるけど、誰だろう?
ハイグラなら、メインキャラはもちろん、サブキャラもほとんど私の頭の中に入ってはいるけど、その中の誰かだろうか。
「あのっ、マティルダさん! 鏡とか持ってないですか!?」
「……ありますよ。どうぞ。乗りかかった泥船です、飽きるまでおつき合いしましょう」
マティルダさんが小型の手鏡を出してくれたので、震える手でそれを受け取る。
すうはあと深呼吸した。
私は誰に転生しているのか。第一志望は、やっぱり、ヒロインのアリスだ。
■
夜、眠ろうと思って、目を閉じて。
次に瞼を開いたら、そこは私の知らない場所だった。
「どこ……ここ?」
空が、どこまでも、突き抜けるように青い。白い鳥が二三羽、蒼穹を横切って羽ばたいているのが見えた。
視線を下すと、そこには、ヨーロッパのような(行ったことないけど)大きな白いお城がそびえ立っている。いかめしく高い城壁の向こうに、いくつかの楼閣が見えた。
私がいる場所は、庭園のようだった。すぐ横にはバラの植え込みがあって、大輪の白バラがいくつも咲いている。この一角はバラ園ってことかな。でも柵やアーチが瀟洒で立派な割に、枯れかけたり、しおれている花弁も目立っていた。……今って、バラの季節だっけ?
庭園には、凝った形のベンチや鉄細工のアーチがそこかしこにあって、どう見てもそれらは、日本のものだとは思えなかった。
いや、日本にも外国を模した装飾の庭園くらいたくさんあるんだろうけど、花の質感というのか、場の空気感というのか、土や芝生の様子からしても明らかに日本のそれとは違っている。
……外国だ。
私――江藤樹里二十七歳は、生まれも育ちも日本の千葉県北西部で、海外旅行はおろか本州を出たこともない。
なのに、どうして。
「ここ、どこ……?」
さっきと同じ疑問を口にしながら、きょろきょろとあたりを見回す。
すると、知らない女の人が私に駆け寄ってくるのが見えた。
「ユーフィニア様! いきなり姿が見えなくなりましたので、心配しましたよ!」
彼女は、見た感じ二十代前半くらい。ブラウンの髪と瞳で、いわゆるメイド服みたいな、白黒のワンピースを着ていた。この人も、日本人には見えない……けど、言葉は日本語だな。
白いシンプルなヘッドドレスでまとめた髪をぶんぶん横に振って、彼女は近づいてくる。
「聞いておられるのですか? ユーフィニア様がもう少し思慮深くなってくださらないと、わたくしも、お暇をいただく可能性がないわけではないのですよ!」
女の人は、怒っているみたいだ。眉尻が吊り上がって、パフスリーブに包まれた肩をいからせている。
ユーフィニアという人に話しかけているらしいけど、彼女の進行方向には私しかいない。
「お返事くらいなさったらどうなんです!」
とうとう女の人は、私の前で立ち止まってしまった。
私の目を、その怒気をはらんだ目でまっすぐににらんでいる。
「えっと……私に話しかけてます……か?」
違いますよね、という意味で訊いたのだけど。
「あなたのほかに、ユーフィニア・ヘルハウンズ様がおられるんですか? 私まで去ればほかの者もついに愛想を尽かし、いよいよあなた様の身の周りの世話をする者はいなくなりますよ。それをお覚悟の上でなら、お好きになさい!」
全然話が通じない。
どうしよう。
……待って。ヘルハウンズ? どこかで聞いたような……。
えっ。
ま、まさか。
「あの、えーと……」
「おやおや、また記憶喪失のふりですか? このマティルダのことも、すっかりお忘れになられたわけでしょうか?」
女の人は、半眼で私をちろりとねめつけた。
「あ、マティルダさんというんですね。あの……ここは、どこでしたっけ?」
「どことは? ヘルハウンズ城の外庭、祝福のバラ園という以外に、お答えがありますか?」
ユーフィニアもマティルダも聞いたことはない。
でも、ヘルハウンズ。ヘルハウンズ城。そうだ、聞き覚えが――その名前に見覚えがある。
私がここ数年やりこんでいるスマホゲーム、ハイグランド・シンフォニーに、背景の一枚絵としてだけ登場する、あのお城だ。
ということは。
「マティルダ、さん。ここの城主……つまり、王様とか、あと王子様って……」
「しらじらしくさんづけとは、まだそのお遊びを続けられるおつもりですか? 王の名はバルクリア・ヘルハウンズ様、そしてその第一にして唯一の王子はリルベオラス・ヘルハウンズ様ですね」
リルベオラス・ヘルハウンズ――リル!
ハイグラの登場人物で、私の最推しのキャラだ!
とりあえず、ほっぺたをつねった。痛い。
その場でぴょんぴょんとジャンプしてみる。たんたんと着地した。
普通だ。夢だとしたら、もっと身軽だったり、なんなら空だって飛べそうなものなのに。
あと、私は、夢を見ている時にこれが夢だと気づいたことがない。そういう人って、死ぬまでそうなんじゃなかったっけ。
じゃあこれって、現実!? ……異世界転移とか転生ってやつ!?
推しの住んでいる世界の、推しがいる国に!?
「お……おおー! うわあー!」
いきなり奇声を上げた私に、マティルダさんがびくりとして後ずさる。
凄い。私だって、好きなゲームの中に転生とか転移なんてできたらいいなと思ったことはあるけど、まさか実現するなんて。
でも、待って。
手を見下ろすと、現世での私のそれとは、形が少し違う。どの指もしなやかに長くて、肌は絹のようになめらかで。
どうやら、これは転移ではないみたいだ。「私」の体じゃない。
もし転生なら、「誰」に転生したのかが大事になってくる。
どうやら体は女性だし、年齢も元の私とそこまで大きくは違わない――二十代くらい?――ように思えるけど、誰だろう?
ハイグラなら、メインキャラはもちろん、サブキャラもほとんど私の頭の中に入ってはいるけど、その中の誰かだろうか。
「あのっ、マティルダさん! 鏡とか持ってないですか!?」
「……ありますよ。どうぞ。乗りかかった泥船です、飽きるまでおつき合いしましょう」
マティルダさんが小型の手鏡を出してくれたので、震える手でそれを受け取る。
すうはあと深呼吸した。
私は誰に転生しているのか。第一志望は、やっぱり、ヒロインのアリスだ。
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