10 / 28
3
しおりを挟む
一夜明けて、月曜日。
リルが私のところに通ってくるのは、毎週水曜と土曜日だという。
できれば、やっぱり、契約だからという理由でそういうことをするのは……避けたい。
だってその契約って、子供を作るためのものだっていうし。別れることを決めた今となっては、余計に慎重になってしまう。
これはもう、誠心誠意お願いしてみるしかないかな……。
「それはそうと、リルに不特定多数の女の子を引き合わせるには、どうするのが手っ取り早いんだろう」
「朝一番からなかなかに不穏なご発言、大変ご機嫌でいらっしゃいますね?」
ベッドの横で、部屋着――私の部屋着の感覚より大きく上振れした素材と仕立てだけど――への着替えを手伝ってくれていたマティルダが、半眼で言ってくる。
「あ、ごめん。口に出てたかな」
「頭の中に出すのも、本来どうかというお言葉ですが。そうですね、穏当な方法としては、パーティでしょうか」
「パーティ……おお……なんとなく聞き慣れてはいるのに、実生活ではまったくなじみのない響き……」
「なじみがない? あれだけのお酒を浴びるような毎日を過ごしておいて、よく……あ、いえ、記憶がないのでしたね。とにかくユーフィニア様がそうした催しを開かれれば、自然な形で姫君たちをお呼びできるかと」
「そういうのって、たとえば今週やりますとかって言えば、できるものなの?」
着替え終わって、姿見――私が持っていたものより三周りは大きい――の前で背中を見ていると、マティルダさんが胸を張った。
「昼間のティパーティでよろしければ。お命じいただければ、メールスワロウを飛ばして、今週末――金曜には開催できますよ」
金曜か。
水曜の夜をなんとかやり過ごせば、金曜の昼間に姫の誰かとリルが接近したら、私への興味が薄れるかも。それを繰り返して、だんだん気持ちがその子のほうに傾いてくれれば、早ければ翌日の土曜の夜から、私とそういうことをする気持ちも薄れていったりする、かも。契約なんて、私から破棄してもいいんだし。……また、怒らせてはしまうだろうけど。
きりきりと胸が痛む。でも、もう決めたんだ。
もともと、リルは二次元の人。文字通り、住む世界が違うんだから、未練なんて持たない。
「マティルダ、お願い。今週の金曜、十月十三日。私が言う通りの人たちを招いてティパーティを開いて」
■
もちろん、パーティの準備をマティルダに任せっきりにするわけはなく、私も一緒になって人やら物やらの手配をした。
これが、こまごまとして、かなり忙しかった。
よくマティルダはあんなに涼しい顔で「お命じいただければ」なんて言ったものだと思う。
だけど実際、彼女の作業はてきぱきとして無駄がなくて、スムーズだ。私なんかより、ずっと仕事のできる人なんだろうな。
そして私のほうも、こういう機会に、この世界の常識や人間関係がどんどん知れるのはありがたかった。
なにが欲しい時はどこへ注文して、その際に気をつけなければなにとなにか。
そうしたことのメモを取りながら目まぐるしく動いていると、ムシュとメサイアがまた驚きの目で私を見ていたけど、一緒に働いていると二人とも家の内外における業務のノウハウをどんどん教えてくれるので、とても助かる。
そしてあっという間に、水曜の夜になり。
「先週末以来だな。また仕事が立て込んで、顔を出せなくてすまなかった。わざと足を遠ざけていたわけではないんだが」
「あ、謝らないでください、リル様」どうしても敬語がぎこちなくなるけども。「私こそ、自分のことで手一杯になっちゃって。あの、それで、言いにくいんですが……」
「見れば分かる。今夜も共寝はなし、だな」
「も……申し訳ない……!」
私は、慣れない体で一日中動き回っていたせいで、日焼けはするわ腰は痛めるわ、ぼろぼろのコンディションになっていた。
夜のことをどう断ろうか悩んでいたので、それが解決したのはありがたいといえばありがたいんだけど。
「ああッ! せっかくリルが来てくれてるのに腰にコルセットつけてベッドに寝っ転がってるなんて、私ってなんて減点妻ッ!」
リルが私の横に座った。ベッドが小さくきしみ、彼の存在感を伝えてくる。
「聞いたよ。昼間に他国の王子を招いて食事会とは、君には珍しいな。そのための作業なんかするから、無理がたたったんだろう。日焼けも体力を奪うしな。そういえば、作業着姿の君を初めて見たと、メイドたちが話していた」
作業着といっても、比較的装飾のない動きやすい服をムシュに借りただけのだけど。
やっぱりユーフィニアの体は根本的に働くのに向いていないのか、少し動くだけでも心身ともにひどく疲れた。
うう。この世界、ジャージってないのかな。
「それにしても、先週からの君は、どうも言動が不安定だな。おれの呼び方も一定しないし」
「はっ。す、すみません!」
ゲームの中のリルに対してはいつも平常語で話しかけていたし――だって次元が違うんだから一方通行なわけで――、名前も呼び捨てにしかしたことがない。
こうして本人と面と向かって話す時は、なるべく対場と状況に合わせた話し方をしたいけど、これがなかなか難しいのだった。
「いいや、謝るほどのことではなくて、……そうだな、今の君のほうが、おれには気が許せて、接しやすいよ。なんというかな、上手く言えないが。……気のせいでなければ、おれのことを慮って、尊んでくれている気がする」
それはだって、尊いから! ……とは言えずに、私は「もちろんです、妻なので!」と言ってごまかした。私がリルの妻だなんて、自分で言っていて、不思議な気持ちになるけれど。
でも……今、私のこと、気が許せるって言ってくれた?
シナリオの中のリルは、いつも戦ってばかりいたから、いくらかでも安らげる時間を作ってあげたいけど。
このユーフィニアの中の私に、それが少しはできていたら、いいな。
「時に、……つまらないことを訊いてしまうかもしれないが」
「え、なに? なんでも訊いて、じゃなくて、訊いてくださいっ」
「ああ。……結婚式以来、ここにおれ以外の男は来ているのか?」
「男の人? あ、香草の行商の人とか、クリーニングの人は来たかな」
リルが頭をかいた。
「いや、そうではなくて。つまり、君の、遊び相手がだ。何人かいただろう」
はっとして起き上がろうとして、腰がぎしりと痛んだ。
「くっ!」
「ああ、動くな。……悪かった、変なことを訊いて」
「ううん、そうだよね、気になるよね! 前の私が私だから――ですから!」
「前の?」
聞き返されて、慌てる。
「あ、だから、結婚式の前ってことです! でも、もう絶対にしません。昔のことも、……後悔しています。覚えてないけど、リルっていう人がいるのに、恥ずかしいことをしていたなって思います……」
本当は私がやったことじゃないけど、それでは通らないだろうから。
腹ばいの私は、首だけを上げてリルを見た。
目と目が合う。
「一応言っておくが、君を責めるつもりはない。おれの知らない、君なりの事情ってものがあるだろうからな。だから今のは、……ただ、おれが面白くなくて訊いただけなんだ。本当は、おれが相応の甲斐性を持てばいいだけだものな。……情けないこと言ったかな」
そう言って、リルはまた頭をかいた。
「そ、それは違います! 自分の奥さんがつい最近までそんなふうだったら、気になって当たり前ですよ。むしろ気にならないって言われたほうが、私ならショックかも――私こそ自業自得なんですけどね! だいいち、リルが情けなかったことなんてないし!」
変なスイッチが入ってしまった、と自分で気づくこともできず、私はまくしたてる。
「リルはまさに王子の中の王子、将軍の中の将軍、リーダーの中のリーダー! 雄々しくて頼りになって、リルなしには小国連合なし! 天に星、地に花、人に愛、私の心にいつもリル! とにかくそんな感じですから! ありがとうリル! 最高だよリル!」
気がつけば私は、うつ伏せのまま、ベッドの天蓋に向けて、高々とこぶしを突き上げていた。
「……お、……おう?」
「というわけでっ! もう決して、リルが心配するようなはしたないことはしません!」
「はは、頼もしいな。……本当に、少し前の君とは別人のようだな。ユフィ、仰向けになれるか?」
それくらいなら大丈夫、と私はゆっくり体を反転させて上を向いた。
「どうかしました? 起き上がれないわけじゃないから、仰向けになるだけじゃなくて、なんでも大丈夫ですよ」
「いや、そのままでいい」
「そうですか?」
なんだろう、と思っていたら、すうっとリルの上半身が私に向かって降りてきた。
どうしたんですか、と聞こうと思った時には、唇が重なっていた。
最初に、くすぐったい柔らかさが唇に伝わってきた。
そして次の瞬間には、びりっと甘ったるい電流みたいなものが頭の先からつま先まで流れて、優しい痺れが全身に広がっていくのを感じた。
私の瞼一センチ前に、目を閉じたリルの顔がある。私のほうはあまりのことに固まってしまい、目も開いたままだった。
なにが起きているのか一瞬分からなくなって、思考が止まる。
息が止まる。時間も止まる。
やがて柔らかい唇が、私の唇に触れたまま少し動いただけで、あまりのくすぐったさに背中が跳ねそうになった。
なにもできないままでいる私の上で、リルの体が起き上がる。
「おれのほうから、こうすることは、その気になればいくらでもできたのにな。不安にさせていたんだろうな」
「は……え」
今。私。リルと。
色白のリルの顔が赤い。たぶん、雪のように白いユーフィニアの顔も、真っ赤になってしまっている。
「具合が悪い時に、すまなかった。今日はもう帰るよ」
「……は……い。あ、あの悪くなんか。むしろもっ」
「も?」
「も――も、い、いえ、なんでも、ないです……」
リルがドアを出ていく。私はかろうじて、手を持ち上げてふらふらと振り、一度振り返ったリルがそれを見て微笑んだ。
この間押し倒された時より、服はちゃんと着ていたし、接触の範囲は狭いし、時間は一瞬だったけれど。
なぜかあの時とは比べ物にならないほど気持ちのいい熱が、私の体温をじりじりと上げていった。
頭がくらくらする。風邪を引いた時みたい。
だから、気を強く持たないと。
迷ってはいけない。
リル。
私が。
決意を確かにする分だけ、なぜか、涙も溢れそうになっていた。
私がリルを、自由に、幸せにしてあげるからね。
■
リルが私のところに通ってくるのは、毎週水曜と土曜日だという。
できれば、やっぱり、契約だからという理由でそういうことをするのは……避けたい。
だってその契約って、子供を作るためのものだっていうし。別れることを決めた今となっては、余計に慎重になってしまう。
これはもう、誠心誠意お願いしてみるしかないかな……。
「それはそうと、リルに不特定多数の女の子を引き合わせるには、どうするのが手っ取り早いんだろう」
「朝一番からなかなかに不穏なご発言、大変ご機嫌でいらっしゃいますね?」
ベッドの横で、部屋着――私の部屋着の感覚より大きく上振れした素材と仕立てだけど――への着替えを手伝ってくれていたマティルダが、半眼で言ってくる。
「あ、ごめん。口に出てたかな」
「頭の中に出すのも、本来どうかというお言葉ですが。そうですね、穏当な方法としては、パーティでしょうか」
「パーティ……おお……なんとなく聞き慣れてはいるのに、実生活ではまったくなじみのない響き……」
「なじみがない? あれだけのお酒を浴びるような毎日を過ごしておいて、よく……あ、いえ、記憶がないのでしたね。とにかくユーフィニア様がそうした催しを開かれれば、自然な形で姫君たちをお呼びできるかと」
「そういうのって、たとえば今週やりますとかって言えば、できるものなの?」
着替え終わって、姿見――私が持っていたものより三周りは大きい――の前で背中を見ていると、マティルダさんが胸を張った。
「昼間のティパーティでよろしければ。お命じいただければ、メールスワロウを飛ばして、今週末――金曜には開催できますよ」
金曜か。
水曜の夜をなんとかやり過ごせば、金曜の昼間に姫の誰かとリルが接近したら、私への興味が薄れるかも。それを繰り返して、だんだん気持ちがその子のほうに傾いてくれれば、早ければ翌日の土曜の夜から、私とそういうことをする気持ちも薄れていったりする、かも。契約なんて、私から破棄してもいいんだし。……また、怒らせてはしまうだろうけど。
きりきりと胸が痛む。でも、もう決めたんだ。
もともと、リルは二次元の人。文字通り、住む世界が違うんだから、未練なんて持たない。
「マティルダ、お願い。今週の金曜、十月十三日。私が言う通りの人たちを招いてティパーティを開いて」
■
もちろん、パーティの準備をマティルダに任せっきりにするわけはなく、私も一緒になって人やら物やらの手配をした。
これが、こまごまとして、かなり忙しかった。
よくマティルダはあんなに涼しい顔で「お命じいただければ」なんて言ったものだと思う。
だけど実際、彼女の作業はてきぱきとして無駄がなくて、スムーズだ。私なんかより、ずっと仕事のできる人なんだろうな。
そして私のほうも、こういう機会に、この世界の常識や人間関係がどんどん知れるのはありがたかった。
なにが欲しい時はどこへ注文して、その際に気をつけなければなにとなにか。
そうしたことのメモを取りながら目まぐるしく動いていると、ムシュとメサイアがまた驚きの目で私を見ていたけど、一緒に働いていると二人とも家の内外における業務のノウハウをどんどん教えてくれるので、とても助かる。
そしてあっという間に、水曜の夜になり。
「先週末以来だな。また仕事が立て込んで、顔を出せなくてすまなかった。わざと足を遠ざけていたわけではないんだが」
「あ、謝らないでください、リル様」どうしても敬語がぎこちなくなるけども。「私こそ、自分のことで手一杯になっちゃって。あの、それで、言いにくいんですが……」
「見れば分かる。今夜も共寝はなし、だな」
「も……申し訳ない……!」
私は、慣れない体で一日中動き回っていたせいで、日焼けはするわ腰は痛めるわ、ぼろぼろのコンディションになっていた。
夜のことをどう断ろうか悩んでいたので、それが解決したのはありがたいといえばありがたいんだけど。
「ああッ! せっかくリルが来てくれてるのに腰にコルセットつけてベッドに寝っ転がってるなんて、私ってなんて減点妻ッ!」
リルが私の横に座った。ベッドが小さくきしみ、彼の存在感を伝えてくる。
「聞いたよ。昼間に他国の王子を招いて食事会とは、君には珍しいな。そのための作業なんかするから、無理がたたったんだろう。日焼けも体力を奪うしな。そういえば、作業着姿の君を初めて見たと、メイドたちが話していた」
作業着といっても、比較的装飾のない動きやすい服をムシュに借りただけのだけど。
やっぱりユーフィニアの体は根本的に働くのに向いていないのか、少し動くだけでも心身ともにひどく疲れた。
うう。この世界、ジャージってないのかな。
「それにしても、先週からの君は、どうも言動が不安定だな。おれの呼び方も一定しないし」
「はっ。す、すみません!」
ゲームの中のリルに対してはいつも平常語で話しかけていたし――だって次元が違うんだから一方通行なわけで――、名前も呼び捨てにしかしたことがない。
こうして本人と面と向かって話す時は、なるべく対場と状況に合わせた話し方をしたいけど、これがなかなか難しいのだった。
「いいや、謝るほどのことではなくて、……そうだな、今の君のほうが、おれには気が許せて、接しやすいよ。なんというかな、上手く言えないが。……気のせいでなければ、おれのことを慮って、尊んでくれている気がする」
それはだって、尊いから! ……とは言えずに、私は「もちろんです、妻なので!」と言ってごまかした。私がリルの妻だなんて、自分で言っていて、不思議な気持ちになるけれど。
でも……今、私のこと、気が許せるって言ってくれた?
シナリオの中のリルは、いつも戦ってばかりいたから、いくらかでも安らげる時間を作ってあげたいけど。
このユーフィニアの中の私に、それが少しはできていたら、いいな。
「時に、……つまらないことを訊いてしまうかもしれないが」
「え、なに? なんでも訊いて、じゃなくて、訊いてくださいっ」
「ああ。……結婚式以来、ここにおれ以外の男は来ているのか?」
「男の人? あ、香草の行商の人とか、クリーニングの人は来たかな」
リルが頭をかいた。
「いや、そうではなくて。つまり、君の、遊び相手がだ。何人かいただろう」
はっとして起き上がろうとして、腰がぎしりと痛んだ。
「くっ!」
「ああ、動くな。……悪かった、変なことを訊いて」
「ううん、そうだよね、気になるよね! 前の私が私だから――ですから!」
「前の?」
聞き返されて、慌てる。
「あ、だから、結婚式の前ってことです! でも、もう絶対にしません。昔のことも、……後悔しています。覚えてないけど、リルっていう人がいるのに、恥ずかしいことをしていたなって思います……」
本当は私がやったことじゃないけど、それでは通らないだろうから。
腹ばいの私は、首だけを上げてリルを見た。
目と目が合う。
「一応言っておくが、君を責めるつもりはない。おれの知らない、君なりの事情ってものがあるだろうからな。だから今のは、……ただ、おれが面白くなくて訊いただけなんだ。本当は、おれが相応の甲斐性を持てばいいだけだものな。……情けないこと言ったかな」
そう言って、リルはまた頭をかいた。
「そ、それは違います! 自分の奥さんがつい最近までそんなふうだったら、気になって当たり前ですよ。むしろ気にならないって言われたほうが、私ならショックかも――私こそ自業自得なんですけどね! だいいち、リルが情けなかったことなんてないし!」
変なスイッチが入ってしまった、と自分で気づくこともできず、私はまくしたてる。
「リルはまさに王子の中の王子、将軍の中の将軍、リーダーの中のリーダー! 雄々しくて頼りになって、リルなしには小国連合なし! 天に星、地に花、人に愛、私の心にいつもリル! とにかくそんな感じですから! ありがとうリル! 最高だよリル!」
気がつけば私は、うつ伏せのまま、ベッドの天蓋に向けて、高々とこぶしを突き上げていた。
「……お、……おう?」
「というわけでっ! もう決して、リルが心配するようなはしたないことはしません!」
「はは、頼もしいな。……本当に、少し前の君とは別人のようだな。ユフィ、仰向けになれるか?」
それくらいなら大丈夫、と私はゆっくり体を反転させて上を向いた。
「どうかしました? 起き上がれないわけじゃないから、仰向けになるだけじゃなくて、なんでも大丈夫ですよ」
「いや、そのままでいい」
「そうですか?」
なんだろう、と思っていたら、すうっとリルの上半身が私に向かって降りてきた。
どうしたんですか、と聞こうと思った時には、唇が重なっていた。
最初に、くすぐったい柔らかさが唇に伝わってきた。
そして次の瞬間には、びりっと甘ったるい電流みたいなものが頭の先からつま先まで流れて、優しい痺れが全身に広がっていくのを感じた。
私の瞼一センチ前に、目を閉じたリルの顔がある。私のほうはあまりのことに固まってしまい、目も開いたままだった。
なにが起きているのか一瞬分からなくなって、思考が止まる。
息が止まる。時間も止まる。
やがて柔らかい唇が、私の唇に触れたまま少し動いただけで、あまりのくすぐったさに背中が跳ねそうになった。
なにもできないままでいる私の上で、リルの体が起き上がる。
「おれのほうから、こうすることは、その気になればいくらでもできたのにな。不安にさせていたんだろうな」
「は……え」
今。私。リルと。
色白のリルの顔が赤い。たぶん、雪のように白いユーフィニアの顔も、真っ赤になってしまっている。
「具合が悪い時に、すまなかった。今日はもう帰るよ」
「……は……い。あ、あの悪くなんか。むしろもっ」
「も?」
「も――も、い、いえ、なんでも、ないです……」
リルがドアを出ていく。私はかろうじて、手を持ち上げてふらふらと振り、一度振り返ったリルがそれを見て微笑んだ。
この間押し倒された時より、服はちゃんと着ていたし、接触の範囲は狭いし、時間は一瞬だったけれど。
なぜかあの時とは比べ物にならないほど気持ちのいい熱が、私の体温をじりじりと上げていった。
頭がくらくらする。風邪を引いた時みたい。
だから、気を強く持たないと。
迷ってはいけない。
リル。
私が。
決意を確かにする分だけ、なぜか、涙も溢れそうになっていた。
私がリルを、自由に、幸せにしてあげるからね。
■
134
あなたにおすすめの小説
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい
犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。
異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。
持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。
これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる