19 / 28
4
しおりを挟む
どうにか飲食できるスペースを確保して、お盆からお茶とお菓子を降ろした。
なお紅茶は私が入れたけれど、お茶菓子のスコーンはメサイアのお手製である。お菓子は分量が難しいので、まだ私はメサイアとマティルダのもとで修行中の身だった。
「わー、いいにおい! お菓子もおいしいです!」
砂糖が高価な世界だけあって、私からすればスコーンはかなり甘さ控えめだけど、上品に焼き上げてあるのでしっかりおいしい。一応、ママレードやクロテッドクリームがあるので、調整もきく。ただ、これらも貴重品だ。
「ユーフィニア様、この前お兄様がとても褒めていましたよ! 商売下手なヘルハウンズには希少な才能だって」
「わあ。お兄様って、ギネだよね」
「もっちろん。このお邸の中も、ずいぶんすっきりされましたよね。ご自分の家財道具を売り払って資金にあてられたのにも、お兄様感心してましたっ」
エメラルドグリーンの貴公子、ギネ。物腰穏やかな、歳若くして小国連合の知恵袋と呼ばれているキャラだ。
まさか、ギネに評価される日がくるとは……ハイグラファン冥利に尽きる……。
こっそり胸中で感慨にふけっていると、外に馬車がつく音がした。
またお客さんかと思ったら、すたすたと邸の中に入ってきたのは、リルだった。
「あれ、どうしたのリル」
「ギネの事前準備と手際が良すぎてな、会議が予定よりだいぶ早く終わった。お、そのポット、まだ紅茶入ってるか?」
リルがテーブルの上の白いティポットを見て言う。
「ごめんなさい、ここのは終わっちゃった。今新しいのを入れてくるね」
私はいそいそと立ち上がって、ふと思いついて訊く。
「クライネのお迎えだよね? そのための馬車だろうから。ギネじゃなくて、リルが来たんだ?」
「ああ。……悪いか?」
えっ? なにも、悪くはないけども。私だって、会いたかったし……
「おれが、君に会いたかっただけだ」
私の頭の中と同じセリフがリルの口から出てきて、驚いてしまい、手が止まった。
リルは、すねたようにテーブルを見ている。……色白の頬が、また赤い。
「だってだな、契約の日の夜にしか来ないっていうんじゃ、あんまりだと思わないか? 夫として、それだけが目当てかという話になってしまう」
私はぶんぶんかぶりを振った。
「な、ならないよ? 思わないよ、そんなこと」
「夜でもよかったんだが。言っただろう、ティパーティの時の君の笑顔がよかったと。だから、……陽の光のある時間に、会いたいと思って」
目と目が合った。
私の足が、キッチンではなく、リルのほうを向いてしまう。
「リル……、私も……」
「あ、あのー! 今私いますよ!? で、出ましょうか!? 外で待ってましょうか!?」
クライネの声に、ぼん、と私の顔から火が出る音が聞こえた気がする。
「ごめんごめん嘘嘘! あっ違う嘘じゃないよリル、そうそうお茶お茶! お茶入れてくるね!」
ぱたぱたと、速足でキッチンに向かう。
しょ、しょうがないなあ私は。
熾火に藁と薪を足してやかんをかけ、お湯を沸かしなおしている間、リビングから声が聞こえてきた。
「リルベオラス様、喉乾いてます?」
「ああ。ついでに言えば、小腹も空いている」
「スコーンありますよ。お疲れなら、なにかジャムでも乗せて……あ、この瓶はシロップかな? 変わった色だけど、使ってもいいです? じゃ、かけちゃいますね」
「はは。君、お客なんだから気を遣わないでくれよ」
やかんの中のお湯が、しゅんしゅんと音を立て始めるのを聞きながら。
はて。
テーブルの上に、シロップなんて置いてあったっけ。瓶。瓶入りのシロップ……。
あ。
わずかに残った理性でかろうじて火を消し、私は、リビングへ取って返した。
「待ってリル! その瓶って……ああ!」
きょとんとしている、テーブルの二人。
リルは、ちょうどスコーンを飲み下したところだった。
そして、やっぱり、惚れ薬の瓶が開いている。
資料にばかり目が行って、うっかりしていた。もっと、ちゃんと片づけておくんだった。
「リルっ、こっちを見ないで! 私を見ちゃだめ! あっでもクライネのことも見ないで! 目を閉じて!」
「な、なんだ?」
と言いながら、リルが、ばっちりと私を見てしまった。
最悪だ。惚れ薬を、絶対に使ってはいけない使い方だ。
「リ……ル……。ごめんなさい、私、……そんなつもりじゃ……」
「なんだというんだ? ……これが、なにか?」
リルが小瓶をつまんで振る。
「それ、惚れ薬なの……森の魔女からの、もらいもので……うっかり、私が、出したままにしていて……使うつもりは……」
まったくなかった、わけではなかった。だから棄てられずにいた。人の心を捻じ曲げてしまう薬を。
悪いのは、私だ。言い訳できない。
「リル、それを飲んだ人は、飲ませた人のことを好きになるの……だから、もし今からリルが、私にもし、好意を持ってくれても……それは、薬のせいだから……本当の気持ちじゃ、ないから……」
申し訳なさで、涙が込み上げた。
薬が切れるまでの時間は個人差があるという。リルの場合は、どれくらいだろう。数日? 数週間? それとも――
「待てよ。飲んだ人間が、飲ませた人間を好きになる? すると、おれじゃなくて」
リルが振り返った。その先には、クライネがいる。
少年のようにぴんと張ったクライネの頬が、上気していた。その目が潤んでいる。
そして彼女の視線は、ぼうっとして定まらないようでありながら、まっすぐにリルに向けられていた。
私は悲鳴を上げた。
「クライネ!?」
「おれが瓶を取って、彼女のスコーンにこれを振ったんだ。おれは別に、甘味は必要なかったからな」リルがクライネの前で手のひらを振った。「……クライネ、分かるか? どんな気分だ?」
「はい……え、あ……リルベオラス、様……? あたし……。え、嘘……なんで? だって、リルベオラス様は、この前結婚されて……その時、あたし、全然……でも……う」
その表情からは、ついさっきまでの快活さが、すっかり影を潜めていた。代わりに、熱に浮かされたような危うい色っぽさが浮かんでいる。
……効いてしまっている。
さっき、リルに私を好きにならせるのが最悪だと思ったのは、間違いだった。
誰が誰に使っても、おしなべて最悪だ、これは。そんなことも分からないなんて、私は。
「吐かせるか」とリルが言ったけど、魔女には吐かせても無駄だと言われたことを説明する。
「クライネ、ごめんなさい。私のせいなの。今、変な気分になっているのは、私が持っていた薬のせいなの」
クライネの横に駆け寄ると、彼女はぐったりと、座ったまま上半身を私に預けてきた。
「う……惚れ薬、でしたっけ……凄い、あたし、初めてです……人を好きになるって、こんな……」
息をのむ。
初恋なのだ。
冷たい針で、背中を刺されたような気持ちになった。
私は、クライネの初恋を、こんな形で。
「クライネ、ごめんなさい……本当に、……ごめんなさい……」
「ふ……ふふふ。よかった、薬ですか。安心しました……。ならあたしは、ユーフィニア様の夫に、横恋慕したわけじゃ……ないんだ」
クライネが、自分で体を起こした。
「……クライネ?」
クライネが、一度リルを見た。そして、ぼっと顔を赤らめて、それから私のほうに向き直る。
「ふ、ふっふふふ……ユーフィニア様、本当にきれいな人……あたしとは、全然違う……」
クライネはふらふらと立ち上がった。私の肩につかまるようにして。
「大丈夫ですよ、ユーフィニア様。あたし、……薬なんかには負けません。これは、勝負ですよ」
言葉は気丈だけど、クライネの頭は震えていて、前後左右に時折かくんと折れる。
「しょ、勝負って?」
「こ、この薬と、……あたしとユーフィニア様の、勝負ですよ。いつか、……いつとは分からないけど、効果が切れるまで、耐え抜いて見せます。あたしと、ユーフィニア様の友情が勝つところ、お、お見せしますよ」
そう言ってクライネは顔を上げた。視線は定まっていない、けれど。
「友情……? クライネが、私に?」
「ゆ、ユーフィニア様を、見ていて……ティパーティでも、エルダースの畑のことでも……あたし、自分が恥ずかしくなったんです。ただ、城で着せてもらえるものを着て、食べさせてもらえるものを食べてきました……一国の姫なら、それは悪いことじゃないのかもしれない、でも、あたしにならできることをしないのは、いいことでも、……ない。小さなことでも、大きなお仕事も。ユーフィニア様を、見習わないとって」
ふらつく足を、クライネは、ぐっと踏ん張った。
その体のこわばりを通して、彼女の意志力が私にも伝わる。そして、本当に熱病にかかったような、クライネの異常な高熱も。
「あ、あたし、傷病兵用の、基金を始めたんです。や、やり方は、お城の人や、お兄様に訊いて……難しかったけど、大臣たちには任せずに、あたしがちゃんと分かった上で、やらなきゃって、それで。や、やっぱり、民間より、王族がやればこそ寄付してくれる人たちって結構いて、お、思ったより順調、なんですよね」
クライネの瞳が震えている。
なぜかは分かった。
リルを見つめたいのに、それを、歯を食いしばって耐えているせいだ。
そして、私を見つめてくる。
「そしたらですね、お、お兄様に、あのギネお兄様に、褒められたんですよ。いえ、今までも褒めてくださることはありましたけど、それは妹として……今度のは、姫として、王族として、褒めてもらえたんです……ユーフィニア様のおかげなんですよ!」
クライネは、息を荒らげて泣いていた。
惚れ薬の薬効と、意志とのつばぜり合いのせいで、感情の歯止めが利かなくなっているようだった。
「だ、だから、こんなものには、負けはしませんっ! ご安心ください、お二方! あたしは、こんな薬のせいで、お二人に間に割って入って、不貞を試みたりはしませんよ! そ、そうしたら、ユーフィニア様、お許しくださいますか! あたしが、ユーフィニア様に友情を、い、抱くことを! わ、私たち……お友達に……」
許すなんて、と言おうとしたのに、声が出なかった。
喉が詰まって、引きつっている。
「け、敬意でもいいんです、そっちのほうが正しいんじゃないかって、お兄様にも言われました。でも、ゆ、友情って、一方だけじゃなくて、お互いって感じがして、いいじゃないですか。だ、だから、そ、そのほうがいいなって! だから……だから――」
クライネが、私の顔に手を伸ばしてきた。
そして人差し指を立てて、その指先で私の頬をすうっとなでる。
涙を拭いてくれたのだった。私も、いつの間にか泣いていた。
「――だから泣かないで、ユーフィニア様。美しいお顔に、涙は似合いません。あたしは、平気ですからね……」
クライネを抱きしめた。
なにか、なにか、できることはないのだろうか。
ただ薬の効果切れを待つしかできないのだろうか。
エドンサルテなら治せるのかもしれないけど、あの森まで行くには半日はかかる。
本人がいなくても、解毒剤があれば。メールスワロウを飛ばして、持たせてもらうか、作り方を書いてもらうか。それには何時間かかるのか。
今すぐ助けてあげたいのに。一秒でも早く、私の過ちから解放してあげたいのに。
そんな思考を巡らせていると、そこへ、ムシュがやって来た。
「なにかありましたか? 騒がしいようですねえ……。どうしたんですお二人、抱き合って?」
その声を聞いて、ひらめきに打たれたように思い出した。
解毒。そうだ、その言葉を、ムシュから聞いたのだ。
「ムシュ、エルダースの葉があるよね? 粉にする前の」
「え? ああ、キッチンにありますよ」
「お湯は沸かしてあるから、すぐに煮出して!」
なお紅茶は私が入れたけれど、お茶菓子のスコーンはメサイアのお手製である。お菓子は分量が難しいので、まだ私はメサイアとマティルダのもとで修行中の身だった。
「わー、いいにおい! お菓子もおいしいです!」
砂糖が高価な世界だけあって、私からすればスコーンはかなり甘さ控えめだけど、上品に焼き上げてあるのでしっかりおいしい。一応、ママレードやクロテッドクリームがあるので、調整もきく。ただ、これらも貴重品だ。
「ユーフィニア様、この前お兄様がとても褒めていましたよ! 商売下手なヘルハウンズには希少な才能だって」
「わあ。お兄様って、ギネだよね」
「もっちろん。このお邸の中も、ずいぶんすっきりされましたよね。ご自分の家財道具を売り払って資金にあてられたのにも、お兄様感心してましたっ」
エメラルドグリーンの貴公子、ギネ。物腰穏やかな、歳若くして小国連合の知恵袋と呼ばれているキャラだ。
まさか、ギネに評価される日がくるとは……ハイグラファン冥利に尽きる……。
こっそり胸中で感慨にふけっていると、外に馬車がつく音がした。
またお客さんかと思ったら、すたすたと邸の中に入ってきたのは、リルだった。
「あれ、どうしたのリル」
「ギネの事前準備と手際が良すぎてな、会議が予定よりだいぶ早く終わった。お、そのポット、まだ紅茶入ってるか?」
リルがテーブルの上の白いティポットを見て言う。
「ごめんなさい、ここのは終わっちゃった。今新しいのを入れてくるね」
私はいそいそと立ち上がって、ふと思いついて訊く。
「クライネのお迎えだよね? そのための馬車だろうから。ギネじゃなくて、リルが来たんだ?」
「ああ。……悪いか?」
えっ? なにも、悪くはないけども。私だって、会いたかったし……
「おれが、君に会いたかっただけだ」
私の頭の中と同じセリフがリルの口から出てきて、驚いてしまい、手が止まった。
リルは、すねたようにテーブルを見ている。……色白の頬が、また赤い。
「だってだな、契約の日の夜にしか来ないっていうんじゃ、あんまりだと思わないか? 夫として、それだけが目当てかという話になってしまう」
私はぶんぶんかぶりを振った。
「な、ならないよ? 思わないよ、そんなこと」
「夜でもよかったんだが。言っただろう、ティパーティの時の君の笑顔がよかったと。だから、……陽の光のある時間に、会いたいと思って」
目と目が合った。
私の足が、キッチンではなく、リルのほうを向いてしまう。
「リル……、私も……」
「あ、あのー! 今私いますよ!? で、出ましょうか!? 外で待ってましょうか!?」
クライネの声に、ぼん、と私の顔から火が出る音が聞こえた気がする。
「ごめんごめん嘘嘘! あっ違う嘘じゃないよリル、そうそうお茶お茶! お茶入れてくるね!」
ぱたぱたと、速足でキッチンに向かう。
しょ、しょうがないなあ私は。
熾火に藁と薪を足してやかんをかけ、お湯を沸かしなおしている間、リビングから声が聞こえてきた。
「リルベオラス様、喉乾いてます?」
「ああ。ついでに言えば、小腹も空いている」
「スコーンありますよ。お疲れなら、なにかジャムでも乗せて……あ、この瓶はシロップかな? 変わった色だけど、使ってもいいです? じゃ、かけちゃいますね」
「はは。君、お客なんだから気を遣わないでくれよ」
やかんの中のお湯が、しゅんしゅんと音を立て始めるのを聞きながら。
はて。
テーブルの上に、シロップなんて置いてあったっけ。瓶。瓶入りのシロップ……。
あ。
わずかに残った理性でかろうじて火を消し、私は、リビングへ取って返した。
「待ってリル! その瓶って……ああ!」
きょとんとしている、テーブルの二人。
リルは、ちょうどスコーンを飲み下したところだった。
そして、やっぱり、惚れ薬の瓶が開いている。
資料にばかり目が行って、うっかりしていた。もっと、ちゃんと片づけておくんだった。
「リルっ、こっちを見ないで! 私を見ちゃだめ! あっでもクライネのことも見ないで! 目を閉じて!」
「な、なんだ?」
と言いながら、リルが、ばっちりと私を見てしまった。
最悪だ。惚れ薬を、絶対に使ってはいけない使い方だ。
「リ……ル……。ごめんなさい、私、……そんなつもりじゃ……」
「なんだというんだ? ……これが、なにか?」
リルが小瓶をつまんで振る。
「それ、惚れ薬なの……森の魔女からの、もらいもので……うっかり、私が、出したままにしていて……使うつもりは……」
まったくなかった、わけではなかった。だから棄てられずにいた。人の心を捻じ曲げてしまう薬を。
悪いのは、私だ。言い訳できない。
「リル、それを飲んだ人は、飲ませた人のことを好きになるの……だから、もし今からリルが、私にもし、好意を持ってくれても……それは、薬のせいだから……本当の気持ちじゃ、ないから……」
申し訳なさで、涙が込み上げた。
薬が切れるまでの時間は個人差があるという。リルの場合は、どれくらいだろう。数日? 数週間? それとも――
「待てよ。飲んだ人間が、飲ませた人間を好きになる? すると、おれじゃなくて」
リルが振り返った。その先には、クライネがいる。
少年のようにぴんと張ったクライネの頬が、上気していた。その目が潤んでいる。
そして彼女の視線は、ぼうっとして定まらないようでありながら、まっすぐにリルに向けられていた。
私は悲鳴を上げた。
「クライネ!?」
「おれが瓶を取って、彼女のスコーンにこれを振ったんだ。おれは別に、甘味は必要なかったからな」リルがクライネの前で手のひらを振った。「……クライネ、分かるか? どんな気分だ?」
「はい……え、あ……リルベオラス、様……? あたし……。え、嘘……なんで? だって、リルベオラス様は、この前結婚されて……その時、あたし、全然……でも……う」
その表情からは、ついさっきまでの快活さが、すっかり影を潜めていた。代わりに、熱に浮かされたような危うい色っぽさが浮かんでいる。
……効いてしまっている。
さっき、リルに私を好きにならせるのが最悪だと思ったのは、間違いだった。
誰が誰に使っても、おしなべて最悪だ、これは。そんなことも分からないなんて、私は。
「吐かせるか」とリルが言ったけど、魔女には吐かせても無駄だと言われたことを説明する。
「クライネ、ごめんなさい。私のせいなの。今、変な気分になっているのは、私が持っていた薬のせいなの」
クライネの横に駆け寄ると、彼女はぐったりと、座ったまま上半身を私に預けてきた。
「う……惚れ薬、でしたっけ……凄い、あたし、初めてです……人を好きになるって、こんな……」
息をのむ。
初恋なのだ。
冷たい針で、背中を刺されたような気持ちになった。
私は、クライネの初恋を、こんな形で。
「クライネ、ごめんなさい……本当に、……ごめんなさい……」
「ふ……ふふふ。よかった、薬ですか。安心しました……。ならあたしは、ユーフィニア様の夫に、横恋慕したわけじゃ……ないんだ」
クライネが、自分で体を起こした。
「……クライネ?」
クライネが、一度リルを見た。そして、ぼっと顔を赤らめて、それから私のほうに向き直る。
「ふ、ふっふふふ……ユーフィニア様、本当にきれいな人……あたしとは、全然違う……」
クライネはふらふらと立ち上がった。私の肩につかまるようにして。
「大丈夫ですよ、ユーフィニア様。あたし、……薬なんかには負けません。これは、勝負ですよ」
言葉は気丈だけど、クライネの頭は震えていて、前後左右に時折かくんと折れる。
「しょ、勝負って?」
「こ、この薬と、……あたしとユーフィニア様の、勝負ですよ。いつか、……いつとは分からないけど、効果が切れるまで、耐え抜いて見せます。あたしと、ユーフィニア様の友情が勝つところ、お、お見せしますよ」
そう言ってクライネは顔を上げた。視線は定まっていない、けれど。
「友情……? クライネが、私に?」
「ゆ、ユーフィニア様を、見ていて……ティパーティでも、エルダースの畑のことでも……あたし、自分が恥ずかしくなったんです。ただ、城で着せてもらえるものを着て、食べさせてもらえるものを食べてきました……一国の姫なら、それは悪いことじゃないのかもしれない、でも、あたしにならできることをしないのは、いいことでも、……ない。小さなことでも、大きなお仕事も。ユーフィニア様を、見習わないとって」
ふらつく足を、クライネは、ぐっと踏ん張った。
その体のこわばりを通して、彼女の意志力が私にも伝わる。そして、本当に熱病にかかったような、クライネの異常な高熱も。
「あ、あたし、傷病兵用の、基金を始めたんです。や、やり方は、お城の人や、お兄様に訊いて……難しかったけど、大臣たちには任せずに、あたしがちゃんと分かった上で、やらなきゃって、それで。や、やっぱり、民間より、王族がやればこそ寄付してくれる人たちって結構いて、お、思ったより順調、なんですよね」
クライネの瞳が震えている。
なぜかは分かった。
リルを見つめたいのに、それを、歯を食いしばって耐えているせいだ。
そして、私を見つめてくる。
「そしたらですね、お、お兄様に、あのギネお兄様に、褒められたんですよ。いえ、今までも褒めてくださることはありましたけど、それは妹として……今度のは、姫として、王族として、褒めてもらえたんです……ユーフィニア様のおかげなんですよ!」
クライネは、息を荒らげて泣いていた。
惚れ薬の薬効と、意志とのつばぜり合いのせいで、感情の歯止めが利かなくなっているようだった。
「だ、だから、こんなものには、負けはしませんっ! ご安心ください、お二方! あたしは、こんな薬のせいで、お二人に間に割って入って、不貞を試みたりはしませんよ! そ、そうしたら、ユーフィニア様、お許しくださいますか! あたしが、ユーフィニア様に友情を、い、抱くことを! わ、私たち……お友達に……」
許すなんて、と言おうとしたのに、声が出なかった。
喉が詰まって、引きつっている。
「け、敬意でもいいんです、そっちのほうが正しいんじゃないかって、お兄様にも言われました。でも、ゆ、友情って、一方だけじゃなくて、お互いって感じがして、いいじゃないですか。だ、だから、そ、そのほうがいいなって! だから……だから――」
クライネが、私の顔に手を伸ばしてきた。
そして人差し指を立てて、その指先で私の頬をすうっとなでる。
涙を拭いてくれたのだった。私も、いつの間にか泣いていた。
「――だから泣かないで、ユーフィニア様。美しいお顔に、涙は似合いません。あたしは、平気ですからね……」
クライネを抱きしめた。
なにか、なにか、できることはないのだろうか。
ただ薬の効果切れを待つしかできないのだろうか。
エドンサルテなら治せるのかもしれないけど、あの森まで行くには半日はかかる。
本人がいなくても、解毒剤があれば。メールスワロウを飛ばして、持たせてもらうか、作り方を書いてもらうか。それには何時間かかるのか。
今すぐ助けてあげたいのに。一秒でも早く、私の過ちから解放してあげたいのに。
そんな思考を巡らせていると、そこへ、ムシュがやって来た。
「なにかありましたか? 騒がしいようですねえ……。どうしたんですお二人、抱き合って?」
その声を聞いて、ひらめきに打たれたように思い出した。
解毒。そうだ、その言葉を、ムシュから聞いたのだ。
「ムシュ、エルダースの葉があるよね? 粉にする前の」
「え? ああ、キッチンにありますよ」
「お湯は沸かしてあるから、すぐに煮出して!」
128
あなたにおすすめの小説
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
記憶喪失となった転生少女は神から貰った『料理道』で異世界ライフを満喫したい
犬社護
ファンタジー
11歳・小学5年生の唯は交通事故に遭い、気がついたら何処かの部屋にいて、目の前には黒留袖を着た女性-鈴がいた。ここが死後の世界と知りショックを受けるものの、現世に未練があることを訴えると、鈴から異世界へ転生することを薦められる。理由を知った唯は転生を承諾するも、手続き中に『記憶の覚醒が11歳の誕生日、その後すぐにとある事件に巻き込まれ、数日中に死亡する』という事実が発覚する。
異世界の神も気の毒に思い、死なないルートを探すも、事件後の覚醒となってしまい、その影響で記憶喪失、取得スキルと魔法の喪失、ステータス能力値がほぼゼロ、覚醒場所は樹海の中という最底辺からのスタート。これに同情した鈴と神は、唯に統括型スキル【料理道[極み]】と善行ポイントを与え、異世界へと送り出す。
持ち前の明るく前向きな性格の唯は、このスキルでフェンリルを救ったことをキッカケに、様々な人々と出会っていくが、皆は彼女の料理だけでなく、調理時のスキルの使い方に驚くばかり。この料理道で皆を振り回していくものの、次第に愛される存在になっていく。
これは、ちょっぴり恋に鈍感で天然な唯と、もふもふ従魔や仲間たちとの異世界のんびり物語。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる