あやかし職業訓練校は税金で運営されています!

クナリ

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 それから。
 訓練生としての粕村さん――登校初日に、燎火に「これとこれが失業保険の認定書類なんで記入お願いしまぁす!」と元気よく書類を突き出してきた――は、こちらが心配していたほどには問題児とはならなかった。
 滝じいさんが、粕村さんの性格を先刻承知で上手くプライドをくすぐりながら誘導してくれたおかげで、毎日ちゃんと通ってくれている。さすが、ベテラン講師だ。

 ただ、滝じいさんの日誌には「粕村くん:やたら偉そうでほかの訓練生や妖怪を見下しがち、注意」と赤字で書かれていたけれど。
 それに粕村さんの聞き分けがいいのは、燎火が、「うちで問題起こして悪評が広まれば、訓練のハシゴができなくなるぞ」と釘を刺したせいもあるらしい。
 ……するつもりなんだ、ハシゴ……

 そんなある日、職業訓練課あてに、手紙が届いた。
 前から私たちの議題に上がっていた、就職して中退した後連絡を取らせてくれなかった元生徒からだった。

 中には、中途退校書類と、就職先についての報告書――つまり私たちが必要とする書類が一通り入っている。
 添えられた手紙には、介護施設で調理師として働き始め、慣れない職場に通ううちに気疲れしてしまい、ついつい報告が遅れてしまったと謝罪の言葉がしたためられていた。

「有栖、これは有栖の作戦が効いたんじゃねえのか」

「作戦なんてものじゃないけど、……私たちが待ってるってこと、忙しい中で思い出してくれたんじゃないかな。誰だって、今とこれからの仕事のほうが気になるのは、仕方ないもんね。こうして返事を出してくれるなんて、急に凄くいい人に思えてきたかも」

「……受講生として当然の義務を果たしたってだけだぞ。ちょろいな、有栖って」

 どういたしまして、と書類を複合機MFPでスキャンしてから、紙とデータをそれぞれファイリングする。
 こういう日は、まだ始めて間もない仕事だけど、この業務独特のやりがいが感じられて、気分が高揚してしまう。

「燎火。今日金曜だし、どこか寄って帰らない?」

「おう。行きたいところ、どこかあるか?」

「うーん……そういえば、裏界ってカフェとかあるの?」

 燎火が、顎に手を当てて、斜め上方を見る。
 その様子を見て、私でも察した。

「……ないんだ?」

「いや、あるにはある。だが人間……特に有栖を連れて行けるようなところでは、ないな……」

「え、なにそれ。じゃ、行かないけど、どんなところかじっくり聞きたい。今日、現世のお店でいいから、ご飯食べながら聞かせてよ」

「ふ、物好きだな。じゃあ今日の退勤後にな」

 私たちはそれぞれのデスクについた。
 今日これからのスケジュールをざっと思い浮かべ、就業までに終わるよう、時間と作業を逆算する。
 大丈夫、終わる。
 さすがに、毎日の業務には慣れてきている。自分で自分の仕事を調節できる。

 けれど、いよいよ私にとっては初めての、そして職業訓練には必ず訪れる日が迫っていた。
 訓練の最終日である。
 訓練は生徒に就職してもらうのが目的なので、ある意味では、訓練期間中は助走で、ここからが本番とも言える。

 私はどんなふうに、なにをするのか。
 必要な書類はなにとなにで、訓練生にはなにをしてもらい、私はなにをしなくてはならないのか。
 最終的には、職業訓練の規定に従って様々な報告を妖怪機構に挙げることになるので、不備や間違いは許されない。
 下調べと確認を進めつついるうちに、緊張が高まってきた。

 その時、私のスマホが震えた。見ると、燎火から、今日行きたいお店をいくつか提案する内容のメッセージが届いていた。
 まだ就業中なのに。
 つい小さく吹き出してしまう。
 同時に肩の力がふっと抜けた。
 おかげで、集中力が高まっていく。
 私はキーボードを叩き始めた。
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