ホロスサントスの医院長 ※二次創作

親の目を盗んで

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一章

パン屋

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「こんにちは、ミオさん。新作パンが出たと聞きましたので、それをいただけませんか?」

カジノで叫んでいた先程までの態度はどこへやら、いつも以上に紳士的な医院長の姿がそこにあった。

「あら、医院長先生じゃないですか。…はい。新作パンですね?こちらの『パンパンパンパン』ですが、いくつご入用でしょうか?」

その原因は医院長の目の前にいる一人の女性だろう。彼女の名前はミオ。腰まである艶やかな黒髪が特徴のパン屋の店主だ。

ミオは人の顔くらいの大きさのパンを示しながら医院長に尋ねる。

尋ねるときの首を傾げる仕草にはまるで少女のようなあどけなさがあり、医院長は…

「みっ…一つで結構ですよ。また買いに来ますから。」

危うく食べきれない程の注文をしかけたが、さすがは医院長である。すぐに冷静さを取り戻し、何事もなかったかのように振舞った。

「ふふっ、毎度ありがとうございます。」

ミオはそれに気付いているのかそうではないのか、医院長に袋を手渡し、笑顔を向ける。その顔はとても美しいものだった。

しかし…

「っ…やはり、まだ叩かれているのですか。」

顔を叩かれた後、冷やしたのか冷やされたのか…ミオの顔に腫れが引いた跡がある。

医院長はその僅かな跡も見逃さなかった。


ミオには夫が、そして娘がいる。

そしてその夫が、男としても人としても最低の人間だった。

日々妻に暴力を振るい、店と娘の世話をほとんど押し付け、自分はキャバクラの若い女と朝まで遊ぶ。

医院長はその現場を見たわけではなかったが、怪我をするまで殴られたミオを治療したことは何度かある。その度に医院長は心を痛めていた。

その痛々しい姿に。

ミオの夫への怒りに。

そして、それを止める事ができない自分自身の無力さに。


ミオだってそんな風に自分を責めて苦しむ医院長を見たくなどなかった。

だから殴られても、怪我をしても痛みを耐え、医院長に極力頼らないようにしていた。そして最近では怪我を隠すようになっていた。

医院長は夫が暴力を振るわなくなったのではと期待を抱いていたのだが…

「ミオさん。なぜ、このような、隠すようなことをしたのです!?」

「…」

ミオは目を伏せるだけで、医院長の問いに答えなかった。

「私は、そんなにも頼りないのですか?」

医院長のその声はとてもか細かった。今にも潰れて無くなってしまいそうな、そんな声だった。

「そんなこと…!」

ミオがそれを否定しようとした。

正直、痛いのは嫌だ。娘の相手もちゃんとして欲しい。キャバクラ通いだってやめてほしい。

そんな中、医院長だけが手を差し伸べてくれた。その手は、声は、とても優しかった。いつしか、医院長に会うのも楽しみになっていた。…医院長は自分の心を支えてくれたのだ。

この気持ちは知っている。かつて夫に対して抱いていたから。

もういっそのこと、この気持ちも想いも全て、吐き出してしまおうかな…

しかし、それは聞きなじみのある声によって遮られた。

「帰ったぞ~ミオ。…って、お前、このキツネ!なんでいるんだよ!」

茶髪の男性がパン屋に入ってくるなり、いきなり医院長に怒鳴りかけた。

「おや、ころねさんじゃないですか。なんで、と言われましても…新作パンを買いに来ただけですよ。」

医院長は手に持った新作パンの入った袋を示しながら平坦な声で答える。

あまりにも感情のこもっていないその声は、聞く人が聞けば鳥肌ものだろう。

「フン、そうか。ならとっとと帰れ。」

しかしミオの夫、ころねの目にはいつも通り、ただの不気味な医院長にしか映らなかった。

「ええ、ではミオさん、もし何かありましたら連絡してください。すぐに駆け付けますから。」

医院長はそう言い、パン屋を出ようとする。

「ん、ああそうだ。おいキツネ、ちょっと待て。」

ころねは医院長を引き留める。

「はあ、なんですか。」

医院長は早く帰って欲しいのではなかったのかと心の中で愚痴る。

「お前、あれか?うちの妻の事、どう思っているんだ。」

「どう、ですか?…素敵な方だとは思いますよ?」

医院長はころねの質問の意図が分からなかった。なので、素直に自分の思いを口に出す。

「それは、恋愛感情ではないってことでいいんだな?」

「へ?…いえ、流石に既婚者の方にそのような気持ちを抱いてしまうのは…」

医院長はころねの突拍子のない言葉に間抜けな声を出してしまったが、それでも自身の正直な意見を話せたはずだ。

「そうか。なら、これからもよろしくなあ?医院長。」

ころねは何か安心したようで、含みのある笑顔を医院長に向ける。

「ええ。…それではまた。」

医院長は短く告げ、パン屋を出る。


パン屋から病院に戻る途中、医院長はさっきの言葉について考えていた。

「確かにミオさんは綺麗ですし、とても魅力的な女性ですし…」

医院長はまさか、と思った。だが、否定はできないのだ。


「もしかしてこれは…恋?」
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