この街で

天渡清華

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 こんな時にこそ愛をささやけばいいのかも知れないが、そうしたところでたぶん笑われて終わりだ。束縛を嫌うシュウが離れていくのが怖くて、都合のいい関係を続けてきた。それが間違いだった。分かっていてももう、どうにもならない。今さら本心をさらけ出しても、みっともないだけだ。
 ケンは言えない想いをこめて、シュウを親鳥が雛を守るように優しく包み、あちこちにそっと口づけを落とした。いつもなら快楽の予感に熱くほてり、肌を滑る手に媚びてバターが溶けるように色気をしたたらせる身体が、今日はほとんど反応しない。
 安らいだ気持ちが、たちまちどす黒く塗りつぶされていく。
「……なんか今日のお前、優しすぎて怖いわ」
 ケンの腕の中で、シュウは顔をそむけ居心地悪そうにつぶやいた。
「まだお互い裸にもなってねえとか、調子狂うし」
「うるせえな、勃ってねえのは誰だよ?」
 つい、とげとげしい声が出た。ケンは初めてのことに動揺していたが、いらだちでそれをごまかす。
「あ、ああ……。わりいな、しゃぶってやろうか?」
 言われて初めて気づいたような、はっとした表情。
「そういうの、今日はいいわ」
 ケンは沸き上がるような激しい想いを押し殺した。眉間に深い皺が寄る。
 そんなケンにシュウはなにか言いたげだったが、力強く抱き寄せる腕に素直に従った。なにを考えているのか、黙ったままケンの胸に猫のようなしなやかさで身を預け、肩にあごを乗せる。客にはよくこうしているのだろう。なまめかしい仕草も、ほとんど無意識のようだ。横顔に表情がない。
 本命ができると、他の相手には欲情しなくなる人間もいるという。
 なによりも、認めたくないことだった。身体が震えだしそうだった。ケンは目を閉じて、身体中を暴れ回る後悔や嫉妬や愛しさが肌を突き破りそうなのに耐える。
 まだ十歳にもならない子供の頃、寒い日には二人でこうして抱きあってしのいだものだった。身体が小さく貧弱だったシュウを、守ってやりたくて必死だった。セックスめいた行為も、抱きあって寝ているうちにどちらからともなく、遊びのように始めた記憶がある。
 つらかったが、抱きあう相手がいる幸せも誰かを守りたいという気持ちも、あの頃覚えた。大切な思い出だ。
 それなのに今、シュウの心はここにはない。シュウはこれまでも、贅沢をさせてくれる男達の間を飛び回ってきたが、これまでと明らかに様子が違う。相手は誰だ。
 幼なじみの自分達の関係は、特別なのだと思ってきた。いや、そう信じたかった。だがたぶん、シュウにはそうではない。
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