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言葉を重ねるほどに涙は深くなるようで、シュウは苦しそうに泣きじゃくった。
「ごめん、俺っ……」
ケンに背を向け、腕で顔を覆ったまま子供のように泣くシュウ。シュウ自身が泣いている自分に混乱しているようで、ケンはとまどいながらもシュウに毛布をかけてやった。
こんなヤツだっただろうか、と泣くシュウを見下ろしながら呆然とする。シュウがここにちゃんと存在していることを確かめるかのように、そろそろと髪をなでる。
シュウはいつも、贅沢をさせてくれる男達の間を蝶のように飛び回り、客あしらいも抜群にうまいと言われ、恋愛に溺れるようなタイプではない。その点はこの街で生きてきただけに、シビアだった。泣くところなど、子供の頃でも見た記憶がほとんどない。
まさかシュウはこれまで、俺にすら本当の自分を見せていなかったのか。そう思うと、ケンはどこまでも闇に沈んでいくような感覚を覚えた。シュウの髪の感触も遠くなる。
「こういう時は、さすがにお前も優しいんだな」
少し泣いてすっきりしたのか、やがてシュウは涙に濡れた顔でケンを振り返った。少しばつが悪そうな顔で起き上がる。
「当たり前だろ、バカ。顔洗ってこい」
いつもの調子でシュウを洗面所に行かせる。シュウはなぜ泣いたのか。考えたくなかった。
ぼんやり、サイドボードに置いた書類を眺める。リリース日は十月二十五日。もう半月もない。シュウは無事、その日を迎えられるのか。他人事のように思ってしまう。
「悪いけど、俺今日は帰るわ」
戻ってきたシュウは、床に脱ぎ散らかされていた服を着ようとしながら言った。
「ダメだ。しばらくはこのあたりを夜中に出歩くのはやめとけ」
でも……と申し訳なさそうな顔をするシュウ。
「いいから、今日はもう寝ろ。これから、夜は極力出歩くな。店に出て遅くなった日はここに泊まれ。このフロアの他の空き部屋を使ったっていい。お前のマンションにまで人を回す余裕がない」
着ようとした服を床に落とし、シュウはさすがに真顔になった。
「そんなにヤバいのか?」
ケンはことさらに深刻な表情を作り、うなずく。
「ああ、このあたりにも敵が入りこんできてる。ダイスケさんだっけ? あの人はそういうのに慣れてないだろ、気をつけるように言っとけ」
「分かった」
ダイスケの名を出すと、シュウの表情がさらに真剣になった。組織が警戒を強めていることを、シュウからダイスケに伝えさせるのは作戦の一つだ。感情が複雑に入り混じり、どす黒く胸をうずかせる。
「ほら、寝るぞ」
シュウはなにか言いたげだったが、Tシャツを着るとおとなしくケンの隣に横になった。
リモコンで明かりを消し、部屋は完全な闇になる。背中を向けて横になっているシュウにいつもより距離を取られている気がして、二人の間に壁のようなものを感じる。それはもしかすると昔から、もともとあったものなのかも知れないが。
身体の中で暴れ回る感情を押さえつけるように、ケンはきつく目を閉じた。シュウはなにも言わない。確実に前より、口数が少なくなった。それも心が離れたという事実の表れか。
認識が噛みあっていないのは知っていた。間違ってしまったという自覚はあっても、長い間に組み上げてしまったものは今さら変えられない。本心なんか今さらさらけ出せない。そう思ってしまったことこそが、間違いだった。
もう、遅いだろうか。そう思いながらも、心は鎧をまとったままだ。そんな自分にシュウが本心をさらすはずがない。真に愛してくれるはずがない。それでも、手放したくはない。
呼吸で分かる。シュウは眠ってはいない。
「……ごめんな」
ふいにぽつりと、背中越しにシュウがつぶやく。シュウも、ケンが眠れずにいるのは気づいているのだろう。
それでも、ケンは寝たふりで応えなかった。さっきシュウの言葉でできた傷が、さらに広がる。シュウはなにを謝ったのか。訊くことができない。
つぶやきはいつまでも、闇に溶けずに残っているかのようだった。どこまでも空虚な夜。それでも、シュウが横にいることは、ひりひりとケンの心をあたためた。
「ごめん、俺っ……」
ケンに背を向け、腕で顔を覆ったまま子供のように泣くシュウ。シュウ自身が泣いている自分に混乱しているようで、ケンはとまどいながらもシュウに毛布をかけてやった。
こんなヤツだっただろうか、と泣くシュウを見下ろしながら呆然とする。シュウがここにちゃんと存在していることを確かめるかのように、そろそろと髪をなでる。
シュウはいつも、贅沢をさせてくれる男達の間を蝶のように飛び回り、客あしらいも抜群にうまいと言われ、恋愛に溺れるようなタイプではない。その点はこの街で生きてきただけに、シビアだった。泣くところなど、子供の頃でも見た記憶がほとんどない。
まさかシュウはこれまで、俺にすら本当の自分を見せていなかったのか。そう思うと、ケンはどこまでも闇に沈んでいくような感覚を覚えた。シュウの髪の感触も遠くなる。
「こういう時は、さすがにお前も優しいんだな」
少し泣いてすっきりしたのか、やがてシュウは涙に濡れた顔でケンを振り返った。少しばつが悪そうな顔で起き上がる。
「当たり前だろ、バカ。顔洗ってこい」
いつもの調子でシュウを洗面所に行かせる。シュウはなぜ泣いたのか。考えたくなかった。
ぼんやり、サイドボードに置いた書類を眺める。リリース日は十月二十五日。もう半月もない。シュウは無事、その日を迎えられるのか。他人事のように思ってしまう。
「悪いけど、俺今日は帰るわ」
戻ってきたシュウは、床に脱ぎ散らかされていた服を着ようとしながら言った。
「ダメだ。しばらくはこのあたりを夜中に出歩くのはやめとけ」
でも……と申し訳なさそうな顔をするシュウ。
「いいから、今日はもう寝ろ。これから、夜は極力出歩くな。店に出て遅くなった日はここに泊まれ。このフロアの他の空き部屋を使ったっていい。お前のマンションにまで人を回す余裕がない」
着ようとした服を床に落とし、シュウはさすがに真顔になった。
「そんなにヤバいのか?」
ケンはことさらに深刻な表情を作り、うなずく。
「ああ、このあたりにも敵が入りこんできてる。ダイスケさんだっけ? あの人はそういうのに慣れてないだろ、気をつけるように言っとけ」
「分かった」
ダイスケの名を出すと、シュウの表情がさらに真剣になった。組織が警戒を強めていることを、シュウからダイスケに伝えさせるのは作戦の一つだ。感情が複雑に入り混じり、どす黒く胸をうずかせる。
「ほら、寝るぞ」
シュウはなにか言いたげだったが、Tシャツを着るとおとなしくケンの隣に横になった。
リモコンで明かりを消し、部屋は完全な闇になる。背中を向けて横になっているシュウにいつもより距離を取られている気がして、二人の間に壁のようなものを感じる。それはもしかすると昔から、もともとあったものなのかも知れないが。
身体の中で暴れ回る感情を押さえつけるように、ケンはきつく目を閉じた。シュウはなにも言わない。確実に前より、口数が少なくなった。それも心が離れたという事実の表れか。
認識が噛みあっていないのは知っていた。間違ってしまったという自覚はあっても、長い間に組み上げてしまったものは今さら変えられない。本心なんか今さらさらけ出せない。そう思ってしまったことこそが、間違いだった。
もう、遅いだろうか。そう思いながらも、心は鎧をまとったままだ。そんな自分にシュウが本心をさらすはずがない。真に愛してくれるはずがない。それでも、手放したくはない。
呼吸で分かる。シュウは眠ってはいない。
「……ごめんな」
ふいにぽつりと、背中越しにシュウがつぶやく。シュウも、ケンが眠れずにいるのは気づいているのだろう。
それでも、ケンは寝たふりで応えなかった。さっきシュウの言葉でできた傷が、さらに広がる。シュウはなにを謝ったのか。訊くことができない。
つぶやきはいつまでも、闇に溶けずに残っているかのようだった。どこまでも空虚な夜。それでも、シュウが横にいることは、ひりひりとケンの心をあたためた。
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