デコボコな僕ら

天渡清華

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その2

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 部長にも釘を刺されちまったし、俺は日々なんとか頑張って仕事をこなしていた。担当ができて毎日の仕事のスケジュールも変わり、少し忙しくなった。昼に会社にいるのは、週に二、三日。あとは外回りだ。これぞ営業って感じで、その点は充実してる。でも気持ちは晴れない。精神的なもんか、どうも胃の調子もよくない。
 大沼と専務の仲がホントのところどうなのか。気になるなら、訊けばいい。それだけなのに。仕事上のことならなんでもなくできることが、恋愛絡みだと踏み出せなくなる。
 仕事が忙しくなったせいもあって、最近まともに大沼と会話してない。俺の方でなんとなく避けてるのもあるし、あっちもイベントへの出展やらなにやらで、部全体がバタバタしてる感じだ。
 いつも俺の心の中にいて、俺を幸せにしてくれてた大沼。俺への態度が変わったとか、そういうことはなに一つないのに、俺の気持ち一つで重くて、つらくて。
 行動しなきゃ、なにも変われない。このまま、グダグダモヤモヤ、くすぶったままってわけにはいかない。俺もいい加減、行動しなきゃダメだよな。
 そんなことを考えながら外回りから会社に帰ってきて、俺は席に戻る前に一服しようと一階の喫煙所に向かった。駐車場の隅に作られた喫煙所には、パーティションで仕切られたスペースにベンチとデカい灰皿が置かれている。
「取材が入るのは来週か?」
 パーティションの向こうから声がして、立ち止まる。森部長の声だ。
「ああ、大沼に任せることにしたよ」
 応える声は、三谷部長。わりと有名な情報サイトから、老舗企業を取り上げるシリーズ記事の取材の申込があったことは、俺も聞いていた。そうか、あれを大沼がやるのか。
「大沼って、どっかの老舗の跡取りだっけか?」
 ギシッ、とベンチがきしむ音。その音は、俺の心のきしみのようでもあった。
 老舗の跡取り……? 初めて聞く話に、足が動かない。盗み聞きになっちまうけど、俺は喫煙所に入らずに二人のやりとりを聞くことにした。なるほど、セレブ説はほぼ正解か。
「うん、いずれ社長になるんだし、このぐらいの取材対応なら、そろそろ一人でやらせてみようかと思ってな」
「いつかうちを辞めてく人間に、将来も見越して経験積ませてやる必要あんのか?」
 不満げな森部長を、三谷部長がははっ、と笑っていなす。
「それを言うなら、誰だってある日突然辞めたいって言ってくる可能性あるだろ。若くてやる気のあるヤツに、仕事任せてやらないでどうするんだよ」
 そりゃそうだけどよ、とぼそぼそ言う森部長。部長はあんま、大沼のことをよく思ってねえのかな。
「あいつは頑張ってるし、若いヤツにまともな仕事振らずに全然使えねえヤツにして、そいつの人生台なしにしたり、転職した時に前の会社ではなに教えてたんだ、って思われる方が俺は嫌だなあ」
 なるほど、部長ってそういうこと考えながら部下を使ってるのか。管理職ってそういうもんか。 
 ジャリッ、という靴音らしき音。ガタガタと灰皿が音を立てる。タバコを消したんだろう。
「俺は、大沼が社長になる前の社会勉強の場としてうちを選んでくれたなら、いろんな経験を積ませてやりたいと思ってるよ。本人からも、少なくても五年ぐらいはここで働きたいって聞いてるしな」
 ああそっか、そうなんだ。さすがに三谷部長にはそういうことも話してるのか。
 俺は天井を仰いだ。年季が入ってる、コンクリに鉄筋の低めの天井。隅の方にはクモの巣。ため息を噛み殺しながら、眺める。
 大沼とこの会社で一緒に長く働いて、お互い出世する。その可能性はひっそりと消えた。大沼と、森部長と三谷部長みたいな感じになりたかったんだけどなあ。
「そうか、もっと腰かけな感じなのかと思ってたわ」
「な、五年働きゃ充分だろ。それに、将来あいつの会社がなんらかの形でうちに仕事くれるかも知れないからな」
 会社? 日本橋あたりには老舗がたくさんあるだろうから、なんかの小売店なのかと思ったけど、違うのか? まあ、ちょっとした店でも株式会社だったりはするけどさ。
「お前はそういう先々まで考えるタイプだよな。俺なんかまだまだだわ」
 感心したような森部長の声。またベンチがきしむ音と、灰皿がガタつく音。二人が出てきそうだ。
「なに言ってんだよ、お前の面倒見や気前のよさは俺にはマネできねえよ」
 声と足音がさらに近くなる。動かねえとヤベえな。
「お疲れ様で~す」
 俺は少し緊張してカバンの持ち手を握りしめながら、さも今来ましたって感じで喫煙所の中に足を踏み入れた。
「おう宮本、おかえり」
 森部長が笑顔ですれ違いざまに俺の肩をたたいて、社内に戻っていく。その後ろに、森部長より少し背が低くてスリムな三谷部長が続く。よかった、俺の盗み聞きには気づかれなかったってことでよさそうだ。
 喫煙所に一人になった俺は、ベンチにカバンを置きどっかりと座った。背もたれにもたれて、さっき噛み殺した分も大きなため息。
 大沼は単なる金持ちとかじゃなくて、老舗の御曹司だった。なんの老舗なのかは分かんねえけど、日本橋あたりの老舗なら、俺も知ってるような有名な店だったりして? そりゃ、あんま人に言いふらすことじゃねえよな。
 将来が決められてるって、どんな気分なんだろう。跡取りなら、家業が嫌でも転職できねえよな。俺ならそれはちょっと、いやかなりしんどいしプレッシャーだ。みんながみんな、家業が好きとは限らねえし。
 まだ大沼に専務との仲も聞けてねえうちから、また一つ知ってしまった事実。なんだか、心にずっしりと来る。
「別に俺が後継ぐわけでもねえのにな」
 タバコを口にくわえたまま、思わずひとり言を言って笑い飛ばそうとしても、心に絡みつくようで振り払えない。なんでだろう。
 大沼が心配だってのもあるけど、大沼と俺じゃ、やっぱり釣りあわねえんじゃねえかって、不安なのかな。今はグズグズしてて、それ以前の問題なのにな。
 煙を吐き出して、消えていく煙をぼんやり眺める。モヤモヤした煙は、まさに俺の心みてえだ。まずはなんとか、大沼と専務との仲を聞いてみることからか。いつまでもこんなんじゃいられねえし。
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