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♪♪♪♪♪
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顔を隠そうとする左腕をつかんで、俺は翔一郎さんの人差し指に舌を這わせ、指先を口に含んだ。硬い指先には、へこんだ線ができている。ギターの弦を押さえ続けたせいでできたその線を、舌でなぞり、味わう。
「続きはまた明日、仕事が終わってからにしましょうか」
何度もなぞった妄想が、現実になった。俺の熱は爆発しそうだ。だけど今夜は、これでもう充分。翔一郎さんの明日の仕事に差し支えることは避けたい。なにがあっても、それだけは守りたいと思う。
「……えっ?」
さも意外そうな声を出す翔一郎さんの指を、わざとエロく見えるようになめ上げ、音を立てて指先に口づける。
「したいですか? 期待してます?」
いつもの、からかう俺と照れる翔一郎さんという関係性。それも今は、体温が溶けあう距離で。
翔一郎さんは少し潤んだ目で、俺を無言でにらんだ。もちろん俺だって、今すぐしたいけど、でも。
「素面の時の方が、嫌っていうぐらいしてあげられますから。その方がいいでしょう?」
「お前ってヤツは……」
ぶつぶつつぶやく翔一郎さんの唇に軽くキスして、俺は立ち上がった。
「さあ、明日のために寝て下さい。おやすみなさい」
寝るために服を脱ごうとする俺を、ぽかんと意外そうな顔で見上げる翔一郎さん。
そんな顔されても、いきなり同じベッドで寝たりはしない、というかできない。怖い。そんなに急に、すべてを俺に許さないで欲しい。
それにもし、なにもかもが酔った勢いだったら? 翔一郎さんが朝、なにも覚えてなかったら? 俺にはそれが怖い。別々に寝ていれば、その時のショックもダメージも、俺達の今後も、なんとか笑ってごまかせる。
人のことはけしかけられても、自分のこととなるとこのざまだ。情けない。
「……幸せが怖いのは、分かるよ」
そっと置くようなつぶやきに、振り返る。そこにあった笑顔は、あまりにもきれいで、ふれたら壊れそうなのに、強くて。
横になったままの翔一郎さんを、思わず飛びつくようにして抱きしめた。
この人を守りたい。俺よりずっと長く生きてる人に、まだ人生経験も浅い俺が、そんなことを思うのはおかしいだろうか。
「でも、幸せが怖いのは、自分や相手を信じていないってことだよ」
俺の背中に回した腕にゆっくり力をこめながら、小さく耳もとでつぶやかれる言葉。
はっとした。翔一郎さんの過去の絶望がこめられているようにも思える、重く暗い声。
「ごめんな」
俺は混乱する。翔一郎さんはなにを謝ったんだろう。俺にじゃなくて、遠いなにかに謝ったようにも思えて、なにも言えない。
「いい年して、酒の勢いを借りなきゃいけないようなダメなヤツで」
俺は首を横に振り、唇をふれあわせるだけのキスをした。俺の考えすぎだと思いたい。俺はこれから、この人と一緒に幸せを積み重ねていく、それだけを考えていこう。
「やっぱり、一緒に寝かせて下さい」
俺の言葉に、翔一郎さんは霧が晴れたような笑みを見せた。ああ俺、本当にこの人のことが好きだ。そう思うと、また泣きそうになる。
「うん、そうしよう」
翔一郎さんが身体をずらして空けてくれた場所に身体を滑りこませる。男二人のベッドは、さすがに狭い。でもそんなことはまったく気にせず、翔一郎さんは俺の髪に顔を埋め、安心したように一つ息を吐いて、心身のスイッチをオフった。
この許されている感じが、ぬくもりが溶けあう幸せが、やっぱりまだ少し怖い。一夜の夢で終わるんじゃないかという不安も、消せない。
でも、翔一郎さんのことはもちろん、俺は俺のことももっと信じなけりゃダメだ。俺を選んでくれた翔一郎さんに、応えなけりゃ。
眠れない一夜になるかと思いきや、愛しいぬくもりが腕の中にある幸福感と安心感は、あまりに深くて。俺はあっという間に眠りに沈んだ。
スマホのアラームが鳴っている。身体を包んでいるのはやけに薄くてすべらかな布で、身体になじんだうちのベッドじゃない。それに隣に誰かいる、のは……?
「うわっ……!」
飛び起きると、肩がぶつかるほどすぐ隣に、ぼさぼさ頭の翔一郎さんがいた。俺のスマホを手にして眉を寄せている。
「おはよう。これどうやって止めるの?」
「す、すみません……」
俺はスマホを受け取り、アラームを止めた。翔一郎さんがあまりにも当たり前に無防備に隣にいるから、朝っぱらから心臓と股間にくる。
「さすがに疲れが出たんだろ、よく寝てたぞ」
アラームが鳴り始めてから、たっぷり5分は経っていた。寝坊とまではいかないにしろ、不覚だ。
身体をひねって、サイドテーブルに置いていた眼鏡をかける。隣にすまし顔のベッドがあるのが、なんだか恥ずかしい。
「さて、帰る支度しないと。シャワー浴びてくる」
俺の不安は、杞憂に終わったどころの騒ぎじゃない。ずっとこうしてたみたいな空気を出されて、気持ちが完全に追いてけぼりだ。
「一緒に浴びるか?」
バスルームから顔だけ出して言う翔一郎さんに、俺はとっさに返す言葉もなくフリーズしてしまった。
「やっぱりお前はまだ若いなあ」
俺はよっぽどひどい顔をしたんだろう。楽しげに笑って、翔一郎さんはバスルームのドアを閉めた。起き抜けの不意打ちは、ずるい。大人の余裕を見せつけられてしまった。
そうだ、恋人になるってこういうことだ。シャワーの音を聞きながら、俺は改めて中学生のように照れた。
ハルのツアーも終わり、今日からまた新しい日々が始まる。翔一郎さんと恋人として過ごせる日々が。
立ち上がり、カーテンを開ける。気持ちよく晴れた東京の空。穏やかな秋の陽射しを浴びる、誇らしげな東京タワーが近い。
あの東京タワーほどは無理でも、ドラマーとして男として、揺るぎない存在になって、翔一郎さんに寄り添い続けよう。一緒に幸せを積み重ねていこう。俺はそう、決意した。
END
「続きはまた明日、仕事が終わってからにしましょうか」
何度もなぞった妄想が、現実になった。俺の熱は爆発しそうだ。だけど今夜は、これでもう充分。翔一郎さんの明日の仕事に差し支えることは避けたい。なにがあっても、それだけは守りたいと思う。
「……えっ?」
さも意外そうな声を出す翔一郎さんの指を、わざとエロく見えるようになめ上げ、音を立てて指先に口づける。
「したいですか? 期待してます?」
いつもの、からかう俺と照れる翔一郎さんという関係性。それも今は、体温が溶けあう距離で。
翔一郎さんは少し潤んだ目で、俺を無言でにらんだ。もちろん俺だって、今すぐしたいけど、でも。
「素面の時の方が、嫌っていうぐらいしてあげられますから。その方がいいでしょう?」
「お前ってヤツは……」
ぶつぶつつぶやく翔一郎さんの唇に軽くキスして、俺は立ち上がった。
「さあ、明日のために寝て下さい。おやすみなさい」
寝るために服を脱ごうとする俺を、ぽかんと意外そうな顔で見上げる翔一郎さん。
そんな顔されても、いきなり同じベッドで寝たりはしない、というかできない。怖い。そんなに急に、すべてを俺に許さないで欲しい。
それにもし、なにもかもが酔った勢いだったら? 翔一郎さんが朝、なにも覚えてなかったら? 俺にはそれが怖い。別々に寝ていれば、その時のショックもダメージも、俺達の今後も、なんとか笑ってごまかせる。
人のことはけしかけられても、自分のこととなるとこのざまだ。情けない。
「……幸せが怖いのは、分かるよ」
そっと置くようなつぶやきに、振り返る。そこにあった笑顔は、あまりにもきれいで、ふれたら壊れそうなのに、強くて。
横になったままの翔一郎さんを、思わず飛びつくようにして抱きしめた。
この人を守りたい。俺よりずっと長く生きてる人に、まだ人生経験も浅い俺が、そんなことを思うのはおかしいだろうか。
「でも、幸せが怖いのは、自分や相手を信じていないってことだよ」
俺の背中に回した腕にゆっくり力をこめながら、小さく耳もとでつぶやかれる言葉。
はっとした。翔一郎さんの過去の絶望がこめられているようにも思える、重く暗い声。
「ごめんな」
俺は混乱する。翔一郎さんはなにを謝ったんだろう。俺にじゃなくて、遠いなにかに謝ったようにも思えて、なにも言えない。
「いい年して、酒の勢いを借りなきゃいけないようなダメなヤツで」
俺は首を横に振り、唇をふれあわせるだけのキスをした。俺の考えすぎだと思いたい。俺はこれから、この人と一緒に幸せを積み重ねていく、それだけを考えていこう。
「やっぱり、一緒に寝かせて下さい」
俺の言葉に、翔一郎さんは霧が晴れたような笑みを見せた。ああ俺、本当にこの人のことが好きだ。そう思うと、また泣きそうになる。
「うん、そうしよう」
翔一郎さんが身体をずらして空けてくれた場所に身体を滑りこませる。男二人のベッドは、さすがに狭い。でもそんなことはまったく気にせず、翔一郎さんは俺の髪に顔を埋め、安心したように一つ息を吐いて、心身のスイッチをオフった。
この許されている感じが、ぬくもりが溶けあう幸せが、やっぱりまだ少し怖い。一夜の夢で終わるんじゃないかという不安も、消せない。
でも、翔一郎さんのことはもちろん、俺は俺のことももっと信じなけりゃダメだ。俺を選んでくれた翔一郎さんに、応えなけりゃ。
眠れない一夜になるかと思いきや、愛しいぬくもりが腕の中にある幸福感と安心感は、あまりに深くて。俺はあっという間に眠りに沈んだ。
スマホのアラームが鳴っている。身体を包んでいるのはやけに薄くてすべらかな布で、身体になじんだうちのベッドじゃない。それに隣に誰かいる、のは……?
「うわっ……!」
飛び起きると、肩がぶつかるほどすぐ隣に、ぼさぼさ頭の翔一郎さんがいた。俺のスマホを手にして眉を寄せている。
「おはよう。これどうやって止めるの?」
「す、すみません……」
俺はスマホを受け取り、アラームを止めた。翔一郎さんがあまりにも当たり前に無防備に隣にいるから、朝っぱらから心臓と股間にくる。
「さすがに疲れが出たんだろ、よく寝てたぞ」
アラームが鳴り始めてから、たっぷり5分は経っていた。寝坊とまではいかないにしろ、不覚だ。
身体をひねって、サイドテーブルに置いていた眼鏡をかける。隣にすまし顔のベッドがあるのが、なんだか恥ずかしい。
「さて、帰る支度しないと。シャワー浴びてくる」
俺の不安は、杞憂に終わったどころの騒ぎじゃない。ずっとこうしてたみたいな空気を出されて、気持ちが完全に追いてけぼりだ。
「一緒に浴びるか?」
バスルームから顔だけ出して言う翔一郎さんに、俺はとっさに返す言葉もなくフリーズしてしまった。
「やっぱりお前はまだ若いなあ」
俺はよっぽどひどい顔をしたんだろう。楽しげに笑って、翔一郎さんはバスルームのドアを閉めた。起き抜けの不意打ちは、ずるい。大人の余裕を見せつけられてしまった。
そうだ、恋人になるってこういうことだ。シャワーの音を聞きながら、俺は改めて中学生のように照れた。
ハルのツアーも終わり、今日からまた新しい日々が始まる。翔一郎さんと恋人として過ごせる日々が。
立ち上がり、カーテンを開ける。気持ちよく晴れた東京の空。穏やかな秋の陽射しを浴びる、誇らしげな東京タワーが近い。
あの東京タワーほどは無理でも、ドラマーとして男として、揺るぎない存在になって、翔一郎さんに寄り添い続けよう。一緒に幸せを積み重ねていこう。俺はそう、決意した。
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