君のぬくもりは僕の勇気

天渡清華

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その五

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 新幹線で仙台に着いた。九月末の風が冷たい。さすが北国だ。
 約三週間の旅を広島公演で締めて東京に帰った後、一週間くらい間を置いて、今度は東北と北関東。最後は東京公演を五日間やって、ついにツアーは終わりだ。
 いつものように晴輝をファンから守りつつ手引きして、新幹線の改札を出る。イベンターさんの案内で、駅の一階で待っていたワゴンに乗りこむ。
 あわただしくて、仙台に来たって気分を味わえるのは駅のあちこちにある広告ぐらいのもんだったけど、俺は機嫌がよかった。
 今日ライブをやったら、明日は丸一日休み。次の街に移動するのはあさっての朝の予定だ。給料も入ったし、久々に買い物でもするか。仙台は初めてだしな。
 浮かれ気味の俺とは対照的に、晴輝はおとなしい。具合が悪そうにも見える。朝からずっとこうで、俺は晴輝の方からなにか言ってくれるのを待ってみた。新幹線の中でも、晴輝はずっと目を閉じていて、無口だった。でも寝てはいなかったのは、明らかで。
 会ってなかった間になにかあったのか。それとも、卵投げつけられたショックから、まだ立ち直れてないのか。
 買い物にでも誘ってみようかな。心配だし、こんなに晴輝がおとなしいなんて、こっちの調子も狂っちまうしな。
「晴輝、なんか元気ないな。具合悪いの?」
「……そんなことないよ」
 そう答える声がすでに暗い。
「具合悪いんじゃなかったら、明日買い物行こうぜ」
 ずっとうつむき加減でワゴンの窓に頭を預けてた晴輝は、いくらか表情を明るくした。
「一緒に? いいの?」
「ああ、行こう」
 前に座ってた大石さんが振り返る。
「明日は日曜で人出が多いから気をつけて」
 大丈夫ですよ、と答えると、
「そうだよ、全然問題ないよ。静也が守ってくれるもん」
と、晴輝はさっきまでの暗さが嘘みたいに、明るく笑う。
 なんだ、そんな大したことないんじゃないか。
 晴輝の笑顔に、俺はほっとした。心も身体も疲れがたまってきてるのかも知れない、明日は街をぶらぶらしてリラックスしてもらおう。
 そう言えば晴輝と二人だけで出かけるなんて初めてだ。そう思うとますます、俺の心は弾んだ。


 無事ライブも終えた次の日、俺達は昼頃ホテルを出た。
 俺はTシャツにジーンズ、その上に大阪の古着屋で買ったジャケットとキャスケットという格好だった。晴輝がうるさいから、もらった香水をつけている。
 晴輝はくたびれていい感じになってるジーンズに、ミリタリーコートを羽織っていた。ヴィンテージっぽいベルトがどっしりした存在感を放って、印象をきりりと引き締めている。
「かっこいいじゃん、今日の格好。自分で選んだの?」
「みんな撮影の時の衣装を買い取ったヤツだけど、組みあわせたのは俺。おかしくない?」
 晴輝の笑顔は気のせいかも知れないけど、やっぱりどこか笑いきれてない暗さがある。
「全然。似あってておしゃれじゃん」
「マジ? それならよかった」
 仙台には、街路樹が多い。さすが、杜の都とかいうだけある。大木がずらりと並ぶ大通りを、ゆっくりと晴輝と二人で歩く。俺は時々落ち葉が舞う中を、大きなアーケードの方へ曲がった。まずは昼メシを食おうと、イタメシ屋に入る。
 店に入った途端、視線があちこちから飛んでくる。晴輝だからなのか、白杖のせいなのか、二人ともおしゃれだからか。できれば、一番最後の理由であって欲しいんだけど。
 俺は五つあるランチメニューを、晴輝のために声に出して読んだ。
「俺はドリアセットにするよ」
 晴輝の笑顔がやっと柔らかくなってきたのは、俺の気のせいじゃないだろう。
「じゃあ俺はパスタセットで。晴輝、三時の方向に水とおしぼりがあるよ」
 俺は本で覚えた、クロックポジションという場所の教え方で晴輝に教えた。
「俺のナビも完璧だな。静也、ツアー終わったら終わりなんて言わないで、うちの事務所入っちゃえよ」
「え、そんなの無理だよ、きっと」
 晴輝の言葉に即座に答える。気持ちはうれしい。でも小さな警備会社でちゃらんぽらんにやってきた俺に、業界人なんてつとまりっこない。
「そんなことない、今だって立派にやってるじゃん。俺が稼いでるもん、静也一人が事務所に入るぐらい、なんともないって」
「うん、まあ……考えとくよ。ところで、一週間ツアー休みの間になんかあった?」
 単刀直入に言って、話題を逸らす。
「……え、なんで?」
 途端に晴輝の表情が、声が硬くなる。揺れる。
「笑顔が暗いから。心から笑ってない感じがするんだよ。そんなふうな晴輝って見たことないから」
 今の晴輝は、笑顔が仮面であることを隠すことすらできなくなっている。見ていて、胸が痛い。
 晴輝はうつむいて黙りこんでしまった。
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