やがて来る春に

天渡清華

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第四章

その二 一

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 雪が解け、由貴は去った。それが一時的なものなのか、それとも御役御免に繋がるのか、源次郎は貴之に訊けずにいる。
 藤尾から無理やり聞きだしたところによれば、今回由貴の護衛を兼ね供に選ばれた男が、由貴の想い人だという。実は藤尾も、由貴とその男との連絡に一役買っていたというのだ。
 手廻組頭・宮崎琢馬。偶然にも、源次郎の両親の隣に住んでいる。確か、飼い猫に太郎と名づけていた。由貴の猫も雌なのに太郎というのと、琢馬の指名は偶然ではないだろう。
 指名の意味は、分かりすぎるほど分かる。貴之は明らかに由貴が湯治に行ってから、気が抜けたようになっていた。やはり、さみしさは拭えないらしい。
「雪囲いがなくなると、いよいよ春だという気がいたしますね」
 ぼんやり火鉢にあたっている貴之に、源次郎は言った。
 うん、と貴之はうつむいたまま気のない返事をする。
 日々、春が冬の背中を押しやっている。風はまだ冷たいが、春になでられて穏やかさを増してきていたし、なにより雪が降っても大陽の力強さに負けるようになった。
「つくづく、冬は寒くて嫌だな」
 いきなり貴之が身を翻して抱きしめてきた。なにげない言葉に深い意味が隠されている気がして、源次郎は心臓をつままれたような感覚を覚える。
「早く、春が来ればいい」
「殿、春が来たら花見に連れて行って下さいますか?」
 源次郎は明るい声を出した。沈んでいる貴之を見たくない。
 もちろんだ、と言いながら、貴之は立ち上がり源次郎の腕を引く。
「お前は知らぬか、我が家中では桜の下、無礼講で大宴会を催すのだ。その後、奥勤めの者達に宿下がりを許す。短い春を、思う存分楽しめるようにな」
 貴之が寝所へ続く襖を開ける。これまで、事に及ぶのは必ず御伽衆御殿での貴之の正式な寝所だった。それが今、変えられようとしている。
「あ、あの、殿……」
 なんだ、と応える貴之の手は大きく掛け布団をめくり、有無を言わさず、しかし優しく源次郎を横たわらせた。
 自分が、越えることを許されたのか。それとも、貴之が越えたのか。貴之は言葉にこそしなかったが、源次郎をあの寝所以外では抱かないと決めているようだった。
「我が世の春と言うだろう、あの言葉はこの地の冬を越してから使って欲しいものだ」
 確かに、半年近くもある長い冬の後に訪れる春のあたたかさは格別だ。身体がほどけ、全身で楽しみ、短い春に浮かれる。人々は暇さえあれば、冬に家に閉じこめられていた分を取り返そうとするかのように、遊びに出かける。誰もが華やぐ季節だ。
 源次郎も今こうして、貴之のぬくもりに包まれながら春を思うだけで、たちまち想像にうっとりしてしまう。
「誰の身にも、春は来なければならん……」
 凍てついた言葉。貴之は別のことを考えていた。それは、由貴と琢馬の事を指しているのだろうか。四郎が抱える思いを、貴之は知っているのだろうか。
「花見が楽しみでござります」
 内心の思いを隠し、気づいていないふりで笑うことしか、源次郎にはできない。
「そうだな、得意のしゃべりで皆を盛り上げてくれ」
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