21 / 25
第四章
その二 一
しおりを挟む
雪が解け、由貴は去った。それが一時的なものなのか、それとも御役御免に繋がるのか、源次郎は貴之に訊けずにいる。
藤尾から無理やり聞きだしたところによれば、今回由貴の護衛を兼ね供に選ばれた男が、由貴の想い人だという。実は藤尾も、由貴とその男との連絡に一役買っていたというのだ。
手廻組頭・宮崎琢馬。偶然にも、源次郎の両親の隣に住んでいる。確か、飼い猫に太郎と名づけていた。由貴の猫も雌なのに太郎というのと、琢馬の指名は偶然ではないだろう。
指名の意味は、分かりすぎるほど分かる。貴之は明らかに由貴が湯治に行ってから、気が抜けたようになっていた。やはり、さみしさは拭えないらしい。
「雪囲いがなくなると、いよいよ春だという気がいたしますね」
ぼんやり火鉢にあたっている貴之に、源次郎は言った。
うん、と貴之はうつむいたまま気のない返事をする。
日々、春が冬の背中を押しやっている。風はまだ冷たいが、春になでられて穏やかさを増してきていたし、なにより雪が降っても大陽の力強さに負けるようになった。
「つくづく、冬は寒くて嫌だな」
いきなり貴之が身を翻して抱きしめてきた。なにげない言葉に深い意味が隠されている気がして、源次郎は心臓をつままれたような感覚を覚える。
「早く、春が来ればいい」
「殿、春が来たら花見に連れて行って下さいますか?」
源次郎は明るい声を出した。沈んでいる貴之を見たくない。
もちろんだ、と言いながら、貴之は立ち上がり源次郎の腕を引く。
「お前は知らぬか、我が家中では桜の下、無礼講で大宴会を催すのだ。その後、奥勤めの者達に宿下がりを許す。短い春を、思う存分楽しめるようにな」
貴之が寝所へ続く襖を開ける。これまで、事に及ぶのは必ず御伽衆御殿での貴之の正式な寝所だった。それが今、変えられようとしている。
「あ、あの、殿……」
なんだ、と応える貴之の手は大きく掛け布団をめくり、有無を言わさず、しかし優しく源次郎を横たわらせた。
自分が、越えることを許されたのか。それとも、貴之が越えたのか。貴之は言葉にこそしなかったが、源次郎をあの寝所以外では抱かないと決めているようだった。
「我が世の春と言うだろう、あの言葉はこの地の冬を越してから使って欲しいものだ」
確かに、半年近くもある長い冬の後に訪れる春のあたたかさは格別だ。身体がほどけ、全身で楽しみ、短い春に浮かれる。人々は暇さえあれば、冬に家に閉じこめられていた分を取り返そうとするかのように、遊びに出かける。誰もが華やぐ季節だ。
源次郎も今こうして、貴之のぬくもりに包まれながら春を思うだけで、たちまち想像にうっとりしてしまう。
「誰の身にも、春は来なければならん……」
凍てついた言葉。貴之は別のことを考えていた。それは、由貴と琢馬の事を指しているのだろうか。四郎が抱える思いを、貴之は知っているのだろうか。
「花見が楽しみでござります」
内心の思いを隠し、気づいていないふりで笑うことしか、源次郎にはできない。
「そうだな、得意のしゃべりで皆を盛り上げてくれ」
藤尾から無理やり聞きだしたところによれば、今回由貴の護衛を兼ね供に選ばれた男が、由貴の想い人だという。実は藤尾も、由貴とその男との連絡に一役買っていたというのだ。
手廻組頭・宮崎琢馬。偶然にも、源次郎の両親の隣に住んでいる。確か、飼い猫に太郎と名づけていた。由貴の猫も雌なのに太郎というのと、琢馬の指名は偶然ではないだろう。
指名の意味は、分かりすぎるほど分かる。貴之は明らかに由貴が湯治に行ってから、気が抜けたようになっていた。やはり、さみしさは拭えないらしい。
「雪囲いがなくなると、いよいよ春だという気がいたしますね」
ぼんやり火鉢にあたっている貴之に、源次郎は言った。
うん、と貴之はうつむいたまま気のない返事をする。
日々、春が冬の背中を押しやっている。風はまだ冷たいが、春になでられて穏やかさを増してきていたし、なにより雪が降っても大陽の力強さに負けるようになった。
「つくづく、冬は寒くて嫌だな」
いきなり貴之が身を翻して抱きしめてきた。なにげない言葉に深い意味が隠されている気がして、源次郎は心臓をつままれたような感覚を覚える。
「早く、春が来ればいい」
「殿、春が来たら花見に連れて行って下さいますか?」
源次郎は明るい声を出した。沈んでいる貴之を見たくない。
もちろんだ、と言いながら、貴之は立ち上がり源次郎の腕を引く。
「お前は知らぬか、我が家中では桜の下、無礼講で大宴会を催すのだ。その後、奥勤めの者達に宿下がりを許す。短い春を、思う存分楽しめるようにな」
貴之が寝所へ続く襖を開ける。これまで、事に及ぶのは必ず御伽衆御殿での貴之の正式な寝所だった。それが今、変えられようとしている。
「あ、あの、殿……」
なんだ、と応える貴之の手は大きく掛け布団をめくり、有無を言わさず、しかし優しく源次郎を横たわらせた。
自分が、越えることを許されたのか。それとも、貴之が越えたのか。貴之は言葉にこそしなかったが、源次郎をあの寝所以外では抱かないと決めているようだった。
「我が世の春と言うだろう、あの言葉はこの地の冬を越してから使って欲しいものだ」
確かに、半年近くもある長い冬の後に訪れる春のあたたかさは格別だ。身体がほどけ、全身で楽しみ、短い春に浮かれる。人々は暇さえあれば、冬に家に閉じこめられていた分を取り返そうとするかのように、遊びに出かける。誰もが華やぐ季節だ。
源次郎も今こうして、貴之のぬくもりに包まれながら春を思うだけで、たちまち想像にうっとりしてしまう。
「誰の身にも、春は来なければならん……」
凍てついた言葉。貴之は別のことを考えていた。それは、由貴と琢馬の事を指しているのだろうか。四郎が抱える思いを、貴之は知っているのだろうか。
「花見が楽しみでござります」
内心の思いを隠し、気づいていないふりで笑うことしか、源次郎にはできない。
「そうだな、得意のしゃべりで皆を盛り上げてくれ」
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる