愛を知る

天渡清華

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その1

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 アズマはずっと、あごを右手で覆ったポーズのまま、黒で覆った細い身体を革張りのソファに沈めている。それが自分に対する防御のような気がして、坂上拓は小さく舌打ちした。
 だがそれは、考え過ぎというものだろう。目の前のアズマはずり落ちた眼鏡もそのままに、真剣に膝の上に置いた譜面を読んでいる。
 長く伸びた前髪の陰で、長いまつげがまたたく。二重の大きな瞳のしっとりした輝きに目を奪われる。絵のように整った横顔。いつもはコンタクトレンズをつけているアズマが、たまに見せる眼鏡姿もいい。
 坂上の相棒である福島健介はさらりと、アズマを天才だと言う。坂上はアズマの才能を認めてはいたが、そうは思っていない。
 アズマリョウが天才なら、今頃は売れっ子アレンジャーなり作曲家になって、業界で名を馳せているはずだ。だが実際には、CMやゲームなどの音楽を作っても、その名が広く知られることもない。作曲の仕事をしつつ、アレンジャーやキーボーディストとしてレコーディングに参加する、よくいるミュージシャンの一人に過ぎない。作品の質を追い求めるアズマの態度は尊敬に値する。しかし、ヒットを飛ばさなければ意味がない。
 そう思っていることを、坂上はアズマにぶつけたことはない。口に出さなくてもアズマに考えを読まれ、自分とは違う人種だからと多少の距離を置かれているのを、坂上は敏感に感じていた。
 それが悔しい。美しい身体も心も両方手に入れたいのに、身体はどうとでもできても、心の距離はいっこうに縮まらない。
 今、譜面を読むアズマの頭の中では、譜面通りに曲が鳴っているはずだ。コードがアズマの好みにあわないのか、メロディがよくないと感じているのか、アズマは形のいい眉を時々しかめながら、譜面を読み続けている。
 狭いスタジオ。二人だけでのプリプロダクション。
 坂上はボーカル兼キーボードとして、ボーカル兼ギターの福島とTAKU-KENというユニットを組んで活動している。大学で知りあい卒業と同時にデビューし、デビュー四年目の今年はソロ活動中だ。坂上はソロデビューアルバムに入る曲のアレンジを数曲、アズマに依頼していた。
 アズマとの出会いは二年前、セカンドアルバムのレコーディング前だった。当時のプロデューサーがアレンジをやってもらうからと打ちあわせに連れてきた。部屋に入ってきた時の横顔に、思わず見とれてしまったのをよく覚えている。
 坂上達より五歳上だという話だったが、アズマはその頃髪が長かったこともあり、年齢不詳の中性的な雰囲気で、坂上はきれいという言葉がぴったりの男性もいるんだなと思った。その印象は今も変わらない。気づくとつい、アズマを見つめてしまっている。
 一方で坂上は、アズマに近づきすぎてはいけないとも思った。人目を引くルックスの上、作曲もアレンジもでき、特にピアノの腕前が評価されている。歌も歌える。それなのに、なぜアズマはデビューせず裏方に徹しているのか。福島が最初からアズマの才能に惚れこみ、手放しで褒め心酔する勢いだったから、自分は冷静でありたいという気持ちが強く働いたのかも知れない。
 だがいつの間にか、こうなっていた。自分でも、そうとしか言いようがない。反発にも似た思いを抱きながらも、心ひかれる。自分とはあまりに違いすぎるから、羨望がそうさせるのか。アズマと関係を持って半年ぐらいになるが、欲しいという気持ちは強くなる一方だ。
 しばらくすると、アズマは譜面から顔を上げ、指先で眼鏡を持ち上げた。
「どう?」
 ミキシングコンソールの前の椅子に座った坂上が短く訊くと、アズマは小さくため息をついた。
「全然ダメじゃん? キー下げた方がよくない? コードの流れも悪いから変えないと。拓が歌うにはこれじゃキツいでしょ」
 容赦のない言葉が、積み重ねられる。坂上は前髪を長めに作ったツーブロックの頭をかきながら、ただ苦笑するしかなかった。さすがに指摘が的確だ。
 確かに、このキーでは歌いきれないかも知れないとは思っていた。コード進行もどうもよくないのは分かっていたが、どうすればいいのか悩んでそのままだ。アズマの反応と、どう変えるのかを見たいというのもあった。
「珍しいことしたね」
 アズマは身体を起こして譜面をミキシングコンソールの上に置き、探るような視線を坂上に向けた。デモの段階でまず譜面を見せるなんてことは、これまでやったことがなかった。実は音源はある。聴かせていないだけで、この譜面はおまけ的に書いたものだった。
「まあね。いろいろ迷っててね。ごめん」
 ごめん、の意味を、アズマは正確に察したようだった。ちらりと防音の分厚くしっかりしたドアの方を見て、唇だけで笑う。ソファにゆったりともたれる。悔しいが、とても魅惑的な笑み。
「こういう時間込みのギャラだから」
 いい、と言う。冗談なのか本気なのか、はかれない言葉。完全に割り切られている。坂上はひそかに唇をかんだ。
「でも、こんなことしてていいの?」
 アズマの隣に移動し、無言で抱き寄せると、素朴な疑問を口にする子供のようでいて少し冷たい声。
「俺なんか抱いて、拓のためになるの?」
 耳もとでふふっと笑うアズマを、坂上は残酷だと思った。気高いと思った。
 抱けば抱くほど、所有欲は乾き、ひび割れて悲鳴をあげる。在る次元が、違うのだ。分かっている。それでも。
 かしゃり、と音をたて、はずされたアズマの華奢な眼鏡が、小さなミキシングコンソールの上で跳ねた。重ねられる唇。ソファが、きしむ。
 坂上はメインフェダーを上げ、今アズマが否定した曲を再生させた。
「ああ、これ健介とやった方がいいね。健介が入ったら映えるよ」
 かすれた声が薄っぺらいデモ音源と混じりあい、ようやく坂上の耳に届く。感情が一気に噴き上がる。
「それじゃなんのためのソロなのか分かんないじゃん、俺は一人でもやれるって証明したいんだよ。一人でやっても映えるようにするのが、アレンジャーの役目なんじゃないの?」
 坂上はなんとか感情を抑えつつも、つい早口にまくし立ててしまった。
「そうだよね、ごめん」
 アズマは動じず、まったく悪いとは思ってなさそうな顔で微笑む。その笑顔に引き寄せられるように、またキスをする。そんな自分が少しいまいましいが、もう目の前のアズマのことしか考えられない。
「なんでいつもそんな、痛いのこらえてるみたいな顔でキスすんの?」
 アズマの声はやはり、少し甘くて少し冷たい。眉をしかめ目が鋭くなっている坂上の神経質そうな表情が、アズマの肌に沈む。
 あんたが手に入らないからだ、とは言わない。言えない。無言で白い肌に唇を這わせ、アズマの黒いシャツの前を性急にはだける。いつもながら、白い肌が黒い服に映えてなまめかしい。
「で、この曲のアレンジはいつまでに上げればいい?」
 坂上を受け入れながら、快感にわずかに語尾を震わせてアズマが言う。
「三日ぐらいで」
 アズマの肌を貪りながらほとんど反射的に答えた。ソファの背もたれにのけぞるように身体を預けている、アズマのズボンの前をはだける。下着越しにも分かる、大きく育っている欲情。
「いつもは火がつくのが遅いのにね」
「……こんなとこで抱くからだろ」
 下着ごとズボンを下ろされて、アズマの視線が恥ずかしげに横に流れる。ソファの上、はだけた黒いシャツの下で胸の上までまくり上げられたTシャツ、太ももの中程まで下げられたズボン。白い身体の中心、黒い茂みの中で限界まで勃ち上がっているアズマ自身。
「アズマさんを興奮させるには、スリルか。誰も来ないから大丈夫だよ」
 坂上はじっくりと、目の前のアズマの姿を味わうように眺める。
「いいから早くして」
 潤んだ瞳で見上げられ、坂上は興奮に身体が熱くなった。だが余裕がないと思われたくないから、少し笑って、首筋に舌を這わせながらアズマの欲情を愛撫する。
「あっ……」
 アズマがしがみつくように抱きついてくる。よほど昂ぶっているのか、明らかにいつもより反応がいい。坂上もそんなアズマに欲情を煽られて、アズマを快楽に堕とそうと夢中になっていく。
「ソファ汚したらまずいから、俺の膝に乗って」
 アズマの様子を見てそろそろいいだろうと見た坂上は、いったんアズマから離れて隣に座り、ジーンズを下着ごと膝まで下ろした。
「普通こんな時に持ってないだろ」
 少し荒い息で口元を拭いながら言うアズマの視線の先は、ゴムを猛りきったモノにかぶせる坂上の手元。
「そんなこと言って、すげえ色っぽい目してるよ。ほら、膝乗って」
 アズマの前では、スマートでありたい。とは言えそもそも、スマートな大人がこんなところで行為に及ぶとは思えないが、アズマが魅惑的なのだから仕方ない。
 恥ずかしいのか顔を伏せて、アズマが坂上の膝に乗る。しっかりアズマの腰を支えると、坂上はゆっくりアズマの中に自身を埋めた。
「あ、ああっ……!」
 アズマの方が背が高いから、しがみつかれると坂上の顔はアズマの胸に埋もれる。ソファがうるさくきしむ。揺らめくアズマを抱きしめて、坂上はアズマの胸の突起を舌でもてあそんだ。
「んっ、ふ……うっ……!」
 胸をいじった途端に、アズマが大きく背中をのけぞらせる。自身を締めつけられて、坂上の顔が快感にゆがむ。
「声、我慢しなくていいのに」
 スタジオは防音なのに、唇を噛みしめて声をこらえているのは羞恥ゆえか。眉を寄せて快感を味わっているかのようなアズマの表情をちゃんと見たくて、坂上は長い前髪をかき上げた。
「あんたの感じてる顔だけでイキそう」
 髪をかき上げられ、長いまつげを伏せ顔を背けるアズマ。坂上は色気が飛び散ったかのような錯覚を覚えた。
「……そんなに、見るなっ……」
 アズマはなおも視線を避けようと、左腕で顔を隠そうとする。
「隠さないで」
 いじめたくなり、坂上はアズマを小刻みに突き上げた。びくびくと背中が震え、アズマがしがみついてくる。
「ん、んんっ……」
「いい顔。やらしくて、すげえきれいだ」
 潤んだ瞳、わずかに上気した頬。半開きの薄い唇がつややかで。表情だけでなく、坂上を締めつけているアズマの内部も限界を訴えている。
「でも、そろそろこのぐらいにしとこうか。また今度ゆっくりね」
 肌をあわせている間、アズマは坂上の腕の中で翻弄され、声を我慢したり顔を隠したりという抵抗もかわいいものに思える。
 坂上はアズマをしっかりと抱き、腰を激しく揺らした。
「あっ、あ、あっ……!」
 ソファのきしみと重なるあえぎ。アズマの吐情を受け止めるためにも、ぬるつく先端を包んで刺激する。
「どう、気持ちいい? もうイキそう?」
 快感に追いつめられた声で坂上が訊くと、アズマも言葉にならない声で応える。次の瞬間、坂上の手の中に吐き出される熱。喉の奥でくぐもった声を上げ、坂上も達した。
「仕事の続き、しようか」
 アズマは大きく息をつくと、何事もなかったかのように坂上の膝から下りた。眼鏡をかけ、ミキシングコンソールの上に置いてあったボックスティッシュを手に取って適当に身体を拭き、さっさと服を直す。服やソファが汚れていないか見回し、ソファに転がっていたペットボトルのお茶を飲む。
「ずいぶん切り替えが早いね」
 坂上は大げさなほどに肩をすくめた。いつもホテルで寝る時には、終わると余韻を楽しむかのようにしばらく動かないのに、場所が場所だからか。
「そりゃそうだよ、見られたらどうする気?」
「大丈夫だって言ったでしょ」
 坂上はことさらにゆっくり後始末をし、ゴムや汚れたティッシュなどをまとめると尻ポケットに無理やり押しこんだ。坂上も内心はおどおどし落ち着かずにいたが、こういう大胆不敵なことができるのだとアズマに見せたかった。
「さて、お望み通り仕事の続きを」
 わざとらしく言い、坂上は手にした譜面をアズマに差し出した。
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