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第三部 天 獄
12羽搏き往くもの③
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天空から三々五々に舞い降りてきた白天馬の集団――。
果たしてヴァニオンが危惧したとおり、彼等は軍隊と呼べるほど統制された集団ではなかった。
煌びやかな戦衣を纏い、武器を携えたその若者等は正真正銘の神族ではあるのだが……。
彼ら天上界に住まいし者たち(すなわち創世主の造りし原初の神々とその子や、孫たち)、――そもそも彼らは遍く神司を持ち、万物に宿る精霊を従え、地上界を見守る務めを負っていた。
最たる少数種族でありながら、創世主に与えられた大いなる力は、彼等を三界における勢力図の頂点とするに相応しい絶大なものであった。肉体的な力は別として、神の司を前にしては、冥界に巣食う魔獣や魔族ども……ましてや人間等が束になってかかろうとも、それが譬えたった一人の神であったとしても、太刀打ちできるはずがないのである。
つまり三界において最強の種族である彼らには、己が住処を守るための集団的武装をする必要は全くない。
そもそも天上界ははるか地上界の雲上にあるのだ。外敵の侵入などあり得ない。
――ではここにいる彼らは何者か?
彼らは、第二世代(世の起こりとともに最初に生まれた神々を第一世代とするならば、その子供達)の神々で構成された、警邏団を自称する組織であった。要は血気盛んな若い神たちの集まりである。
この白天馬の警邏団は、普段は数人ずつに分かれて、警邏、巡回と称しては暇つぶしに地上界の空を気ままに浮遊する。そもそもレストルとアドリスの二名がいち早くこの場に駆けつけたのも、早暁の警邏と称した下界の朝散策の途中だったからなのだ。
彼らは人間界の女を品定めしたり、下界に戦が起これば好奇心の向くまま傍観し、時に勝敗を賭事にして楽しみ、果てはそうとは分からぬように介入して戦況を掻き回すこともある。必要以上に地上界の物事に触れてはならぬとの、天王の達しがあるにも関わらずだ。
そうした若い神々の行き過ぎたいたずら行為は親世代の神々の多くに眉を顰めさせていたが、なにぶん太陽神の長子レストルの呼びかけで集まった組織である、面と向かって諫める者はおらぬ。
はじめのうちはレストル以下数名ではじめた遊戯的集団だったが、好奇心から参加する者が増え、いつしか若い神々の間でこれに加わることが即ち天上界における社会的身分の象徴とも錯覚されるまでに膨張した。
神位の上下関係から一応、レストルがその長の座にあるが、団員それぞれが個性豊かな神ゆえに、すでにレストルとて、その肥大した組織を完全に掌握しきれているとは言い難かった。
……早朝の下野に集まってきた面々を見て、レストルは眉を軽く上げる。
この場にいない者ら……つまり召集に応じておらぬ者らがいるのだ。
組織の中でレストルに反発している、狩猟神ベレス以下10名ほどのグループであった。
「あいつらはどうした、」と問えば、首を傾げる面々の中から声が挙がる。
それによるとどうやらベレス等は、途中までは同行していたもののレストルが冥界の神と交戦中と悟るや、俺達も手柄を立てるぞと気勢を上げて隊列を離れていったというのである。
「何だと!? 何処へ向かったというのだ。まさか冥界に侵入する気ではあるまいな!」
さあ、と呑気に肩を竦める面々にレストルは半ば掴みかかった。
ベレス等が組織への影響力をめぐって自分たち兄弟神に対抗意識を燃やしているのは明らかだ。その連中が『俺達も手柄を立てるぞ』と息巻いていたというなら、連中はこの機に乗じて三途の河の先にあるという異界を覗きに……否、覗くどころではない、あわよくば魔族共の巣窟を叩くつもりでいるのではなかろうか。
三途の河の先にあるというその異界……、その入り口の存在は無論周知の事実だが、神族の男達のなかではまだ、誰一人みずから其処へ赴いた阿呆はおらぬ。
澱んだ瘴気にあふれた冥界。人間はおろか神さえも長くその場所にあれば病魔にその身が朽ちるという……、魔族の里、魑魅魍魎の蔓延る世界だ。いくら手柄を欲するとて、自ら赴くなど正気の沙汰ではない。
その入り口付近まではレストル等とて旅したことはある。だが天王からきつく戒められているために、まだ見ぬ異界への興味は尽きせぬもののいつも想像のみで終わっていた。
異界とは交わってはならぬという天の掟は強固なものであったし、その先にはどのような世界が待ち受けているか知れぬ。侵入を果たそうなど思いもよらぬことだ。
果たして、ベレス等は本当に三途の河へ向かったのか?
レストルは振り返り、地面に倒れ伏す異界の者たちを見下ろした。とくに、弟アドリスが槍で仕留めた長髪のほう……。今は深手を負い意識を失っている。黒髪だが、あれは明らかに自分達と同様の神気を有していた。
そして死の精と闇の精を連れていたのだ。かつて女神ティアーナが産み遺したという冥王の倅に、間違いないだろう。
それが……そんな大物がここにいるということは……。
おそらく、冥界においても混乱が起きているのではないのか?
狩猟神はいち早くそれを悟り、異界に侵入するには、この機を逃す手はないと判断したのだろう。魔獣狩りをしたい、魔族狩りをしたいという欲望は、常に抱き続けていたはずだからだ。
「どうすんの兄貴ィ。ベレス達、連れ戻しに行く?」
短槍の血を拭いながら、弟アドリスが近寄ってくる。戦闘を終え元の緊迫感のない顔に戻っていた。レストルは少し考えた末に首を振った。
「……いや、放っておけ。よくよく考えればいくらあいつ等でも、たった10騎で本気で冥界を攻略しようなどと考えているとは思えん。どうせこの混乱に乗じて少し覗いてみようと思い立っただけのことだろう。それに俺達が追いかけたところで、既に交戦状態になっていたらますます騒ぎが広がるだけだ。とばっちりで、俺たちまで伯父貴に何と云われるか判らん。警邏団の解散まで云われかねん。
これはあいつらの独断でしたことだ。せいぜい、遊びがすぎて痛い目にあって帰ってくるがいいさ」
レストルはにやりと笑んだ。そうだ…、こちらは冥界の世継を捕獲したのだ。ベレスがどう頑張っても、これ以上の手柄など存在するものか。無事に帰ってきてもあいつらは、不可侵の掟を破った罪をかぶるのがオチだろう。
果たしてヴァニオンが危惧したとおり、彼等は軍隊と呼べるほど統制された集団ではなかった。
煌びやかな戦衣を纏い、武器を携えたその若者等は正真正銘の神族ではあるのだが……。
彼ら天上界に住まいし者たち(すなわち創世主の造りし原初の神々とその子や、孫たち)、――そもそも彼らは遍く神司を持ち、万物に宿る精霊を従え、地上界を見守る務めを負っていた。
最たる少数種族でありながら、創世主に与えられた大いなる力は、彼等を三界における勢力図の頂点とするに相応しい絶大なものであった。肉体的な力は別として、神の司を前にしては、冥界に巣食う魔獣や魔族ども……ましてや人間等が束になってかかろうとも、それが譬えたった一人の神であったとしても、太刀打ちできるはずがないのである。
つまり三界において最強の種族である彼らには、己が住処を守るための集団的武装をする必要は全くない。
そもそも天上界ははるか地上界の雲上にあるのだ。外敵の侵入などあり得ない。
――ではここにいる彼らは何者か?
彼らは、第二世代(世の起こりとともに最初に生まれた神々を第一世代とするならば、その子供達)の神々で構成された、警邏団を自称する組織であった。要は血気盛んな若い神たちの集まりである。
この白天馬の警邏団は、普段は数人ずつに分かれて、警邏、巡回と称しては暇つぶしに地上界の空を気ままに浮遊する。そもそもレストルとアドリスの二名がいち早くこの場に駆けつけたのも、早暁の警邏と称した下界の朝散策の途中だったからなのだ。
彼らは人間界の女を品定めしたり、下界に戦が起これば好奇心の向くまま傍観し、時に勝敗を賭事にして楽しみ、果てはそうとは分からぬように介入して戦況を掻き回すこともある。必要以上に地上界の物事に触れてはならぬとの、天王の達しがあるにも関わらずだ。
そうした若い神々の行き過ぎたいたずら行為は親世代の神々の多くに眉を顰めさせていたが、なにぶん太陽神の長子レストルの呼びかけで集まった組織である、面と向かって諫める者はおらぬ。
はじめのうちはレストル以下数名ではじめた遊戯的集団だったが、好奇心から参加する者が増え、いつしか若い神々の間でこれに加わることが即ち天上界における社会的身分の象徴とも錯覚されるまでに膨張した。
神位の上下関係から一応、レストルがその長の座にあるが、団員それぞれが個性豊かな神ゆえに、すでにレストルとて、その肥大した組織を完全に掌握しきれているとは言い難かった。
……早朝の下野に集まってきた面々を見て、レストルは眉を軽く上げる。
この場にいない者ら……つまり召集に応じておらぬ者らがいるのだ。
組織の中でレストルに反発している、狩猟神ベレス以下10名ほどのグループであった。
「あいつらはどうした、」と問えば、首を傾げる面々の中から声が挙がる。
それによるとどうやらベレス等は、途中までは同行していたもののレストルが冥界の神と交戦中と悟るや、俺達も手柄を立てるぞと気勢を上げて隊列を離れていったというのである。
「何だと!? 何処へ向かったというのだ。まさか冥界に侵入する気ではあるまいな!」
さあ、と呑気に肩を竦める面々にレストルは半ば掴みかかった。
ベレス等が組織への影響力をめぐって自分たち兄弟神に対抗意識を燃やしているのは明らかだ。その連中が『俺達も手柄を立てるぞ』と息巻いていたというなら、連中はこの機に乗じて三途の河の先にあるという異界を覗きに……否、覗くどころではない、あわよくば魔族共の巣窟を叩くつもりでいるのではなかろうか。
三途の河の先にあるというその異界……、その入り口の存在は無論周知の事実だが、神族の男達のなかではまだ、誰一人みずから其処へ赴いた阿呆はおらぬ。
澱んだ瘴気にあふれた冥界。人間はおろか神さえも長くその場所にあれば病魔にその身が朽ちるという……、魔族の里、魑魅魍魎の蔓延る世界だ。いくら手柄を欲するとて、自ら赴くなど正気の沙汰ではない。
その入り口付近まではレストル等とて旅したことはある。だが天王からきつく戒められているために、まだ見ぬ異界への興味は尽きせぬもののいつも想像のみで終わっていた。
異界とは交わってはならぬという天の掟は強固なものであったし、その先にはどのような世界が待ち受けているか知れぬ。侵入を果たそうなど思いもよらぬことだ。
果たして、ベレス等は本当に三途の河へ向かったのか?
レストルは振り返り、地面に倒れ伏す異界の者たちを見下ろした。とくに、弟アドリスが槍で仕留めた長髪のほう……。今は深手を負い意識を失っている。黒髪だが、あれは明らかに自分達と同様の神気を有していた。
そして死の精と闇の精を連れていたのだ。かつて女神ティアーナが産み遺したという冥王の倅に、間違いないだろう。
それが……そんな大物がここにいるということは……。
おそらく、冥界においても混乱が起きているのではないのか?
狩猟神はいち早くそれを悟り、異界に侵入するには、この機を逃す手はないと判断したのだろう。魔獣狩りをしたい、魔族狩りをしたいという欲望は、常に抱き続けていたはずだからだ。
「どうすんの兄貴ィ。ベレス達、連れ戻しに行く?」
短槍の血を拭いながら、弟アドリスが近寄ってくる。戦闘を終え元の緊迫感のない顔に戻っていた。レストルは少し考えた末に首を振った。
「……いや、放っておけ。よくよく考えればいくらあいつ等でも、たった10騎で本気で冥界を攻略しようなどと考えているとは思えん。どうせこの混乱に乗じて少し覗いてみようと思い立っただけのことだろう。それに俺達が追いかけたところで、既に交戦状態になっていたらますます騒ぎが広がるだけだ。とばっちりで、俺たちまで伯父貴に何と云われるか判らん。警邏団の解散まで云われかねん。
これはあいつらの独断でしたことだ。せいぜい、遊びがすぎて痛い目にあって帰ってくるがいいさ」
レストルはにやりと笑んだ。そうだ…、こちらは冥界の世継を捕獲したのだ。ベレスがどう頑張っても、これ以上の手柄など存在するものか。無事に帰ってきてもあいつらは、不可侵の掟を破った罪をかぶるのがオチだろう。
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