文字の大きさ
大
中
小
88 / 262
第三部 天 獄
13羽搏き往くもの④
若き神々は、捕獲した黒き神をもの珍しげに覗き込む。血塗れで倒れ伏すそれに手を触れようとする者はおらぬものの、彼等が興味津々であることは確かだった。かつて醜き異形として冥界に追われた闇神セダルの子が、意識を失っているとはいえ、まさかこれほどの美貌を備えているとは誰も想像していなかったのだ。
ひそひそ声や下卑た笑い声にレストルは何故か憤りを覚え、黒き神に群がる彼等を追い散らした。
「これは俺の獲物だ。お前等はさっさとあの穴を塞げ。こいつ等は皆、あの穴から出てきたんだからな。新手が来たら、また厄介なことになる」
彼らは、冥界と地上界を繋ぐ亀裂の存在を初めて知らされ驚きながらも、不意打ちに注意しつつ深々と洞窟に近づいた。
そこで彼らが目にしたものは、洞窟の少し奥まった所で動けずに蹲っている奇妙な二人連れ……、泣いている幼女と、怪我をしている灰髪の、ひ弱そうな青年であった。
後ろから近づいてきたアドリスが想定外の事態に堰をきったように爆笑しながら、
「まあ、この二人もこの際連れて行くしかないっしょ」
というので、彼らは二人を捕獲した。その際、怪我を負った青年よりむしろ幼女のほうが過激な抵抗をみせ、数人が手や足を噛まれるという被害にあったが、抵抗といっても所詮その程度のものだった。
「名前、なんつーんだっけ? おチビさん?」
顔を近づけアドリスが問うても、捕らえた幼女は必死に涙をこらえ唇を引き結んで答えぬ。
「可哀想にねえ、あんなに集めといて、まだ精霊の使い方、わかんないのねぇ」
そして一度は拒絶したはずのサリエルに、アドリスはこう声をかけた。
「仕方ないからさあ、アンタも連れて行くことになったよ。幸運だったね、サリエル? これでお望みどおり、帰れるじゃん。みんなが受け入れてくれるかどうかは別として、だけどさ」
蒼白のサリエルもまた答えなかった。
サリエルもとうに悟っていたのだ。天界に帰りたいなどという想いは、エベールによって巧みに誘導された思考の結果にすぎなかったのだと。
確かに心の奥底に故郷への想いは燻り続けていた。だがそれはサリエルのみならず、故郷を離れた者が誰しも抱く感情である。
サリエルはそれを打ち払い、あの世界でヴァニオンと共に生きることを誓っていたのに、心の弱さにつけこまれ、この結果を招いたのだ。
だが今さらそれを理解したところで、一体、何になるというのか!
彼ら天の警邏団は、大いなる神司を以ってその大地の裂け目をしっかり塞ぎ封印したあと、荒寥たる地上界を後にした。
レストルの手刀を食らって伸びている魔族の男、これだけは連れて行くわけにはいかなかったので打ち捨てておいた。
殺しておいたほうがいいという意見もあったが、レストルはわざわざそうまではしなかった。捕らえた黒髪の神(ナシェル、と呼ばれていた、)が、抵抗せぬかわりにこの者には手出しをするなと、潔い所を見せていたのだ。
高潔な己ら神族が、約束に反するわけにはいかぬ。……と思いきや、無責任な弟のアドリスが去り際に短槍で突いていたので、レストルは叱った。
「馬鹿ッ、何してる。そんなのは放っておけ」
「大丈夫だよぉ、殺してないって。こいつがその辺に黒天馬隠してたら、冥界にすぐ帰られちまうでしょお? だから、足だけはやっとかないとと思って」
なるほど、それもそうかと納得する。
「ヴァニオン様!」
捕らえられたサリエルが悲鳴を上げる様子を見て、レストルは初めて、この堕神に憐憫を覚えた。
遠き昔、冥き世界に囚われたことにではない。
卑しき魔族に阿らねば生き延びられなかったのだろうなと、哀れんだのだ。
耀けし種族である彼らには、卑下してやまぬ魔族とのあいだに真実の愛が生まれ得るなど、思いもよらぬことであった。
そしてレストルは馬上に引き上げた己の俘虜に視線を落とす。幾人かが輸送を申し出たが断り、その黒き神はいま直々にレストルの手の中にあった。
卑しき闇神の子。だが白皙の頬にこびりつく血は彼らと同じ色をしている……。
瑞々しさを失った唇は、意識を失う前まで確かに誇り高き言葉を口にしていた。
今は剣を退くが決して屈したわけではないとばかりに、激情を湛え真っ直ぐに彼を睨み据えてきた、群青色のまなざし……。
神秘ともいうべき、この芳しき肢体。
これほどに気高く華麗なものが、あの闇の世界に存在していたなどと、誰が想像していただろうか。
これが、心に魔が忍び入るということか?
そんなはずはない……。馬鹿げている。この俺が、闇に魅入られるなど。
そう内心で否定しながらも、腕の中の熟れた果実の如き虜囚の姿に、確かにレストルの心は疼きを覚え、瞬きごとにかき乱されていく……それは、確かな狂熱の徴であった。
ひそひそ声や下卑た笑い声にレストルは何故か憤りを覚え、黒き神に群がる彼等を追い散らした。
「これは俺の獲物だ。お前等はさっさとあの穴を塞げ。こいつ等は皆、あの穴から出てきたんだからな。新手が来たら、また厄介なことになる」
彼らは、冥界と地上界を繋ぐ亀裂の存在を初めて知らされ驚きながらも、不意打ちに注意しつつ深々と洞窟に近づいた。
そこで彼らが目にしたものは、洞窟の少し奥まった所で動けずに蹲っている奇妙な二人連れ……、泣いている幼女と、怪我をしている灰髪の、ひ弱そうな青年であった。
後ろから近づいてきたアドリスが想定外の事態に堰をきったように爆笑しながら、
「まあ、この二人もこの際連れて行くしかないっしょ」
というので、彼らは二人を捕獲した。その際、怪我を負った青年よりむしろ幼女のほうが過激な抵抗をみせ、数人が手や足を噛まれるという被害にあったが、抵抗といっても所詮その程度のものだった。
「名前、なんつーんだっけ? おチビさん?」
顔を近づけアドリスが問うても、捕らえた幼女は必死に涙をこらえ唇を引き結んで答えぬ。
「可哀想にねえ、あんなに集めといて、まだ精霊の使い方、わかんないのねぇ」
そして一度は拒絶したはずのサリエルに、アドリスはこう声をかけた。
「仕方ないからさあ、アンタも連れて行くことになったよ。幸運だったね、サリエル? これでお望みどおり、帰れるじゃん。みんなが受け入れてくれるかどうかは別として、だけどさ」
蒼白のサリエルもまた答えなかった。
サリエルもとうに悟っていたのだ。天界に帰りたいなどという想いは、エベールによって巧みに誘導された思考の結果にすぎなかったのだと。
確かに心の奥底に故郷への想いは燻り続けていた。だがそれはサリエルのみならず、故郷を離れた者が誰しも抱く感情である。
サリエルはそれを打ち払い、あの世界でヴァニオンと共に生きることを誓っていたのに、心の弱さにつけこまれ、この結果を招いたのだ。
だが今さらそれを理解したところで、一体、何になるというのか!
彼ら天の警邏団は、大いなる神司を以ってその大地の裂け目をしっかり塞ぎ封印したあと、荒寥たる地上界を後にした。
レストルの手刀を食らって伸びている魔族の男、これだけは連れて行くわけにはいかなかったので打ち捨てておいた。
殺しておいたほうがいいという意見もあったが、レストルはわざわざそうまではしなかった。捕らえた黒髪の神(ナシェル、と呼ばれていた、)が、抵抗せぬかわりにこの者には手出しをするなと、潔い所を見せていたのだ。
高潔な己ら神族が、約束に反するわけにはいかぬ。……と思いきや、無責任な弟のアドリスが去り際に短槍で突いていたので、レストルは叱った。
「馬鹿ッ、何してる。そんなのは放っておけ」
「大丈夫だよぉ、殺してないって。こいつがその辺に黒天馬隠してたら、冥界にすぐ帰られちまうでしょお? だから、足だけはやっとかないとと思って」
なるほど、それもそうかと納得する。
「ヴァニオン様!」
捕らえられたサリエルが悲鳴を上げる様子を見て、レストルは初めて、この堕神に憐憫を覚えた。
遠き昔、冥き世界に囚われたことにではない。
卑しき魔族に阿らねば生き延びられなかったのだろうなと、哀れんだのだ。
耀けし種族である彼らには、卑下してやまぬ魔族とのあいだに真実の愛が生まれ得るなど、思いもよらぬことであった。
そしてレストルは馬上に引き上げた己の俘虜に視線を落とす。幾人かが輸送を申し出たが断り、その黒き神はいま直々にレストルの手の中にあった。
卑しき闇神の子。だが白皙の頬にこびりつく血は彼らと同じ色をしている……。
瑞々しさを失った唇は、意識を失う前まで確かに誇り高き言葉を口にしていた。
今は剣を退くが決して屈したわけではないとばかりに、激情を湛え真っ直ぐに彼を睨み据えてきた、群青色のまなざし……。
神秘ともいうべき、この芳しき肢体。
これほどに気高く華麗なものが、あの闇の世界に存在していたなどと、誰が想像していただろうか。
これが、心に魔が忍び入るということか?
そんなはずはない……。馬鹿げている。この俺が、闇に魅入られるなど。
そう内心で否定しながらも、腕の中の熟れた果実の如き虜囚の姿に、確かにレストルの心は疼きを覚え、瞬きごとにかき乱されていく……それは、確かな狂熱の徴であった。
感想 71
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【BL】惚れた男に嫌われたくなくて「男遊びならしてもいい」と言ったら、本当に男遊びを始められて絶望している侯爵令息の話
多額の借金で没落寸前の実家を救うため、結婚相手を探していた男爵令息のラキにカムグロス侯爵家から求婚状が届く。
お相手は同性のディートリヒで、初対面で歓迎されるどころか冷たく突き放されてしまう。
『必要最低限関わるな』
『愛人を作るな』
『男遊びならしてもいい』
ディートリヒから実家の借金を完済する条件を言われたラキは、学園で令息たちとの交流を満喫中。
褒め上手なラキの周りには可愛い令息が集まり、推し活状態に。
一方、ディートリヒだけが嫉妬で胃を痛める日々。
ラキへの恋心を隠し続けた不器用侯爵令息に、幸せな未来は訪れるのか?
.