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第四部 至高の奥園
45ひとすじの光道②
しおりを挟む「考えてもみよ。封印の術を学ぶということは同時に、その解除の仕方も会得するということだ。これから先、万が一のことがあった場合にはそなたの判断でこの大火山を統べる“意思”とやりとりし、道を繋ぎ直せばよい。
……ただ現状では、万に一つあるか分からぬような『ルゥの心変わり』を待つために、大火山の怒りをこのまま放置するわけにはいかぬ。
早く封印を元に戻さねば、噴火が起こらぬ保証はない」
「万一噴火したら、どうなるのです」
「正確に『こうなる』と断言はできぬが、おそらく火口のある地上界がもっとも甚大な被害を受けることになるであろう。そして、死者が爆発的に増大することにより、この冥界も下手をすると大混乱に陥りかねぬ」
彼ら冥府神としてもそれは避けたい事態だ。
“死者が増えればこの冥界が賑やかになる。” ……これもある意味事実だが、同時に行きすぎた人口爆発は、冥界の“魂の浄化作用”を低下させることに繋がるのだ。
「……前に一度噴火したことがあると、むかし伺いましたが」
「あるとも。その時までは、この大火山は天上界まで届く峻岳であった。中腹あたりまで噴火で吹き飛んだが、それほどの高地に棲んでいる人間は皆無であったので、人間に直接の被害はほとんど出なかった。
……だが、噴煙と火山灰で数年間、地上界は不作と飢餓に見舞われた」
「なぜ噴火したのでしょう?」
冥王は目をそらし、しばし沈黙した。語るのを躊躇うふうであった。
「……前に噴火したのは、余がまだこの地に堕ちてきて間もない頃のことだ」
「まさか、父上が天からこの地に侵入してきたことに対して、大火山が怒ったのでしょうか?」
「いや。その逆だ」
「逆? どう逆なのです」
「余が堕ちてくるとき門が一度だけ開いた、と言ったであろう。あれはもともと堕とされることが決まっていた余のために、一度きり開いたものだったようだ。それもまた創世神の御意志であろう。
だが余は、余ひとりが堕とされたことに納得できず、かつて、この地の門をこじあけ天上界に戻ろうとした。以前の大噴火はそのとき起こったものだ。余が侵入したことに対する怒り、ではなくて、むしろ余が引き返そうとしたことに対する怒りだな」
「は!?」
……どちらにしろ貴方のせいじゃないか。
ナシェルは沈痛な面持ちの冥王を前に、突っ込みたいのを必死に我慢する。脳裏にどんよりと暗雲が垂れ込めるのを感じる。まったくこの父神の存在は、三つの世界にむしろ悪影響しか及ぼしておらぬのではないか。
そういえば、大事件のきっかけとなった疑似天の''界の綻び”とて、もともとは冥王が強引に地盤を吹き飛ばして小世界を創造したことによりできた、地層の『亀裂』が原因のような気がするのだが……。
我が父ながら、なぜこんな滅茶苦茶な神に三界のひとつを任せておけるのだと、創世神にも天王にも問い詰めたい気がしてくる。……今後会う機会があればの話だが。
「……とにかく、このままでは大いにまずい、という状況はよく判りました。まだ火山の怒りが爆発していないのが不思議なぐらいです」
「一応「我が子を救うためだ」と山の意思に説明はしたからな。かろうじて噴火せずにいるのはそのせいかもしれぬな」
「え……話が通じる相手なのですか?」
冥王はナシェルの瞠目を受け流すように、闇嶺の手綱をぽいと手放し、ついて参れとばかりに大股に山肌を歩き出した。
「お待ち下さい、父上。具体的に封印とはどうするのです? やる前に分かるように説明していただかないと」
「うーむ、言葉では説明しづらいゆえ、余のやりようを見て実地で学ぶがよい」
足もとはいよいよ迫りくる大噴火の前触れのごとく微振動し、地表からはところどころ灰色の噴煙が噴き出している。しかし王は熱さなどものともしない様子で悠然と歩を進め、洞穴の入り口に立ってナシェルを見下ろした。
こちら向きに差し出された白い掌の先で、指が波打つ。
「そなたもおいで、ナシェル」
……本能は『それ以上先に進んではならぬ』とナシェルに警告を発していた。
その膚の粟立ちは、疑似天の綻びを抜けるときと同様の……、界を跨ぐとき特有の違和感であった。
いや、これこそが、山の拒絶の意思を感じとるということかもしれぬ。
ナシェルの握る手綱の先で、幻嶺が帰りたそうに翼を二、三度ばたつかせた。さすがにこの大地の振動と熱気は、黒天馬にはありがたくない状況だろう。
ナシェルは怯えたような様子の幻嶺の手綱を、近くの尖った岩に縛りつけてから父王を追うことにした。
「闇嶺、幻嶺を頼むぞ」
父の馬はといえば……おいおい、なんと繋がれておらぬ……が動じる気配もなく、ぶるんと尾を廻して応じた。
気を取り直して振り仰げば、王の姿はとうに、洞穴の奥に消えていた。
「父上?!」
一抹の不安を覚え、ナシェルは山肌を駆け上がった。
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