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第四部 至高の奥園
47封は成りぬ②
しおりを挟む冥王は言葉ではなく思念をもって、山の“意思”に改めてこの状況に至った訳を説明し、これより再び封印を施すゆえ活動を収めるようにと諭した。
荒ぶる山に対し全霊をもって呼びかけ続けるのは至極根気のいる作業であるとみえ、さしもの闇の王も額に汗を滲ませ始めている。それでも王は両の掌を開いて僅かに顎を逸らせ、微塵も動じることなく、厳めしく佇立していた。
黒いマントに包まれた肩には、火口部から漏れてくる天上界の光が星々のようにちらちらと舞っていた。
山の“意思”は怒りに満ち、溶岩の海から火球を浴びせてきた。
本気で神々を屠ることを旨としておらぬゆえか、それは彼らの脇すれすれを飛び交うも、命中することは無いのであった。とっととこの界境より去らねば焼き滅ぼすぞという、山の“意思”の威嚇だ。
対して氷像のごとく揺るがぬ王は、腕を僅かに拡げ、我が子を庇う余裕さえみせた。
闇の精霊たちは毅然として王の周りを囲み、王を守る障壁となっていたが、死の精たちは山の憤激におびえナシェルのマントの内側にさっさと逃げ込んでしまった。
全身の血すらも沸騰するような灼熱の炉の中で、ナシェルは冥王の背後に寄り添って、王の精神的な『死闘』ともいうべき山の“意思”とのやりとりを、ただただその目と胸に焼き付けるばかりであった。
彼らの立つ崖はぐらぐらと大いに揺れ、今にも根元から折れて、彼らをもろともに火鍋の中に融かし込まんとしていた。
話し合いがつく前にこれでは溶岩に呑み込まれるぞ、とナシェルは王の腕を咄嗟に強く掴んだが、王は超越的な存在に対して怯懦を見せぬためにか、振り返ることもない。
――王と、山の“意思”の対峙は地上の一昼夜もの永きに及んだであろうか? 時の流れをさほど意識することのないナシェルにとて、それは延々縷々に感ぜられる光景だった。
ここで王の援けとなれぬのはもどかしくもあったが、この場において術者でないナシェルが呼び掛けたとしても山の“意思”の応えは得られまい。彼はただ蹌踉めいたりして冥王の気を散じることのないよう、両脚を踏みしめて立っているのが精々だった。
……やがて“意思”は、王の度重なる呼びかけと制止に漸く矛を収めたとみえる。
激しかった岩漿の活動は徐々に収まってゆき、別次元の大いなる“意思”が冥王の言葉を漸く信用したことが窺えた。
須く直ちに封印を成せ。そして去れ。吾の甘睡を今後ふたたび妨げてはならぬ。
会話はかなわずとも、山の“意思”がはっきりと自分達にそう告げているのが感ぜられた。
山の“意思”は神々よりもなお太古から生き続ける賢者であるかのごとく、最後まで鋭く尊大であった。誇り高き闇の王が、得体の知れぬ次元の存在に寛恕を請うなど、本来由々しきことである。あってはならぬことだ。
ナシェルは、王が己に見せたかったのは、本当は封印術云々ではなくこの大いなる存在とのやりとり、そのものだったのではないかと気づいた。
おのれら神族も創世神によって造られた存在。創世神の定めたもう摂理に従って生きねばならぬ。創世神と吾らとの間には、この“意思”のような様々の超越的事物も介在しているのだということを、冥王は己に示したかったのだろう。
そして幽遠な存在と心を通わせるのがこれほどまでの難事であることを身をもって示し、王女を取り戻そうなどという無謀な考えを持たぬよう、重ねて釘をさす狙いもあるのかもしれない。
この灼熱の抜け道は永劫に渡り封印され、おそらく二度と使われることはあるまい。封印呪と解除呪を会得しても、それは数ある呪法のうちでもっとも実用性のないものになるだろう。
ナシェルは、ふたたび詠唱をはじめた冥王に意識を向けつつそれを悟っていた。
つまり数百年ののち、王女が天上界より戻るときには、この危険な抜け道ではなく堂々と、三途の河を渡ってくることになるだろう。
瞼の裏に浮かぶ王女の輿入の光景、それは熱に浮かされたナシェルの、一種の白日夢であった。
……ごごごごご、と足元の揺れが不意に激しくなった。やっぱり噴火する気かこの山、と身を竦ませたナシェルの肩を、突如振り向いた冥王が掴んだ。
「外へ出るぞ……!」
双神が洞穴から外へ出るや否や、彼らの立っていた崖は塵芥のごとく崩れ、土煙を上げながら溶岩の海に融け消えていった。
そして洞穴の入り口はがらがらと音を立て、上から落ちてきた溶岩石に瞬く間に塞がれてしまった。
「危なかったですね……」
「そなた、惚っとしておるからだよ。何を考えていた? ちゃんと呪法は聞き覚えたか?」
「あ……ええ、大丈夫、多分覚えました」
「ならば良い。封印も無事に成ったことだし」
「山の“御意思”とのやりとりはお見事でしたが……最後の方は、結構やっつけ仕事だったのではありませんか? 封印というより大岩落として穴を塞いだだけという気がしますが……」
ナシェルは洞穴をふさいでしまった大岩のかたまりを、呆れた眼で見つめる。
「馬鹿を申せ、内側の足場も全て木端微塵に破壊し尽くしたのだぞ。火山道どころか、もう火口内部にも入れぬ。我ながら前回にも増して強固な封印だ」
自賛する王である。ナシェルは足もとが崩れる感覚を思い出し、頬を引き攣らせた。
「あの、一つ申し上げたいのですが……足もとが崩れると分かっていたなら、せめて先に外へ出て安全を確保してから行うべきだったのでは? 違いますか」
「恐かったのか、よしよし」
「ちが……恐かったんじゃなくて、焦ったんですよ! ……相変わらず後先考えない方だな! 我々まで巻き込まれたらどうす……」
ナシェルは声を荒げかけ、馬鹿らしくなって途中でやめた。
父のやること為すことの滅茶苦茶さに今さらいちいち目くじらを立てても、詮ないことだ。
冥王は熱風に黒髪を靡かせつつ、例の如く、不遜な微笑を浮かべていた。
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