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シークレット4
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ポツリ、ポツリ。
降り続く雨の中、成長した少年――昴は、傘もささずに立っていた。喪服を着た大人たちが、忙しく動いている。今の昴にそれを見る余裕などなかった。
両手をきつく握りしめ唇を噛みしめて。
今日は小学三年生の自分よりも、二歳年下の妹・加奈の葬式だ。学校前の横断歩道で脇見運転の車にひかれて死んでしまった。
加奈はまだ、幼く小学校一年生だった。大人しくて本ばかりを読んでいる自分とは違い、彼女は活発で料理クラブに入り友たちも多かった。人の輪がたえなかったのである。いつも、周囲には正反対の兄妹ねと言われていた。
――お兄ちゃん、大好き!
大丈夫、私がいるわ!
加奈の言葉を今でも思い出す。
記憶に残っている。
彼女の心臓マッサージを止めた日。
あの時、自分は大丈夫だと思っていた。予想をしている以上に心の傷は深いらしい。
母を失い加奈もいなくなって、自分はどうして生きているのだろうか?
何を目標にして生きていけばいいだろうか?
それすら、分からない。
考えることができない。
――苦しいよ。
誰か助けて。
昴の心の叫びには誰も気がつかない。
気づく者はいなかった。
気丈に振舞ってはいたが、それも疲れてしまった。
心身ともに限界だった。
力尽きてしまいそうになる。
このまま、ひっそりと消えてしまおうか?
いなくなってしまおうか?
何もかもを捨てて逃げることができたら、どれだけ楽なことか。
自分のことを誰も知らない静かな場所で暮らしていたかった。
負の感情が昴を襲う。
踏ん張って立っておかないと、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。加奈と七海がいない自分がこんなに脆く弱かったとは予想もしていかった。
その場に蹲る。
――気持ち悪い。
吐き出そうとするが、でてくるのは胃液だけだ。自分の体ではないようだった。
――お母さんと加奈の分まで生きないと。
立て、立てよ。
情けない。
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。激しい動きと眩暈がする。
パシャリ。
水溜まりを踏む音。
すると、雨が遮られた。
視界に入ったのは女性物の靴。
赤いハートの柄。
サイズからして子供だろう。
顔をあげると一人の少女が、傘の中に昴を入れてくれていた。
ブラウンの瞳。
ピンク色の唇。
その容姿は加奈にそっくりだった。生き写しだった。最近、日本では人口減少が続いていた。恋愛や結婚をする若者も減っている。出生率も下がり続けていた。それを、食い止めるために政府が打ち出したのはクローンの増産。だから、加奈のクローンがいてもおかしくはない。
加奈が「オリジナル」ならこの少女は「コピー」だろう。少女は笑うと唇にそっと指をあてる。
周囲には秘密だよと言っているかのように。
それはそうだろう。
加奈の「コピー」が現れたとなれば、周囲は大混乱になるのが目に見えている。良からぬことを考える輩もでてくるだろう。
「もう、分かっているよね。私は麻子。中田麻子」
中田といえばクローン製作に関わっている第一人者だ。
そんな彼女がなぜ、自分の目の前いる?
中田麻子と名乗った少女は昴の体を支えて、誰もいないところに誘導をした。
差し出されるペットボトルの水とハンカチ。
昴は一気に水を飲んだ。
やっと、体調が回復してくる。
「僕と会って大丈夫? 君、加奈の「コピー」だろう?」
「桜井昴君ね」
「どうして、僕に会いに来てくれたの?」
「加奈を愛してくれた人に会ってみたかったの。泣いていいよ。あなた、我慢をしているでしょう?」
「どうして、父さんもお母さんも加奈まで!」
昴の両親母の七海と父親の海は、仲が悪く仮面夫婦だった。
それに、海の暴力は日常茶飯で、海は浮気までして家を出て行ってしまった。その後、七海は昼夜問わず働いて加奈と昴をここまで育ててくれた。だが、職場で倒れて過労死をしてしまった。加奈と一緒に児童養護施設に入っていたが、本当に一人になってしまった。この葬式も児童養護施設の人が手配をしてくれたのである。
「大丈夫。私がいることを忘れないで」
甘い声と言葉。
それは、昴の心に入ってくる。
麻子は彼を抱きしめた。
抵抗はない。
きっと、誰かの体温を欲しているのだろう。
彼女の腕の中で彼は泣き続ける。
心からの嘆き、悲しみ。
落ち着いたのか麻子の腕の中から離れた。
「情けないところを見せてごめん」
気持ちが落ち着いたらしく、昴は冷静さを取り戻していた。
「どうして、謝るの? 大切な人をなくしたのだから、当たり前のことだと思うわ」
「君は「コピー」として生きることが嫌じゃないのか?」
「私は私よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「また、会えるかな?」
「あなたが望むなら」
昴君、と遠くから呼ぶ声がする。施設の人が自分を捜しているようだ。式場へと戻る。式場に入る前に昴は振り返ったが、すでに麻子の姿はなかった。」
降り続く雨の中、成長した少年――昴は、傘もささずに立っていた。喪服を着た大人たちが、忙しく動いている。今の昴にそれを見る余裕などなかった。
両手をきつく握りしめ唇を噛みしめて。
今日は小学三年生の自分よりも、二歳年下の妹・加奈の葬式だ。学校前の横断歩道で脇見運転の車にひかれて死んでしまった。
加奈はまだ、幼く小学校一年生だった。大人しくて本ばかりを読んでいる自分とは違い、彼女は活発で料理クラブに入り友たちも多かった。人の輪がたえなかったのである。いつも、周囲には正反対の兄妹ねと言われていた。
――お兄ちゃん、大好き!
大丈夫、私がいるわ!
加奈の言葉を今でも思い出す。
記憶に残っている。
彼女の心臓マッサージを止めた日。
あの時、自分は大丈夫だと思っていた。予想をしている以上に心の傷は深いらしい。
母を失い加奈もいなくなって、自分はどうして生きているのだろうか?
何を目標にして生きていけばいいだろうか?
それすら、分からない。
考えることができない。
――苦しいよ。
誰か助けて。
昴の心の叫びには誰も気がつかない。
気づく者はいなかった。
気丈に振舞ってはいたが、それも疲れてしまった。
心身ともに限界だった。
力尽きてしまいそうになる。
このまま、ひっそりと消えてしまおうか?
いなくなってしまおうか?
何もかもを捨てて逃げることができたら、どれだけ楽なことか。
自分のことを誰も知らない静かな場所で暮らしていたかった。
負の感情が昴を襲う。
踏ん張って立っておかないと、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。加奈と七海がいない自分がこんなに脆く弱かったとは予想もしていかった。
その場に蹲る。
――気持ち悪い。
吐き出そうとするが、でてくるのは胃液だけだ。自分の体ではないようだった。
――お母さんと加奈の分まで生きないと。
立て、立てよ。
情けない。
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。激しい動きと眩暈がする。
パシャリ。
水溜まりを踏む音。
すると、雨が遮られた。
視界に入ったのは女性物の靴。
赤いハートの柄。
サイズからして子供だろう。
顔をあげると一人の少女が、傘の中に昴を入れてくれていた。
ブラウンの瞳。
ピンク色の唇。
その容姿は加奈にそっくりだった。生き写しだった。最近、日本では人口減少が続いていた。恋愛や結婚をする若者も減っている。出生率も下がり続けていた。それを、食い止めるために政府が打ち出したのはクローンの増産。だから、加奈のクローンがいてもおかしくはない。
加奈が「オリジナル」ならこの少女は「コピー」だろう。少女は笑うと唇にそっと指をあてる。
周囲には秘密だよと言っているかのように。
それはそうだろう。
加奈の「コピー」が現れたとなれば、周囲は大混乱になるのが目に見えている。良からぬことを考える輩もでてくるだろう。
「もう、分かっているよね。私は麻子。中田麻子」
中田といえばクローン製作に関わっている第一人者だ。
そんな彼女がなぜ、自分の目の前いる?
中田麻子と名乗った少女は昴の体を支えて、誰もいないところに誘導をした。
差し出されるペットボトルの水とハンカチ。
昴は一気に水を飲んだ。
やっと、体調が回復してくる。
「僕と会って大丈夫? 君、加奈の「コピー」だろう?」
「桜井昴君ね」
「どうして、僕に会いに来てくれたの?」
「加奈を愛してくれた人に会ってみたかったの。泣いていいよ。あなた、我慢をしているでしょう?」
「どうして、父さんもお母さんも加奈まで!」
昴の両親母の七海と父親の海は、仲が悪く仮面夫婦だった。
それに、海の暴力は日常茶飯で、海は浮気までして家を出て行ってしまった。その後、七海は昼夜問わず働いて加奈と昴をここまで育ててくれた。だが、職場で倒れて過労死をしてしまった。加奈と一緒に児童養護施設に入っていたが、本当に一人になってしまった。この葬式も児童養護施設の人が手配をしてくれたのである。
「大丈夫。私がいることを忘れないで」
甘い声と言葉。
それは、昴の心に入ってくる。
麻子は彼を抱きしめた。
抵抗はない。
きっと、誰かの体温を欲しているのだろう。
彼女の腕の中で彼は泣き続ける。
心からの嘆き、悲しみ。
落ち着いたのか麻子の腕の中から離れた。
「情けないところを見せてごめん」
気持ちが落ち着いたらしく、昴は冷静さを取り戻していた。
「どうして、謝るの? 大切な人をなくしたのだから、当たり前のことだと思うわ」
「君は「コピー」として生きることが嫌じゃないのか?」
「私は私よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「また、会えるかな?」
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