「エンド・リターン」

朝海

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第五章

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 二人は手をつないで教室に入った。クラスメートの何人かと挨拶を交わす。クラスメートにとってすでに見慣れた光景になっていた。むしろ、生暖かい目で見ている。
(どうした? 今日はやけに静かだな)
 いつもならいじめと称して、からかってくるありさが大人しい。樹はありさに目を向けた。何やら、難しそうな本を読んでいる。
 私は親の跡を継ぎますアピールだろうか。
 わざとらしいアピールに冷めた視線をよこす。
「おはよ」
 樹という伴侶を得て美月は少し余裕ができたのだろう。彼女はありさに挨拶をする。彼女はその挨拶を無視したが、大きな進歩だった。
「二人ともちょっといいかしら?」
 ありさがパタンと本を閉じる。
 ついていくと屋上だった。
 夏の日差しが三人を照り付ける。ありさとはいえば、日傘を差していた。
 それだけ、ありさに自信があり余裕があるということか――。
 樹たちに勝てるという思いの表れか。
「坂本さんもバカよね。可哀そう。素直に私に笹木君を渡せばいいのに」
「可哀そうなのは君の方だ。いつまでも、親の権力にしがみついて前をみようとはしない。今朝だって美月が挨拶をしても返そうともしない」
「樹。私は大丈夫よ」
「嘘をつけショックを受けていたくせに」
 樹の言葉に美月は黙る。樹は彼女を先に帰るように促した。最近では二人を擁護するクラスメートたちも増えてきている。やめなさいよ、みっともないと、男女かまわずありさを止めてくれる。
 ありさに立ち向かってくれていた。
 いつまでも、樹に頼ってばかりではいられない。
 そう思い動いたのだろう。
 個々の力は小さくても、団体で攻めれば、大きな力になる。美月を助けてくれた子たちには、心を開いていた。時々、笑顔が戻ってきていた。
 楽しそうだった。
 樹にとってありがたいことだし嬉しかった。
 美月が心配そうに彼を見あげてくる。彼女の背中を押した。こちらを気にしながらも、美月は屋上をあとにした。樹としては彼女にやり取りを見られたくない。不愉快な気持ちにはしたくなかった。
 樹の中にあるドロドロとした感情を感じ取られたくなかった。
 闇を見られたくなかった。
 裏の姿を知られたくなかった。
 全ての表情を消して、ありさと向き合う。

「あなたたちって本当に世間知らずね。私の親の手にかかればどうなるか分かっているでしょう?」
(それに、私なら坂本さんよりも笹木君を愛する自信があるわ)
「父親の権力がないと、何もできない滝本さんに言われたくないな」
「坂本さんと別れるつもりはないのね?」
 彼女の言葉は最終確認だった。
「僕は美月の手を放すつもりはない」
「その言葉、いつまでもつのかしら?」
「僕だって何も考えずに戦うわけではない」
立てた計画については昭にさえ話していない。日本という国に見捨てられたとしても、美月が笑っていてくれればそれでよかった。
 美晴も昭も桜もいる。
 もし、自分がいなくなったとしても、三人が手を差し伸べてくれるだろう。
(だからこそ、計画が実行できる。美月のことを任せられる)
「負け犬の遠吠えね」
「その言葉そのまま返すさ」
(滝本さん。計画を知ったらどう思うだろうな)
「まぁ、いいわ。束の間の恋ごっこを楽しみなさい」
 ありさは屋上出て行く。
(父さん、見守っていてくれ)
 樹は太陽の光に目を細めた。


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