君を想う

朝海

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序章

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 漆黒の髪とブラウンの瞳――日本人特有の色彩をもつ少女――木本和葉が、身体を動かしていると二人分の足音が聞こえてきた。
 
 一つは師範であり父親の木本昴のもの。
 
 もう一つは集中していないと分からないほどの小さなもの。

 この小さな足音の人物は危険――。
 
 本能がそう警鐘を鳴らしている。
 
 訴えかけている。
 
 次の瞬間――嫌な汗が流れた。
 
 気を抜くと座り込んでしまいそうになる。
 そこを、何とか踏ん張る。

 和葉は武道家としてのプライドを捨てたくなかった。背筋を伸ばして姿勢を整える。近づいてくる相手は武道を習っている者の気配ではない。一般人のものとも違う。
 
 まるで、正式な訓練を受けた軍人みたいで威圧感じてしまっていた。
 
 相手は速度を変えることなく近づいてくる。
 
 和葉は恐怖拭いとることができずに、昴と正体不明の相手を待った。緊張で心臓がドクリ、ドクリと音をたてている。

 ほどなくして見知らぬ少年と武が入ってきた。
 
 昴の隣に立っているのは、ほぼ同世代の少年か――。
 
 もしくは、自分よりも年上かもしれない。

「いい加減、楽にしなさい」
 
 昴の言葉を聞いても和葉は警戒を崩そうとはしない。警戒しておかなければ、いつ攻撃されるか分からない。

「彼女の行動は当然だと思います。昴さん」
「和葉がすまないね」
「僕は慣れています」
「あなたは誰? 父さんの知り合い?」
 
 昴は思わず苦笑をする。

「分からないか? 幼馴染の桜井夏樹君だ」
 
 夏樹とは両親同士が同じ警察官で、部署も同じということもあり――一会う機会が増えて仲良くなっていった。それから、夏樹と和葉の交流が始まっていく。
 
 保育園に必要な物を忘れそうになったり――昴が起こしても起きない和葉を、夏樹が声をかけたり――。
 
 事故にあいそうになるのを助けてくれたりして、何かとドジな和葉を陰から支えてくれたのが夏樹だった。
 
 いつも、見守ってくれていたのが夏樹である。
 
 和葉が安心して相談できる相手でもあった。

「え? 夏樹?」
「久しぶり。元気そうでよかった。木本さん」
 
 夏樹は数年ぶりに会った和葉に、冷たい視線を送る。

 *

 
 数年、会わなかっただけで人はここまで変ってしまうものなのだろうか?
 
 笑わなくなってしまうのだろうか?
 
 夏樹の小さい頃の面影はどこにもなかった。
 
 彼の笑顔を思い出せない。

 *

「夏樹君には時々遊びに来てもらおうかと思っている」
「遊びに来る?」
 
 和葉は思わず夏樹を見た。
 
 幼馴染とはいえ長年会っていない。
 
 両親はどうしたのか――。
 
 なぜ、急に自分の前に現われたのか。
 
 姿を見せたのか。
 
 どんな生活をしていたのか。
 
 どこで、暮らしているかさえ、知らされていない。夏樹が何をしているのか、想像がつかなかった。突如、姿を見せた夏樹に和葉は動揺を隠せない。いきなりで、どのような話をすればいいか分からなかった。
 
 夏樹のブラウンの瞳には、冷たい光が宿っていて――。
 
 無表情だった。

「説明をするから落ち着きなさい」
「僕は外にいます」
 
 どうやら、自分がいない方が話しやすいと思ったのだろう。夏樹が道場から出て行く。

「驚いた。誰か分からなかったわ」
「私はすぐに分かったけどな」
「桜井夫妻はどうしたの? 姿を見ないけど元気にしているの?」
「――それは」
 
 和葉が問いただすと、昴は言葉を濁した。はっきりと答えない武を和葉は睨みつける。

「私には言えないことなの?」
「桜井夫妻は任務中に死んだよ」
 
 昴はストレートにありのままに、和葉に伝えた。
 その言葉を聞いて和葉は愕然とする。桜井夫妻にはよく遊んでもらっていた。武と同じ凶悪犯特殊警察部隊に所属しており、梓と一樹と仲がよかった。
 
 料理も上手で――明るくて、気さくな人たち。
 
 和葉からしたら、羨ましいほどの理想な家族である。そんな人たちが死んでいたなんて信じられなかった。二人の葬式も終わっていることだろう。もしかしたら、葬式すらしていないのかもしれない。
 
 なぜ、そんな大切なことを隠していたのか――。
 
 教えてくれなかったのだろう。
 
 自分はそれほど、情けなく想われているのだろうか?
 
 和葉は苛立ちを隠せない。

「どうして、隠していたの? 教えてくれなかったの?」
「仕事上の関係でね。二人が亡くなってから、夏樹君の行方が分からなくなっていてね。やっと、見つけた時には闇組織の――暗殺者の一員になっていたよ」
 
 昴の告白に和葉の思考は止まってしまう。母親が男を作り、出て行った時以来の衝撃が和葉に走った。
 
 肩を揺さぶられて、ようやく現実に戻る。
 
 色を取り戻していく。
 
内容の整理がつかずに、和葉は混乱していた。

(暗殺組織? 暗殺者ということなの? あの夏樹が人殺し?)

「父さん――待って。本当に暗殺組織なんて存在するの?」
 
 和葉にとって映画や小説――テレビの出来事でしかない。
 
 どこか、遠い世界でしかなかった。
 
 その遠い世界が現実になりつつある。

「生きるためにはここしかないと脅し――殺人を教え込む。本当に存在する闇組織だ」
「そんな話――信じられないわ」
「信じられなくても本当の話だ」
「私に彼の世話をしろというの? 受け入れろというの? 受け止めろといの?」
「頼めないか?」
「私の平穏を壊さないで――奪わないで」
 
 よく知っている相手で、初恋の人だとしても。
 
 幼馴染だとしても、犯罪者の世話なんてしたくない。
 
 理解をしたくなかった。
 
 巻き込まれたら、自分の世界が変ってしまう。
 
 それに、大事なものが壊れてしまいそうで怖かった。
 
 普段の生活が手の中から、こぼれ落ちそうで嫌だった。
 
 和葉は武が呼び止める前に、道場を飛び出した。
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