1 / 13
序章
しおりを挟む
漆黒の髪とブラウンの瞳――日本人特有の色彩をもつ少女――木本和葉が、身体を動かしていると二人分の足音が聞こえてきた。
一つは師範であり父親の木本昴のもの。
もう一つは集中していないと分からないほどの小さなもの。
この小さな足音の人物は危険――。
本能がそう警鐘を鳴らしている。
訴えかけている。
次の瞬間――嫌な汗が流れた。
気を抜くと座り込んでしまいそうになる。
そこを、何とか踏ん張る。
和葉は武道家としてのプライドを捨てたくなかった。背筋を伸ばして姿勢を整える。近づいてくる相手は武道を習っている者の気配ではない。一般人のものとも違う。
まるで、正式な訓練を受けた軍人みたいで威圧感じてしまっていた。
相手は速度を変えることなく近づいてくる。
和葉は恐怖拭いとることができずに、昴と正体不明の相手を待った。緊張で心臓がドクリ、ドクリと音をたてている。
ほどなくして見知らぬ少年と武が入ってきた。
昴の隣に立っているのは、ほぼ同世代の少年か――。
もしくは、自分よりも年上かもしれない。
「いい加減、楽にしなさい」
昴の言葉を聞いても和葉は警戒を崩そうとはしない。警戒しておかなければ、いつ攻撃されるか分からない。
「彼女の行動は当然だと思います。昴さん」
「和葉がすまないね」
「僕は慣れています」
「あなたは誰? 父さんの知り合い?」
昴は思わず苦笑をする。
「分からないか? 幼馴染の桜井夏樹君だ」
夏樹とは両親同士が同じ警察官で、部署も同じということもあり――一会う機会が増えて仲良くなっていった。それから、夏樹と和葉の交流が始まっていく。
保育園に必要な物を忘れそうになったり――昴が起こしても起きない和葉を、夏樹が声をかけたり――。
事故にあいそうになるのを助けてくれたりして、何かとドジな和葉を陰から支えてくれたのが夏樹だった。
いつも、見守ってくれていたのが夏樹である。
和葉が安心して相談できる相手でもあった。
「え? 夏樹?」
「久しぶり。元気そうでよかった。木本さん」
夏樹は数年ぶりに会った和葉に、冷たい視線を送る。
*
数年、会わなかっただけで人はここまで変ってしまうものなのだろうか?
笑わなくなってしまうのだろうか?
夏樹の小さい頃の面影はどこにもなかった。
彼の笑顔を思い出せない。
*
「夏樹君には時々遊びに来てもらおうかと思っている」
「遊びに来る?」
和葉は思わず夏樹を見た。
幼馴染とはいえ長年会っていない。
両親はどうしたのか――。
なぜ、急に自分の前に現われたのか。
姿を見せたのか。
どんな生活をしていたのか。
どこで、暮らしているかさえ、知らされていない。夏樹が何をしているのか、想像がつかなかった。突如、姿を見せた夏樹に和葉は動揺を隠せない。いきなりで、どのような話をすればいいか分からなかった。
夏樹のブラウンの瞳には、冷たい光が宿っていて――。
無表情だった。
「説明をするから落ち着きなさい」
「僕は外にいます」
どうやら、自分がいない方が話しやすいと思ったのだろう。夏樹が道場から出て行く。
「驚いた。誰か分からなかったわ」
「私はすぐに分かったけどな」
「桜井夫妻はどうしたの? 姿を見ないけど元気にしているの?」
「――それは」
和葉が問いただすと、昴は言葉を濁した。はっきりと答えない武を和葉は睨みつける。
「私には言えないことなの?」
「桜井夫妻は任務中に死んだよ」
昴はストレートにありのままに、和葉に伝えた。
その言葉を聞いて和葉は愕然とする。桜井夫妻にはよく遊んでもらっていた。武と同じ凶悪犯特殊警察部隊に所属しており、梓と一樹と仲がよかった。
料理も上手で――明るくて、気さくな人たち。
和葉からしたら、羨ましいほどの理想な家族である。そんな人たちが死んでいたなんて信じられなかった。二人の葬式も終わっていることだろう。もしかしたら、葬式すらしていないのかもしれない。
なぜ、そんな大切なことを隠していたのか――。
教えてくれなかったのだろう。
自分はそれほど、情けなく想われているのだろうか?
和葉は苛立ちを隠せない。
「どうして、隠していたの? 教えてくれなかったの?」
「仕事上の関係でね。二人が亡くなってから、夏樹君の行方が分からなくなっていてね。やっと、見つけた時には闇組織の――暗殺者の一員になっていたよ」
昴の告白に和葉の思考は止まってしまう。母親が男を作り、出て行った時以来の衝撃が和葉に走った。
肩を揺さぶられて、ようやく現実に戻る。
色を取り戻していく。
内容の整理がつかずに、和葉は混乱していた。
(暗殺組織? 暗殺者ということなの? あの夏樹が人殺し?)
「父さん――待って。本当に暗殺組織なんて存在するの?」
和葉にとって映画や小説――テレビの出来事でしかない。
どこか、遠い世界でしかなかった。
その遠い世界が現実になりつつある。
「生きるためにはここしかないと脅し――殺人を教え込む。本当に存在する闇組織だ」
「そんな話――信じられないわ」
「信じられなくても本当の話だ」
「私に彼の世話をしろというの? 受け入れろというの? 受け止めろといの?」
「頼めないか?」
「私の平穏を壊さないで――奪わないで」
よく知っている相手で、初恋の人だとしても。
幼馴染だとしても、犯罪者の世話なんてしたくない。
理解をしたくなかった。
巻き込まれたら、自分の世界が変ってしまう。
それに、大事なものが壊れてしまいそうで怖かった。
普段の生活が手の中から、こぼれ落ちそうで嫌だった。
和葉は武が呼び止める前に、道場を飛び出した。
一つは師範であり父親の木本昴のもの。
もう一つは集中していないと分からないほどの小さなもの。
この小さな足音の人物は危険――。
本能がそう警鐘を鳴らしている。
訴えかけている。
次の瞬間――嫌な汗が流れた。
気を抜くと座り込んでしまいそうになる。
そこを、何とか踏ん張る。
和葉は武道家としてのプライドを捨てたくなかった。背筋を伸ばして姿勢を整える。近づいてくる相手は武道を習っている者の気配ではない。一般人のものとも違う。
まるで、正式な訓練を受けた軍人みたいで威圧感じてしまっていた。
相手は速度を変えることなく近づいてくる。
和葉は恐怖拭いとることができずに、昴と正体不明の相手を待った。緊張で心臓がドクリ、ドクリと音をたてている。
ほどなくして見知らぬ少年と武が入ってきた。
昴の隣に立っているのは、ほぼ同世代の少年か――。
もしくは、自分よりも年上かもしれない。
「いい加減、楽にしなさい」
昴の言葉を聞いても和葉は警戒を崩そうとはしない。警戒しておかなければ、いつ攻撃されるか分からない。
「彼女の行動は当然だと思います。昴さん」
「和葉がすまないね」
「僕は慣れています」
「あなたは誰? 父さんの知り合い?」
昴は思わず苦笑をする。
「分からないか? 幼馴染の桜井夏樹君だ」
夏樹とは両親同士が同じ警察官で、部署も同じということもあり――一会う機会が増えて仲良くなっていった。それから、夏樹と和葉の交流が始まっていく。
保育園に必要な物を忘れそうになったり――昴が起こしても起きない和葉を、夏樹が声をかけたり――。
事故にあいそうになるのを助けてくれたりして、何かとドジな和葉を陰から支えてくれたのが夏樹だった。
いつも、見守ってくれていたのが夏樹である。
和葉が安心して相談できる相手でもあった。
「え? 夏樹?」
「久しぶり。元気そうでよかった。木本さん」
夏樹は数年ぶりに会った和葉に、冷たい視線を送る。
*
数年、会わなかっただけで人はここまで変ってしまうものなのだろうか?
笑わなくなってしまうのだろうか?
夏樹の小さい頃の面影はどこにもなかった。
彼の笑顔を思い出せない。
*
「夏樹君には時々遊びに来てもらおうかと思っている」
「遊びに来る?」
和葉は思わず夏樹を見た。
幼馴染とはいえ長年会っていない。
両親はどうしたのか――。
なぜ、急に自分の前に現われたのか。
姿を見せたのか。
どんな生活をしていたのか。
どこで、暮らしているかさえ、知らされていない。夏樹が何をしているのか、想像がつかなかった。突如、姿を見せた夏樹に和葉は動揺を隠せない。いきなりで、どのような話をすればいいか分からなかった。
夏樹のブラウンの瞳には、冷たい光が宿っていて――。
無表情だった。
「説明をするから落ち着きなさい」
「僕は外にいます」
どうやら、自分がいない方が話しやすいと思ったのだろう。夏樹が道場から出て行く。
「驚いた。誰か分からなかったわ」
「私はすぐに分かったけどな」
「桜井夫妻はどうしたの? 姿を見ないけど元気にしているの?」
「――それは」
和葉が問いただすと、昴は言葉を濁した。はっきりと答えない武を和葉は睨みつける。
「私には言えないことなの?」
「桜井夫妻は任務中に死んだよ」
昴はストレートにありのままに、和葉に伝えた。
その言葉を聞いて和葉は愕然とする。桜井夫妻にはよく遊んでもらっていた。武と同じ凶悪犯特殊警察部隊に所属しており、梓と一樹と仲がよかった。
料理も上手で――明るくて、気さくな人たち。
和葉からしたら、羨ましいほどの理想な家族である。そんな人たちが死んでいたなんて信じられなかった。二人の葬式も終わっていることだろう。もしかしたら、葬式すらしていないのかもしれない。
なぜ、そんな大切なことを隠していたのか――。
教えてくれなかったのだろう。
自分はそれほど、情けなく想われているのだろうか?
和葉は苛立ちを隠せない。
「どうして、隠していたの? 教えてくれなかったの?」
「仕事上の関係でね。二人が亡くなってから、夏樹君の行方が分からなくなっていてね。やっと、見つけた時には闇組織の――暗殺者の一員になっていたよ」
昴の告白に和葉の思考は止まってしまう。母親が男を作り、出て行った時以来の衝撃が和葉に走った。
肩を揺さぶられて、ようやく現実に戻る。
色を取り戻していく。
内容の整理がつかずに、和葉は混乱していた。
(暗殺組織? 暗殺者ということなの? あの夏樹が人殺し?)
「父さん――待って。本当に暗殺組織なんて存在するの?」
和葉にとって映画や小説――テレビの出来事でしかない。
どこか、遠い世界でしかなかった。
その遠い世界が現実になりつつある。
「生きるためにはここしかないと脅し――殺人を教え込む。本当に存在する闇組織だ」
「そんな話――信じられないわ」
「信じられなくても本当の話だ」
「私に彼の世話をしろというの? 受け入れろというの? 受け止めろといの?」
「頼めないか?」
「私の平穏を壊さないで――奪わないで」
よく知っている相手で、初恋の人だとしても。
幼馴染だとしても、犯罪者の世話なんてしたくない。
理解をしたくなかった。
巻き込まれたら、自分の世界が変ってしまう。
それに、大事なものが壊れてしまいそうで怖かった。
普段の生活が手の中から、こぼれ落ちそうで嫌だった。
和葉は武が呼び止める前に、道場を飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる