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第三章
しおりを挟む数ヶ月後――。
親友の面影を残した夏樹に、昴は息をのんだ。茶色の髪とブラウンの瞳――どちらかといえば、梓によく似ていた。
一樹と梓が殉職後――夏樹をずっとさがしてはいたが――。
まさか、暗殺部隊の最前線にいるとは思いもしなかった。敵として向き合うとは予想もしていなかった。
夏樹が立ちはだかるとは、誰が思っていただろう。
こんなに、死に近い場所にいたなんて。
過酷な環境に身をおいていたなんて。
危険な場所に身を投じていたなんて、見逃したら二度と会えなくなるかもしれない。
助けられなくなってしまうだろう。
昴と夏樹――二人の思いが交錯していく。
「――昴さん」
夏樹の声はわずかに震えていた。
動揺しているのがよく分かる。
動揺が見られるのは、夏樹に良心が残っているということなのか――。
自分たちの思いに揺らいでいるということなのか。
昴は銃を片付ける。
撃つ気はなく殺す気はなかった。
夏樹のそう伝えるためである。
「私を撃てるなら、撃てばいい」
「この世界に甘さはいりません。優しさなど通用しない。それはあなたもよく分かっているでしょう? 理解しているでしょう?」
「君の性格はよく知っているよ」
*
(ダメだ――撃てない)
昴を撃てるわけがない。
傷つけたくない。
殺せるわけがなかった。
力一杯握りしめていた銃を下ろす。夏樹の手から銃が滑り落ちた。昴は腕を取ると、車に誘導をする。親友の形見を死なせるわけにはいかなかった。簡単に失うわけにはいかない。一樹との約束を破りたくなかった。天国にいる親友の気持ちを裏切りたくはなかったのである。
夏樹も生きているとはいえ、人を殺め続けたことを後悔しているだろう。
本来は心優しい少年なのだから――。
組織のことは仲間に任せて夏樹から話を聞く。
「申し訳ない――君の両親のことだが」
「こんな日が来ることは分かっていました」
梓と一樹が特殊部隊にいる以上――いつか、こんな日がくるだろうという予感はしていた。
「表に出てこないか? ともに戦わないか?」
明るい場所に――日の当たる場所に出てこないかという昴からの誘いである。自分に日の当たる場所は似合わない。誰にも知られることはなく、闇に深く潜ったままでいたかった。
「僕の手は他の人の血で汚れています。昴さんの価値観を押しつけないでください。迷惑です」
聞こえてくる断末魔が耳に残っている。
助けを求めてくる声がこびりついている。
今まで、どれだけの命を奪ってきた?
葬ってきた?
手にかけてきた?
居場所なんてどこにもない。
かろうじて生きているで――。
呼吸をしているだけで。
生命をつなげているだけで、自分の存在意議なんてない。
価値なんてない。
ここまで、来てしまえば輝く世界には戻れないだろう。
温かい世界に――自分は帰れない。
任務で初めて人を殺した時に、そう思った。
実感をした。
*
「納得をしているようには見えないな」
「どれだけもがいても闇は追いかけてきます」
闇からは逃げられない。逃げることができない。振り払っても――振り払っても絡みついてくる。絡みついてきて夏樹を逃がすまいとしているようだった。
「私たちが守る――戻ってこい」
「おい――この車だ」
「裏切りは許さない」
夏樹が戻ってこないことに、痺れをきらしたのだろう。数人に取り囲まれた。車体に銃弾が食い込んでいく。
気遣った運転手が車を発進させる。車にすがりついていた男たちも、ひかれたくないのか慌てて避ける。いつの間にか銃弾の音も聞こえなくなっていた。
「少しでも寝た方がいい。悪夢を見るなら私が起こしてやる」
「僕は平気です」
「その顔色で言われても困るな」
青白い顔色をした夏樹が痛々しい。
昴は夏樹を抱きしめようと手を伸ばす。反射的にその手を払いのける。パシリと乾いた音が、車内に響く。
汚れた身体に触れられなくなかった。触ってしまえば昴まで汚してしまうことになる。昴は警察官で――自分は犯罪者である。
置かれている立場が違いすぎた。
それに、守るべきは和葉と市民であり、夏樹ではない。
その力はもっと別のところで使ってほしかった。
「昴さん。僕に何かあったら迷わず殺してください。殺すことにためわらないでください。警察官としての姿を守ってください」
敵に殺されるよりも――昴や所属部署は違うが、潜入警察官として働いている従兄弟の矢野秋に殺される方が数倍よかった。
むしろ、それを望んでいた。
そうなってほしいと願っていた。
「――夏樹君」
「離して――離してください」
昴は夏樹をきつく抱きしめる。
本当に生きているのだろうか――。
息をしているのだろうか。
その冷たすぎる身体に不安を覚えた。やがて、抵抗する力も弱くなっていく。ブラウンの瞳が力なく閉じられていく。
夏樹はそのまま意識を失ってしまう。
その意識の失い方が、電池の切れたロボットみたいで――。
通常の意識の失い方が異常だった。
脈をとってみると、鼓動が大きく乱れていた。
顔色も悪い。
呼吸も浅かった。
「どうしますか? 病院に行きますか?」
運転手の質問に首を横にふる。
出来たら、他人任せではなく、自分の手で夏樹を介抱したかった。心を落ち着かせてあげたかった。
それにしても、夏なのに着ている服が長袖のシャツで目立っている。
長袖シャツを着ているのも、何か身体と関係しているのだろうか?
この細い身体に何があるのだろうか?
(夏樹君――君は何を隠している?)
額にじんわりと滲んでいる汗をタオルで拭く。
夏樹の手を握りしめる。
昴はその手を離そうとはしなかった。
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