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第四話*

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 鮮やかな紅髪を揺らしながら、その人はつかつかとこちらに歩み寄ってきて、男の腕をつかんだ。

「いってェな!」

「その人から離れろ。これ以上続ける気なら容赦しない」

 骨が軋む音がして、小さな悲鳴が上がる。男が呻いている隙に、彼は男の両腕を後ろ手にまとめ、取り押さえにかかった。

「っ、何しやがるてめぇ……!」

 なおも抵抗しようとする男に対し、その人はさらに力を加えた。


「エディ副団長! どうされましたか⁉」


 ちょうどその時。騒ぎを聞きつけたのか、騎士団の制服に身を包んだ人たちが駆けつけてきてくれた。
 助けてくれた人は、エディ副団長というらしい。所属している騎士団の二番目の実力者なんだろう。見るからに普通の格好をしていたから、全然そんな風には見えなかったよ。

 エディ副団長は、毅然とした態度で命令する。

「いいところに来てくれた。今さっき、この少年に暴行しようとしていた男を捕らえたところだ。少年には俺から話を聞いてみる。こいつを詰所つめしょに連れて行ってくれ」

「はっ!」

 口ぶりからして彼の部下にあたるのだろう。巡回中と思しき二名は威勢よく返事をし、エディ副団長から男の身柄を預かると、すぐさま男を連行していった。

 俺はその背中をぼおっと見送った。

「立てるか?」

「あ、あの……」

「怪我をしたのか?」

 なかなか立ち上がらない俺を心配して、優しく声をかけてくれるエディさん。

 彼は一目を奪う美丈夫で、瞳はピジョンブラッドと見紛う深紅に煌めいていた。
 人好きのする笑顔が魅力的で、笑った頬にはえくぼがある。爽やかでイケメンとか、男の俺でもでも惚れてしまいそうだ。

 彼は白いシャツを気崩して、シンプルなズボンを履いていた。手入れされた革のブーツも年季が入っているものの、決してちゃちな印象は与えない。うん、庶民的な格好ですごく好感が持てますよ。

 さっきの人たちがエディさんのことを呼ばなかったら、きっと彼がそんなお偉いさんだとは気付きもしなかっただろう。いや、絶対に失礼な態度をとってた自信があるぞ。
 年齢もまだ二十代半ばくらいなのに、もう副団長に任命されているのも驚きだ。

 って。エディさんの感想はこれくらいにしておいて、まずはお礼を言わないと。

「助けてくれて、ありがとうございました……」

 あの窮地から救い出してくれたエディさんに、感謝の言葉を述べる。
 いまだ媚薬の効き目が持続していたから、すぐには立ち上がれなかったけど、俺はエディさんにお礼の気持ちが伝わるよう、精一杯微笑んだ。

「…………君は、不思議な色をしているな」

 エディさんが、汗で張りついた俺の前髪を払ってくれる。
 さっきの強姦魔とは違って、こちらを気遣ってくれる触り方だ。

 エディさん、カッコイイなぁ!

 ぽけ~と見惚れていると、突如またあの疼きが襲来してきた。

「……っ」

 エディさんが触れた箇所を中心に、熱が波紋を広げていく。
 下半身はじくじくし、下腹部は甘く反応した。

「はっ……は……」

「どうした⁉」

(エ、エディさん……今はそっとしておいてほしいです……)

 俺の異変にいち早く察知してくれたのは、大変ありがたいんだけど!
 俺に触らないで! 肩を揺さぶらないで! 変な気分になっちゃうからぁ‼

「もしかして、何か薬でも飲まされたのか? だったら、この近くに懇意にしている医者が住んでいるから、まずはそこへ行って――」

「あっ、ああぁ……!」

 高まった快感に耐え切れなくなり、俺は自分で自分の身体を抱きしめた。
 すると、いきなり俺の身体から赤紫の煙が出てきて、直後爆風みたいに辺り一面に広がった。
 って、うわッ! なんじゃこりゃああぁぁぁ⁉

「うっ!」

 エディさんは慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。どうやら至近距離で煙を吸い込んでしまったみたいだ。
 咳き込むことはしなかったものの、呆然とした様子で俺のことを見つめていた。

 うぅ、ごめんなさい! たぶん媚薬のせいなんだろうけど、なんでこんなことになったのか俺にもさっぱりなんですよぉ! 巻き込んでごめんなさい!

 ごめん寝ポーズからの、頭上で両手をすり合わせ、せめてもの謝意を表す。

 元気な息子を見られたくなくて、とっさにこの体勢になっちゃったけど……これってエディさんから見たら、かなりふざけたヤツに見えるかも。

 おずおずと伏せていた顔を上げてみる。

「エ、エディさん⁉」

「っ、くっ……!」

 そこには、目の焦点が合っていないエディさんがいた。
 苦悶の表情を浮かべながら両目を覆い隠して、荒い呼吸を繰り返している。指の隙間から見えた頬は紅潮し、かなり発汗していた。

 やっぱり、さっきの煙は媚薬によるものだ。失礼ながらエディさんの股間を拝見すると、そこには立派なテントが張っていた。何もせずとも現時点で完勃ち状態なのだから、正直かなりキツイだろう。

「エ、エディさん……っ、すみません、俺の、せいです……」

「うっ……、っ……!」

 エディさんが手を外すと、俺と視線がぶつかった。彼の空虚な瞳の奥では、妖しい光が煌々と輝いている。それを見て一瞬だけ、先刻の男の顔が脳裏をよぎった。

 エディさんがおぼつかない足取りで、俺の方へと近づいてくる。震える手はまっすぐと伸び、俺の後頭部をとらえた。
 そして間を置かず、ぐっと手前に引いてその唇を俺の唇へ当てた。

「っ、ッ、んんっ……」

 最初に湿った感触がして、次に彼の舌が俺の唇を味わうように舐めていった。
 エディさんが媚薬の作用に踊らされている現状に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。でも、そんな理性はあっという間に吹き飛んでいった。

「ンンっ――!」
「ふっ……」

 エディさんの舌がさらに伸びてきて、閉じた俺の口内に入ろうしてきたのだ。
 このままでは、エディさんまで変な気を起こしかねない。副団長ともあろう人が、こんな街中で怪しげな男とおっ始めてしまったら、それこそ悪評が立ってしまうだろう。

 俺はマントの裾をぎゅっと握りしめ、最悪の事態に戦慄する。けど、彼の舌から与えられる快楽に、身をゆだねてしまいそうだった。
 必死に理性を取り戻そうとして、でも無理だと諦めたその時。


「俺は、何を――っ⁉」

「エディさん……っ! 何してるんですか⁉」

 唇を離したエディさんは、自身の腕に噛みついたのだ。千切れんばかりに噛んだ腕からは、赤い雫が滴っている。

 混乱してエディさんに近寄ろうとすると、彼は途切れ途切れの声で制止した。

「っ、すまない……こんなことになってしまって……! 俺は今、普通じゃない……。君は、どこかへ……逃げてくれ……! 少しして、落ち着いたら……君を探しに行く……ッ」

 彼が喋る口元に、ぬるついた赤が見えた。必死で訴えようとする内容も態度も、まさに誠意に満ち溢れている。
 俺はそれがどうしようもなく愛おしく感じ、また彼の騎士道精神に平伏したくなった。

 でもどのみちこのままじゃ、俺もエディさんも共倒れになってしまう。
 だったら――!

「エディ、さん……っ、俺から一つ、提案させて……ください……!」

「なん、だ……?」

「俺、ここから、そう……離れていない場所に、宿をとってます……だから、そこでっ……」

 その提案はあまりにも破廉恥で、素面なら絶対に出てこない内容だった。けど、今は一刻を争う事態だし。
 再び疼き出す下腹部を押さえ、俺は彼の双眸を見つめ返す。
 
 そして、俺は……。

「俺のこと……ッ、抱いてくれませんか……?」

 人生で一番恥ずかしいセリフを言ってしまった。
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