9 / 13
第八話
しおりを挟む
「――で。用件はそれだけ?」
飲み屋街からさらに奥まった場所へと続く、裏通りにて。
俺たちが案内された店は、希少な魔薬を専門に取り扱っている薬屋だった。
店の外観は蔓に埋もれていて、一見の客だったらまずなんの店か判断できないだろう。店内も外観に負けず劣らず古色蒼然といった内装で、薄暗い。
「なんでもコイツは、すんげーポーション作れるんだってよ」
「ふぅん?」
血色の悪い顔が俺へと向けられる。店主の目の下には、アイブラックのごとく深い隈ができていた。
そんな店主を見ていたら体調とか心配になってくるけど、俺以外の二人は別段気にしていないらしい。
俺は血走った眼に負けじと、店主ことロギさんを見つめた。
赤茶けたローブの隙間から、狐疑の視線が向けられている。絵面的に、ローブを着た闇店主VSマントを羽織った不審者って感じが、ちょっとだけ面白い。
先にフッ、と鼻で笑ったのは先方だった。
「世界広しといえど、ボクもそんなポーションは聞いたことがないね。悪いけど、証拠を見せてもらわない限り信用できないな」
「まあ、予想通りの展開だな。おい坊主、どうする?」
デニスさんがそう言って振り返った。どうやらまずは、ロギさんに俺の実力を認めてもらわないといけないらしい。
なーに、今まで散々足蹴にされてきたんだ。これくらいの試練、乗り越えてやりますよ!
「では、まず俺が作ったポーションの効能を見てください。すみませんが、バケツをお借りしてもいいですか?」
ロギさんは顎をしゃくって、店内の端に置いてあったバケツを指した。
傍らにいたエディが取ってきてくれたのでひとまずお礼を言うと、俺は受け取ったバケツを床に置いて右腕を出した。
一体何が始まるのか、全員から一斉に注目される。
俺は腰に巻いたナイフホルスターから小型ナイフを取り出して――。
「っ……!」
「テツっ‼」
エディの叫びを無視して、俺は自分の右腕を斬りつけた。
できるだけ血管を傷つけないように斬ったつもりだったんだけど、結構ざっくりいっちゃったみたいだ。めちゃくちゃ痛い!
俺は額に汗の玉を浮かべながら、引きつった笑みを作った。
いきなりみんなの前でスプラッタを見せつけてしまって申し訳ないが、俺だって何も好きで自傷しているわけじゃない。
でも、まだだ。これだけじゃ、まだ足りない。
「すみませんが、誰か俺に状態異常をかけてもらえませんか?」
「ふーん。じゃあ、ボクが特別に麻痺毒をプレゼントしてあげる」
やめろ! と、エディが言い切るより先に、ロギさんが呪文を唱えた。
直後、全身の神経が切れたみたいな衝撃がやってくる。
俺は為す術もなく、体重を支え切れなくなって片膝をついた。
とっさにエディが駆け寄ってきたが、俺は右手で彼を制した。どうやら、ロギさんが片腕だけ動かせるように魔法を制御してくれたみたいだ。
俺はハイネストポーションのフタを開けて、中身をぐっと呷った。これくらいの傷なら、一口飲めば充分だろう。
薬を飲み込んだタイミングで、淡い光に包まる俺の身体。
光は徐々に消えていき、斬傷も見る見るうちに塞がっていった。きっとこれで麻痺毒も抜けたはずだ。
身体の痺れがなくなったことをアピールするため、俺は両腕をブンブン振ってみせる。
「スゲーな……」
デニスさんが目を瞬かせながら呟く。それに続くように、ロギさんも反応した。
「たしかに、キミのそれは他のポーションとは違う。いや、それ以上の力を秘めているね」
ロギさんの興味を引いたらしいその口ぶりに、俺はチャンスとばかりに補足した。
「そうです。あらゆる状態異常と消費した魔力、怪我や病気も回復します」
病気の方はどうやって証明しようと思い悩んでいると、ロギさんはその点深くは追求してこず、ローブの頭頂部をぽりぽりと掻いた。
「“エリクサー”を見るのは久しぶりだな」
「エリクサー……?」
いきなり飛び出た単語に、首を捻る。けどそれは俺だけじゃなくて、他の二人も同様だったらしい。
ロギさんは爛々と目を輝かせて、さも面白そうに口の端を吊り上げた。
「エリクサーは、神の万能薬と呼ばれる霊薬のことだよ。遥か昔に界渡りの勇者が現れ、ポーションをこの世に生み出したと伝承されているけどね。同時にエリクサーも錬成していたらしい」
「待てよ! じゃあアシュルが作ったのは、その伝説の霊薬ってことか⁉」
これまで沈黙していたデニスさんが声を上げる。
でも、俺だって同じ気持ちだ。なんでその勇者が作ったエリクサーを俺が錬成してるんだ。てか、界渡りってなんぞ?
「まあまあ、デニス。興奮するのも分かるけど一旦落ち着きなよ。あくまで伝承って話だ。何もエリクサーは勇者しか錬成できないわけじゃない。今でこそレシピだってあるし、実際に他の錬金術師が錬成して、市場に出回っている物もある」
「ただし、かなり希少だけどね」と付け足すロギさん。続いてロギさんに視線を投げられた。
「このポーションのレシピを教えてくれる?」
「あ、はい。ハープ草とその花蜜、あとはバロルト鉱石を混ぜれば――」
「採用」
「え?」
「だから、採用だって。だってそんな簡単なレシピでエリクサーが作れるなんて聞いたことがないよ。もし実用化のめどが立てば、それこそ独占販売できると思わない? もちろん、毎回テストはさせてもらうけどね。しばらくキミには配達とか、雑用を中心に頼むよ」
そのあとも、ロギさんが何か喋っていたけど、その内容がまったく耳に入ってこなかった。
どうやら俺は、無事に仕事をゲットしたようです……?
飲み屋街からさらに奥まった場所へと続く、裏通りにて。
俺たちが案内された店は、希少な魔薬を専門に取り扱っている薬屋だった。
店の外観は蔓に埋もれていて、一見の客だったらまずなんの店か判断できないだろう。店内も外観に負けず劣らず古色蒼然といった内装で、薄暗い。
「なんでもコイツは、すんげーポーション作れるんだってよ」
「ふぅん?」
血色の悪い顔が俺へと向けられる。店主の目の下には、アイブラックのごとく深い隈ができていた。
そんな店主を見ていたら体調とか心配になってくるけど、俺以外の二人は別段気にしていないらしい。
俺は血走った眼に負けじと、店主ことロギさんを見つめた。
赤茶けたローブの隙間から、狐疑の視線が向けられている。絵面的に、ローブを着た闇店主VSマントを羽織った不審者って感じが、ちょっとだけ面白い。
先にフッ、と鼻で笑ったのは先方だった。
「世界広しといえど、ボクもそんなポーションは聞いたことがないね。悪いけど、証拠を見せてもらわない限り信用できないな」
「まあ、予想通りの展開だな。おい坊主、どうする?」
デニスさんがそう言って振り返った。どうやらまずは、ロギさんに俺の実力を認めてもらわないといけないらしい。
なーに、今まで散々足蹴にされてきたんだ。これくらいの試練、乗り越えてやりますよ!
「では、まず俺が作ったポーションの効能を見てください。すみませんが、バケツをお借りしてもいいですか?」
ロギさんは顎をしゃくって、店内の端に置いてあったバケツを指した。
傍らにいたエディが取ってきてくれたのでひとまずお礼を言うと、俺は受け取ったバケツを床に置いて右腕を出した。
一体何が始まるのか、全員から一斉に注目される。
俺は腰に巻いたナイフホルスターから小型ナイフを取り出して――。
「っ……!」
「テツっ‼」
エディの叫びを無視して、俺は自分の右腕を斬りつけた。
できるだけ血管を傷つけないように斬ったつもりだったんだけど、結構ざっくりいっちゃったみたいだ。めちゃくちゃ痛い!
俺は額に汗の玉を浮かべながら、引きつった笑みを作った。
いきなりみんなの前でスプラッタを見せつけてしまって申し訳ないが、俺だって何も好きで自傷しているわけじゃない。
でも、まだだ。これだけじゃ、まだ足りない。
「すみませんが、誰か俺に状態異常をかけてもらえませんか?」
「ふーん。じゃあ、ボクが特別に麻痺毒をプレゼントしてあげる」
やめろ! と、エディが言い切るより先に、ロギさんが呪文を唱えた。
直後、全身の神経が切れたみたいな衝撃がやってくる。
俺は為す術もなく、体重を支え切れなくなって片膝をついた。
とっさにエディが駆け寄ってきたが、俺は右手で彼を制した。どうやら、ロギさんが片腕だけ動かせるように魔法を制御してくれたみたいだ。
俺はハイネストポーションのフタを開けて、中身をぐっと呷った。これくらいの傷なら、一口飲めば充分だろう。
薬を飲み込んだタイミングで、淡い光に包まる俺の身体。
光は徐々に消えていき、斬傷も見る見るうちに塞がっていった。きっとこれで麻痺毒も抜けたはずだ。
身体の痺れがなくなったことをアピールするため、俺は両腕をブンブン振ってみせる。
「スゲーな……」
デニスさんが目を瞬かせながら呟く。それに続くように、ロギさんも反応した。
「たしかに、キミのそれは他のポーションとは違う。いや、それ以上の力を秘めているね」
ロギさんの興味を引いたらしいその口ぶりに、俺はチャンスとばかりに補足した。
「そうです。あらゆる状態異常と消費した魔力、怪我や病気も回復します」
病気の方はどうやって証明しようと思い悩んでいると、ロギさんはその点深くは追求してこず、ローブの頭頂部をぽりぽりと掻いた。
「“エリクサー”を見るのは久しぶりだな」
「エリクサー……?」
いきなり飛び出た単語に、首を捻る。けどそれは俺だけじゃなくて、他の二人も同様だったらしい。
ロギさんは爛々と目を輝かせて、さも面白そうに口の端を吊り上げた。
「エリクサーは、神の万能薬と呼ばれる霊薬のことだよ。遥か昔に界渡りの勇者が現れ、ポーションをこの世に生み出したと伝承されているけどね。同時にエリクサーも錬成していたらしい」
「待てよ! じゃあアシュルが作ったのは、その伝説の霊薬ってことか⁉」
これまで沈黙していたデニスさんが声を上げる。
でも、俺だって同じ気持ちだ。なんでその勇者が作ったエリクサーを俺が錬成してるんだ。てか、界渡りってなんぞ?
「まあまあ、デニス。興奮するのも分かるけど一旦落ち着きなよ。あくまで伝承って話だ。何もエリクサーは勇者しか錬成できないわけじゃない。今でこそレシピだってあるし、実際に他の錬金術師が錬成して、市場に出回っている物もある」
「ただし、かなり希少だけどね」と付け足すロギさん。続いてロギさんに視線を投げられた。
「このポーションのレシピを教えてくれる?」
「あ、はい。ハープ草とその花蜜、あとはバロルト鉱石を混ぜれば――」
「採用」
「え?」
「だから、採用だって。だってそんな簡単なレシピでエリクサーが作れるなんて聞いたことがないよ。もし実用化のめどが立てば、それこそ独占販売できると思わない? もちろん、毎回テストはさせてもらうけどね。しばらくキミには配達とか、雑用を中心に頼むよ」
そのあとも、ロギさんが何か喋っていたけど、その内容がまったく耳に入ってこなかった。
どうやら俺は、無事に仕事をゲットしたようです……?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
50
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる