Love, Truth and Honesty

逢坂莉子

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ちっぽけな存在(1)

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 その電話は、突然だった。

 あの日――あたしが、蒼と儚い夢のような一夜を過ごしたあの日――以降も、あたしを取り巻く日常はいつもと変わらず続いてた。
 それは、気抜けするほど、あまりにも変わり映えのしない毎日で、あたし自身が、あの日のことは自分の「蒼に会いたい」気持ちが高じて見た夢、あるいは妄想だったんじゃないか、と本気で考えたくらいだ。

 蒼のことはもちろん、一時だって忘れてない。
 ただ、週明けから期末試験が始まってしまったこともあって、はっきりと心の表面に浮かび上がってくることが少なかったというのが正しかった。
 それはそれで、あたしにとっては大きな救いだったことも事実だ。

 今日は、終業式。
 明日から夏休みってこともあって、すれ違うみんなが少し浮かれて見える。
 あたしたちもどっか寄り道して帰ろうよって話しながら、友紀ちゃんと一緒に昇降口を出たところだった。
 胸ポケットに入れた携帯電話が、ポップな着メロを奏でたのは。

 ディスプレイには、番号非通知の表示。
 いつもなら、そんな怪しい電話はシカトする。
 それなのに、そのときはひとりでに――本当にひとりでに――指が通話ボタンを押してしまった。

「もしもし?」
 耳に当てた受話口から、相手の息遣いが伝わってくる。
『……藍?』
「え?」
『良かった、やっと見つけた』
 そう言って、相手はホッとしたように少し笑った。

 電話口から聞こえてくる声は、絶対に有り得ない人の声。
 あたし、また……白昼夢でも見てるんだろうか?

「……そ、」
 思わず名前を呼んでしまいそうになって、あたしは慌てて口を噤んだ。
 怪訝そうな顔であたしを窺い見る、友紀ちゃんと目が合ったから。
『いきなり電話してごめん、驚いた?』
「う、うん……驚いた」
 驚いたどころの話じゃない、頭はほとんど思考停止だ。
 ていうか、どうして彼があたしの携帯番号を知ってるのだろう?
『今、どこ?』
「え、あ……あの、まだ学校……」
『ああ、そう。じゃあ、授業が終わるのは何時?』
「今日は終業式だったから、もう帰れるけど」
 受け答えしながら、こんなのおかしいって思った。

 もう会わない方がいい、忘れなきゃだめだって思って、連絡先も残さず彼の前から消えたのに……どうして、こんな普通に電話なんかかけてこられるの?

『何だ、グッドタイミングじゃん。迎えに行こうか、学校どこ?』
「だっ、だめだよ、こんなところにいきなり現れたら、目立ちすぎてみんな驚くよっ」
『それもそうか……だったら、藍が来る? 俺のマンション、覚えてるだろ?』
 もちろん覚えてる。
 あの朝、彼のマンションから駅まで、電柱で番地を確認しながら歩いたのだから、覚えてて当然だ。
「覚えてる、覚えてるけど……」
 こんな風に電話をもらえることなんて本当に予想外ですごく驚いたけど、それが嬉しくなかったかって言ったら嘘になる。
 だけど、もし今、彼の言う通りにしてしまったら、彼に再会してしまったら……次に彼を忘れることは、今回よりももっと辛く難しくなるに違いない。
 それどころか、彼と離れたくない、もっと一緒にいたいって、分不相応なこと思っちゃうかも知れない。
 でも、あたしがそれを言う前に、彼は明るい声で話を締めくくった。
『OK。それじゃ、待ってるから早くおいで』
「あ、ちょ、ちょっと待って、あたし――」
 言い終わらないうちに、電話は切れた。
 あたしは、プーという音に向かって小さく溜息を吐いた。

「甲斐くん?」
 友紀ちゃんに聞かれて我にかえる。
 あたしは、咄嗟に嘘をついた。
「う、ううん、…中学のときの友達がね、久しぶりに会おうよ~って」
 友紀ちゃんは、少しも疑わずに、「そっか、じゃあ楽しんでおいでよ」って言って、あたしよりも先にバスに乗った。

 行っちゃだめだって、心の中で自分が叫んでた。
 彼に会ったらだめ、バカなこと期待しちゃだめって。
 その通りだと思った。

 それでも……。
 足は勝手に、彼の元へと向かってしまった。
 あとできっと後悔するって、ちゃんとわかっていたのに。

* * * * *

「いらっしゃい」

 玄関のチャイムを押すと、すぐにドアを開けてくれたその人は、ご機嫌良さそうに笑いながら、あの夜と同じように小さく首を傾げて見せた。
「どうぞ?」
「……お邪魔します」
 彼の出してくれたスリッパを履いたあたしは、背後で彼がドアの鍵をかける音を聞いた。
 こんなところも、あの夜と同じ。
「ちょうど、コーヒーを淹れていたところ。君も飲む?」
 さりげなく背中に置かれた彼の手。
 あたしは、それに押されるようにして、再び彼の部屋に足を踏み入れた。

 廊下との仕切りのドアを開けたところに、大きなスーツケースが置いてある。
「……どこか行くの?」
「え? ……ああ、違う、さっき帰ってきたとこ」
 新曲のジャケットとビデオの撮影でタイに行ってた、と彼は言った。
「もうすっかり良くなったみたいだね、足」
「う、うん……テーピングが上手だって、整骨院の先生が褒めてたよ」
「そう、それは良かった」
 素っ気なく言った彼が、サイフォンからコーヒーを注いでくれる。
 お砂糖は入れないんだよね、と聞かれて、そんなことまで覚えてくれているんだって思って驚いた。
「そんなところに立ってないで、座ったら」
 彼は手でソファを示したけど、あたしはダイニングのテーブルの側に立ったままでいた。
「ねえ、どうしてあたしの携帯の番号、知ってたの」
 あたしが聞くと、彼はくすっと苦笑みたいなものを洩らした。
「藍ってさ、見かけによらず性格悪いよね」
「どうして」
「どうせなら、最後まで書いていけばいいのに、下2桁だけ出し惜しむなんて。おまけに、ご丁寧に塗りつぶしてくれちゃって」
 あたしが書いた書き置きのことだって、すぐに気がついた。
 携帯番号を書きかけて、思い直して消したんだった。
「そんなことされたら、こっちだって意地になるだろ?」
「……」
「サインペンでなくて良かったよ、消されていても何とか解読できたからね。大変だったのは、最後の2桁。00から始めて、さっきの電話でやっと君に辿り着いた」
「嘘」
 信じられない、彼があたしなんかのためにそこまでしたなんて。
「嘘じゃない。それだけ、俺は君に興味があったってこと」
 2人分のカップを、テーブルの縁に置いた彼は、そのままあたしの横に立った。
「本当は、もっと早く見つけ出すつもりだった。でも、日本を離れちゃったから……」
 彼の手が、あたしの髪に触れた。
 あの夜と同じように、優しい指がそれを梳く。
「会いたかったよ、藍……」
 降りてきた唇を、あたしは身を捩って避けた。
「どうして、あたしなの……」
「どうしてって?」
「あなたの周りには、可愛いタレントさんやきれいな女優さんや、他にももっともっと素敵な人がたくさんいるじゃない。それなのに、どうしてあたしなの?」
 それを聞いて、彼は少し驚いたような顔をした。
「どうして、そんなことを聞くの」
「だって、あたしなんてごく普通の女子高生だよ? 取り立てて美人でもない、スタイルがいいわけでもない、あなたみたいに誰からも愛されている人が、あたしなんかに興味を持つなんて有り得ない」
 言いながら惨めになってきて、あたしは彼に背中を向けた。
 そんなあたしの肩を、彼がそっと抱く。
「理由なんてない、ただ会いたかっただけ」
「そんなのおかしいよ」
「じゃあ、どうして君はここにいるの」
「え……?」
「君だって、俺に会いたいから来たんだろ」
 そうだ、あんな電話、悪戯だって無視することもできた。
 それなのに、今あたしはここにいる。
 彼があたしに会いたかったと言ってくれて、嬉しいと思ってる自分がいる。
「この制服、明慶だよね……可愛い、似合ってるよ」
 あたしをうしろから抱きしめた彼の手が、開襟シャツの襟元を弄ぶ。
 指が、器用にボタンを外していく。
「蒼……」
 彼の名前を口に出すと、胸がぎゅうっと締め付けられるような気がした。
 心持ち体重をかけられて、あたしはテーブルに両手をつく。
「まさか、黙って姿を消されちゃうとは思わなかったよ」
「ご、ごめんなさい……」
「もう2度と会わないつもりだったの」
 あたしは嘆息しながら小さく頷いた。
 蒼の大きな手のひらが、あたしの胸を柔らかく包み込んだから。
「俺は、忘れられなかった」
 蒼は、あたしの耳のうしろにちゅっと音を立てて口づけた。
「自分でも、どうしてそんな気持ちになるのかわからなかった。だから、会いたかった。会えば、理由がわかると思った」
「あ、ぁんっ」
 指先が、硬く勃ち上がった蕾をつまむようにして刺激してくる。
 思わず喉を仰け反らせると、今度はそこに唇が降りてくる。
「逃げるから、追いたくなるんだ」
 立ったまま、服を脱がされる。
 あたしは彼に背を向けているから、彼がどんな表情をしているかは見えないけど、少し急くような手つきは、彼の正直な気持ちを表しているようにも思えた。
「自分から捕まえてくださいって寄ってくる女の子はたくさんいるのにね。君は俺に、連絡先すら教えないで消えちまった。だから興味が湧いたんだ」
 彼の手が、足の間に入ってくる。
 そこがもう、期待に潤んでしまっていることはわかってた。
「濡れてるよ、藍……すごくね」
「んぅ、ん……」
 泉に沈み込む、蒼の細くて長い指。
 それを想像するだけで、身体の奥が熱く疼く。
「ああ、そう、これだ……君の中、ざらざらしてて、締め付けられるととても気持ちがイイんだよ。俺、いっぺんで夢中になっちゃった」
 言いながら、蒼の指が浅いところを擦り上げる。
 ソコに触れられる度に、膝ががくがくして今にも力が抜けそうになった。
 甲斐くんとのえっちでは得られない、身体が浮いてしまうような感覚。
 どうして、蒼にこうされるとこんなに感じちゃうんだろう。
「あっ、あんっ、……だめ、そんなにしたら、だめっ」
「すごいよ、俺の指に吸い付いてくる、ほら……」
 2本に増えた指を抜き挿しされる度に、ぷちゅぷちゅと水音が響いた。
 自分の身体がたてているなんて信じたくないほど淫らな音。
「やだ、蒼……もうだめ、あたし、イッちゃ――」
 いっそう深く突き立てられて、あたしは鋭く息を引いた。
 そのとき、あたしは自分から腰を揺らしてたと思う。
 そんな姿、蒼に見られてると思うとすごく恥ずかしくて、でも一方ではすごく昂ぶった。
「うあ、く……、ぅう」
 次の瞬間、あたしは全身を硬直させて、イッた。

 立ったままの姿勢で。
 彼の指だけで。
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