Love, Truth and Honesty

逢坂莉子

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望ましくない光景(3)

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「蒼……」
 手を伸ばして、彼の頬に触れる。
 目が合うと、彼はいつものように首を傾げて小さく笑った。

 あらためて、きれいな男性(ひと)だと思う。
 聡明そうな眉、切れ長な目とそれを縁取る濃い睫毛、高い鼻梁、薄く形の良い唇。
 日本中の女の子が、この人に憧れるのも無理はない。

 現に、あたしだってほんの1ヶ月前までは、そんな女の子のひとりだった。
 国民的アイドルと呼ばれる彼は、どんなに望んでも手の届かない人で、天井に貼られたポスターを見つめ溜息を吐いては、せめて夢で逢えますようにと毎晩願ったあのころ。
 そんな彼に、こうして触れることができるなんて、それこそ露ほども思わなかった。

 なのに、今。
 あたしは、彼の腕の中にいて。

「キス、……して」
 あたしのその言葉に頷くと、彼はそっと唇を重ねてきた。
 この感触、好き。
 まるで彼の歌うラブソングのように、甘くて切なくて、心を酔わせる。

 彼がこうする相手が、あたしなんかでいいのかなって、何度も思った。
 その気持ちは、今も全然変わってない。
 彼があたしを構いたがるのは、遊びのうちなのかも知れないし、ほんの気まぐれなのかも知れないってことも、わかってる。
 ホントは、それでもいいって言えるほど、開き直れてるわけじゃない。
 でも、そんなんじゃ嫌、と言ってしまったら、この関係が終わってしまいそうで怖い。
 だから、あたしは何も言えない。
 ただ彼のなすがまま、流される他に術はない。

「……藍」
 あたしの名前を囁いた唇が、喉を通って胸元にたどり着く。
 硬く立ち上がった先端を舌で掬われて、あたしは思わず小さく喘いだ。
「あ、はぅ……」
 周囲を緩く舐め回し、時おり、中心を強く吸う。
 もう片方も、手のひらと指で柔らかく弄ばれる。
 焦れったいほどに優しく、それでいて執拗な胸への愛撫。
「やだ、蒼……も、やだぁ……」
 身を捩ろうとするあたしに体重をかけて押さえつけ、蒼は笑う。
「可愛い声、もっと啼いて」
 空いている方の手が、内腿を這い回る。
 上下に撫で、付け根をなぞり……指先が茂みを掠めても、決して肝心なトコロには触れてこない。
 それがものすごくもどかしい。
「あ、お、…お願い、そ……」
 蒼は上手だ。
 あたしが、こんな風に自分から求めずにはいられなくなるくらいに。
「溢れてる」
 思わせぶりに蒼が言って、あたしの顔が赤くなる。
 それが何を意味するのかは、あたしにもよくわかったから。
「こんなになるくらい、俺が欲しいの」
 意地悪な問いにも、あたしは頷くしかない。
「ほ、欲しいよぉ……」
「素直だね」
 くく、と含み笑いを洩らす蒼。
 彼は、あたしの足を大きく開かせると、その間に自分の身体を入れた。
「でも、まだあげない」
 彼の頭が下がっていく。
 これから何が起こるのかを予感して、あたしは両手でシーツを握り締めた。
「……だ、……」
 温かい舌のぬるりとした感触に、思わず腰が浮き上がる。
 そして、それよりも熱い彼の息遣い。
「甲斐にも、させた?」
 足の間に顔の半分を埋めたまま、蒼が聞く。
 あたしは小さく首を振った。
「……しない」
「どうして? シテってねだれば、やつだってきっとしてくれたのに」
「だって……恥ずかしいもん」
 蒼の目が細くなる。
「俺とは、恥ずかしくないの」
「恥ずかしい、でも……蒼には、見て欲しい」
 あたしの何もかも、全部。
 その言葉に、彼は満足そうに――本当にとても満足そうに――頷いた。
「良い子だね」
 ちゅ、と音を立ててソコに口づけられる。
 甘く疼く肉芽を唇で包み、舌先で弾くように。
「ん、……んっ、だめ、蒼……っ」
 熱く潤った部分に、長い指が挿入される。
 くちゅくちゅと掻き回されて、あたしは背中を撓らせた。
「やだ、もう……あたし、イッ……」
 迫り出した部分を強く擦られる。
 蒼しか知らない、……官能のスイッチ。
「あっ、いやっ、――あぁぁあ!」
 甘い痺れが全身を駆け抜けて、あたしはそれ以上声を出すこともできずに身体を硬直させた。

「イクときの顔もそそるよね、君」
 まだ息の荒いあたしを見下ろしながら、蒼は言う。
「今度は、藍の欲しかったものをあげるよ」
 押し付けられる彼の昂ぶり。
 すごく熱くて、硬い……。
 先端を沈められただけで、期待に肌が粟立つ。
「ああっ、蒼……っ」
 あたしは自分から腰を浮かせて、彼のモノを奥へと誘(いざな)おうとした。
 そんなあたしを揶揄するように、蒼が笑う。
「ふふ、なんて貪欲……疲れているのではなかったっけ?」
 疲れていたのは、確かだ。
 肉体的にも、精神的にも、誰かとえっちって気分じゃなかった……はずだった。
 だから、甲斐くんのことも拒んだ。
 それなのに、どうしてあたしの身体は、こんなにも蒼を求めてしまうんだろう?
 あたしの内部の襞々が、彼の侵入を喜ぶように蠢いて、締め付けてる。
「くそっ、……最高だよ、藍のココ……抱く度にのめり込んで、手離せなくなる」
 掠れた声。
 嘘でも、この場限りの言葉でも、嬉しい。
 離れられないのは、あたしだ。
 叶わない夢と知りながら、この瞬間がいつまでも続けばいいのにと願う。
「好き……蒼、大好き……」
 このままずっと繋がっていたいと思うくらい、好き。

 たとえ、その行為に心が伴っていなくても……。

 知らず眦から零れた涙は、頬を伝う前に、彼の唇で拭われる。
 咽ぶあたしの頭を抱き寄せて、彼は言った。

「俺と一緒に帰ろう、藍……そのために、君を迎えに来た」

* * * * *

「ごめんね、蒼……あたし、あなたとは帰れない……」

 あたしは、蒼の広い胸に顔を埋めて、言った。

 俺と一緒に帰ろう、そのために迎えに来た、と言ってくれた彼。
 あたしだって、いっそのことそうできたらと思う。
 後先なんて考えず、このまま彼と2人でいられたらどんなにいいだろうって。

「俺が、……信用できない?」
 蒼は、あたしの肩をつかんで身体を離すと、顔を覗き込むようにして聞いてきた。
「違う、蒼のせいじゃない。あたしが、全部悪いの」
 蒼のことは好き、でも甲斐くんも傷つけたくないなんて、虫のいいこと考えてるから。
「自分でも、自分がどうしたいのかわからないの。もう少し、時間が欲しい……」
「藍の気持ちは決まっているように、俺には思えるけどね」
 あたしの、気持ち……。
 多分、あたしが心の奥底で願っていることはひとつだ。
 蒼にも、それは見抜かれてる。
 ただ、それを自分で認めてしまうのが怖いだけかも知れない。
「ごめんね……」
 あたしがあなたを振り回していいはずがないのに。
 そう言うあたしに、蒼は少し困ったような顔をして見せた。
「……藍が、したいようにすればいい」
 優しい指が前髪を払い、そこにキスが降りてくる。
 押し当てられた唇が、ちゅと音を立てて離れていくとき、胸がぎゅうっと締め付けられた。

 ああ、やっぱり……あたしは、蒼が好きだ。
 想いが溢れそうなくらいに、好きだ。

「でも、これだけは言っておく。俺は、……藍とのことを、このまま終わりにしたくない」
「うん……」
 頷いたあたしの肩を軽く叩いて、彼は来たときと同じように、窓枠をひょいと飛び越えて外に出た。
 夜気が白く煙る高原の夜は、声を出すのも憚れるくらいに静かだった。
「気をつけてね」
「ああ……じゃあ、また」
 また、というところに少し力を込めて、蒼は言った。
 手を振って去って行く姿が、闇に紛れて見えなくなるまで、あたしは窓辺に立って彼を見送った。

 これから……どうすればいいんだろう。
 窓を閉めてから、あたしは考える。
 何事もなかったような顔をして、甲斐くんと残りの別荘ライフを楽しめるとは、自分でももう思えない。
 かといって、甲斐くんに本当のことを話せるほどの勇気が、あたしにはまだない。
 本当に、自分で自分が嫌になる。

 少し、気持ちを落ち着けたい。
 確か、ここには2階にもお風呂があるはずだ。
 温泉を引いているから、いつでも好きなときに入れる、半分露天みたいになってて気分転換にいいよって、甲斐くんが言ってたっけ。
 ゆっくりと温泉に浸かりながら、自分と向き合ってみるのもいいかも知れない。
 あたしは、そのお風呂に入ることにした。

 そっと部屋のドアを開けると、別荘の中も静まり返ってる。
 この時間じゃ、甲斐くんもきっともう寝ちゃっただろう。変に物音を立てて起こしてしまったら、甲斐くんのことだから、眠れないのかとか、また余計な心配をするに違いない。
 そう思ったあたしは、なるべく足音を忍ばせて廊下を歩いた。
 2階への階段を上りかけて、リビングから明かりが洩れているのに気づく。
 甲斐くんが、まだ起きているのだろうか?
 別に深い意味はなく、あたしは細めに開いたドアの隙間から中を窺った。

 そして……そこで目にした光景に、思わず息を呑んだのだった。
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