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間違えた言葉(1)
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そのまま、車の中でウトウトしてしまったようで、肩を揺すって起こされたときには、東の空がだいぶ明るくなるころだった。
「どこへ行く?」
「……え?」
覚醒し切れない頭で何を言われたのか理解できず、あたしは思わず聞き返した。
「だから、これからどこへ行くかって聞いたの。俺のマンションに来てもいいし、とりあえず家に帰るのなら送っていくし」
そうだ、今は……野尻湖にある甲斐くんの別荘から、東京に帰る途中なんだった。
それを思い出すと同時に、昨夜の光景が甦ってきて、あたしはきゅっと唇を噛む。
「甲斐は、まだ起きていないだろうね」
「うん……でも、もうそろそろかも知れない」
「目が覚めて、君が部屋にいないことに気づいたら、やつはどんな顔をするだろう」
蒼は、どこか面白がるような口調でそう言ったけど、あたしはそのことを考えると怖いような気さえした。
そのときは、あたしと甲斐くんが本当に終わってしまうときだ。
「……後悔してるの、やつに黙って出てきたこと?」
蒼は、運転席から腕を伸ばして、あたしの耳のうしろあたりを梳いた。
あたしは、俯いて小さく首を振る。
「してないよ、……これで良かったと思ってる」
今回のことがショックでなかったと言えば嘘になる。
だけど、自分の気持ちにけじめをつけるためには大きなきっかけになった。
こうして今、あたしが蒼と一緒にいること。
それが、多分すべての答えだ。
「俺んとこ、来る?」
なんとなく気がかりそうに蒼は言った。
「俺も、今日はドラマの撮影と歌番の収録あって、ずっと一緒にいるってわけにはいかないけど、心細いなら俺の部屋にいるといい」
あたしも、そうできたらいいなって思った。
心から想われてなくてもいい、これが本当の恋でなくても構わない。
ただ、蒼の近くにいたいと思った。
でも、それじゃまだ逃げているのと同じだ、何の解決にもならない。
「ううん。もし甲斐くんから電話があったりしたら、親に余計な心配かけるし。今日は、とりあえず家にいようかなって」
「そっか、藍がそのつもりなら」
送っていくから道順教えて、と蒼は言った。
あたしが、ハンドルを握る彼の腕にそっと触れると、そこに手のひらを重ねて安心させるように軽く叩いてくれた。
だから、あたしは少し甘えるようなことを言ってしまう。
「ひとりで寂しくなっちゃったら、電話をしてもいい?」
「いいとも。撮影中は取れないけど、メッセージを残してくれれば折り返し連絡するよ。そうだ、それから……」
言いかけて、蒼はジーンズのポケットを探り何かを取り出した。
はい、と渡されたのは鍵だった。
「俺の部屋の鍵。藍が来たいときに来ればいいし、俺がいなかったら上がって待ってて」
「いいの?」
驚いて聞き返すと、それが可笑しかったみたいで蒼はちょっと笑った。
「良くなかったらこんなこと言わないだろ、普通」
「だって、合鍵なんて……なんか、ホントの恋人同士みたい」
呟いたあたしに、蒼は尋ねた。
「だったら、藍は俺の何?」
「……え?」
思わぬことを聞かれて、あたしは目を瞬いた。
言わずもがなのことだけど、蒼はあたしの憧れの人だ。
だけど、「あたし」は「蒼の何」かなんて、今まで考えてみたこともなかった。
「何って、言われても……」
多分、他のファンの子達よりは少しばかり親密で、だけど絶対にそれ以上じゃない。
あたしなんかが、蒼の「特別」であるわけがない。
あたしが答えられずに口ごもると、蒼は前を向いたまま大袈裟に嘆息した。
「ねえ、それは君の素(す)なのか?」
「素って?」
「だから、言わなくてもわかって当然みたいなことに、気づかないというか何というか」
「……ごめん、よくわからない」
ちょうど、赤信号で車を止めると、蒼はあたしの顔を覗き込むようにして見た。
「本当にわからない?」
「うん……」
しばらくまじまじとあたしを見つめたあとで、彼はぷぷっと吹き出し、それから慌てて車を発進させた。
信号が青に変わって、後続の車にクラクションを鳴らされたからだ。
「ああもう、君って子は――」
車を走らせながらひとしきり笑い、やっと落ち着いたのか、蒼は言った。
「可愛い。ホント、夢中にしてくれるよね」
頬を、軽くつねられる。
蒼は、あたしに彼を「好き」だって言わせるのを楽しんでるところがある。
もちろん、あたしは蒼が大好きだから、それを言うことに抵抗はない。
その上、彼がよくするように、小さく首を傾げて「俺のことが好きなんだろ?」なんて聞かれたら、素直に頷かないではいられない。
今までも、きっと数え切れないくらい彼に向かって「好き」って言った。
でも……彼があたしに向かって同じ言葉を口にしたことはない。
ベッドの中で抱き合いながらの睦言ですら、1度も聞いたことがない。
彼にそれを求めちゃいけないこと、あたしだってちゃんとわかってる。
だからこそ、余計に寂しくなるのかも知れない。
それでも、密かに期待しちゃうあたしがバカだ。
嘘でもいい、間違いでもいいから、彼に囁いて欲しいって。
好きだよ……ただ、その一言を。
* * * * *
蒼に送ってもらって、家に帰りついたのは早朝だった。
甲斐くんちのベンツじゃなく、蒼の車から降りるところを家族に見られたら困るなと思ったけど、離れたところで降りて、裸足で家まで歩くのを近所の人に見られるのも具合が悪い気がして、仕方なく家の門の前で止めてもらった。
ホント言うと、こんなときでも蒼と離れるのはすごく名残惜しかった。
でも、ぐずぐずしているうちに家族の誰かが朝刊でも取りに出てきて、彼と一緒にいるところを見られたら大変なことになる。
だから、あたしは急かすようにして彼の車を見送った。
別れ際、蒼が見せた心残りな表情が切なくて、でもちょっとだけ嬉しかったりもした。
玄関を入ると、家の中は静かだったけど、リビングの方から話し声が聞こえてきた。
あたしたちは夏休みでも、会社に行くパパはもう起きている時間だ。
あらためて、表で蒼と鉢合わせなんてしなくて良かったってホッとした。
ずっと裸足でいたから足を洗わなくちゃ。
そう思ってお風呂場へ向かう途中、キッチンから出てきたママに見つかった。
「ああ、驚いた。いつ帰ってきたの?」
ママは本当にビックリしたみたいで、声が少し裏返ってた。
「……今さっき」
「帰ったならただいまくらい言えばいいじゃないの、変な子ね。甲斐くんは?」
「朝早いから、寄らないで帰るって」
パパやママによろしくって言ってたよ、と嘘をついて、お土産を差し出す。
「あらまあ、ご丁寧なこと。相変わらず律儀で良い子ね、甲斐くん」
案の定、ママは大袈裟に感動して、有り難くいただきましょうねと言った。
実際には、お土産を買ってくれたのは甲斐くんじゃない、蒼なのにって思ったけど、それを言ってしまったら元も子もないから黙っていた。
そんなあたしには気がつかない様子で、ママは続けた。
「それにしても半端な時間ね、何かあったの?」
「別に……甲斐くん、急に用事ができて、今日中に東京に戻ってないとならなくなっちゃったんだって。だから、予定を切り上げて帰ってきたの」
自分でも呆れるくらいにスラスラと嘘が出てくる。
「あたし、疲れちゃったからシャワー浴びて寝るね」
ママは、久しぶりに家に帰ってきた娘とまだ話したいことがあるみたいだったけど、あたしは適当にはぐらかしてお風呂場に逃げた。
熱いシャワーを出しっぱなしにしながら、身体を洗う。
蒼がつけた跡がいっぱい残ってる。
彼は一体、どういうつもりでこれをあたしの身体につけたんだろう。
単なる征服欲、それとも……?
「蒼……」
その名前を口にするだけで切なくなる。
どうしようもなく好きで、大好きで。
そんなこと、思っちゃいけない人だってわかってても、この気持ちは止めようがない。
この出会いがもし間違いだったとしても、彼を好きでいることはやめられないのだから。
身体の汚れや気持ちのもやもやを洗い流して、少しスッキリしたあたしは、自分のベッドに横になって、昨晩からマナーモードになっていた携帯を開いた。
画面いっぱいに表示された着信履歴、相手が誰なのかは想像するまでもない。
いつも優しくて、好きだよと何度もあたしに囁きかけた甲斐くん。
その彼が、昨夜は、自分のモノを女の人に咥えさせていた。
彼女の口中に射精する瞬間、彼が洩らした満足げな声は、今でも耳に残ってる。
あの光景を目にしたときは、もちろんショックだった。
だけど、その気持ちは、裏切られて悲しいとか恋人を奪われて悔しいとか、そういうのとはちょっと違う。
ただ、男女の愛し合うカタチには、こういうのもあるんだ、あたしには求めたこともないようなその行為を、あの女性(ひと)にはさせるんだって思った。
そう、それはちょうど……甲斐くんにはまじまじと見せたこともないアソコを、蒼の口で愛撫してもらうのと同じように。
セックスって、……大好きな人とするセックスって、きっとそういうものなんだと思う。
自分の欲望も恥ずかしい部分も全部曝け出してまで、相手を求めてしまうこと。
あたしと甲斐くんの間には、それがなかった。
それぞれが、そうする相手にお互いじゃない人を選んだ。
そういうこと。
ただそれだけのことだ。
再び、手のひらの中で震える携帯。
……はっきりさせなきゃ。
わかりきっている答えを先送りにしたって、お互いのためにはならない。
だけど、あたしには心に銘じておかなきゃならないことがある。
それは、この結論が、甲斐くんを切って蒼を選ぶという意味では、決してないということ。
甲斐くんと別れたからって、それが即ち、蒼の彼女になれるということには繋がらない。
むしろ、蒼はそれを重荷に感じるかも知れない。
あたしは、これで蒼の「都合の良いオモチャ」としての価値を失うかも知れない。
それでもいいとあたしは思った。
これは、あたし自身の気持ちのけじめだ。
どんな事柄にも終わりというものは存在する。
明けない夜がないように、この世界に、覚めない夢などないのだから。
「どこへ行く?」
「……え?」
覚醒し切れない頭で何を言われたのか理解できず、あたしは思わず聞き返した。
「だから、これからどこへ行くかって聞いたの。俺のマンションに来てもいいし、とりあえず家に帰るのなら送っていくし」
そうだ、今は……野尻湖にある甲斐くんの別荘から、東京に帰る途中なんだった。
それを思い出すと同時に、昨夜の光景が甦ってきて、あたしはきゅっと唇を噛む。
「甲斐は、まだ起きていないだろうね」
「うん……でも、もうそろそろかも知れない」
「目が覚めて、君が部屋にいないことに気づいたら、やつはどんな顔をするだろう」
蒼は、どこか面白がるような口調でそう言ったけど、あたしはそのことを考えると怖いような気さえした。
そのときは、あたしと甲斐くんが本当に終わってしまうときだ。
「……後悔してるの、やつに黙って出てきたこと?」
蒼は、運転席から腕を伸ばして、あたしの耳のうしろあたりを梳いた。
あたしは、俯いて小さく首を振る。
「してないよ、……これで良かったと思ってる」
今回のことがショックでなかったと言えば嘘になる。
だけど、自分の気持ちにけじめをつけるためには大きなきっかけになった。
こうして今、あたしが蒼と一緒にいること。
それが、多分すべての答えだ。
「俺んとこ、来る?」
なんとなく気がかりそうに蒼は言った。
「俺も、今日はドラマの撮影と歌番の収録あって、ずっと一緒にいるってわけにはいかないけど、心細いなら俺の部屋にいるといい」
あたしも、そうできたらいいなって思った。
心から想われてなくてもいい、これが本当の恋でなくても構わない。
ただ、蒼の近くにいたいと思った。
でも、それじゃまだ逃げているのと同じだ、何の解決にもならない。
「ううん。もし甲斐くんから電話があったりしたら、親に余計な心配かけるし。今日は、とりあえず家にいようかなって」
「そっか、藍がそのつもりなら」
送っていくから道順教えて、と蒼は言った。
あたしが、ハンドルを握る彼の腕にそっと触れると、そこに手のひらを重ねて安心させるように軽く叩いてくれた。
だから、あたしは少し甘えるようなことを言ってしまう。
「ひとりで寂しくなっちゃったら、電話をしてもいい?」
「いいとも。撮影中は取れないけど、メッセージを残してくれれば折り返し連絡するよ。そうだ、それから……」
言いかけて、蒼はジーンズのポケットを探り何かを取り出した。
はい、と渡されたのは鍵だった。
「俺の部屋の鍵。藍が来たいときに来ればいいし、俺がいなかったら上がって待ってて」
「いいの?」
驚いて聞き返すと、それが可笑しかったみたいで蒼はちょっと笑った。
「良くなかったらこんなこと言わないだろ、普通」
「だって、合鍵なんて……なんか、ホントの恋人同士みたい」
呟いたあたしに、蒼は尋ねた。
「だったら、藍は俺の何?」
「……え?」
思わぬことを聞かれて、あたしは目を瞬いた。
言わずもがなのことだけど、蒼はあたしの憧れの人だ。
だけど、「あたし」は「蒼の何」かなんて、今まで考えてみたこともなかった。
「何って、言われても……」
多分、他のファンの子達よりは少しばかり親密で、だけど絶対にそれ以上じゃない。
あたしなんかが、蒼の「特別」であるわけがない。
あたしが答えられずに口ごもると、蒼は前を向いたまま大袈裟に嘆息した。
「ねえ、それは君の素(す)なのか?」
「素って?」
「だから、言わなくてもわかって当然みたいなことに、気づかないというか何というか」
「……ごめん、よくわからない」
ちょうど、赤信号で車を止めると、蒼はあたしの顔を覗き込むようにして見た。
「本当にわからない?」
「うん……」
しばらくまじまじとあたしを見つめたあとで、彼はぷぷっと吹き出し、それから慌てて車を発進させた。
信号が青に変わって、後続の車にクラクションを鳴らされたからだ。
「ああもう、君って子は――」
車を走らせながらひとしきり笑い、やっと落ち着いたのか、蒼は言った。
「可愛い。ホント、夢中にしてくれるよね」
頬を、軽くつねられる。
蒼は、あたしに彼を「好き」だって言わせるのを楽しんでるところがある。
もちろん、あたしは蒼が大好きだから、それを言うことに抵抗はない。
その上、彼がよくするように、小さく首を傾げて「俺のことが好きなんだろ?」なんて聞かれたら、素直に頷かないではいられない。
今までも、きっと数え切れないくらい彼に向かって「好き」って言った。
でも……彼があたしに向かって同じ言葉を口にしたことはない。
ベッドの中で抱き合いながらの睦言ですら、1度も聞いたことがない。
彼にそれを求めちゃいけないこと、あたしだってちゃんとわかってる。
だからこそ、余計に寂しくなるのかも知れない。
それでも、密かに期待しちゃうあたしがバカだ。
嘘でもいい、間違いでもいいから、彼に囁いて欲しいって。
好きだよ……ただ、その一言を。
* * * * *
蒼に送ってもらって、家に帰りついたのは早朝だった。
甲斐くんちのベンツじゃなく、蒼の車から降りるところを家族に見られたら困るなと思ったけど、離れたところで降りて、裸足で家まで歩くのを近所の人に見られるのも具合が悪い気がして、仕方なく家の門の前で止めてもらった。
ホント言うと、こんなときでも蒼と離れるのはすごく名残惜しかった。
でも、ぐずぐずしているうちに家族の誰かが朝刊でも取りに出てきて、彼と一緒にいるところを見られたら大変なことになる。
だから、あたしは急かすようにして彼の車を見送った。
別れ際、蒼が見せた心残りな表情が切なくて、でもちょっとだけ嬉しかったりもした。
玄関を入ると、家の中は静かだったけど、リビングの方から話し声が聞こえてきた。
あたしたちは夏休みでも、会社に行くパパはもう起きている時間だ。
あらためて、表で蒼と鉢合わせなんてしなくて良かったってホッとした。
ずっと裸足でいたから足を洗わなくちゃ。
そう思ってお風呂場へ向かう途中、キッチンから出てきたママに見つかった。
「ああ、驚いた。いつ帰ってきたの?」
ママは本当にビックリしたみたいで、声が少し裏返ってた。
「……今さっき」
「帰ったならただいまくらい言えばいいじゃないの、変な子ね。甲斐くんは?」
「朝早いから、寄らないで帰るって」
パパやママによろしくって言ってたよ、と嘘をついて、お土産を差し出す。
「あらまあ、ご丁寧なこと。相変わらず律儀で良い子ね、甲斐くん」
案の定、ママは大袈裟に感動して、有り難くいただきましょうねと言った。
実際には、お土産を買ってくれたのは甲斐くんじゃない、蒼なのにって思ったけど、それを言ってしまったら元も子もないから黙っていた。
そんなあたしには気がつかない様子で、ママは続けた。
「それにしても半端な時間ね、何かあったの?」
「別に……甲斐くん、急に用事ができて、今日中に東京に戻ってないとならなくなっちゃったんだって。だから、予定を切り上げて帰ってきたの」
自分でも呆れるくらいにスラスラと嘘が出てくる。
「あたし、疲れちゃったからシャワー浴びて寝るね」
ママは、久しぶりに家に帰ってきた娘とまだ話したいことがあるみたいだったけど、あたしは適当にはぐらかしてお風呂場に逃げた。
熱いシャワーを出しっぱなしにしながら、身体を洗う。
蒼がつけた跡がいっぱい残ってる。
彼は一体、どういうつもりでこれをあたしの身体につけたんだろう。
単なる征服欲、それとも……?
「蒼……」
その名前を口にするだけで切なくなる。
どうしようもなく好きで、大好きで。
そんなこと、思っちゃいけない人だってわかってても、この気持ちは止めようがない。
この出会いがもし間違いだったとしても、彼を好きでいることはやめられないのだから。
身体の汚れや気持ちのもやもやを洗い流して、少しスッキリしたあたしは、自分のベッドに横になって、昨晩からマナーモードになっていた携帯を開いた。
画面いっぱいに表示された着信履歴、相手が誰なのかは想像するまでもない。
いつも優しくて、好きだよと何度もあたしに囁きかけた甲斐くん。
その彼が、昨夜は、自分のモノを女の人に咥えさせていた。
彼女の口中に射精する瞬間、彼が洩らした満足げな声は、今でも耳に残ってる。
あの光景を目にしたときは、もちろんショックだった。
だけど、その気持ちは、裏切られて悲しいとか恋人を奪われて悔しいとか、そういうのとはちょっと違う。
ただ、男女の愛し合うカタチには、こういうのもあるんだ、あたしには求めたこともないようなその行為を、あの女性(ひと)にはさせるんだって思った。
そう、それはちょうど……甲斐くんにはまじまじと見せたこともないアソコを、蒼の口で愛撫してもらうのと同じように。
セックスって、……大好きな人とするセックスって、きっとそういうものなんだと思う。
自分の欲望も恥ずかしい部分も全部曝け出してまで、相手を求めてしまうこと。
あたしと甲斐くんの間には、それがなかった。
それぞれが、そうする相手にお互いじゃない人を選んだ。
そういうこと。
ただそれだけのことだ。
再び、手のひらの中で震える携帯。
……はっきりさせなきゃ。
わかりきっている答えを先送りにしたって、お互いのためにはならない。
だけど、あたしには心に銘じておかなきゃならないことがある。
それは、この結論が、甲斐くんを切って蒼を選ぶという意味では、決してないということ。
甲斐くんと別れたからって、それが即ち、蒼の彼女になれるということには繋がらない。
むしろ、蒼はそれを重荷に感じるかも知れない。
あたしは、これで蒼の「都合の良いオモチャ」としての価値を失うかも知れない。
それでもいいとあたしは思った。
これは、あたし自身の気持ちのけじめだ。
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