Love, Truth and Honesty

逢坂莉子

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夢の中の片想い(2)

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 そして、あたしは文字通り、全力疾走していた。

 放課後、友紀ちゃんに捕まって委員会――あたしと友紀ちゃんは一緒にクラスの図書委員をやってる――に借り出された。

 今夜は、蒼のコンサートがある。
 あたしがそれをものすごく楽しみにしていたことを知っている友紀ちゃんは、何とか理由をつけてあたしを早く帰そうとしてくれたけど、顧問の望月先生は、滅多に顔を出さないあたしを目の敵にでもしているのか、せっかくだからひと仕事してもらおうなんて言って、当番でもないのに書架の整理を押し付けてきた。

 コンサート開演は6時。
 放課後、速攻で家に帰って着替えて、それから会場に向かったってギリギリって感じだったのに、そんなものを仰せつかっちゃった日には、どう足掻いても間に合うわけがない。

 お願いだから見逃してと頼んだあたしを、無理やりのようにして委員会に引っ張ってきた友紀ちゃんは、申し訳なさそうな顔をしてごめんねと何度も謝った。
「コンサート、遅刻しちゃうね……あたしのせいだよね、ごめんね」
 蒼のコンサートに遅れることは痛手だけど、友紀ちゃんを責めるつもりなんてなかった。
 そもそも、あたしがこれまでもきちんと委員会に出席していれば、こんなことにはならなかったのだから、自業自得というやつだ。
「ううん、友紀ちゃんのせいじゃないよ。あたしの日頃の行いが悪いからだよ」
「ここはあたしが引き受けるから急いで行きなよって言ってあげたいけど、終わったら2人で報告に来いって言われてるしね……ホント、性格悪いなあ、望月先生」
 それは、あたしも同感だ。
 あたしがバックレないように予防線を張ったのに違いない。

 結局、残っている生徒もほとんどいなくなったころにやっと解放されると、健闘を祈る感じの友紀ちゃんに見送られ、あたしは学校をあとにした。

 朝は朝で、ご飯も食べないで家を飛び出し、血相変えて帰ってきたと思ったら、慌しく着替えて再び出かけようとする娘に、ママが呆れて何か言っていたけど無視、無視。
 どんなに急いでも開演時間に間に合わないことは目に見えてる。
 でも、だからといってコンサートそのものを諦めるわけにはいかない。
 半分でもいい、最後の30分だけでもいい。
 とにかく、蒼に会いたい、蒼の歌を聴きたい……そのときのあたしの頭の中にはそれしかなかった。
 そのために、苦労してチケット取ったんだし、お小遣い貯めて服だって新調した。
 会場の中では、何万人というファンの中に紛れてしまって、おしゃれをしたってそれが蒼の目に留まるわけじゃない。
 だけど、やっぱり蒼に会うからには可愛くして行きたかった。
 女の子なら誰だって、彼氏とのデートには気合が入る。
 まあ、あたしの場合は彼氏じゃないけど……気分的にはそれと同じだ。

 そして今、コンサート会場の最寄り駅で電車を降りたあたしは、目的地を目指して駆けている。

 会場の正面玄関に着いて、腕時計を見る。
 良かった……アンコールも含めればあと40分くらいの時間はあるはずだ。
 前庭には、チケットを買い損ねたのか、会場に入れない子の姿もたくさん見える。
 ダフ屋もいっぱいいる。
 国民的アイドルである蒼のコンサートはやっぱり人気で、チケットにはプレミアがつくらしい。
 ふふん、少し遅れたけどちゃんとチケットは持ってるもんね、ちょっと優越感。

 あたしは、バッグの中から自分のチケットを取り出そうとした。

 けど……、ない。

 あたしは焦った。
 この期に及んで、チケットが見当たらないってどういうこと?!
 自分の行動を思い出してみる。
 家に帰って、着替えて……そうだ、今日は服に合わせてバッグも変えた。
 その中身を入れ替えるときに、しまい忘れた?

 あたしは、大声を出して自分で自分を罵りたい気分だった。
 あんなに楽しみにしてて、このために書架の整理なんて面倒くさい仕事もきっちり終わらせて、焦りに焦って全力疾走で駆けつけた結果が、これ?

 神様、これが運命の悪戯なら、今はやめてください。
 別の機会になら、どんな試練でも甘んじて受けますから、今だけは……。

 あたしは、みんなが見ているのも気にせず、バッグの中身をぶちまけんばかりの勢いでさらにチケットを探しまくった。
 けれど……結局、それは見つからず終いだった。

 悪いことは続くって言うけど、それって本当だ。

 正面玄関へと続く階段に座り込み、とうとうあたしは脱力した。

* * * * *

 どのくらいの間、そうして頭を抱えていただろう。
 エントランスの中がざわざわと騒がしくなったのに気がついて、あたしはやっと顔を上げた。

 ああ、終わったんだ、コンサート……。

 ガラスの扉が開いて、どっと吐き出される人波。
 ボーっとしていたら押し流されそうになって、あたしは慌てて立ち上がり脇へ退いた。
 どの子の顔も、興奮冷めやらぬ感じで輝いてる。
 中には、感極まって泣いてる子もいる。
 きっと、素晴らしいコンサートだったのに違いない。

 皆のうしろ姿を見送りながら、あたしは、ふと思いついて建物の裏手に回った。
 コンサートが跳ねて蒼が帰るとき、車に乗り込む彼の姿だけでも、そのうしろ姿だけでも目にすることができたら、今日1日のあたしの努力も、少しは報われるんじゃないかなって。
 だって……このまま帰ったんじゃ、あまりにも徒労感が大きすぎる。

 裏口の辺りは、蒼を待つファンの姿がちらほらと見えるものの、思ったよりも静かだった。
 あたしは、なんとなくホッとして端っこの方に立った。
 ここからなら、裏口から出てきた蒼を良く見ることができる。
 ついてない日だったけど、最後に蒼に会えたら、やっぱり良い1日だったって締めくくることもできそうだ。

 そのときだった。

 うしろから誰かに強く押されて、あたしはアスファルトの地面に横倒しになった。

「いったぁ……」
 ビックリしたのと痛いのとで、上手く頭が働かない。
 もたもたと倒れたままでいるところに、キツイ声が降ってくる。
「ちょっと、そんなところでグズグズしてないでよ。すんごい邪魔なんだけど?」
「あ、…す、すみません……」
 痛い思いをしたのはあたしの方なのに、思わず謝ってしまった。
 体勢を立て直しながら顔を上げると、そこに立っていたのは蒼のファンクラブの子たち。
 もちろん、直接の知り合いではないけど、イベントがある度に居合わせるものだから、あたしでも彼女たちの顔くらいは知っていた。
「もうすぐ蒼が出てくるのよ、さっさと退いてよ」
 リーダーらしきその人は、強い調子でそう言った。
 蒼に会いたいのは、あなたたちだけじゃない、そう言い返したかったけど、何しろ向こうは数が多い。
 もともと、その熱狂的さ故か、他のファンとのトラブルも多い人たちだ。
 目をつけられて恨みを買わないためにも、逆らわない方が身のためだ。
 痛さに顔を顰めながらもノロノロと場所を空けると、たちまちあたしの前には人の壁ができてしまった。
 これじゃ、背伸びしたって蒼の頭のてっぺんだって見えやしない。

 仕方なく、あたしは建物の壁によって、痛む自分の足を見た。
 膝小僧をちょっと擦りむいているし、足首の辺りがズキズキする。
 もしかしたら、軽く捻挫でもしてるのかも知れない。

 女の子たちの間から嬌声が上がり、人垣がどよめく。
「キャー!」
「蒼! コンサート、最高だったよ!」
「こっち向いて!」
 黒いバンが建物の前に横付けされて、そこにいた全員が一斉に駆け寄る。
 痛いのを我慢して首を伸ばすと、黒いキャップにサングラスをかけた蒼が、マネージャーと事務所の人たちに囲まれるようにして人ごみをかき分け、バンの後部座席に乗り込むところがチラッとだけ見えた。
 すぐにドアが閉まり、バンは走り去ってしまう。
 時間にして、きっと何分もなかったくらい、本当にあっという間の出来事だった。

 諦めきれないのか、何人かがバンのあとを追って駆け出していった。
 残った人たちも、やがてばらばらと散っていく。
 ファンクラブの子たちは、このあとのスケジュールもちゃんと把握しているのか、何台かのタクシーに分乗してどこかへ行ってしまった。

 結局、あたしはまたひとりで取り残された。

 最低だ、もう……。
 なんで、あたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
 何にも悪いことしてないし、他人に迷惑だってかけてないのに。

 いつまでこうしていても埒が明かなくて、帰らなくちゃって思うのに、足が痛くて思うように立ち上がることすらできない。
 もう、やだ……。
 大きく嘆息して真っ暗な空を見上げると、ぽつん、と頬に何かが当たった。
 あれ、と思った途端に降り出す雨。
 あたしは笑い出したくなった。
 大好きな蒼には会い損ね、転ばされて捻挫して、最後には雨に降られるなんて、下手なコントよりも笑えるじゃない?

 もう、本当に何をする気もなくなっちゃって、あたしはコンクリートの壁に寄りかかって膝を抱えたまま、長いこと落ちてくる雨を見上げていた。
 蒼……今頃、何してるのかな。
 会いたいよ、蒼……あなたの声が聴きたい。
 落ち込んだとき、あたしに1番の元気をくれるのは、蒼……あなたなの。

 あたしは、膝小僧に額をくっつけて、声を出さずに泣いた。
 虚脱感って、こういうのを言うのかも知れない。
 早く帰ろう、この場をあとにしようと思っても、身体が言うことを聞かなかった。

 突然、声をかけられたのはそのときだ。

「何やってんの、こんなとこで……風邪ひくよ?」

 驚いて顔を上げると、そんなあたしを心配そうに覗き込む鳶色の瞳と目が合った。
 彼は、あたしが泣いていることに気づくと、ちょっとビックリしたみたいに瞬きしてから、すぐに手を伸ばして指先で頬を拭ってくれた。

 ああ、あたし……いつの間にか寝込んで夢でも見てるのかな。
 だって、こんなの有り得ないもの。

 目の前にいるのが、憧れて止まない「彼」だなんて。
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