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行き場のない涙(2)
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ドラマの裏側、なんていうと、もっと華やかで賑やかなものだと思ってたけど。
実際には、なんかごちゃごちゃしてて、ただ単に雑だった。
こうして連れて来られてはみたものの、実際には何が行われていて、どんな風に撮影が進んでいるのかもわからない。
蒼だって仕事なんだし、ずっとあたしに付き切りでいてくれるわけじゃない。
桂木さんは、適当に観てればいいよと言ったけど、面白がってウロウロできるようなところでもない。
この場所で、あたしは完全なる部外者って感じだった。
自分がここにいることがすごく場違いな気がして、いっそのこと帰っちゃおうかとも思ったけど、蒼に黙って姿を消すのは気が引けた。
かといって、撮影中の彼を呼び出して話をするわけにもいかない。
結局、手持ち無沙汰なままスタジオの隅っこで小さくなっているしかなかった。
少し離れたところに、制作スタッフらしい男の人が何人か固まってる。
その中のひとりが、カメラのコードを捌きながら、別のひとりに言った。
「ねえ、宮本さん、誰スかね、あれ」
言いながらあたしの方に顎をしゃくって見せたので、自分のことを話しているのだと察しがついた。
宮本さんと呼ばれた方が、ちらりとこちらを振り返って、意味ありげな笑みを浮かべる。
「ああ……蒼君の新しいコレじゃないの」
コレ、と言ったとき、その人が右手の小指を立てたから、多分「彼女」とかを意味していたんだろう。
でも、その前の「新しい」って言葉には、やっぱりちょっと引っかかった。
「桂木さんがボヤいてたよ、蒼にも困ったもんだって」
「蒼君、新しいオモチャには目がないスからねえ」
「さんざ遊んで飽きたら捨てるってか? いい身分だね、アイドルってのは」
あたしには聞こえないと思っているのか、聞こえても構わないと思っているのか、彼らの声には遠慮がなかった。
「しかし、蒼君も性質が悪い。ありゃ、どう見ても素人だろ?」
「業界の子は、あとが何かと面倒だから……路線変更したのかも」
「いやいや、最近じゃあ、素人の方が甘く見ると痛い目に遭うらしいよ」
蒼君も、そんなんでアイドル生命棒に振ったなんてことにならないといいけどね、と嫌味にも取れる言い方をして、彼らは下卑た笑い声を上げた。
あたしは居たたまれなくなって、咄嗟に踵を返していた。
どこまでも彼らの嘲笑が追ってくるような気がして、迷路のように入り組んだ廊下を闇雲に走りぬけた。
飲み物の自販機が並んだ休憩スペースにたどり着き、やっと立ち止まったときには息が切れていた。
とりあえず備え付けのベンチに腰を下ろす。
しばらく座っているうちに、上がってしまった息は元に戻ったけど、胸の動悸は治まりそうもなかった。
――蒼君、新しいオモチャには目がないスからね。
――さんざ遊んで飽きたら捨てるってか? いい身分だね、アイドルってのは。
さっきの、スタッフらしき人たちの言葉が耳に甦る。
あの会話の最中、彼らの視線は、確かにあたしに向けられていた。
――桂木さんがボヤいてたよ、蒼にも困ったもんだって。
あたしは、桂木さんが車中で見せた、皮肉っぽい笑みを思い出す。
その前にも、彼は蒼に何か言っていなかったっけ?
そう、確か……懲りないやつだな、お前も、とか。
蒼は、それに対して否定も肯定もせず、黙って肩をすくめただけだったけど、あれはあたしとのことを指していたんだろうか?
新しいオモチャを見つけた子供が、古いオモチャを罪悪感もなく捨てるように、蒼も、女の子をオモチャみたいに弄んで、飽きたら捨てるの?
そして、あたしも……蒼にとっては、そんな都合のいいオモチャのひとつに過ぎないの?
深くは考えなくても、有り得ないことではないように思えた。
そもそも、蒼があたしみたいなどこにでもいる女子高生に本気で恋をするはずがない。
そんなことは、最初から承知の上なのに、実感として捉えればやっぱり涙が出た。
あまりにも、行き場のない涙だった。
「こんなところにいたんだ、急にいなくなるから探したよ?」
聞こえてきた声に視線だけを上げると、蒼が屈託のない顔で笑っていた。
「やっぱり退屈だったかな、ごめんね」
長身を屈めるようにして膝の辺りに手を置き、あたしの顔を覗き込んだ蒼は、不意に表情を曇らせた。
「……泣いてたの?」
あたしは首を振ったけれど、今も流れ落ちる涙は隠しようがない。
蒼は、初めて会った夜にそうしたように、あたしの頬を指先で拭った。
「誰かに、何か言われた?」
そんな風に尋ねるってことは、蒼にも思うところがあったんだろう。
そう思ったら、また無性に悲しくなって。
「蒼……あたし、遊ばれるのは構わない。でも、もし本当にそのつもりなら、そうだって言って欲しいの。変に思い上がっちゃわないうちに、ちゃんと聞かせて」
「遊ばれる……?」
蒼は、きれいな眉根が歪むくらいに顔を顰めた。
「何を言っているのかわからない」
「わからないなら、いい……ただ、あたし、蒼には何をされても恨むつもりなんてないから」
「……俺が、君に何をするって言うの」
怒ったような声で言った蒼の手が、あたしの腕を強くつかむ。
「誰に何を吹き込まれたか知らないけど、そういう言われ方は気に入らない。君は、俺をどんな人間だと思っているわけ?」
そのまま、引き摺られるようにして楽屋に連れて行かれた。
ドラマで主役を務める蒼には、彼専用の楽屋が用意されている。
室内には、大きな鏡のはめ込まれた化粧台と、簡単な応接セット。それから、1段高くなったところに着替えや休憩のためのスペースが6畳ほどあるが、半分は衣装のかかった伸縮ハンガーに占領されていた。
「君は時どき、こっちが思ってもみなかったことを言うよね」
ドアを閉めた途端、蒼はあたしを抱きしめてきた。
すくうように顎を持ち上げられ、すかさず唇を奪われる。
「んんっ……」
抗おうとした手首を逆に捕らえられ、畳の上に仰向けに押し倒された。
「それとも、本気で俺に遊ばれたいとでも思ってる?」
蒼は、意地悪な笑みを唇の端に浮かべながら、そんなことを聞いてきた。
馬乗りになった蒼が、あたしの身体を自分の膝で両側から押さえつける。
両手は手首を捕まれたまま、大きく万歳の形を取らされている。
ノースリーブの脇の下に、蒼は派手な音を立てて口づけた。
「やだ、蒼、やめ……」
「抱きたい」
彼の言葉に、あたしは自分の耳を疑った。
今、ここで――?
蒼はまだ撮影の最中のはずだ、いつ誰が呼びに来ないとも限らない。
この楽屋のドアの鍵だって、彼がかけたかどうか確信はない。
「だめだよ、蒼だってまだお仕事残ってるんでしょう、何もこんな、……あっ」
耳たぶを甘く噛まれ、小さく声が出てしまう。
そのまま首筋に降りてきた唇が、喉元を強く吸った。
「俺をその気にしたのは藍なのに?」
「そ、そんなつもり……」
ない、と言おうとした唇を、また塞がれる。
心ごと吸い上げられてしまいそうな甘美なキス。
「マジ可愛い……本気で俺ひとりのものにしたいよ」
蒼の声は優しくて、少し熱がこもっている。
その言葉は、本心から出たもの?
あたしは、ますますわからなくなってしまう。
多分、蒼が望めば、蒼はあたしを彼ひとりのものにすることができる。
だけど、蒼はどんなに望んでもあたしひとりのものにはならない。
その事実が、何だかすごく悲しくて胸に堪えた。
* * * * *
「あ、ゃん、……だめ、蒼……」
俺の腕の中で、懸命に身体を捩ろうとする彼女。
でも、小柄な彼女がいくら必死になったって、男の腕力からは逃げられっこない。
さしずめ、蛇ににらまれたカエル、狼に睨まれたうさぎ、なんにしろ可愛いもんだ。
それにしても興奮する。
テレビ局の楽屋、なんて場所で女を抱くのは初めてだった。
造りは粗末だし、壁も薄い。
しかも、今はドラマの収録の最中だ、いつ誰が呼びにこないとも限らない。
こんなところで何をやっているんだ、と自分でも思う。
でも、止められない。
セックスを覚えたてのガキみたいに、彼女の顔を見ればヤリたくなっちまう。
まるで条件反射。
「藍、ちゃんと俺のこと見て」
両手で頬をはさんで、自分の方を向かせる。
俺を見上げる、切なげな瞳。
どうして、彼女はいつも何かを諦めたような表情を浮かべているんだろう。
「適当に遊んで捨てるつもりなら、こんなところまで連れて来ない」
ホテルかどこかに呼び出して、何回かヤって、飽きたら2度と連絡しなければいい。
相手には恨まれるかも知れないが、それが1番手っ取り早い。
「撮影の合間に、楽屋に女を引っ張り込んでたなんて、バレたらどうなると思う?」
「……怒られる?」
「当たり前だろ。事務所からは謹慎を食らうかも知れないし、スポンサーに知れたら、企業イメージに傷がつくって、降板になるかも知れない」
「だったら――」
俺は、言いかけた彼女の唇に人差し指を当てて遮った。
「どうして、こんなことをするかって? 俺が、我慢できないから」
「そんな言い方、ずるい……」
泣きそうな顔になる彼女に軽く口づけて、髪を優しく撫でてやる。
彼女にこうするとき、自分でも信じられないくらいの愛しさが湧いてくる。
傷つけたくない、大事にしてやりたいと思う。
だけど、それを何倍も上回る勢いで、彼女を抱きたい、自分のものにしたいという欲望がむくむくと頭をもたげてくる。
彼女を目の前にすると、どうも自分で自分が上手く制御できない。
「君が、俺のことをどう思ってるか知らないけど……多分、藍が考えている以上に、俺は君に惹かれてる」
彼女の言葉や仕草や表情のひとつひとつに、欲情してしまうほどに。
「君を、俺ひとりのものにしたいと言ったのは、本音だよ」
抱きしめて確かめたいと思う。
彼女が、今この瞬間には、自分の腕の中にいることを。
「俺を信じて」
「蒼……」
抗うのを止めた彼女の、胸元から下腹部へ、ゆっくりと唇を這わせていく。
彼女を味わいたい、と思った。
彼女の蜜は、どんな味がするんだろう。
「あっ、だめ! そんなとこ、汚い……っ」
下肢の間に顔を埋めようとする俺を、藍は激しく首を振りながら拒んだ。
「どうして? 甲斐にはしてもらってるんだろ?」
「そ、そんな恥ずかしいこと、しないもんっ」
真っ赤になって言い返す彼女。
意外といえば意外だったが、すぐに妙な満足感が湧いてきた。
甲斐という男に対する、優越感というべきか。
「へえ……じゃあ、藍のココを最初に味見するのは俺だね」
「やだ、やだ、そんなことしないで、お願い」
恥ずかしい、と泣きそうな声で言って、藍は顔を両手で覆ってしまった。
慎み深く閉じているソコを指で押し開く。
現れた花びらは珊瑚みたいなピンク色で、その頂点は莟のようになっている。
「きれいだよ、藍のココ……」
「い、やぁ、……言わないで、見ちゃだめ」
花びらを舌先で舐め上げると、彼女は鋭く息を引いて腰を震わせた。
「あぁあっ、だめ、変になっちゃうからだめ」
唇を窄めて芽の部分を軽く吸い出すようにすると、その度にびくんと跳ね上がる。
その反応の初々しさに、否が応でも昂ぶらされた。
「藍の蜜、甘くて美味しい。舐めても舐めても、どんどん溢れてくる」
「うぅう、もういやぁ……」
可愛い……もっともっと苛めてみたくなる。
もともと女のアソコを舐めるのなんて好きじゃない。
少なくとも、自分から進んでしたいと思ったことなんてなかった。
なのに、どうしてだろう?
甘酸っぱい蜜で口の周りを濡らしながら、俺……なんか、むちゃくちゃ興奮してる。
もっと甘い声で啼いて欲しい。
もっと俺を求めて欲しい。
俺は、多分……独占したいんだ、彼女を。
アイドルだってもてはやされて、ゴネれば大抵のものは手に入った。
それは女だって同じだ。
こっちから求めなくても、向こうから寄って来た。
彼女が誰かから聞いた話も、あながち全部が嘘じゃない。
弄んで捨てた、とまでは行かなくても、適当に付き合って飽きたから疎遠になったって女なら、数え切れないほどいる。
そして、俺もそれを楽しんでいたように思う。
でも、今は……?
変だな、自分がこんな気持ちになるなんて。
これじゃあ、まるで俺が彼女に恋してるみたいだ。
そんなこと、あるわけないのに。
実際には、なんかごちゃごちゃしてて、ただ単に雑だった。
こうして連れて来られてはみたものの、実際には何が行われていて、どんな風に撮影が進んでいるのかもわからない。
蒼だって仕事なんだし、ずっとあたしに付き切りでいてくれるわけじゃない。
桂木さんは、適当に観てればいいよと言ったけど、面白がってウロウロできるようなところでもない。
この場所で、あたしは完全なる部外者って感じだった。
自分がここにいることがすごく場違いな気がして、いっそのこと帰っちゃおうかとも思ったけど、蒼に黙って姿を消すのは気が引けた。
かといって、撮影中の彼を呼び出して話をするわけにもいかない。
結局、手持ち無沙汰なままスタジオの隅っこで小さくなっているしかなかった。
少し離れたところに、制作スタッフらしい男の人が何人か固まってる。
その中のひとりが、カメラのコードを捌きながら、別のひとりに言った。
「ねえ、宮本さん、誰スかね、あれ」
言いながらあたしの方に顎をしゃくって見せたので、自分のことを話しているのだと察しがついた。
宮本さんと呼ばれた方が、ちらりとこちらを振り返って、意味ありげな笑みを浮かべる。
「ああ……蒼君の新しいコレじゃないの」
コレ、と言ったとき、その人が右手の小指を立てたから、多分「彼女」とかを意味していたんだろう。
でも、その前の「新しい」って言葉には、やっぱりちょっと引っかかった。
「桂木さんがボヤいてたよ、蒼にも困ったもんだって」
「蒼君、新しいオモチャには目がないスからねえ」
「さんざ遊んで飽きたら捨てるってか? いい身分だね、アイドルってのは」
あたしには聞こえないと思っているのか、聞こえても構わないと思っているのか、彼らの声には遠慮がなかった。
「しかし、蒼君も性質が悪い。ありゃ、どう見ても素人だろ?」
「業界の子は、あとが何かと面倒だから……路線変更したのかも」
「いやいや、最近じゃあ、素人の方が甘く見ると痛い目に遭うらしいよ」
蒼君も、そんなんでアイドル生命棒に振ったなんてことにならないといいけどね、と嫌味にも取れる言い方をして、彼らは下卑た笑い声を上げた。
あたしは居たたまれなくなって、咄嗟に踵を返していた。
どこまでも彼らの嘲笑が追ってくるような気がして、迷路のように入り組んだ廊下を闇雲に走りぬけた。
飲み物の自販機が並んだ休憩スペースにたどり着き、やっと立ち止まったときには息が切れていた。
とりあえず備え付けのベンチに腰を下ろす。
しばらく座っているうちに、上がってしまった息は元に戻ったけど、胸の動悸は治まりそうもなかった。
――蒼君、新しいオモチャには目がないスからね。
――さんざ遊んで飽きたら捨てるってか? いい身分だね、アイドルってのは。
さっきの、スタッフらしき人たちの言葉が耳に甦る。
あの会話の最中、彼らの視線は、確かにあたしに向けられていた。
――桂木さんがボヤいてたよ、蒼にも困ったもんだって。
あたしは、桂木さんが車中で見せた、皮肉っぽい笑みを思い出す。
その前にも、彼は蒼に何か言っていなかったっけ?
そう、確か……懲りないやつだな、お前も、とか。
蒼は、それに対して否定も肯定もせず、黙って肩をすくめただけだったけど、あれはあたしとのことを指していたんだろうか?
新しいオモチャを見つけた子供が、古いオモチャを罪悪感もなく捨てるように、蒼も、女の子をオモチャみたいに弄んで、飽きたら捨てるの?
そして、あたしも……蒼にとっては、そんな都合のいいオモチャのひとつに過ぎないの?
深くは考えなくても、有り得ないことではないように思えた。
そもそも、蒼があたしみたいなどこにでもいる女子高生に本気で恋をするはずがない。
そんなことは、最初から承知の上なのに、実感として捉えればやっぱり涙が出た。
あまりにも、行き場のない涙だった。
「こんなところにいたんだ、急にいなくなるから探したよ?」
聞こえてきた声に視線だけを上げると、蒼が屈託のない顔で笑っていた。
「やっぱり退屈だったかな、ごめんね」
長身を屈めるようにして膝の辺りに手を置き、あたしの顔を覗き込んだ蒼は、不意に表情を曇らせた。
「……泣いてたの?」
あたしは首を振ったけれど、今も流れ落ちる涙は隠しようがない。
蒼は、初めて会った夜にそうしたように、あたしの頬を指先で拭った。
「誰かに、何か言われた?」
そんな風に尋ねるってことは、蒼にも思うところがあったんだろう。
そう思ったら、また無性に悲しくなって。
「蒼……あたし、遊ばれるのは構わない。でも、もし本当にそのつもりなら、そうだって言って欲しいの。変に思い上がっちゃわないうちに、ちゃんと聞かせて」
「遊ばれる……?」
蒼は、きれいな眉根が歪むくらいに顔を顰めた。
「何を言っているのかわからない」
「わからないなら、いい……ただ、あたし、蒼には何をされても恨むつもりなんてないから」
「……俺が、君に何をするって言うの」
怒ったような声で言った蒼の手が、あたしの腕を強くつかむ。
「誰に何を吹き込まれたか知らないけど、そういう言われ方は気に入らない。君は、俺をどんな人間だと思っているわけ?」
そのまま、引き摺られるようにして楽屋に連れて行かれた。
ドラマで主役を務める蒼には、彼専用の楽屋が用意されている。
室内には、大きな鏡のはめ込まれた化粧台と、簡単な応接セット。それから、1段高くなったところに着替えや休憩のためのスペースが6畳ほどあるが、半分は衣装のかかった伸縮ハンガーに占領されていた。
「君は時どき、こっちが思ってもみなかったことを言うよね」
ドアを閉めた途端、蒼はあたしを抱きしめてきた。
すくうように顎を持ち上げられ、すかさず唇を奪われる。
「んんっ……」
抗おうとした手首を逆に捕らえられ、畳の上に仰向けに押し倒された。
「それとも、本気で俺に遊ばれたいとでも思ってる?」
蒼は、意地悪な笑みを唇の端に浮かべながら、そんなことを聞いてきた。
馬乗りになった蒼が、あたしの身体を自分の膝で両側から押さえつける。
両手は手首を捕まれたまま、大きく万歳の形を取らされている。
ノースリーブの脇の下に、蒼は派手な音を立てて口づけた。
「やだ、蒼、やめ……」
「抱きたい」
彼の言葉に、あたしは自分の耳を疑った。
今、ここで――?
蒼はまだ撮影の最中のはずだ、いつ誰が呼びに来ないとも限らない。
この楽屋のドアの鍵だって、彼がかけたかどうか確信はない。
「だめだよ、蒼だってまだお仕事残ってるんでしょう、何もこんな、……あっ」
耳たぶを甘く噛まれ、小さく声が出てしまう。
そのまま首筋に降りてきた唇が、喉元を強く吸った。
「俺をその気にしたのは藍なのに?」
「そ、そんなつもり……」
ない、と言おうとした唇を、また塞がれる。
心ごと吸い上げられてしまいそうな甘美なキス。
「マジ可愛い……本気で俺ひとりのものにしたいよ」
蒼の声は優しくて、少し熱がこもっている。
その言葉は、本心から出たもの?
あたしは、ますますわからなくなってしまう。
多分、蒼が望めば、蒼はあたしを彼ひとりのものにすることができる。
だけど、蒼はどんなに望んでもあたしひとりのものにはならない。
その事実が、何だかすごく悲しくて胸に堪えた。
* * * * *
「あ、ゃん、……だめ、蒼……」
俺の腕の中で、懸命に身体を捩ろうとする彼女。
でも、小柄な彼女がいくら必死になったって、男の腕力からは逃げられっこない。
さしずめ、蛇ににらまれたカエル、狼に睨まれたうさぎ、なんにしろ可愛いもんだ。
それにしても興奮する。
テレビ局の楽屋、なんて場所で女を抱くのは初めてだった。
造りは粗末だし、壁も薄い。
しかも、今はドラマの収録の最中だ、いつ誰が呼びにこないとも限らない。
こんなところで何をやっているんだ、と自分でも思う。
でも、止められない。
セックスを覚えたてのガキみたいに、彼女の顔を見ればヤリたくなっちまう。
まるで条件反射。
「藍、ちゃんと俺のこと見て」
両手で頬をはさんで、自分の方を向かせる。
俺を見上げる、切なげな瞳。
どうして、彼女はいつも何かを諦めたような表情を浮かべているんだろう。
「適当に遊んで捨てるつもりなら、こんなところまで連れて来ない」
ホテルかどこかに呼び出して、何回かヤって、飽きたら2度と連絡しなければいい。
相手には恨まれるかも知れないが、それが1番手っ取り早い。
「撮影の合間に、楽屋に女を引っ張り込んでたなんて、バレたらどうなると思う?」
「……怒られる?」
「当たり前だろ。事務所からは謹慎を食らうかも知れないし、スポンサーに知れたら、企業イメージに傷がつくって、降板になるかも知れない」
「だったら――」
俺は、言いかけた彼女の唇に人差し指を当てて遮った。
「どうして、こんなことをするかって? 俺が、我慢できないから」
「そんな言い方、ずるい……」
泣きそうな顔になる彼女に軽く口づけて、髪を優しく撫でてやる。
彼女にこうするとき、自分でも信じられないくらいの愛しさが湧いてくる。
傷つけたくない、大事にしてやりたいと思う。
だけど、それを何倍も上回る勢いで、彼女を抱きたい、自分のものにしたいという欲望がむくむくと頭をもたげてくる。
彼女を目の前にすると、どうも自分で自分が上手く制御できない。
「君が、俺のことをどう思ってるか知らないけど……多分、藍が考えている以上に、俺は君に惹かれてる」
彼女の言葉や仕草や表情のひとつひとつに、欲情してしまうほどに。
「君を、俺ひとりのものにしたいと言ったのは、本音だよ」
抱きしめて確かめたいと思う。
彼女が、今この瞬間には、自分の腕の中にいることを。
「俺を信じて」
「蒼……」
抗うのを止めた彼女の、胸元から下腹部へ、ゆっくりと唇を這わせていく。
彼女を味わいたい、と思った。
彼女の蜜は、どんな味がするんだろう。
「あっ、だめ! そんなとこ、汚い……っ」
下肢の間に顔を埋めようとする俺を、藍は激しく首を振りながら拒んだ。
「どうして? 甲斐にはしてもらってるんだろ?」
「そ、そんな恥ずかしいこと、しないもんっ」
真っ赤になって言い返す彼女。
意外といえば意外だったが、すぐに妙な満足感が湧いてきた。
甲斐という男に対する、優越感というべきか。
「へえ……じゃあ、藍のココを最初に味見するのは俺だね」
「やだ、やだ、そんなことしないで、お願い」
恥ずかしい、と泣きそうな声で言って、藍は顔を両手で覆ってしまった。
慎み深く閉じているソコを指で押し開く。
現れた花びらは珊瑚みたいなピンク色で、その頂点は莟のようになっている。
「きれいだよ、藍のココ……」
「い、やぁ、……言わないで、見ちゃだめ」
花びらを舌先で舐め上げると、彼女は鋭く息を引いて腰を震わせた。
「あぁあっ、だめ、変になっちゃうからだめ」
唇を窄めて芽の部分を軽く吸い出すようにすると、その度にびくんと跳ね上がる。
その反応の初々しさに、否が応でも昂ぶらされた。
「藍の蜜、甘くて美味しい。舐めても舐めても、どんどん溢れてくる」
「うぅう、もういやぁ……」
可愛い……もっともっと苛めてみたくなる。
もともと女のアソコを舐めるのなんて好きじゃない。
少なくとも、自分から進んでしたいと思ったことなんてなかった。
なのに、どうしてだろう?
甘酸っぱい蜜で口の周りを濡らしながら、俺……なんか、むちゃくちゃ興奮してる。
もっと甘い声で啼いて欲しい。
もっと俺を求めて欲しい。
俺は、多分……独占したいんだ、彼女を。
アイドルだってもてはやされて、ゴネれば大抵のものは手に入った。
それは女だって同じだ。
こっちから求めなくても、向こうから寄って来た。
彼女が誰かから聞いた話も、あながち全部が嘘じゃない。
弄んで捨てた、とまでは行かなくても、適当に付き合って飽きたから疎遠になったって女なら、数え切れないほどいる。
そして、俺もそれを楽しんでいたように思う。
でも、今は……?
変だな、自分がこんな気持ちになるなんて。
これじゃあ、まるで俺が彼女に恋してるみたいだ。
そんなこと、あるわけないのに。
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