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エピローグ(2)
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「蒼が、勉強で1番になっても、運動で1等を取っても、描いた絵が入選しても、周囲がやつを褒める言葉は決まってこうだったそうだよ」
すごいね、蒼くん。さすが、匡くんの弟だね。
「タスク?」
「匡というのがお兄さんの名前だそうだ」
「ああ、なるほど……」
「何事においても、自分の前には常に完璧だった兄がいる。どんなに頑張っても、兄のコピーとしてしか見てもらえない。やつなりに辛かっただろうと思うね」
嘆息しながら、桂木さんは言った。
「そんな蒼が、お兄さんとはまったく違う道を目指そうとしたことは理解に難くない。鷹宮匡の弟、ではなく鷹宮蒼というひとりの人間を、世間に認めさせようとしたんだな。蒼が、プライベートをあまり明らかにしたがらないのも、自分と兄を結び付けて欲しくはないからだ」
桂木さんの言葉に頷きながら、なんとなく、蒼の求めたものが見えたような気がした。
アイドルとしての人気や名声は、そのまま、彼のアイデンティティを確立するものであったに違いない。
「そして、蒼は現実に、日本中の誰もが認める国民的アイドルに登りつめたわけだけど、実際には、それも自分が手に入れたかったものでなかったことは、あいつ自身がよくわかっているのではないかな」
「……?」
あたしは、口をつけかけていたカップから顔を上げた。
いまやその世界の頂点にいると言ってもいい蒼が、それ以上に望むもの……それがなんなのか、凡人のあたしには思いつかなかった。
「だって、そうだろう? ファンだと騒ぐ女の子たち、ファッションを真似る若者たち、蒼をもてはやすマスコミ、彼らが崇めているのはアイドルとしての蒼であって、決して、蒼自身の内面や人間性を見ているわけじゃないんだからね」
そう言って、桂木さんは苦く笑う。
あたしは、答えに窮して再びカップに目を落とした。
それを言うなら、あたしも他の人を哂えない。
あたしが蒼に惹かれたのだって、最初はやっぱり彼のルックスの良さがあったからだ。
蒼と付き合うことがなければ今でも、彼の外見だけを見て好きだ好きだと騒いでいるただのミーハーにすぎなかったに違いない。
「蒼が手に入れたかったのは、熱心な追っかけでも、熱狂的なグルーピーでもなく、ありのままの蒼を丸ごと受け容れてくれる何かの存在だった」
「…………」
蒼は、寂しかっただろうか。
アイドルとして華やかな世界に身を置きながら、心のどこかで、いつも……。
「俺も、昔はそうだった頃もあるからわかるけど、アイドルなんて所詮は使い捨てだ。輝き続けていられる時間はひどく短い。その間に、蒼はその何かを見つけようと躍起になってた。その焦り様は、まるで散り急いでいるようにも見えて、そのうちぽっきり折れちまうんじゃないかと心配だった。でも――」
桂木さんはそこで言葉を切り、自分のカップを手に取った。
「その心配も、もう無用だ」
「……え?」
怪訝な顔をするあたしに向かって、桂木さんはにっこりと笑い返した。
皮肉でも、苦笑でも、愛想笑いでもない、本当の意味で彼の笑顔を見たのは、これが初めてだ。
昔はアイドルだったというだけあって、とても魅力的な笑顔だった。
「やつが求め続けて、やっと手に入れたもの……それは、君だ」
「え、……あ、…あたしは、そんな……」
「君に出会ってから、蒼は本当に変わった。穏やかになった、というのかな……わけもなくイライラしていることもなくなった。まったく、恋は人を変えるとはよく言ったものだ」
「あたしは、別に何も……」
他人の口から出た「恋」という言葉が、面映いような気がして俯く。
蒼の周りには、素敵な女優さんやモデルさんやタレントさんがたくさんいるのに、こんな平凡で何のとりえもないような女の子を好いてくれて、感謝したいのはあたしの方だ。
「それでも、君は、やつがアイドルだとか関係なく、ひとりの男として、生身の蒼、ありのままの蒼を、認め受け容れている、そうだろう?」
返事の代わりに、あたしは桂木さんの目をしっかりと見て頷いた。
確かに、あたしには何のとりえもないけど、これだけは自信を持って「はい」と言える。
あたしは、蒼が好き。
もちろん、アイドルとしてではなく、ひとりの男性として。
この気持ちは、この先もずっと色褪せることはないだろう。
蒼の家族や、彼のお兄さんを知る人たちが蒼を認めなくても、あたしにはわかってる。
蒼は、誰かのコピーなんかじゃない。
その証拠に、蒼は自らの実力と頑張りで、現在の地位を手に入れたのだから。
そして彼が、人の気持ちの良くわかる、優しい心の持ち主人だってことも、あたしはちゃんと知ってる。
それらすべて、他の誰が知らなくても、あたしだけは。
「ただ、蒼をプロモートする側として、現時点で2人のことを公にするわけにはいかない。その上で、この俺がこんなことを言ったら虫が良いと思われるかも知れないけど」
言いながら、桂木さんは少し姿勢を正した。
「仕事の上では、今まで通り、俺ができる限りサポートする。だがプライベートでは、君が蒼を支えてやってくれないか」
頼む、とあらたまって頭まで下げられて、あたしは恐縮してしまう。
「あたしの方こそ……こんなあたしが、ほんの少しでも蒼の役に立てるなら」
「うん、それを聞いて、今度こそ本当に安心した」
桂木さんは、いかにも安堵したという感じで満足そうな溜息を吐く。
なんか蒼って、……やっぱり、桂木さんにはすごく想われてる。
あたしも、藍がいてくれて良かったって、あなたに言われる存在、いつもいつも側にいて、あなたを見守っていられる存在に、いつの日かなれるかな……。
あたしは、桂木さんに見送られ、一足先に店を出た。
大事な日だからこそ、その場にいて欲しいとあたしに言ってくれた、大好きな人の、晴れの舞台を見届けるために。
* * * * *
コンサートは盛況だった。
会場を埋め尽くした大勢のファン。
女の子が主だけれど、蒼のファッションを真似た男の子の姿も多く見える。
小さい子供を連れた女性や、母娘で来たらしい人たちもいる。
本当に、蒼は「国民的」アイドルなんだ。
これだけの人たちが、蒼の公演を観るためだけに集っている。
蒼というただひとりの存在が、この多くの人たちを惹きつけて止まない。
蒼って、あらためてすごい人だと思う。
蒼が用意してくれたのは、アリーナ席の真ん中だった。
歌舞伎に喩えれば、大名桟敷といったところだろうか。
煌めく舞台が、それこそ手の届きそうなところにある。
アリーナどころか、蒼の歌を生で聴く機会すら滅多になかったあたしにとっては、舞台が近すぎてかえって緊張してしまうくらいの場所だ。
すぐ側で、ファンクラブの人たちが横断幕を張っている。
リーダーらしい人が忙しく指示を出している。
ああ、そういえば……。
いつだったか、彼女に押されて転び、足首を挫いたことがあったっけ。
その夜だ、初めて蒼に出会ったのは。
すごくいろんなことがあった日で、雨の中、立ち上がる気力さえ失せて蹲るあたしに、蒼は優しく声をかけ、涙に濡れた頬を指先で拭ってくれたのだった。
あの日、コンサートに遅れたこと、チケットを忘れたこと、転ばされて捻挫したこと、雨に降られたこと、それらのうちのひとつでも欠ければ、あたしは今、ここでこうしてはいないかも知れない。
そう考えると、不思議な運命のつながりというものを感じずにはいられなかった。
偶然も、重なれば必然になると何かで読んだことがある。
だとしたら、あたしと蒼が出会って恋に落ちることも、運命だったんだよね、きっと。
蒼……。
あたし、今こうしてこの場所にいれること、心の底から良かったって、思うよ。
やがて会場内の照明が落とされ、聞き覚えのある曲のイントロが流れ始める。
蒼の歌の中でもハードなナンバーだ。
舞台の中央で火花が弾け、奈落からせり上がってくる蒼の姿。
割れんばかりの拍手と歓声に迎えられ、蒼が第一声を発する。
客席の熱気と興奮が一気に高まる。
カリスマだ、と思う。
ここに集った数万の人の心を、一瞬にしてひとつにしてしまえるほどの。
実は蒼には、早いうちからグループデビューの話があったそうだ。
蒼の所属する事務所では、はじめはグループで活動し、人気が安定してきたところで徐々にひとり立ち、というのが通常のパターンで、実際、蒼のようにデビュー当時からソロというのは異例だった。
確かに、人数の多いグループの方が多アングルからの人気を集めやすいし、プロモートする側からも売りが多くなってアピールしやすい。
でも、蒼は大勢の中のひとりとして扱われることを良しとしなかった。
某というグループの中のメンバーでは意味がない。
なぜなら、蒼の目標は、あくまでも蒼自身が個人として認められることであったから。
タレントの若年化が当たり前の今、20代の「アイドル」は相当の遅咲きだと、桂木さんも笑っていた。
けれども、蒼はそれを成し遂げた。
その証拠に、蒼はこの場所でこんなにも光っている。
たくさんの、大好きに支えられて。
この場にいるみんなが、蒼のことをすごいって、思っているよ。
日本中の誰もが、蒼の実力と頑張りを、認めているよ。
そして、いつかきっと、世界中の人があなたを認めるようになる。
だから、もっともっと輝いて、羽ばたいて、蒼!
最高潮の熱気を保ったまま、コンサートが終わりに近づく。
不意に、眩いほどの照明が消え、ステージが暗くなった。
「今日は、俺のために集まってくれてどうもありがとう」
闇の中、静かな蒼の声だけが響く。
「これは、愛する人のために俺が作った曲……だから、みんなに聴いて欲しい」
バラードの前奏が流れ始めると、1本のスポットライトに、蒼の姿が浮かび上がった。
再び湧き起こる歓声。
そして、彼は歌う。
鼓膜を震わせる蒼の歌声。
それはあまりにも心の弦に触れて、あたしの胸を痛くする。
会場内は暗すぎて、舞台の上にいる蒼から、あたしのいる場所は見えないだろう。
だけど、あたしには、わかったの。
この切なくて甘いラブソングに込められた想いが、自分に向けられたものであることが。
ああ、これ……いつかの夢とおんなじだ。
急に、瞬きするのが怖くなる。
一瞬でも目を瞑ったら、この幸せが儚く消えてしまいそうで。
それでも、あたしはそっと瞳を閉じた。
次に瞼を開けたときも、自分がちゃんとこの場にいれますようにと、強く心に願いながら。
すごいね、蒼くん。さすが、匡くんの弟だね。
「タスク?」
「匡というのがお兄さんの名前だそうだ」
「ああ、なるほど……」
「何事においても、自分の前には常に完璧だった兄がいる。どんなに頑張っても、兄のコピーとしてしか見てもらえない。やつなりに辛かっただろうと思うね」
嘆息しながら、桂木さんは言った。
「そんな蒼が、お兄さんとはまったく違う道を目指そうとしたことは理解に難くない。鷹宮匡の弟、ではなく鷹宮蒼というひとりの人間を、世間に認めさせようとしたんだな。蒼が、プライベートをあまり明らかにしたがらないのも、自分と兄を結び付けて欲しくはないからだ」
桂木さんの言葉に頷きながら、なんとなく、蒼の求めたものが見えたような気がした。
アイドルとしての人気や名声は、そのまま、彼のアイデンティティを確立するものであったに違いない。
「そして、蒼は現実に、日本中の誰もが認める国民的アイドルに登りつめたわけだけど、実際には、それも自分が手に入れたかったものでなかったことは、あいつ自身がよくわかっているのではないかな」
「……?」
あたしは、口をつけかけていたカップから顔を上げた。
いまやその世界の頂点にいると言ってもいい蒼が、それ以上に望むもの……それがなんなのか、凡人のあたしには思いつかなかった。
「だって、そうだろう? ファンだと騒ぐ女の子たち、ファッションを真似る若者たち、蒼をもてはやすマスコミ、彼らが崇めているのはアイドルとしての蒼であって、決して、蒼自身の内面や人間性を見ているわけじゃないんだからね」
そう言って、桂木さんは苦く笑う。
あたしは、答えに窮して再びカップに目を落とした。
それを言うなら、あたしも他の人を哂えない。
あたしが蒼に惹かれたのだって、最初はやっぱり彼のルックスの良さがあったからだ。
蒼と付き合うことがなければ今でも、彼の外見だけを見て好きだ好きだと騒いでいるただのミーハーにすぎなかったに違いない。
「蒼が手に入れたかったのは、熱心な追っかけでも、熱狂的なグルーピーでもなく、ありのままの蒼を丸ごと受け容れてくれる何かの存在だった」
「…………」
蒼は、寂しかっただろうか。
アイドルとして華やかな世界に身を置きながら、心のどこかで、いつも……。
「俺も、昔はそうだった頃もあるからわかるけど、アイドルなんて所詮は使い捨てだ。輝き続けていられる時間はひどく短い。その間に、蒼はその何かを見つけようと躍起になってた。その焦り様は、まるで散り急いでいるようにも見えて、そのうちぽっきり折れちまうんじゃないかと心配だった。でも――」
桂木さんはそこで言葉を切り、自分のカップを手に取った。
「その心配も、もう無用だ」
「……え?」
怪訝な顔をするあたしに向かって、桂木さんはにっこりと笑い返した。
皮肉でも、苦笑でも、愛想笑いでもない、本当の意味で彼の笑顔を見たのは、これが初めてだ。
昔はアイドルだったというだけあって、とても魅力的な笑顔だった。
「やつが求め続けて、やっと手に入れたもの……それは、君だ」
「え、……あ、…あたしは、そんな……」
「君に出会ってから、蒼は本当に変わった。穏やかになった、というのかな……わけもなくイライラしていることもなくなった。まったく、恋は人を変えるとはよく言ったものだ」
「あたしは、別に何も……」
他人の口から出た「恋」という言葉が、面映いような気がして俯く。
蒼の周りには、素敵な女優さんやモデルさんやタレントさんがたくさんいるのに、こんな平凡で何のとりえもないような女の子を好いてくれて、感謝したいのはあたしの方だ。
「それでも、君は、やつがアイドルだとか関係なく、ひとりの男として、生身の蒼、ありのままの蒼を、認め受け容れている、そうだろう?」
返事の代わりに、あたしは桂木さんの目をしっかりと見て頷いた。
確かに、あたしには何のとりえもないけど、これだけは自信を持って「はい」と言える。
あたしは、蒼が好き。
もちろん、アイドルとしてではなく、ひとりの男性として。
この気持ちは、この先もずっと色褪せることはないだろう。
蒼の家族や、彼のお兄さんを知る人たちが蒼を認めなくても、あたしにはわかってる。
蒼は、誰かのコピーなんかじゃない。
その証拠に、蒼は自らの実力と頑張りで、現在の地位を手に入れたのだから。
そして彼が、人の気持ちの良くわかる、優しい心の持ち主人だってことも、あたしはちゃんと知ってる。
それらすべて、他の誰が知らなくても、あたしだけは。
「ただ、蒼をプロモートする側として、現時点で2人のことを公にするわけにはいかない。その上で、この俺がこんなことを言ったら虫が良いと思われるかも知れないけど」
言いながら、桂木さんは少し姿勢を正した。
「仕事の上では、今まで通り、俺ができる限りサポートする。だがプライベートでは、君が蒼を支えてやってくれないか」
頼む、とあらたまって頭まで下げられて、あたしは恐縮してしまう。
「あたしの方こそ……こんなあたしが、ほんの少しでも蒼の役に立てるなら」
「うん、それを聞いて、今度こそ本当に安心した」
桂木さんは、いかにも安堵したという感じで満足そうな溜息を吐く。
なんか蒼って、……やっぱり、桂木さんにはすごく想われてる。
あたしも、藍がいてくれて良かったって、あなたに言われる存在、いつもいつも側にいて、あなたを見守っていられる存在に、いつの日かなれるかな……。
あたしは、桂木さんに見送られ、一足先に店を出た。
大事な日だからこそ、その場にいて欲しいとあたしに言ってくれた、大好きな人の、晴れの舞台を見届けるために。
* * * * *
コンサートは盛況だった。
会場を埋め尽くした大勢のファン。
女の子が主だけれど、蒼のファッションを真似た男の子の姿も多く見える。
小さい子供を連れた女性や、母娘で来たらしい人たちもいる。
本当に、蒼は「国民的」アイドルなんだ。
これだけの人たちが、蒼の公演を観るためだけに集っている。
蒼というただひとりの存在が、この多くの人たちを惹きつけて止まない。
蒼って、あらためてすごい人だと思う。
蒼が用意してくれたのは、アリーナ席の真ん中だった。
歌舞伎に喩えれば、大名桟敷といったところだろうか。
煌めく舞台が、それこそ手の届きそうなところにある。
アリーナどころか、蒼の歌を生で聴く機会すら滅多になかったあたしにとっては、舞台が近すぎてかえって緊張してしまうくらいの場所だ。
すぐ側で、ファンクラブの人たちが横断幕を張っている。
リーダーらしい人が忙しく指示を出している。
ああ、そういえば……。
いつだったか、彼女に押されて転び、足首を挫いたことがあったっけ。
その夜だ、初めて蒼に出会ったのは。
すごくいろんなことがあった日で、雨の中、立ち上がる気力さえ失せて蹲るあたしに、蒼は優しく声をかけ、涙に濡れた頬を指先で拭ってくれたのだった。
あの日、コンサートに遅れたこと、チケットを忘れたこと、転ばされて捻挫したこと、雨に降られたこと、それらのうちのひとつでも欠ければ、あたしは今、ここでこうしてはいないかも知れない。
そう考えると、不思議な運命のつながりというものを感じずにはいられなかった。
偶然も、重なれば必然になると何かで読んだことがある。
だとしたら、あたしと蒼が出会って恋に落ちることも、運命だったんだよね、きっと。
蒼……。
あたし、今こうしてこの場所にいれること、心の底から良かったって、思うよ。
やがて会場内の照明が落とされ、聞き覚えのある曲のイントロが流れ始める。
蒼の歌の中でもハードなナンバーだ。
舞台の中央で火花が弾け、奈落からせり上がってくる蒼の姿。
割れんばかりの拍手と歓声に迎えられ、蒼が第一声を発する。
客席の熱気と興奮が一気に高まる。
カリスマだ、と思う。
ここに集った数万の人の心を、一瞬にしてひとつにしてしまえるほどの。
実は蒼には、早いうちからグループデビューの話があったそうだ。
蒼の所属する事務所では、はじめはグループで活動し、人気が安定してきたところで徐々にひとり立ち、というのが通常のパターンで、実際、蒼のようにデビュー当時からソロというのは異例だった。
確かに、人数の多いグループの方が多アングルからの人気を集めやすいし、プロモートする側からも売りが多くなってアピールしやすい。
でも、蒼は大勢の中のひとりとして扱われることを良しとしなかった。
某というグループの中のメンバーでは意味がない。
なぜなら、蒼の目標は、あくまでも蒼自身が個人として認められることであったから。
タレントの若年化が当たり前の今、20代の「アイドル」は相当の遅咲きだと、桂木さんも笑っていた。
けれども、蒼はそれを成し遂げた。
その証拠に、蒼はこの場所でこんなにも光っている。
たくさんの、大好きに支えられて。
この場にいるみんなが、蒼のことをすごいって、思っているよ。
日本中の誰もが、蒼の実力と頑張りを、認めているよ。
そして、いつかきっと、世界中の人があなたを認めるようになる。
だから、もっともっと輝いて、羽ばたいて、蒼!
最高潮の熱気を保ったまま、コンサートが終わりに近づく。
不意に、眩いほどの照明が消え、ステージが暗くなった。
「今日は、俺のために集まってくれてどうもありがとう」
闇の中、静かな蒼の声だけが響く。
「これは、愛する人のために俺が作った曲……だから、みんなに聴いて欲しい」
バラードの前奏が流れ始めると、1本のスポットライトに、蒼の姿が浮かび上がった。
再び湧き起こる歓声。
そして、彼は歌う。
鼓膜を震わせる蒼の歌声。
それはあまりにも心の弦に触れて、あたしの胸を痛くする。
会場内は暗すぎて、舞台の上にいる蒼から、あたしのいる場所は見えないだろう。
だけど、あたしには、わかったの。
この切なくて甘いラブソングに込められた想いが、自分に向けられたものであることが。
ああ、これ……いつかの夢とおんなじだ。
急に、瞬きするのが怖くなる。
一瞬でも目を瞑ったら、この幸せが儚く消えてしまいそうで。
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