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第十話 前の職場は大騒ぎ(ざまぁ回)
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「一体どういうことなんだね!!」
相馬商事本社ビルの一フロアを占める、大居室。
窓際の眺めが良い場所に、藤間部長の机がある。
前線が後退しながらも、いつもは戦意衰えることなくピシッと整えられていた毛髪は、ここ最近は放置された土地のように荒れ果てていた。
「君が取ってきた大型案件……そのほとんどが、この数日でキャンセルの嵐だ!今後一切の取り引きをしないとまで言ってくる顧客もいる始末!何が起きているのか説明したまえ!!」
未だかつてなく声を荒げる藤間部長の前で、縮こまっている社員がいる。
そこは、ほんの一週間ほど前までは、神尾ソータの指定席だった。
だが今、その場で所在なく眼を泳がせているのは、神尾ソータの元同僚で同期の、三浦だった。
「で、でも、俺にミスはありません!きちんと納期は守ってるし、金額も同意していたし……」
「顧客は何と言っているのか聞いているんだ!」
「そ、それがその……」
三浦は、チラリと後ろを見た。視線の先にあるのは、かつて同期が座っていて、今は空席となっている机。
「『神室ソータをクビにするようなところとは付き合えない』と……」
「な……」
藤間部長は、想定外の答えに絶句する。
(神室ソータだと?なんの案件も取ってこなかったあの無能が、どうしてそんな……)
「あいつの何が顧客に貢献していたというんだね!?そもそもこれは君の案件だろう!?あいつがどうして関係するんだ!!」
「あ、あの……」
「なんだ!?」
「実は、その……あいつに、任せていたんです。顧客の、アフターフォローを」
「アフターフォロー?」
「俺は、売ったらさっさと次の案件に行きたくて……顧客のアフターフォローを、あいつにやらせていたんです。どうせ暇なんだろうと思って……」
「……彼はどんなアフターフォローをしていたのかね。もちろん聞いているよな?」
「は、はい。何度か顧客からお礼の電話があったので、それとなく本人に聞いてみたんですが……全然、分からないんです」
「は?」
「あいつが言うには、『同じ製品でもロットで微妙に『色』が違うから、ちゃんと合うやつに交換してる』とか、『探検当日のコンディションに合わせて、部品をチューニングして『色』を調節してる』とか。全く意味が分からなくて、それ以来聞いてません」
「『色』だと?一体何の……」
怒りから困惑の表情へと変わり始めた藤間部長の耳に、大居室の扉を強く開け放つ音が聞こえた。
「藤間くん!いるかね藤間くん!!」
「あ、こ、これは専務!」
「一体どういうことなんだね!!」
先ほど自分が三浦に投げつけた言葉をそのまま専務にぶつけられ、藤間部長は訳もわからず立ちすくんだ。
「ど、どういうこととは……?」
「君も知っているだろう!業績悪化の一途を辿る我が社が、社運をかけて取り組んだプロジェクトだよ!」
「え、ええと、はい。火之神トーマのことですね?」
「そうだ。若干十八歳で一級ライセンスを取得し、今若手最強との呼び声高く、またそのキャラクターから若者に人気爆発中の探検者火之神トーマに、我が社調達の品を使わせて広告塔となってもらう話だよ」
「は、はい。よく存じております。……それが、なにか?」
「それがなにかじゃないよ君ぃ!莫大な金を積んで、ようやく契約にこぎつけた矢先、急に向こうから断りの連絡が入ったんだよ!」
「え、ええ!?」
「理由を聞いたら、『神室ソータがいないならイヤだ』ときた!神室とやらは君のところの部下だったんだろう?!今、どこにいるんだね!?」
「そ、そんな、火之神トーマまで……み、三浦くん!神室くんがどこにいるのか専務がお聞きだぞ!!なぜ今ここにいないんだね!」
「えええ!?クビにしたのは部長じゃないですか!」
「同期だろう!?連絡先ぐらい知らんのかね!!」
「いや、別に仲良いわけじゃなかったし……」
二人のやり取りを、苛立った様子で専務が睨みつけている。
「もうじき社長もこちらにいらっしゃるそうだ。それまでに何としても神室ソータと連絡を取れ!!」
藤間部長は酷く慌てながら、人事関係の書類をバサバサとひっくり返し始める。三浦も、必死にSNSを辿って連絡先を調べ始めた。
そこへ、恐る恐るといった様子で、一人の女子社員がやってきた。
「あのう……神室くんの連絡先なら、わたし分かりますが……プライベートの携帯ですけど」
「今すぐ繋ぎなさい!」
専務にすごい剣幕で言われ、自ら進み出たにもかかわらず半泣きになりながら、女子社員は電話をかけ始めた。
「……あ、神室くん?久しぶり、元気?」
「おお、繋がったか!」
藤間部長の顔に、安堵の色が浮かぶ。
「すぐにテレビ電話に切り替えなさい!……おい、あの大画面モニター持ってこい!!」
「ごめん、神室くん……ちょっと、テレビ電話いいかな??」
藤間部長、三浦を含む数名がバタバタと動き、神室ソータとテレビ会議をする準備を整えた。
女子社員が操作すると、パッと大画面に、驚いた様子の神室ソータの顔がデカデカと映し出される。
「……む?なんだあの背景は?彼はどこにいるんだ?」
「どこかの会議室のようですね。後ろの白板に書いてあるのは……『櫻井ナナミの戦線復帰を祝う会』??なんだそれは?」
『ええと……あれ?みなさん?』
「神室くんかね!私だ、藤間だ!今すぐ、我が社に帰ってきなさい!!」
『ええ?!でも、俺クビになったんじゃ……』
「それは取り消しだ!いや、なにかの間違いだったのだ!すぐに戻ってきなさい!」
『いや、もう次の会社に就職してますし……』
「なにを……!よし、わかった、待遇だな!?よかろう、係長だ!君を係長として迎えよう!三浦くんの代わりに!」
「ええ!?そんな、部長!?」
三浦が悲鳴のような声を上げる。
「どうだ!良い待遇だろう!!」
『いや、でも……俺、こっちでは一応部長相当の待遇で……』
「ぶ、部長!?無能のあいつが!?」
驚きのあまり口が開いたままの三浦を押し退けて、専務が身を乗り出した。
「だから無能ではないのだ彼は!よくわからんが探検者たちから絶大な支持を得ている!……聞こえるか、私は専務の山田だ!神室くん、わかった、君を部長として迎えよう!藤間くんの代わりに!」
「ええええ!?そんな、専務!?」
藤間部長がいつもの強面からは想像もつかないような情けない声を上げた、
――その時。
画面がぐるりと移動して、神室ソータではない、別の人物がモニターに映った。
『……おい』
それは顔立ちがとても美しい女性だったが、モニター越しでも伝わる剣呑な雰囲気と、猛獣が喉を鳴らしたかのような威圧感のある声に、その場にいる全員が息を呑んだ。
「……な、なんだ貴女は」
専務が辛うじて声を出す。
『なんだはこっちのセリフだ。せっかくの宴に水を差しおって。白昼堂々我が社からヘッドハンティングとは、舐めた真似をしてくれるではないか』
女性の手にはロックグラスが握られていて、どうやら白昼堂々会議室で酒を飲んでいるようだったがそんなことに突っ込める人間はこの場には皆無だった。
「あ、貴女は神室くんの会社の人間か?」
『雇い主だ、愚か者。ソータを引き抜きたければまず私に話を通さぬか!』
押し潰されるような圧倒的なプレッシャーに、専務は心臓を鷲掴みにされたかのように硬直する。
その時、彼らの横に、恰幅の良い初老の男が現れた。
「ふふふ、なにをやっているのだね君たちは」
「あ!社長!」
社長と呼ばれたその男は、余裕たっぷりの笑みをモニターに向けた。
「神室くんを返してもらう交渉なら、わたしに任せなさい。……私はね、こう見えても経営者の知り合いは多いんだ。議員にも多数友人がいる。こんな小娘経営者など、私の前では……」
……ふと、何かに気づいた様子で社長の動きが止まる。
「私の……前では……」
一転、消え入るような声になった社長を訝しんで専務が覗き込むと、社長の顔面は、これでもかというほどに真っ青になっていた。
「こ、こここ、このお方は……!!!!」
目を剥いてそう呟いた社長は、次の瞬間、直角よりも深い角度まで高速で頭を振り下ろした。
「大変!御無礼を致しましたぁ!!どうか、どうかご容赦をーーー!!」
「しゃ、社長?」
「バカども!さっさと頭を下げないか!!こ、このお方に睨まれたら……こんな会社など、一発で吹き飛ばされるぞ!!」
「な、なんですってぇー!?」
◆◆◆
「くだらん。折角の楽しい宴が台無しじゃないか」
そう言うと会長は、俺からひったくった携帯を投げて返してきた。
会長が切ったのか、画面はすでにブラックアウトしている。
「ナナミ、酒の追加だ。私の部屋からウイスキーを……んん?」
「ナナミさん、寝てますね」
そんなに飲んではいなかったはずだけど、ナナミさんは会議室の机に突っ伏して、すやすやと寝息を立てていた。
その様子をじーっと見ていた会長が、不意にこちらに視線を移してニヤリと笑う。
「……ふふ。どうだソータ?可愛い寝顔だろう?」
「は?!いや、なにを……!」
なにを突然言い出すんだこの酔っぱらいは!
会長はさも愉快そうに高笑いをあげたあと、手に持ったロックグラスをカラカラと回した。
「……ソータ。よく【氷剣姫】を蘇らせた。最初の仕事としては完璧だ。褒めてやる」
「ありがとうございます」
……ん?最初の仕事?
「えと……まさか会長、元からこれを狙ってナナミさんを俺の世話役に?」
「ふふふ。私を誰だと思っている。貴様が高校生の頃に【氷剣姫】推しだったことくらい調べがついているわ。必ずその復活に尽力するだろうと予想していた」
マジかこの人。怖いを通り越えてもう尊敬するわ。
「ナナミは才能に溢れた探検者だ。私の秘書などで埋もれさせるには勿体無い。実に、僥倖だ」
……その時の、ナナミさんを見る会長の眼は、まるで実の妹を見ているかのように穏やかだった。
会長も、こんな顔をするんだな。
「……さて。あとは貴様が身命を賭してダンジョンに潜ると宣誓すれば一件落着だな」
「いや、そんな宣誓しませんて」
「なら、さっきの職場に戻るか?」
会長が、イタズラ好きの子供のような眼で、俺を見た。
「……いいえ」
「ふふ。それでいい。……飲み直しだ。ウイスキー持ってこい」
「昼から飲み過ぎですよ、まったく……」
俺は、ふらつく足で席を立った。
誰もいない廊下を歩きながら――
なぜだろう。
なんだか少し、晴れ晴れとした気分だった。
相馬商事本社ビルの一フロアを占める、大居室。
窓際の眺めが良い場所に、藤間部長の机がある。
前線が後退しながらも、いつもは戦意衰えることなくピシッと整えられていた毛髪は、ここ最近は放置された土地のように荒れ果てていた。
「君が取ってきた大型案件……そのほとんどが、この数日でキャンセルの嵐だ!今後一切の取り引きをしないとまで言ってくる顧客もいる始末!何が起きているのか説明したまえ!!」
未だかつてなく声を荒げる藤間部長の前で、縮こまっている社員がいる。
そこは、ほんの一週間ほど前までは、神尾ソータの指定席だった。
だが今、その場で所在なく眼を泳がせているのは、神尾ソータの元同僚で同期の、三浦だった。
「で、でも、俺にミスはありません!きちんと納期は守ってるし、金額も同意していたし……」
「顧客は何と言っているのか聞いているんだ!」
「そ、それがその……」
三浦は、チラリと後ろを見た。視線の先にあるのは、かつて同期が座っていて、今は空席となっている机。
「『神室ソータをクビにするようなところとは付き合えない』と……」
「な……」
藤間部長は、想定外の答えに絶句する。
(神室ソータだと?なんの案件も取ってこなかったあの無能が、どうしてそんな……)
「あいつの何が顧客に貢献していたというんだね!?そもそもこれは君の案件だろう!?あいつがどうして関係するんだ!!」
「あ、あの……」
「なんだ!?」
「実は、その……あいつに、任せていたんです。顧客の、アフターフォローを」
「アフターフォロー?」
「俺は、売ったらさっさと次の案件に行きたくて……顧客のアフターフォローを、あいつにやらせていたんです。どうせ暇なんだろうと思って……」
「……彼はどんなアフターフォローをしていたのかね。もちろん聞いているよな?」
「は、はい。何度か顧客からお礼の電話があったので、それとなく本人に聞いてみたんですが……全然、分からないんです」
「は?」
「あいつが言うには、『同じ製品でもロットで微妙に『色』が違うから、ちゃんと合うやつに交換してる』とか、『探検当日のコンディションに合わせて、部品をチューニングして『色』を調節してる』とか。全く意味が分からなくて、それ以来聞いてません」
「『色』だと?一体何の……」
怒りから困惑の表情へと変わり始めた藤間部長の耳に、大居室の扉を強く開け放つ音が聞こえた。
「藤間くん!いるかね藤間くん!!」
「あ、こ、これは専務!」
「一体どういうことなんだね!!」
先ほど自分が三浦に投げつけた言葉をそのまま専務にぶつけられ、藤間部長は訳もわからず立ちすくんだ。
「ど、どういうこととは……?」
「君も知っているだろう!業績悪化の一途を辿る我が社が、社運をかけて取り組んだプロジェクトだよ!」
「え、ええと、はい。火之神トーマのことですね?」
「そうだ。若干十八歳で一級ライセンスを取得し、今若手最強との呼び声高く、またそのキャラクターから若者に人気爆発中の探検者火之神トーマに、我が社調達の品を使わせて広告塔となってもらう話だよ」
「は、はい。よく存じております。……それが、なにか?」
「それがなにかじゃないよ君ぃ!莫大な金を積んで、ようやく契約にこぎつけた矢先、急に向こうから断りの連絡が入ったんだよ!」
「え、ええ!?」
「理由を聞いたら、『神室ソータがいないならイヤだ』ときた!神室とやらは君のところの部下だったんだろう?!今、どこにいるんだね!?」
「そ、そんな、火之神トーマまで……み、三浦くん!神室くんがどこにいるのか専務がお聞きだぞ!!なぜ今ここにいないんだね!」
「えええ!?クビにしたのは部長じゃないですか!」
「同期だろう!?連絡先ぐらい知らんのかね!!」
「いや、別に仲良いわけじゃなかったし……」
二人のやり取りを、苛立った様子で専務が睨みつけている。
「もうじき社長もこちらにいらっしゃるそうだ。それまでに何としても神室ソータと連絡を取れ!!」
藤間部長は酷く慌てながら、人事関係の書類をバサバサとひっくり返し始める。三浦も、必死にSNSを辿って連絡先を調べ始めた。
そこへ、恐る恐るといった様子で、一人の女子社員がやってきた。
「あのう……神室くんの連絡先なら、わたし分かりますが……プライベートの携帯ですけど」
「今すぐ繋ぎなさい!」
専務にすごい剣幕で言われ、自ら進み出たにもかかわらず半泣きになりながら、女子社員は電話をかけ始めた。
「……あ、神室くん?久しぶり、元気?」
「おお、繋がったか!」
藤間部長の顔に、安堵の色が浮かぶ。
「すぐにテレビ電話に切り替えなさい!……おい、あの大画面モニター持ってこい!!」
「ごめん、神室くん……ちょっと、テレビ電話いいかな??」
藤間部長、三浦を含む数名がバタバタと動き、神室ソータとテレビ会議をする準備を整えた。
女子社員が操作すると、パッと大画面に、驚いた様子の神室ソータの顔がデカデカと映し出される。
「……む?なんだあの背景は?彼はどこにいるんだ?」
「どこかの会議室のようですね。後ろの白板に書いてあるのは……『櫻井ナナミの戦線復帰を祝う会』??なんだそれは?」
『ええと……あれ?みなさん?』
「神室くんかね!私だ、藤間だ!今すぐ、我が社に帰ってきなさい!!」
『ええ?!でも、俺クビになったんじゃ……』
「それは取り消しだ!いや、なにかの間違いだったのだ!すぐに戻ってきなさい!」
『いや、もう次の会社に就職してますし……』
「なにを……!よし、わかった、待遇だな!?よかろう、係長だ!君を係長として迎えよう!三浦くんの代わりに!」
「ええ!?そんな、部長!?」
三浦が悲鳴のような声を上げる。
「どうだ!良い待遇だろう!!」
『いや、でも……俺、こっちでは一応部長相当の待遇で……』
「ぶ、部長!?無能のあいつが!?」
驚きのあまり口が開いたままの三浦を押し退けて、専務が身を乗り出した。
「だから無能ではないのだ彼は!よくわからんが探検者たちから絶大な支持を得ている!……聞こえるか、私は専務の山田だ!神室くん、わかった、君を部長として迎えよう!藤間くんの代わりに!」
「ええええ!?そんな、専務!?」
藤間部長がいつもの強面からは想像もつかないような情けない声を上げた、
――その時。
画面がぐるりと移動して、神室ソータではない、別の人物がモニターに映った。
『……おい』
それは顔立ちがとても美しい女性だったが、モニター越しでも伝わる剣呑な雰囲気と、猛獣が喉を鳴らしたかのような威圧感のある声に、その場にいる全員が息を呑んだ。
「……な、なんだ貴女は」
専務が辛うじて声を出す。
『なんだはこっちのセリフだ。せっかくの宴に水を差しおって。白昼堂々我が社からヘッドハンティングとは、舐めた真似をしてくれるではないか』
女性の手にはロックグラスが握られていて、どうやら白昼堂々会議室で酒を飲んでいるようだったがそんなことに突っ込める人間はこの場には皆無だった。
「あ、貴女は神室くんの会社の人間か?」
『雇い主だ、愚か者。ソータを引き抜きたければまず私に話を通さぬか!』
押し潰されるような圧倒的なプレッシャーに、専務は心臓を鷲掴みにされたかのように硬直する。
その時、彼らの横に、恰幅の良い初老の男が現れた。
「ふふふ、なにをやっているのだね君たちは」
「あ!社長!」
社長と呼ばれたその男は、余裕たっぷりの笑みをモニターに向けた。
「神室くんを返してもらう交渉なら、わたしに任せなさい。……私はね、こう見えても経営者の知り合いは多いんだ。議員にも多数友人がいる。こんな小娘経営者など、私の前では……」
……ふと、何かに気づいた様子で社長の動きが止まる。
「私の……前では……」
一転、消え入るような声になった社長を訝しんで専務が覗き込むと、社長の顔面は、これでもかというほどに真っ青になっていた。
「こ、こここ、このお方は……!!!!」
目を剥いてそう呟いた社長は、次の瞬間、直角よりも深い角度まで高速で頭を振り下ろした。
「大変!御無礼を致しましたぁ!!どうか、どうかご容赦をーーー!!」
「しゃ、社長?」
「バカども!さっさと頭を下げないか!!こ、このお方に睨まれたら……こんな会社など、一発で吹き飛ばされるぞ!!」
「な、なんですってぇー!?」
◆◆◆
「くだらん。折角の楽しい宴が台無しじゃないか」
そう言うと会長は、俺からひったくった携帯を投げて返してきた。
会長が切ったのか、画面はすでにブラックアウトしている。
「ナナミ、酒の追加だ。私の部屋からウイスキーを……んん?」
「ナナミさん、寝てますね」
そんなに飲んではいなかったはずだけど、ナナミさんは会議室の机に突っ伏して、すやすやと寝息を立てていた。
その様子をじーっと見ていた会長が、不意にこちらに視線を移してニヤリと笑う。
「……ふふ。どうだソータ?可愛い寝顔だろう?」
「は?!いや、なにを……!」
なにを突然言い出すんだこの酔っぱらいは!
会長はさも愉快そうに高笑いをあげたあと、手に持ったロックグラスをカラカラと回した。
「……ソータ。よく【氷剣姫】を蘇らせた。最初の仕事としては完璧だ。褒めてやる」
「ありがとうございます」
……ん?最初の仕事?
「えと……まさか会長、元からこれを狙ってナナミさんを俺の世話役に?」
「ふふふ。私を誰だと思っている。貴様が高校生の頃に【氷剣姫】推しだったことくらい調べがついているわ。必ずその復活に尽力するだろうと予想していた」
マジかこの人。怖いを通り越えてもう尊敬するわ。
「ナナミは才能に溢れた探検者だ。私の秘書などで埋もれさせるには勿体無い。実に、僥倖だ」
……その時の、ナナミさんを見る会長の眼は、まるで実の妹を見ているかのように穏やかだった。
会長も、こんな顔をするんだな。
「……さて。あとは貴様が身命を賭してダンジョンに潜ると宣誓すれば一件落着だな」
「いや、そんな宣誓しませんて」
「なら、さっきの職場に戻るか?」
会長が、イタズラ好きの子供のような眼で、俺を見た。
「……いいえ」
「ふふ。それでいい。……飲み直しだ。ウイスキー持ってこい」
「昼から飲み過ぎですよ、まったく……」
俺は、ふらつく足で席を立った。
誰もいない廊下を歩きながら――
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