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第十一話 神室ソータ育成計画
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「それではこれから、ソータさんが二級探検者になるためのプランをご説明します」
「……はい?」
二日酔いで痛む頭をかかえながら辛うじて出社し、即座に力尽きて突っ伏していた俺の前で、ナナミさんが唐突に何かを始めた。
ここは昨日、ナナミさんの戦線復帰を祝った会議室だ。
プロジェクトチームの居室になる予定の部屋は、理由は聞かされていないが工事中ということで、今現在はこの会議室を占有して仕事をしている。
……仕事、といっても、今のところよくわからない書類の記入と酒盛りしかしていないんだけども。
壁にかけられた巨大なモニターには、『神室ソータ最強への道 その一』と銘打ったプレゼン資料が映し出されていた。
……最強への道って。
こんな中二病みたいな資料を本当にナナミさんが作ったのだろうか。
しかし本人は伊達メガネなんかかけて、やる気満々のご様子だ。とても似合っているから突っ込まないでおくけど。
「まずは探検者ライセンスのおさらいから」
教鞭を伸び縮みさせつつ、彼女は人差し指でメガネをくいっと持ち上げた。実にノリノリである。
「ご存知の通り、ダンジョンに潜るには国家資格である探検者ライセンスを取得し、探検者として認定される必要があります」
探検者ライセンスの取得、か……トラウマと言ってもいいくらい、絶望的な思い出しかない。
ナナミさんはサラッと言っていたが、ここが常人とギフト持ちとを別つ最大の関門だ。
筆記試験は義務教育レベルと探検者の基本がわかっていれば楽勝なのだけど、実技試験の難度が、常人にはあまりに高すぎる。
ただ単にギフトの有無でふるいにかけているだけだと思う。だったら最初から募集要項にギフト必須と書いてくれれば、下手に夢を抱かなくて済むだろうに……かつての、俺みたいな人が。
「探検者は、まずは四級探検者として登録されます。このライセンスでは、国が定めた十階級相当のフロアまでしか探索を許可されません」
階級は全て、世界で最初に現れたという『始原の迷宮』の階層を基準に定められる。
ダンジョンによっては一階からいきなり二十階級の難度だったりすることもあり、その場合は四級ライセンスでは立ち入り禁止、というわけだ。
「制限なくダンジョンを探索するためには、二級探検者になる必要があります。――というわけで」
ぱしんと教鞭で机を叩いたあと、その先端を俺にぴしっと突きつけて、ナナミさんは続けた。
「ソータさんには、一年で二級探検者になって頂きます」
……ん?ちょっと待って?
「あのー、先生」
「なんですか」
「聞き間違いかもしれないんですが、一年で二級探検者って言いました?」
「はい」
「冗談ですよね?そんな人、それこそ【氷剣姫】くらいしか知らないんですが」
昇級試験は半年に一回だ。つまり、半年で三級、もう半年で二級に上がれと言っているわけだ。
三級以降は、ダンジョンでの実績が十分でないと試験を受ける資格が得られない。実績というのは、それこそ未知の発見とか、大量の真獣討伐とかが求められる。要するに、生半可な話ではない。
それを半年でポンポン上がれと言うのは、正直言ってクレイジーだ。
「そんなことはありません。今の制度になってから私含めて六人います」
「いやいや少なっ!探検者って全国で一万人はいるのに六人て少なっ!!」
人数が明確になった分、むしろ難易度が強調された気がする。
「無理ですよ俺には無理無理!!どーせその六人は今最前線で活躍してるスゴい人たちなんでしょ!?」
「私ともう一人が活動休止、一人が怪我で引退、二人がダンジョンで行方不明。活動しているのは一人のみです」
「探検者は職業としてヤバいっていう情報にしかなってない!!」
……これはだめだ、だめだぞ神室ソータ。試験の難易度がどーのこーの言ってる場合じゃなかった。やっぱり探検者は常に危険と隣り合わせのブラック職なんだ。
そりゃぁ、未知の宝なんて手に入れてくれば、全国ニュースでヒーローだけど、そんなの一握り中の一握り。俺みたいな凡人がちょっとギフトを持ったからって、夢を持っていい世界では、やっぱりないんだ。
「質問がなければ次に行きますが」
「はい先生。どうやったら会長の魔の手から逃れて探検者などやることなく平穏無事な生活に戻れるでしょうか」
「諦めてください」
即答かよ。
「そこをなんとか」
「私もお手伝いしますから」
「いくら【氷剣姫】が前衛に立ってくれるといっても、俺みたいな凡人にはやはり無理かと」
「え?私は前衛に立ちませんよ。得物が銃になったので必然的に後衛です」
「じゃあ俺が前衛!?絶対死ぬじゃないですか!!盾付き槍とかおすすめしておけばよかった!!」
「だからこその『神室ソータ最強への道』です。僭越ながら探検者の先輩として、私が徹底的に鍛えますから安心してください。すでに専用のトレーニングメニューも考案済みです」
「……ちなみにどんなものかお伺いしても?」
「では次のスライドをご覧ください」
パッと切り替わったモニターの画面には……
五十キロの重りを背負って山中マラソン、同じく重りをつけて遠泳、御剣重工の技術の粋を集めた重力十倍ルームで以下略。
「……ナナミさんはゴリラでも育てるおつもりで?」
「まさか。ゴリラ程度で真獣は倒せません」
「そうですね。……じゃないですよ!!なんかもう、何が無理なのかいちいち言うのも疲れるくらい全部無理ですよさっきから!!」
「探検者認定試験は、もう二週間後に迫っています。これくらいはこなさないと間に合いませんよ」
「え、二週間後……?もう、受付締め切ってませんか?」
「ちゃんと書類は提出済みですから安心してください」
「くっそう、流石ですね!」
「最強の探検者になるんですから、こんなところで立ち止まってるわけにはいかないでしょう」
「だから前提から間違ってますって!俺なんかが最強の探検者なんて、絶対に無理……!?」
そこまで言いかけて、俺は突如背後に巨大な殺気を感じて振り返ろうとしたのだが、残念なことに振り下ろされたカカトが俺の脳天に到達するほうが早かった。
「いっだあああああっ!?」

「このドヘタレが!!さっきから黙って聞いてれば無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!新手のスタンド使いか貴様は!!」
「か、会長!いつの間に!!」
「とっとと諦めてナナミにしごかれろ!!さあナナミ、こいつをふんじばれ!!」
「承知しました。ソータさん、お覚悟」
「助けてーーーーー!!」
――こうして、ナナミ教官による血ヘドを吐くような地獄の二週間が、幕を開けたのだった。
「……はい?」
二日酔いで痛む頭をかかえながら辛うじて出社し、即座に力尽きて突っ伏していた俺の前で、ナナミさんが唐突に何かを始めた。
ここは昨日、ナナミさんの戦線復帰を祝った会議室だ。
プロジェクトチームの居室になる予定の部屋は、理由は聞かされていないが工事中ということで、今現在はこの会議室を占有して仕事をしている。
……仕事、といっても、今のところよくわからない書類の記入と酒盛りしかしていないんだけども。
壁にかけられた巨大なモニターには、『神室ソータ最強への道 その一』と銘打ったプレゼン資料が映し出されていた。
……最強への道って。
こんな中二病みたいな資料を本当にナナミさんが作ったのだろうか。
しかし本人は伊達メガネなんかかけて、やる気満々のご様子だ。とても似合っているから突っ込まないでおくけど。
「まずは探検者ライセンスのおさらいから」
教鞭を伸び縮みさせつつ、彼女は人差し指でメガネをくいっと持ち上げた。実にノリノリである。
「ご存知の通り、ダンジョンに潜るには国家資格である探検者ライセンスを取得し、探検者として認定される必要があります」
探検者ライセンスの取得、か……トラウマと言ってもいいくらい、絶望的な思い出しかない。
ナナミさんはサラッと言っていたが、ここが常人とギフト持ちとを別つ最大の関門だ。
筆記試験は義務教育レベルと探検者の基本がわかっていれば楽勝なのだけど、実技試験の難度が、常人にはあまりに高すぎる。
ただ単にギフトの有無でふるいにかけているだけだと思う。だったら最初から募集要項にギフト必須と書いてくれれば、下手に夢を抱かなくて済むだろうに……かつての、俺みたいな人が。
「探検者は、まずは四級探検者として登録されます。このライセンスでは、国が定めた十階級相当のフロアまでしか探索を許可されません」
階級は全て、世界で最初に現れたという『始原の迷宮』の階層を基準に定められる。
ダンジョンによっては一階からいきなり二十階級の難度だったりすることもあり、その場合は四級ライセンスでは立ち入り禁止、というわけだ。
「制限なくダンジョンを探索するためには、二級探検者になる必要があります。――というわけで」
ぱしんと教鞭で机を叩いたあと、その先端を俺にぴしっと突きつけて、ナナミさんは続けた。
「ソータさんには、一年で二級探検者になって頂きます」
……ん?ちょっと待って?
「あのー、先生」
「なんですか」
「聞き間違いかもしれないんですが、一年で二級探検者って言いました?」
「はい」
「冗談ですよね?そんな人、それこそ【氷剣姫】くらいしか知らないんですが」
昇級試験は半年に一回だ。つまり、半年で三級、もう半年で二級に上がれと言っているわけだ。
三級以降は、ダンジョンでの実績が十分でないと試験を受ける資格が得られない。実績というのは、それこそ未知の発見とか、大量の真獣討伐とかが求められる。要するに、生半可な話ではない。
それを半年でポンポン上がれと言うのは、正直言ってクレイジーだ。
「そんなことはありません。今の制度になってから私含めて六人います」
「いやいや少なっ!探検者って全国で一万人はいるのに六人て少なっ!!」
人数が明確になった分、むしろ難易度が強調された気がする。
「無理ですよ俺には無理無理!!どーせその六人は今最前線で活躍してるスゴい人たちなんでしょ!?」
「私ともう一人が活動休止、一人が怪我で引退、二人がダンジョンで行方不明。活動しているのは一人のみです」
「探検者は職業としてヤバいっていう情報にしかなってない!!」
……これはだめだ、だめだぞ神室ソータ。試験の難易度がどーのこーの言ってる場合じゃなかった。やっぱり探検者は常に危険と隣り合わせのブラック職なんだ。
そりゃぁ、未知の宝なんて手に入れてくれば、全国ニュースでヒーローだけど、そんなの一握り中の一握り。俺みたいな凡人がちょっとギフトを持ったからって、夢を持っていい世界では、やっぱりないんだ。
「質問がなければ次に行きますが」
「はい先生。どうやったら会長の魔の手から逃れて探検者などやることなく平穏無事な生活に戻れるでしょうか」
「諦めてください」
即答かよ。
「そこをなんとか」
「私もお手伝いしますから」
「いくら【氷剣姫】が前衛に立ってくれるといっても、俺みたいな凡人にはやはり無理かと」
「え?私は前衛に立ちませんよ。得物が銃になったので必然的に後衛です」
「じゃあ俺が前衛!?絶対死ぬじゃないですか!!盾付き槍とかおすすめしておけばよかった!!」
「だからこその『神室ソータ最強への道』です。僭越ながら探検者の先輩として、私が徹底的に鍛えますから安心してください。すでに専用のトレーニングメニューも考案済みです」
「……ちなみにどんなものかお伺いしても?」
「では次のスライドをご覧ください」
パッと切り替わったモニターの画面には……
五十キロの重りを背負って山中マラソン、同じく重りをつけて遠泳、御剣重工の技術の粋を集めた重力十倍ルームで以下略。
「……ナナミさんはゴリラでも育てるおつもりで?」
「まさか。ゴリラ程度で真獣は倒せません」
「そうですね。……じゃないですよ!!なんかもう、何が無理なのかいちいち言うのも疲れるくらい全部無理ですよさっきから!!」
「探検者認定試験は、もう二週間後に迫っています。これくらいはこなさないと間に合いませんよ」
「え、二週間後……?もう、受付締め切ってませんか?」
「ちゃんと書類は提出済みですから安心してください」
「くっそう、流石ですね!」
「最強の探検者になるんですから、こんなところで立ち止まってるわけにはいかないでしょう」
「だから前提から間違ってますって!俺なんかが最強の探検者なんて、絶対に無理……!?」
そこまで言いかけて、俺は突如背後に巨大な殺気を感じて振り返ろうとしたのだが、残念なことに振り下ろされたカカトが俺の脳天に到達するほうが早かった。
「いっだあああああっ!?」

「このドヘタレが!!さっきから黙って聞いてれば無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!新手のスタンド使いか貴様は!!」
「か、会長!いつの間に!!」
「とっとと諦めてナナミにしごかれろ!!さあナナミ、こいつをふんじばれ!!」
「承知しました。ソータさん、お覚悟」
「助けてーーーーー!!」
――こうして、ナナミ教官による血ヘドを吐くような地獄の二週間が、幕を開けたのだった。
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