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第三十七話 野良ダンジョン

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「では皆さん、下がっててください」

 目の前の渦は、もう拳くらいのサイズまで小さくなっていた。
 その渦に、俺は自分の手を合わせ……そして、『真眼』を発動させる。
 自分の体の『色』と、眼前の渦の『色』が、互いに近づいていく。
 呼応するように、渦の周りの空間がぐにゃりと変形し、まるでスライムのように俺の突き出した手に絡みついてきた。
 そして――渦はぐるぐると回転の勢いを増し始める。
 俺は再拡大を始めた渦の中を凝視した。

「見つけた」

 渦の奥。その先に、まるでストローのように細い道があった。それは途切れることなく延々と続いていて――そしてその向こう側に、開けた風景が見えた。

 大きな岩山がそびえ立ち、マグマのような川が流れているのが分かる。光源のわからない赤い空を、巨大な黒いシルエットが横切っていく。
 『深緑の浮遊島』とは、まるで異なる風景。

 多分……全く別のダンジョンだ。

 俺は試しに、少しだけ通路を広げてみる。
 ファフニールを運ぶ際に通路を作った時と感覚は同じだ。別のダンジョンと繋がっていても、その辺りの要領は変わらないようだった。

 ダンジョンは、入り口のゲートで転移することで到達できる、地上とは別次元の場所、というのが通説だけど。ダンジョン同士は、実は近いところにあるのだろうか?

 一体、ダンジョンってなんなんだろうな。

 果たして二年なんかでこの謎が解けるのか。会長が勝手にぶち上げた目標のヤバさを、改めて痛感する。

 でも今は、目の前のことに集中しよう。
 この先に、マンドラゴラ騒動の黒幕がいるかもしれないのだから。
 そう考えたら結構緊張してきた。
 でも、それ以上に……その黒幕を、ぶっ飛ばしたい気持ちが溢れ出る。
 

「うっりゃあ!!」

 風船を一気に膨らます感覚で、俺はワームホールを広げた。
 少し気合を入れすぎたせいか、人どころかトラックくらいなら通れそうなサイズの穴が開いてしまった。

 背後で、チームの皆が騒つくのが分かった。

「これは……すごいものだな」

「ふう……もう、通れますよ。この先は、別のダンジョンに繋がっているようです」

「ああ。……よし、みんな行くぞ。何が起こるかわからん。気を抜くなよ」

 別のダンジョンに繋がっていると聞いても、まわりの人たちと違ってタツヤさんはそこまで驚いた様子は無かった。さすがだ。常に冷静でいられなければ探検者は務まらないってことだな。

 タツヤさんに続いて、俺たちは行き先不明のワームホールへと踏み込んだ。

 

 赤、青、黄色。その他様々な色の光が、周囲でピカピカと明滅している。
 みんな目が眩んだような顔をしているから、真眼でなくても同じ様に見えてるんだろう。
 ワームホールの中は、動く歩道のように足元が流れており、俺たちは一気に出口へと押し流されていく。

 半ば放り出されるようにしてワームホールから飛び出すと、そこには先ほど知覚した通りの風景が広がっていた。

 ナナミさんがきょろきょろと周りを見回している。

「まるで火山ですね。でも、ほとんど熱を感じない。不思議です」

「ナナミさんも知らないダンジョンですか?」

「ええ、知りません。日本のダンジョンは一通り頭に入っているはずですが。恐らく、ここは野良ダンジョンの一つでしょう」

 野良ダンジョン。
 自然発生するダンジョンの中で、協会がまだ認識していないダンジョンのことだ。
 毎年、四つか五つ、新規のダンジョンが報告されるけれど、実際はそれに倍する数の野良ダンジョンが出現していると言われている。
 日本は意外に、人が踏み込まない土地が多いってことだろう。

 何かを考え込んでいた様子のナナミさんが、顎に指を当てて軽く頷いた。

「なるほど。協会管理の外である野良ダンジョンまでマンドラゴラを持ち込み、そこから地上へ運搬していたということですか」

 そうか。確かに、それならゲートでの荷物検査を受けないで済む。悠々と、違法アイテムを地上社会へ持ち込むことができるだろう。

「でもダンジョン間を移動するギフトなんてありましたっけ?」

「ソータさんのギフトを除けば……私の知る限り、ありません」

 そうだよな。俺だってかつて探検者を目指していた時に、ギフトに関してもよく調べた。ギフトって本当に人によって千差万別で……でも、そんな特異な移動系ギフトは無かったと思う。

 ただ、マンドラゴラを抜いた人物が『深緑の浮遊島』からこちらのダンジョンへと移動したのは確実だ。一直線に、痕跡が続いていたから。
 俺のギフト同様に、まだ知られていない凄いギフトというのも数多くあるのだろうな。

「そんな有用なギフトを、悪い考えの持ち主が手に入れたとすると……ぞっとしませんね」

 そう、ナナミさんが呟いた、その時だった。



 

「――ようこそ、ミスターK。歓迎しまス」


 

 少しだけ妙なイントネーションで、そんな言葉が聞こえた。
 
 ――場の空気が、一気に剣呑なものへと変わった。


 

 ◆◆◆


 

「……何故貴様が、この番号を知っている?警察に突き出すぞストーカーめ」

 ソータたちが会社を発ってから、四時間ほど後。
 突然かかってきた電話に応答した三鶴城ミコトは、その相手に対して躊躇なく辛辣な言葉を投げつけた。

『相変わらず手厳しいねミコトは』

「ファーストネームで呼ぶな。怖気が走る」

『じゃあ、昔みたいにミコりんはどうかな?』

 探検者協会日本支部の長、藤堂ビャクヤは、戯けた口調でそう言った。
 メキリ、とミコトの携帯が軋む音がする。

「……よく分かった。そんなに死にたいなら引導くらいは渡してやるぞ。墓標は貴様の協会ビルでいいか」

『ミサイルでも撃ち込まれそうだね……冗談冗談。少し、急ぎの話があってね。ミスターK ……いや、神室ソータくんのことなんだけど』

「『ギフト狩り』か?」

 ほんの一瞬だけ、電話口の声が詰まる。

『……さすがだね、ミコト。もう掴んでたのかい?』

「三鶴城の御庭番から連絡があった。つい先ほどだがな」

 ミコトは手にしていたメモ紙をくしゃりと握りつぶした。
 
『ソータくんは、もう出発しちゃった?』

「ああ。……ふん。ギフト狩りは許さないなどと大口を叩いていたくせに、すっかり後手ではないか。愚か者め」

『面目無い。すぐにチームを編成して急行するよ。間に合うといいけど』

「別に、構わん」

『え?』

「構わんと言っている。私が選んだあの二人……ソータとナナミを甘く見るなよ。下らん陰謀など、完膚無きまでに擦り潰す。それより……」

『ああ。――ギフト狩りのバックだね。すぐに洗うよ』

「そうだ。この私から何かを奪おうなどという身の程知らずには――地獄で後悔してもらわなければならんからな」





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