虹の向こうの少年たち

十龍

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《27》

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 ジャロリーノはとてもすっきりとした気分だった。
 ほんのわずかな間だが熟睡できたらしい。
 目覚めたとき、なぜアフタがいるのだろうと不思議にも思ったものの、すぐに思い出した。
 城門のあたりで乗って来たのだった。
「寒かった?」
 ジャロリーノは温かな紅茶を飲みながらアフタに聞いた。
 ネイプルス城の明かりが近づいて来ていて、アフタの目はその灯火を幾つも反射していた。
「外? そりゃ寒いさ。足元が特に。ブーツの先まで氷みたいに冷たかった」
「履かせてもらった?」
「……何の話しだ?」
「ブーツ。履かせてもらったのか?」
「履かせてもらうって?」
「奴隷って、靴とかも履かせてくれるんだろ? 今日初めて知った」
「……そりゃおめでとう」
 アフタはむすっとした顔つきで、自分のコップの中の紅茶を一口含んだ。
 なんだか怒らせてしまったようだ。
 ジャロリーノも紅茶を飲んだ。
 とても甘い。
 シェパイが取り寄せてくれたらしい蜂蜜。そう言えば、昼に飲んだホットミルクにも蜂蜜を入れてくれていた。
「シェパイにお礼言わなきゃな」
「この紅茶を作ったのはシェパイじゃないんだけれど」
「いや、蜂蜜を取り寄せてくれたお礼だよ。蜂蜜って喉に良いんだな。知らなかったよ。これから寒くなるし……、ビガラスお兄様にも送って差し上げようかな。シェパイにどうやって取り寄せたのか聞こう」
 車は静かに城に到着した。
 停車すると、すぐにドアが開いた。
 しかし、ドアを開けたのは思いもよらない人物だったので、車内にいたすべての人間が一瞬動きを止めてしまった。
「これはこれは、ずいぶん遅いご到着で」
 ドアを開けたのは、ユーサリー・グロウ卿だった。
 唇は笑いの形をとっていたが、それ以外全てが怒りの形を作っていた。
「ああ、アフタ。どこに消えたかと思ったら、いつの間にかお前も奴隷の城に行っていたのか。そんなに今の手持ちの奴隷に不満だったのか」
「いえ! お父様、そうではありませんから!」
 アフタが焦って声を上げた。しかしユーサリーおじ様の興味は、すぐに息子から外れたようだ。
「珍しい顔があるなあ。サーリピーチ。来たのか。来なくてもよかったのにな」
「お久しぶりですわ、ユーサリー様」
「お前に名前で呼ばれると、首の後ろがピリピリする。不愉快すぎてな」
「ユーサリー。サーリピーチはお前の子供たちの世話もしてくれた相手だぞ」
 父が言った。
「お前とは話しをしていないんだよ」
 緊張が走った。
 珍しく、ユーサリーおじ様は父に対して苛立ちを露わにしている。
 どんなに喧嘩をしていても、いつもはそこに愛情のようなものを感じるのだが、今回はそれもなかった。
 おじ様の態度に、父も苛立ったらしいのが分かった。
 二人は睨みあった。
 怖い。
 先に視線をそらしたのはユーサリーおじ様だった。
 睨みあいに負けたのではなく、睨みあいを切った。父を無視したのだ。
 ジャロリーノの全身から、ぶわりと汗が吹き出した。
 父の怒りがいっきに増幅したのが分かるからだ。
 怖い。怖い怖い怖い。
 逃げたしたいくらい怖い。 
 しかし悲しいことに、ジャロリーノは逃げるどころか、父とユーサリーおじ様の理由の不明の喧嘩に巻き込まれてしまった。
「ジャロリーノ。おいで。おじさんとご飯食べような」
「えっ?」
 それはそれは上機嫌な声だった。
 嫌味なくらいに上機嫌。
 当て付けとしか思えない甘い声色。
 しかも、今まで見たことのないような優しい顔つきで、ジャロリーノを手招きしているのだ。
 怖い。
 これは明らかに、父に対するなにかしらの当て付け。
「私のことを気にしてくれたのはジャロリーノだけだよ。ジョーヌもアフタも気にもかけてくれない。あーあ! なんて冷たいやつらだろうな! それに比べてジャロリーノな優しい子だ。おいでジャロリーノ」
 躊躇していると、ユーサリーおじ様はガツンと車を蹴った。
 ひっ、とジャロリーノは小さく悲鳴を上げ、急いで車から降りた。
 体は鉛のように重かったが、恐怖が勝った。
 車から降りたジャロリーノを見たユーサリーおじ様は実に満足げだった。
 そして、満足を超越した勝ち誇った顔で父を見おろしたのだ。
 途端に父の顔が、不愉快極まりない、というものに変貌した。
 その父を見てジャロリーノは再び小さく悲鳴をあげたのだが、それはおじ様の声でかき消されてしまった。
「お前ら全員車のなかで凍えて死んでしまえ。そしたらシロクマの餌にしてやることができる。自然動物のためになれるんだ、なんとまあ栄誉ある死だろうなあ」
 父の目が座った。
 そしてゆっくりと車から降り、ユーサリーおじ様の前に立つ。
 二人の間にある距離は、ゼロである。
 お互いの胸が付くか付かないか、コートの襟が辛うじて当たっているというようなゼロ距離で、眼付け合っている。
「シロクマに関してだが……」
 父が言った。
「三十年以上前に希少動物保護国際協定において、駆除はもちろん勝手な飼育も禁止されている。例外的に、それまでに動物園などで飼育されていた個体とその子孫に関しては人間の元での飼育が可能とされている。全体個体数が一定を下回った場合も例外として、怪我や病気で弱っている個体、または親とはぐれてしまった子供に限り、保護し動物園や保護施設での飼育が認められている。それだけだ。私が死んだとしてもその肉片を餌として与えるのは国際協定違反であるし、そもそもお前は勝手にシロクマを打ち殺すな! 打ち殺した挙句に、その毛皮でコートとか作るな! そのコートを着て外交に行くな!」
「グロウ城の領地に入り込んだならば、いかなるものも私のものだ、シロクマだろうがシロナガスクジラだろうが私の好きにさせてもって何が悪い!」
「悪いんだよこの馬鹿が! シロクマのコートを着て他国のメディアの前に出るな!」
「お前だって気づかれていないだけでその手袋は絶滅危惧種のオーラリーヘラジカの皮でできてるじゃないか!」
「シロクマのコートは気づかれている自覚があるんじゃねーか!」
「むしろ気づいて欲しいから着てやってんだよ馬鹿か!」
「馬鹿はお前だ! 疑うことなく馬鹿はお前だ!」
「いいじゃないか! 俺はシロクマが大好きなんだ! 大好きなシロクマを着て何が悪い?」
「シロクマのぬいぐるみで満足していろ! 現物手に入れるんじゃない! 大好きならせめて愛玩しろ! 愛玩!」
「やつらの実物デカくなったら可愛くない!」
「この世のすべてが成長したら可愛くなくなるようにできてるんだ、我儘言うな!」
「お前は小さいときから可愛くなかったがな!」
「お前こそ可愛くない子供の代表だっただろうが! 可愛くない可愛くない、あああ、可愛くなくて傍にいるだけでストレスだ! デカくなったお前はもっとストレスだがな!」
「はん! そーゆーお前の名前はなんだったっけか? ジョーヌ? ブリアン? 当時はどっちも絶世の美女とうたわれた女優と絵画モデルの名前だったよなぁ? 美女の中の美女にこそふさわしい名前だったのに、お前のファーストネームとミドルネームになったせいで、この国のほとんど全土からジョーヌという女とブリアンという女が絶滅したろうが! あーあ、お前が可愛い子供だったら、お前の名前にあやかって女も男もその名前を付けていただろうにな!」
「くっ……、ユーサリーという名前こそ、お前以外に聞いたことがない!」
「どうも唯一無二の男ですがそれが何か?」
「唯一無二でたった一人孤独のまま死ね」
 ユーサリーおじ様の顔が、スッと白くなった。
 思わず息を飲むほどに。
 おじ様は音もなく父から離れ、そのまま風に流されるように城へと向かった。
 死んじゃう。
 寂しくて死んじゃう。
 思った途端ジャロリーノの足は動いていた。
 城の玄関の扉は大きく、その間に滑り込むおじ様の後ろ姿はとても細く弱々しく見えた。そんなことを口にしたら激昂されるかもしれないが、城の中から溢れ出す明かりの中で、夜の暗さを背負ったおじ様の背中は、光にかき消されてしまいそうな弱いものに感じたのだ。
 消えてしまう。
 死んでしまう。
 ジャロリーノが走ると、扉は大きく開かれた。玄関広間の中央を切るように進むおじ様を、使用人たちが硬直したまま見つめている。
 そんなに離れていたら、おじ様がもっと寂しくなるじゃないか。
 なんで遠巻きに見ているんだ。
 ユーサリーおじ様が階段を上り始めたとき、ジャロリーノはその背中にしがみついた。
「ジャロリーノ?」
 驚いたような声を上げて、おじ様が振り返った。
 新緑色の目がジャロリーノを射抜いた。
 芽吹いたばかりの若葉のような明るい緑の目は、グロウ家の人間の目。アフタと同じ色の目。
 それを見つめながら、ジャロリーノはユーサリーおじ様の腰に腕を回し、ぎゅっと力を入れた。
 おじ様は困惑の表情を浮かべている。
「なんだ? ジャロリーノ」
 問われてジャロリーノは言葉に窮した。
 おじ様が寂しそうだったから、おじ様が寂しくて死んじゃうと思ったから。
 頭の中で答えは出ているのに、それが口にまで流れてこない。
 ぽかんとしたまま見上げていると、ユーサリーおじ様はますます困惑した表情になってゆく。
 背後にカツカツという足音が近づいて来ていた。
 それが父のものだとすぐに分かった。
 ユーサリーおじ様も新緑色の目をジャロリーノの後ろの方向へと動かし、小さく舌打ちをした。
 かと思えば、ジャロリーノの体が急に浮かび上がった。
 抱き上げられたのだ。
 え? と思っている間におじ様はは階段を昇ってゆく。
 ジャロリーノは首に手を回して、不思議な景色を見た。
 抱っこされながら階段を昇ると、階段を下る時の景色の逆再生を見ているような気分になる。
 広い玄関広間に、父がぽつんと立っていた。
 金色の髪が、ジャロリーノと同じようなうねりを見せていた。
 エメラルド色が見える。
 父が見上げている。
「ユーサリー!」
 立ったまま、ジャロリーノではなくおじ様の名前を呼んだ。
 ジャロリーノの名前を呼ぶ気配はなかった。
 呼ばれないジャロリーノはいつまでも父を見ているのに、呼ばれたおじ様は振り返ることも、階段を昇る足を止めることもなかった。
 階段を昇りきり、やがてその姿が隠れてしまっても、おじ様は振り返らなかったし父がジャロリーノの名を呼ぶ声も聞こえなかった。


 ジャロリーノが抱きかかえられたまま向かった先は、ユーサリーおじ様の部屋だった。
 めったに入ることはないけれど、良く知っている。
 おじ様の部屋は幾つもの部屋が連なっていて、ちょっとした館と同じくらいの部屋数がある。
 父の部屋もそうだ。
 寝室にクローゼット、書斎に談話室にシャワールームにサウナはもちろん、音楽室に礼拝室、もっと言ってしまえば食堂にキッチンに食糧庫まで。
 城の中にもう一つの小さな城があるようなものだ。
 それらの部屋の中に、お付きの奴隷たちの部屋も含まれている。
 天井裏にも奴隷たちの部屋があるらしいが、どんな場合に部屋を使い分けるのかは知らない。
 廊下にいくつか存在するおじ様の部屋に通じる扉。
 そのうちの寝室への扉を開け、中に入るとすぐにジャロリーノをおろした。
 ストーブの傍だ。
 ジャロリーノは暖かな空気の傍にぺたりと座り込んだ。
「お前、起きていると思っていたが、寝てたのか」
 ジャロリーノの頬とペタペタと軽くたたきながら、おじ様は言った。
 いえ、起きているんです。けど……
 答える前におじ様はジャロリーノから離れた。
「おい」
 おじ様がどこへともなく声をかけると、
「はい」
 と、どこからともなく一人の男性がすっと現れた。
「お呼びですかご主人様」
「おいと呼んだんだからお呼びだろうが、下らないことを喋る暇があったら気を利かせろ愚鈍」
「はい」
 奴隷はわずかに目を伏せてから、すぐにおじ様のジャケットに手を添えてするりと抜き取り、他にもスカーフやカフスを外してゆく。
 椅子を動かしおじ様がそこに座ると、奴隷は跪いて靴を脱がせた。
「ご主人様、お食事はお出にはならないのですか」
 ソックスも脱ぎ去り、奴隷がその指先を揉んだ。
「ずいぶん長く外でお待ちになっていたのですね、冷え切っておりますよ」
「うるさい」
 さっき頬を触って来た手は、氷のように冷たかった。
 アフタも、外は冷えると言っていた。
 おじ様、ずっと待っていたのか。
「ん? ジャロリーノ、どうした……。その場所も寒かったか?」
 答えずに、ジャロリーノはおじ様の手を取った。
 やっぱり手はひんやりと冷たい。
 頬も、耳も、首筋も冷たかった。
「なんだ、どうしたんだ。……アフタに聞いてくればよかったな、寝てるのか、起きているのか……。……コートを脱がせてやれ。暑いのかもしれない」
「はい」
 おじ様付きの奴隷だ。
 線の細い男性だ。年齢は三十過ぎくらいに見えるが、実際は分からない。
 貴族も奴隷も、階級が上になればなるほど自分を磨く。
 それによって、元々もっている美醜とは違う次元での若々しさと美しさを手に入れるのだ。
 もちろん、元々美しければ格段に年齢不詳度と美麗度が上がる。
 ユーサリーおじ様しかり、目の前の奴隷しかり。
 三十過ぎくらいに見えるけれど、実際はもっと年上なのかもしれない。
 それにしても綺麗な指だ。
 ジャロリーノはうっとりと見惚れた。
 指先に自分の指をあてて、スルリとなぞる。そして口に含んだ。
「ジャロリーノ様。私はあなたに触れることが許されていないのですよ。ご主人様とお戯れくださいませ」
 指が抜き取られてしまった。口寂しくなって自分の指をしゃぶると、ジャロリーノは奴隷に抱き上げられた。
「ご主人様。ジャロリーノ様のお着替えを持ってまいりますので、少しお傍を離れます。ジャロリーノ様をお願いいたします」
 ジャロリーノはユーサリーおじ様の膝の上におろされた。
「ああ、……、待てジャロリーノ、お前、……なにを履いてるんだ」
「……?」
 ぼんやりしながらジャロリーノは首をかしげる。
 いつの間にかほとんど服を脱がされていた。
 上は丈の長い白いブラウス、下は下着一枚だ。
 寒くておじ様に擦り寄った。
「マーキングされたのではないですか?」
 ふはっ、おじ様は吹き出すように笑った。
 それはジャロリーノを見下しているような笑い方だったが、なぜだかジャロリーノはへらっと笑った。
 おじ様のほっぺたに触るとまだひんやりしている。
「お前はさっきからなにがしたいんだ? はは、こら」
 耳に触ろうとすると、少し迷惑そうに笑ってジャロリーノの手を遮ろうとする。
 耳は諦めて諦めて首に抱き着いた。すると目的の耳がすぐそばにある。
 ジャロリーノはそれをなんとなくいじって時間をつぶした。耳を口に含むとおじ様は首を横に動かして逃げる。
 楽しい。
「こーら、やめなさい」
「では、ご主人様、失礼いたします」
 奴隷がいなくなると、おじ様は小さくため息を吐いた。
 どうしたのだろう。
 顔を覗き込むと、とても複雑そうな顔をしている。
 ほっぺたはもう冷たくなかった。唇はちょっと冷たい。
「本当に、……なんてものを履かされてるんだ、お前」
 おじ様の指がするっと下着の割れ目に入り込んだ。
「あっ」
 すなわち、そこはお尻の割れ目に直接撫でていることになる。
「んっんっ」
「底意地の悪い奴隷にからかわれてきたんじゃないだろうな? こんなの……、奴隷が身に着ける物だろうが……。よりによってネイプルスの王の子にこんな物を履かせて……、それをネイプルスの王と同じ空間に放り込む? ジョーヌは気づいてないだろ」
 おじ様のにやにや笑いがどんどん凶悪になってゆく。
 そして指はジャロリーノの肛門に触れた。
「やっ」
 ビクッとしたけれど、触れられた場所がじんわりと熱い。
「ふ、う、」
「なんだ、こっちはもうギチギチになってるじゃないか」
 紐で編まれた前部分を、おじ様が撫でる。
「や! やあ、あ……」
 直に触れられている部分とそうでない部分が混ざり合い、奇妙な快感が生まれた。
 おじ様は上から下に、下から上にとゆっくりを撫でる。
「はあ、ふう、はぁ、あん」
 ジャロリーノは腰をくねらせた。
「随分反応がいいな。今日はなん人咥え込んだんだ?」
「へ……? なんにん? って? あぅっ」
 つぷっと指が中に入った。
 前ばかりに気を取られていたので、目の前にチリチリと光る銀色の粉のようなものが舞った。
 指はそのまま奥まで入り込んだ。
「やあ! ああ、ああっ」
「朝から、なん人の男のブツを突っ込んでもらった?」
「え? や、あ? なに、わからな、あ!」
 なにがどうなってるんだ。
 おじ様が、指を、お尻に。
 え?
 なに?
 何が起こってるんだ?
「ほー、わからないくらい咥え込んだのか?」
 指が動く。
 指が。
 駄目だ、気持ちが良い。
「やぁ! やめてぇ、おじさまぁ、そこ、やあ!」
「相変わらずゆるゆるだな。こんなんで本当に感じてるのか?」
「やん、きもちいい、やめて、やめて」
 そう言いながらジャロリーノは腰を振った。
 おじ様の指がずぷずぷと出入りしている。
 快感がペニスを硬く大きく変えてゆくが、その分下着が食い込むのだ。
「おじさまぁ、ふぐぅ、おじさまぁ。おちんちん、おちんちんがいたいのぉ」
 痛いけれど、気持ちが良い。
 締め付けられている苦しさが、痛みを越えて快感に変わりつつあった。
「はあ、はあ、はあっ」
 おじ様にしがみつき、夢中で腰を振る。それに合わせておじ様は指を抜き差ししてくれて、どんどん気持ちよさに流されてゆく。
「はぁ、おじさまっ、もっと! おじさま!」
「……もしかして最近やってないのか?」
「え? え? わかんない、はやく、おじさ、もうがまんできないよお」
 はっ、はっ、はっ。
 呼吸の倍の速さで前後上下に体を動かす。
「ん! あ! ん! はぁ、はぁ! ああ! はあ! おじさま!」
「ジョーヌは近頃浮気気味だしな。そうか、お前、寂しく一人指で慰めてたか」
「ひうううっ」
 激しい恥辱が襲った。
 肛門がキュウとっ締まり、おじ様の指を咥え込む。
「あああんっ」
「あーあ、淫乱だなぁほんと……」
 淫乱。
 淫乱。
「ぼく……おじさま……」
 淫乱。
 肛門がギュウギュウにきつく締まり始めた。
 中に入っている指がより感じられる。
 熱がそこから生まれているような感覚。どく、どく、と鼓動している。
 はあ、はあ、はあ、ジャロリーノは体中に広がった熱に浮かされるようにおじ様にもたれかかった。
 けれど腰が浮く。
 浮いた腰はいやらしくくねる。
 なんだこれ。
 変。
 変になってる。
 どうしよう。
「……シンフォニー……」
 俺、変になってるよ、どうしよう。
「シンフォニーとは?」
 おじ様が聞いてくる。
 指は常に動き、出たり入ったりしていた。
「シンフォニーは、シンフォニーは……、ええっと、えっと…………えっと、あ、」
 上手く考えられない。
 まったく頭が動かない。
 動くのは腰だけだ。
 神経は全て肛門の中の指の動きに向かっていて、たまに、痺れるような快感がペニスに走り、たまらなくなって嬌声がもれる。
「また見えない友達の一人か? そいつに夢の中で抱いてもらってるのか」
 シンフォニー。
 見えない友達。
 あれ、シンフォニーは、妄想だったのだろうか。
 じゃあこれも夢か。
 そうか、これは夢か。
「おじさま……、おじさまぁ」
 夢なんだ。
 またこんな夢を見て、今度はおじ様を汚している。
 きっと本当はベッドの中にいるのだ。ベッドの中で、夢中でペニスを扱いて、口から涎を垂らしながら変な声を上げているのだ。
 もしかしたら肛門に指を入れて尻を振りたくっているのかもしれない。
 いや、また蝋燭を入れて、ペニスを扱いて部屋をうろうろしているのかも。
 いやだ。
 イヤダ、イヤダ、いやだ!
 起きたくない。
 起きたくない!
「あー、悪かった。意地悪なこと言ったな」
 ふっと背中に風がきた。
 震えながら振り返れば、おじ様付きの奴隷がいた。視界が妙に歪んで見える。
 夢の中だから姿が曖昧なのかもしれない。けれど声だけは鮮明に耳に届いた。
「まだ終わっていなかったのですか」
「うるさい」
「ジャロリーノ様がおかわいそうです。早く抱いて差し上げてください」
「随分とこいつに優しいじゃないか。お前はいつからこいつの奴隷になったんだ?」
 おじ様がジャロリーノの前をきつく握りしめた。
「きゃああ!」
 悲鳴を上げてのけぞった。
 おじ様の手の中に、ぐぷっと熱いものが漏れ出てしまった。
「はあ、……はあ、お、おじさま……」
「私は生まれる前からユーサリー様の奴隷です」
「なら口を出すな」
「ですが、これほど焦らすと、……ジャロリーノ様が泣き出しませんか」
「もう泣いてる」
 おじ様はジャロリーノの頬に伝う涙を指で掬い取った。自分の漏らした精液の匂いがして、ジャロリーノはさらに涙があふれた。
 夢なのに、なんでこんなに嫌な部分だけリアルなのだろう。
 もう一方の指は、まだジャロリーノの中をかき混ぜている。
「今はジョーヌ様がいらっしゃいますよ。泣かせては……」
「あいつは若い恋人にご執心だから、自分の息子にはもう関心がないだろうよ。ネイプルスはそうゆうものだ」
「こいびと……、ちちうえ?」
 ポラリスカノンとの情事がよぎった。
「いやだ、いやだ、ちちうえ、やだ、なんで」
「……大丈夫だ」
「ポラリスカノン、いやだ、」
「……。大丈夫だ、寝てろ」
「やん、でも、おしり……」
 お尻。
 父上。若い、恋人。
 なんのこと。
 おじ様……。
 やだ、考えたくない。
 すると熱を持っている肛門からの快感をいっそう感じた。 
「おじさまぁ! あ、おじさまっ、おじさまっ」
 腰はおじ様の指の動きに合わせて、小刻みに激しく動いている。
「はあ、あ、おじ、さま、おじさ……おじさまっ、は、は、あ、は、ん、ん、ん、ん」
「ご主人様。ジャロリーノ様がおかわいそうですから、あの……そろそろ」
「うるさいな、分かってる。口出しするな。……私はじっくり可愛がるのが好きなんだよ」
「あまり鳴かせないで差し上げてください……、ジャロリーノ様は私どもと違い、奴隷ではないのですから」
「分かってる! 分かってる分かってる分かっている! なんなんだ? 私がこいつを奴隷扱いしているとでも言いたいか? ああ、こいつはそこらの性奴隷よりも淫乱だからな、そう思うんだろうよ? だが私は使用人共のようにこいつを穴便所扱いはしてないし、寄ってたかって玩具にしてもいないだろうが!」
「申し訳ありません、ご主人様。お許しください。決してそのような思いで口にしたのではないのです」
 ジャロリーノはおじ様にしがみついて夢中で上下した。
「あっあっあっあっ!」
 ギチギチに締め付けられてるペニスから、とめどなく精液が漏れ出しているのが分かった。
 イきたいのに、イけない。
「んああ、おじさまぁっ、まえ、とってぇ!」
「ジョーヌが悪いんだろうが。ジャロリーノを放り出して戦争なんかに行ったあいつが悪いんだろうが! 私はあいつの代わりにジャロリーノの相手をしてただけだ、感謝されても非難される覚えはない! 私がいなければこいつは玩具にされて、頭のねじがっ吹っ飛んだ淫乱人形になっていた!」
「はい、その通りです」
「そうだろう? なあ? ……なあ、ジャロリーノ。お前は優しい子だもんな。おじさんを責めたりしないよな」
「おじさま、おじさま! おじさま! いく! いくぅ! おちんぽいくう!」
「ご主人様、ジャロリーノ様がおかしくなってしまいますから、どうか、お早く」
「黙ってろって言っただろ!」
「おじさまぁああ! ひああ! ああ! もうだめええ!」
 ペニスがちぎれそうなほどに痛かったが、それさえ快感に変わり、ジャロリーノはよだれを垂らしながらイった。
 おじ様の指をキュウキュウに締め付け、それをたっぷり感じ、思うように射精だけできなくて、まだ体の中には痺れるような熱が残っている。
「おじさま……、もっと……、もっとしてよおっ」
 夢の中だから、もうどうだっていい。
 目が覚めて、ベッドがグシャグシャに汚れていて後悔するかもしれないけれど、もうどうだっていい。
 もっといやらしいことがしたい。



 
 父の部屋のある廊下で、アフタは立ちすくんでいた。
 ジャロリーノが連れていかれて、そろそろ一時間が経つ。
 これでは一緒に今夜の晩餐は無理だろう。
 父付きの奴隷がジャロリーノの服を持って行ったということは、中で行われていることはそうゆうことだ。
 ジョーヌおじ様はどこかに行ってしまった。
 サーリピーチが時折心配げに様子を見に来てくれる。
 アフタは立ち去ることもできず、ただただ立ちすくむしかできなかった。
「アフタ様……」
「うん、サーリピーチ……分かってるよ。お父様もジャロリーノも、部屋から出てこないよな」
「……ジョーヌ様ががお戻りになっても、まだこのようなことを?」
「……、たまに。……、でも父様は、ジャロリーノに酷いことをしてないみたいだから……」
 凄惨な事件から約二か月後。
 ジャロリーノと会えなくなったアフタは、ジャロリーノにどうにかして会おうとした。
 けれどジャロリーノのいる部屋は厳重な警備体制で、なかなか近寄れなかった。
 近寄ろうとすればどこからともなく現れる影の奴隷たちによって制止されてしまう。
 それでもあるとき、 ジャロリーノの方からふらふらと姿を現したのだ。
 厳重な警備が配置されている区域の外だった。
 ジャロリーノは白いパジャマ姿で、素足で、ぼんやりしながら、ふわふわとアフタのほうへ歩いてきた。
 アフタは駆け寄って抱きしめた。
 良かった、ジャロリーノ、会えなくなって心配したんだ。そんなことを夢中でしゃべったけれど、ジャロリーノはぼんやりしたまま反応がない。
 すると静かに、影として潜んでいる奴隷たちが姿を現して、アフタに離れるよう伝えてきた。
「ジャロリーノ様は今、お眠りになっております」
 そう言うのだ。
「でも、……え? ジャロ、歩いてる……」
「寝ているのです。起こしてしまっては大変ですから、どうかそっとお離れ下さい」
 寝ているとはすぐに信じられなかった。
 けれど確かにジャロリーノは無反応だった。瞳もどこを見ているのか分からない。
 ゆっくりとアフタが離れると、ジャロリーノは再びふらふらと歩き出した。
 アフタはそのジャロリーノのあとをついて歩いた。
 影たちも距離を取りつつ、ついてくる。
 そしてジャロリーノは突然、ぺたりと床に座り込んだ。
 まるで糸が切れた操り人形みたいで、アフタはびっくりして駆け寄った。
 そしてもっと驚くことになった。
 ジャロリーノがペニスをこすっていたのだ。
「……あ、……あ、……あ」
 そんな声を、半開きの口から漏らしながら、勃起したペニスをしこしことこすっている。
 ペニスの先端からは大量の精液が漏れ出していて、
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」
 という声がどんどん大きくなってゆく。
「ジャロリーノ……なにやってんだよ、なあ、ジャロ……、やめろよ、なあ! やめろって!」
「あああ、にいさま、にいさまが、にいさま、あああ、ああああ、にいさまがああ! あああ! ああ! ああ!」
 ジャロリーノはアフタの目の前で、訳の分からないことを叫びながら射精した。
 びゅっと宙にとんだ精液は、いまだに忘れられない光景だった。
 ジャロリーノは痙攣をおこして床に倒れ、それでもまだペニスを激しく扱いていた。
「んあああ、んああああ、んあ、あふううう、ああああ、にいさまぁ、にいさまが、にいさまがにいさまにいさま」
 アフタは動けなかった。何が凝っているのか分からなくて、震えたままその場から動けなかった。
 傍に影の奴隷が来ていて、そっと肩を掴んだ。
「アフタ様、なにも言わずに、こちらへ」
 それでも動けなかった。
「アフタ様」
 動けないでいるアフタの前で、ジャロリーノはパジャマを膝下までずり下げて、足をカエルみたいに広げて、自分の指を肛門に突き刺した。
「あああんあああだめえええ! いやあああああ! ぬいてえええ!」
 自分の指を突き刺しながら、ジャロリーノは泣き叫んでいる。けれど、ペニスからは精液を大量に振りまいていて、腰がぐんぐんと動いていた。
「おちんぽぬいてください、おねがいしますおねがいしますぬいて、こいれいじょうむりだよおお! あああ! おかしくなるう! にいさまあ! ぼくもおかしくなるよおお!」
 はあ、はあ、はあ、はあ、はあ。
 ジャロリーノは苦しそうに息をしていて、身もだえるように胸をそり、息を止める。
 そして咳き込むように息を吐きだして、再び支離滅裂なことを叫びながらペニスを扱き、肛門に指を入れて激しく抜き差しする。
 影の奴隷たちがアフタに必死で声をかけていたが、正直、何を言っているのか耳に入ってこなかった。
 アフタの目も耳も、ジャロリーノだけしか向いていなかったからだ。
 そして別の奴隷がやってきて、おかしくなったジャロリーノを起こそうとすると、ジャロリーノはその奴隷の股間に抱き着いた。
 抱き着いて、股間に頬ずりして、奴隷のペニスを取り出してしゃぶりついたのだ。
「ん、ふ、おひんぽ、おひ、ん、ん、む、ふあ、ん」
 奴隷のペニスをしゃぶっているジャロリーノのペニスは、目を見張るほど大きく、ビクビク小刻みに動くくらい硬く立ち上がっていた。
 そしてむしゃぶりついていたモノを口から出すと、くるっと体勢を変えて、奴隷に向かって尻を突き出した。
 その肛門が異様に赤く、そしてぱっくりと開いているのをアフタは見た。
「おちんぽいれてえ! おちんぽだいすきです! ぼくのきたないおしりをもっとぐちゃぐちゃにしてくださいい!」
 けれどその奴隷はジャロリーノの懇願をかなえなかった。
 立ち上がった自分のモノしまい、ジャロリーノの尻をパジャマの裾で隠した。
「なんでしてくれないの? おかしてよお、ぼくをおかしてぇ、おねがいしますおねがいします、ぼくはいんらんです、おちんぽないといきてゆけません、どうか、ぼくをめすにしてください、おねがいします、ぼくはへんたいです、にいさま、ちちうえ、ごめんなさい、おしりじんじんするの、おしり、おちんぽいれてくださいぃい」
 泣きじゃくるジャロリーノをその奴隷は抱きあげた。
「あああん」
 ジャロリーノはその奴隷にしがみつき、体をこすりつけている。
「ん、ん、お、ん、ん、ん」
 焦点のあっていない目。
 こすりつけているのはペニス。
「いく、いく、いく、いい、いく」
 奴隷とジャロリーノは近くのドアの向こうに消えて、すぐにジャロリーノの悲鳴が聞こえてきた。
 アフタはびくっと震えたが、その声がすぐにいやらしい声に変わっていったのが分かった。
 アフタはその場にうずくまった。
 奴隷たちがしきりに声をかけてきたが、まったく耳に入らなかった。
 怖かった。
 なにが起こったのか全然分からなかったが、怖くて、酷く不快で、そして自分の股間が爆発しそうなくらい熱を持っていた。
 ジャロリーノが奴隷に抱きかかえられて部屋から出てきたとき、あのオゾマシイ状態ではなく、死体のようだった。
 真っ白な顔で、半開きの目に光はない。
 片腕がだらりと下がっている。
 わずかに精液の匂いがした。
「ジャ、ジャロリーノ……?」
「大丈夫です。アフタ様、……もうジャロリーノ様のことはお忘れください」
 ジャロリーノを抱きかかえている奴隷が冷たく言い、厳重警備区域へと消えていった。
 それから、アフタはしばらくネイプルス城には近寄らなかった。
 近寄れなかった。
 もうあんな場面を見たくなかったからだ。
 ジャロリーノのことなど考えたくもなかった。
 けれど、夜な夜な、ジャロリーノのあの場面を想像して、自分の立ち上がったペニスを扱いてしまう。
 おちんぽいれてください。
 ジャロリーノの声は耳の奥に刻まれている。
 ネイプルス城を避けていたが、戦争がはじまるとそうもいかなくなった。
 アフタは頻繁にネイプルス城に預けられるようになった。
 海岸に面しているグロウ城は、敵の海軍に目をつけられていたからだ。
 ネイプルス城は広いので、ジャロリーノに合わずとも不自然ではない。
 アフタは極力ジャロリーノを避けて過ごした。
 けれど、気になって仕方がないのだ。
 極力自然を装ってジャロリーノの様子を聞いてみるが、はぐらかされる。
 はぐらかされればされるほど、アフタは焦燥感に襲われた。
 誰も詳細は教えてくれないが、それでも、明確な変化くらいは気が付く。
 ビガラスお兄様がいなくなっている。
 聞けば、ビガラスお兄様についてはすんなりと教えてくれた。
 ネイプルス領のサナトリウムに移ったのだそうで、ネイプルスのお爺さまも一緒にビガラス兄様についてネイプルス領に戻った。
 その時は知らされなかったが、後々教えてもらった情報によると、ジャロリーノもネイプルス領の城で静養させるつもりだったらしい。
 けれどジャロリーノが強い拒否を示したのだそうだ。
 アフタがしばらく会わないでいるうちに、ジャロリーノは極度の対人恐怖症を発症し、特に男性に強い恐怖を感じるようになっていた。
 ジャロリーノがパニックに陥らない相手は限られていて、どうやらビガラス兄様には強い恐怖を感じてしまうらしい。
 パニックに陥らない相手。
 ジョーヌおじ様。シェパイ。ワイト伯爵。王子。国王にピュース・ダンおじ様。何人かのネイプルス城付きの奴隷と、影に潜んでいる暗殺奴隷たち。
 そして父である、ユーサリー・グロウ。
 ジョーヌおじ様はその頃、怒りと嘆きと戦争準備で精神状態が不安定だった。
 城に戻ればジャロリーノにべったりだったが、ジャロリーノ以外が見えていなかった。いろんなものが見えていなかった。
 だから父に隙を突かれた。
 そう、隙を突かれたのだろう。
 虚ろになったジャロリーノは、父を好意的に受け入れた。
 おそらく父だとは認識していない。
 きっと、誰も認識できていない。
 認識できていないけれど、拒否する相手ではない。
 拒否する人間には、虚ろな状態でも全身全霊で拒否をする。
 体中に幻覚痕というアザを出して、呼吸不全になって、本能全開で死のうとする。
 父は、ジャロリーノが自分に甘える姿をジョーヌおじ様に見せつけるのが好きらしい。
 自分相手に、幻覚痕も出さなければパニック発作も出さず、そればかりかべったり体を預けている甘えるジャロリーノ。
 ジョーヌおじ様はいつもそれで不機嫌になる。
 何度も大喧嘩をしているところを見た。
 そのそばで、全裸のジャロリーノがぼんやりしてるところも何度も見た。
 父はジャロリーノがお気に入りだ。
 虚ろなジャロリーノを、特に気に入っている。
 なぜなら、虚ろなジャロリーノは父を怖がらないからだ。
 周りが息を飲んで遠巻きにするような機嫌の時でも、虚ろなジャロリーノは父に近づいてゆく。
 ジャロリーノが奴隷階級だったら、父は何を差し置いても傍に置いていただろう。
 それこそ、傾国のナントカさながら、溺愛して溺愛して、まわりから反感を買って殺されてしまうかもしれない。
 ジャロリーノが完全におかしくなっていないのと、階級が貴族でることが幸いしている。
 



 アフタが過去を思い出しいながら何度目とも知れないため息を吐いたとき、視界の端で何かが動いた。
 父の部屋のドアが開いた。
 そこから、幽霊みたいにおぼろげな人影が出てきた。
「……ジャロ?」
 ジャロリーノが出てきたのだ。
「ジャロ!」
 駆け寄ったものの、アフタはその肩に触れるのをためらった。
 今は夢遊状態なのか、虚ろな状態なのか、それとも起きている状態なのか、それが分からなかったからだ。
「……アフタ……?」
 ぼんやりした表情で、ジャロリーノが首を傾げた。
「さむかった?」
「……ん? なにが?」
「そと、さむかった?」
 子供みたいなしゃべり方だ。
 虚ろな状態の可能性が高い。けれど、この会話は車の中でもした。車の中の記憶はある。今は、正気、なのだろうか。
 もしくは、夢の中なのだろうか。
 アフタはそっと微笑んだ。
「寒かったよ。けど、もう城の中だから、寒くない」
「ほんと?」
 ジャロリーノの手がアフタの頬に触れた。そして耳。そして唇。
「ほんとだ。よかった」
 そうしてジャロリーノは可愛らしく笑うので、アフタの心臓は裂けてしまいそうなくらい痛んだ。



 続く。
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