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おっさんよりおじさんの話

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ぼんやりテレビを眺めていたら、鍵を回す音が聞こえた。
帰ってきたようだ。
パンを買ってくるだけにしては妙に時間がかかるなと思っていたら、袋ふたつ分の食料を持って現れた。
「…おかえり。…なんか、多くねぇか?」
「ははは。しばらく買い物をしてなくてね。あれも無かった、これも無かったなんてうろうろしているうちにカゴがいっぱいになってきて…。これでも減らしたんだ。いやぁ、重かった…。」
眉を八の字にして笑うおっさん。
朝だからか、顔色が良い。電車にいたときの死体顔とは別人みたいだ。
くそう…。かっけぇな…。
買ってきた食材やらなんやらは、おっさんが冷蔵庫に詰めた。
俺は見てた。
おっさんが勝手に大量に買ってきただけなので、俺は知らん。
別に挙動一つ一つを眺めてたとかそんなんではない。決して。


一段落終えて…。
ちょっと遅れたお昼ご飯。
もう2時だったりする。
おっさんと並んで、ソファと机の間に座って食べ始める。
勿論、俺は焼きそばパン。
焼きそばがぎゅうぎゅうに詰まっているタイプで中々美味い。
おっさんはというと、……卵を食べていた。
いつの間に持ってきたのか知らないが、ゆで卵を2個…そのうちのひとつを真顔で食べていた。
「なんか、不味そうだな。」
「……いや、そんなことは、ないよ…、そんなに美味しくないだけだ…。」
「やっぱ不味いんじゃねぇか。なんで食ってんだよ。」
「健康に良いと聞いて、安直に。」
「あほなのか。もしかしてあほなのか、おっさん。味優先するだろ、普通。」
「うーん。確かになぁ…。そうだったな…。」
「意思無さすぎだろ…。…マヨとか、ねぇの?」
「マヨネーズ?確か、あったような気がするな…。」
そう言っておっさんは首を傾げたあと、卵を持ったまま冷蔵庫に行った。
お、と声が聞こえた。あったらしい。
マヨ片手に俺の横に胡座をかいた。
「それ、使い終わったら、おれにもくれ。」
「焼きそばにかけるのか。いいな。いやぁ、俺も焼きそばにすれば良かったかもしれないな。はは。」
食事に対して考えなしすぎないか。
あと10年とか経ったら俺もこうなるのか?
エネルギーになるかどうかで食べ物を判断するのは辛すぎる。なにかが死んでる気がする。
横で見ていると、おっさんは控えめにマヨをかけていた。
「もっとかけなきゃ味変わんねぇだろ。」
俺はおっさんの足に手を置いて、右手に持っていた残り半分の卵をそのままかじった。というか、全部食べた。
味が半端なく薄いし、黄身がパサパサだった。マヨもいない。黄身に負けたな。
「…っん、ほら、やっぱ全然味しねぇじゃねぇか。」
下から見上げるようにおっさんの顔をみる。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。表情筋が仕事をしていない。
卵食われてそんなにショックだったのだろうか。
俺は皿の残りの卵にたっぷりマヨネーズをかけたあと、食べかけの焼きそばパンをおっさんに向けて、
「食うか?」
と言ってみたが、
「いや…いい。」
と断られた。
やっぱり食べかけは嫌だったか。
仕方ないので黙々と焼きそばパンを食べているとき、もう2時を過ぎたのに眠くなっていないことに気づいた。
いつもなら、2~3時は死ぬほど瞼が重くなって、何も考えられないほど朦朧とする。
今日はそれがない。
ここ数年で1番頭がすっきりしている。
…もしかして、おっさんのベッドって半端なく高級なのか?
いや、…別に特別な感じはしなかった気がする。悪くはなかったが。
あ、お香か?あれは確かに安心する。
おっさんも安眠効果とかなんとか言っていたから、ジャスミンのお香のおかげなのか?
納得しかけたが、よくよく思い出せば、朝方に1度起きた…気がする。
その時はいつもと同じ気分だったと思う。
俺がすっきり起きたのは昼だ。
……そういえば、起きたらおっさんがいた。
…いやいやいや。まさか…。
…まだよく分からないが、兎にも角にも、俺の最大の悩みが解決しようとしている手前、このチャンスを逃す訳にはいかない。
俺は焼きそばパンの最後の一口を頬張ったあと、おっさんの方を向いた。
「おっさ」
「きみの」
被った。
ちょっと恥ずかしそうな顔をしている。
「…先言えよ。」
「え、あ、ああ。すまない。いや、君の名前を知らないと思ってね。良ければ教えて欲しいのだが。」
「名前?……ようか、だ。あんま好きじゃねぇけど。」
「ようか…!あんまり聞かない響きだね。漢字はどう書くんだ?」
「太陽の陽に…花。女々しい感じがしてどうにも気に入らねぇし、なんで息子の名前に花なんていれたんだか理解できねぇ。」
「うーん、確かに珍しいかもしれないね。陽の花…ひ、……ひまわりからきてるんじゃないかな。」
「結局頭ん中お花畑ってことかよ…。」
おっさんは苦笑いをした。
「…おっさんはなんだよ。名前。」
「ええ?俺か…。カンジだ。コウダカンジ。」
「かんじぃ…?漢字っつうのか?おっさんも珍しいな。」
「多分君が想像している字は違う。寛容の寬に、治療の治で寛治だ。…だが、名前はあまり呼ばないでくれ。おじさんでいい。」
「おっさんじゃなくてか?」
「ああ、そうだ。おじさんの方が若い。」
「ふーん。よく分かんねぇが…。そう呼んでやるよ、お、じ、さ、ん。」
おっさん、改めおじさんはちょっと嬉しそうな顔をした。
意味がわからない。
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