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初恋
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男の子が振り返り、窓が閉められ、こちらへ向かって来る気配がする。
『櫻井薫子』と書かれた上履きのゴム部分を見つめていると、そこから少し離れたところに落ちていた本に男の子の指が触れるのが視界に入った。
なんて、綺麗な指をしているんだろう……
本を指先で掬い上げる仕草がまるでスローモーションのように感じる。ドキドキが耳の奥まで聞こえてきて、心臓が爆発してしまうんじゃないかと心配になる。
「初恋……」
先程の横顔から思い描いていたよりも低い声に驚いて顔を上げる。
私より頭一個分、背の高い男の子が目の前に立っている。風に煽られて乱れてしまったその子の髪を見ていると、なぜか恥ずかしい気持ちになった。
何も映さないように見える程真っ黒な瞳に私の顔が映っているのが見えて不思議な気分になり、吸い寄せられるようにじっと男の子を見つめた。
「僕も、好きなんだ……」
「え……」
固まったように指先ひとつ動かせないでいる私に、それまで無表情だった男の子が僅かに微笑んだ。
「島崎藤村の『若菜集』」
そう言って、拾ってくれた本を差し出す。
あ……『若菜集』に入ってる『初恋』のこと、言ってたんだ……そう、だよね……いきなりこんなところで告白、なんて……するわけないよね……
そう、なのに……そのことに落ち込んでしまう。
「あ、りがとう……」
がっかりしているのを知られたくない...と思うと、無意識に固いお礼になっていた。
さっき私の目線の先にあったあの指の温度が、本を仲立ちにして私の元へ届けられるという行為に胸が熱くなった。両手で受け取るとギュッと胸元で抱き締めた。
「国語の教科書に載ってたね」
男の子が私が胸に抱いた本を指差した。その胸元を指す指先に、また胸がドキドキして苦しくなる。
「そ、う……それで、気になって……」
私が借りたのは『「若菜集」を読み解く』という題名の本だった。
「桜……」
男の子の指先が私の髪についた桜の花びらを取り、乱れて上がってしまった前髪を直してくれた。私の目の先で動く綺麗な指先を見つめていたい気持ちと恥ずかしくて見つめられない気持ちが交わり合い、私の視線が落ち着かない。
間近に迫る男の子の息が髪にかかり、息苦しさと一緒に小さく息を吐いた。
「本当に……女の子って、前髪を上げると大人っぽく見えるんだね」
真っ黒な瞳に覗きこまれる。
ドキンッ
もう、無理……胸が苦しくて…泣きそう……
その時、こもったような、はっきりとしない電子音が聞こえた。
男の子がポケットから携帯を手に取り、画面を見つめる。
「親が学長と挨拶終わったって」
「ぁ…」
もう、行っちゃうんだ……
私の中に、どうしようもないほどの寂しさが込み上げてくる。
少しの沈黙の後、男の子が口を開いた。
「4月から……この中等部に入学するんだ」
「あっ! 私も…っ!!」
思わず声が上擦ってしまう。
「じゃあ、また……」
「は、はい……」
男の子は一瞬眉尻を下げ、後ろを向くと去って行った。
乾いたスリッパが廊下を踏みつけるペタペタ……という音が小さくなっていくのを聞きながら、私は男の子の後ろ姿から目を離せずにいた。
ぁ……
男の子が振り返り、右手を挙げた。
嬉しい……
本を胸に抱えたまま、小さく右手を挙げて応える。
やがて、突き当りの階段へと姿が消えた後も、私の瞼の裏にはその後ろ姿が焼き付いて離れなかった……
『櫻井薫子』と書かれた上履きのゴム部分を見つめていると、そこから少し離れたところに落ちていた本に男の子の指が触れるのが視界に入った。
なんて、綺麗な指をしているんだろう……
本を指先で掬い上げる仕草がまるでスローモーションのように感じる。ドキドキが耳の奥まで聞こえてきて、心臓が爆発してしまうんじゃないかと心配になる。
「初恋……」
先程の横顔から思い描いていたよりも低い声に驚いて顔を上げる。
私より頭一個分、背の高い男の子が目の前に立っている。風に煽られて乱れてしまったその子の髪を見ていると、なぜか恥ずかしい気持ちになった。
何も映さないように見える程真っ黒な瞳に私の顔が映っているのが見えて不思議な気分になり、吸い寄せられるようにじっと男の子を見つめた。
「僕も、好きなんだ……」
「え……」
固まったように指先ひとつ動かせないでいる私に、それまで無表情だった男の子が僅かに微笑んだ。
「島崎藤村の『若菜集』」
そう言って、拾ってくれた本を差し出す。
あ……『若菜集』に入ってる『初恋』のこと、言ってたんだ……そう、だよね……いきなりこんなところで告白、なんて……するわけないよね……
そう、なのに……そのことに落ち込んでしまう。
「あ、りがとう……」
がっかりしているのを知られたくない...と思うと、無意識に固いお礼になっていた。
さっき私の目線の先にあったあの指の温度が、本を仲立ちにして私の元へ届けられるという行為に胸が熱くなった。両手で受け取るとギュッと胸元で抱き締めた。
「国語の教科書に載ってたね」
男の子が私が胸に抱いた本を指差した。その胸元を指す指先に、また胸がドキドキして苦しくなる。
「そ、う……それで、気になって……」
私が借りたのは『「若菜集」を読み解く』という題名の本だった。
「桜……」
男の子の指先が私の髪についた桜の花びらを取り、乱れて上がってしまった前髪を直してくれた。私の目の先で動く綺麗な指先を見つめていたい気持ちと恥ずかしくて見つめられない気持ちが交わり合い、私の視線が落ち着かない。
間近に迫る男の子の息が髪にかかり、息苦しさと一緒に小さく息を吐いた。
「本当に……女の子って、前髪を上げると大人っぽく見えるんだね」
真っ黒な瞳に覗きこまれる。
ドキンッ
もう、無理……胸が苦しくて…泣きそう……
その時、こもったような、はっきりとしない電子音が聞こえた。
男の子がポケットから携帯を手に取り、画面を見つめる。
「親が学長と挨拶終わったって」
「ぁ…」
もう、行っちゃうんだ……
私の中に、どうしようもないほどの寂しさが込み上げてくる。
少しの沈黙の後、男の子が口を開いた。
「4月から……この中等部に入学するんだ」
「あっ! 私も…っ!!」
思わず声が上擦ってしまう。
「じゃあ、また……」
「は、はい……」
男の子は一瞬眉尻を下げ、後ろを向くと去って行った。
乾いたスリッパが廊下を踏みつけるペタペタ……という音が小さくなっていくのを聞きながら、私は男の子の後ろ姿から目を離せずにいた。
ぁ……
男の子が振り返り、右手を挙げた。
嬉しい……
本を胸に抱えたまま、小さく右手を挙げて応える。
やがて、突き当りの階段へと姿が消えた後も、私の瞼の裏にはその後ろ姿が焼き付いて離れなかった……
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