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突きつけられた現実
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純白のウェディングドレスに身を包んだ薫子は、周りから溢れる羨望の溜息を聞きながら、鏡の前の自分の姿を見つめた。
既に妊娠4ヶ月に入っているため、これからお腹が大きくなっても目立たないようにドレスは配慮されていた。胸の上部には小花がたくさんあしらわれており、下部の切り替え部分にはリボンが飾られ、そこから下はオーガンジーのふわっとしたプリンセスラインとなっている。
「薫子様、よく似合っておりますよ......」
「薫子さん、素敵だわー!」
ばあやが目を細めて薫子を見つめ、逸子は歓声の声を上げた。
だが、薫子には、ふたりを見つめ返して微笑む余裕などなかった。鏡の前の自分を、他人が立っているかのような眼差しで見つめていた。
急遽決まった結婚式は着実に近づいており、薫子は毎日結婚式の準備に追われていた。
いや、正確には追われているのは薫子の周囲だった。当の本人であるはずの薫子は、皆が説明するプランにただ頷いたり、言われるがまま衣装を着せられたり、どこかに連れて行かれるだけだった。
そこには、薫子の意思や気持ちなど、どこにもなかった。
「わりぃ!遅れた!」
バタバタと忙しない音ともに扉が開けられ、遼が転がるように入ってきた。
「こら、遼! バタバタ騒がないの!」
そう咎める逸子の声も耳に入らず、遼は薫子が視界に入った途端立ち尽くし、ボーッと見つめた。
あまりにも長く見つめられ、さすがの薫子も遼の視線に気づき、心配そうに声をかけた。
「遼、ちゃん?」
薫子の声に、遼は夢から覚めたように目を瞬しばたいた。
「ぉ......馬子にも衣装だな」
「ちょっと、遼......もっと言いようがあるでしょうが。
ったく、ここは素直に『綺麗だよ』って言うのが男でしょ!」
逸子は呆れたものの、薫子は驚いたように遼を見つめていた。そんな言葉であっても、遼が薫子の衣装について褒めたのはこれが初めてだったからだ。
「ありが、とう」
薫子がそう言うと同時に、遼は目を逸らした。
「お、ぉう」
横を向いた耳は、真っ赤に染まっていた。
「あ、照れてる、遼ちゃーん! 可愛いー」
「うっせ、お袋!」
---悠に、見てもらいたかったな。
そんな思いが、薫子の脳裏に過る。
もしあの時、悠と共にイギリスへ行っていたなら......悠からのプロポーズに答え、純白のウェディングドレスを着て、ヴァージンロードを共に歩いていたのかもしれない。
そんな思いを巡らせた後、フッと息を吐いた。
でも、それは儚い夢となってしまった......
私が、その夢を終わらせてしまったんだ。
薫子は俯くと、ドレスのスカートをギュッと摘んだ。
衣装合わせが終わったところで、ブライダルサロンにて打ち合わせが待っていた。
そこには、母の華子と共に龍太郎の秘書である柴崎が待っていた。白髪の混じった髪をオールバックにし、銀縁の丸眼鏡を掛け、眼光の鋭い柴崎は、何を考えているか分からないところが怖く、薫子は必要な時以外はなるべく関わらないようにしている。
薫子と遼が歩いてきたのを見て、柴崎が一礼する。
「招待者のリストを持ってまいりました」
「ご苦労、様です」
そう言って、薫子は柴崎からリストを受け取った。
急遽決定した結婚式にも関わらず、龍太郎は櫻井財閥の威信にかけ、式を盛大に行うことを譲らなかった。それにより、政財界、芸能界はもとより、少しでも櫻井財閥に関係のあるあらゆる著名人をリストアップさせ、招待者リストを作成することを柴崎に命じたのだった。もちろん、薫子に招待客を選ぶ権利などない。
薫子は受け取ったリストを開き、一瞥した。
長々と続く招待者リストの中から美姫と大和の名前を確認して安堵したものの、陽子や真奈美の名前はなかった。それは、父が薫子の交友関係を知らないこともあったが、もし知っていたとしても、親が政財界の人間ではなく、招待しても何の得にもならない彼らを招待することはなかっただろう。
柴崎は用事を終えるとまた一礼し、速やかに去っていった。
彼が打ち合わせには参加しないことに、薫子は安堵の息を吐いた。柴崎といると、その背後には龍太郎が控えているようで、緊張で身が竦むのだ。
打ち合わせが始まったものの、薫子は聞いているのか聞いていないのか分からないような雰囲気だった。遼は母の逸子に気付かれるのではないかとヒヤヒヤしたが、逸子は結婚式のプランに夢中で、それどころではなかった。
櫻井ロイヤルホテルの「絢爛の間」にて行われる豪華な披露宴。政財界、芸能人たちが数多く呼ばれ、華やかに飾り立てられる会場。一流のシェフによるフルコース、天井にまで届きそうなウェディングケーキ、豪華な演出の数々......
普通なら、誰もが憧れる豪華で盛大な結婚式にも関わらず、どれも薫子の興味を引くことはなかった。
「お父様の話では、こちらのプランで進めて欲しいとのことでしたが、よろしいですか」
時々、担当者が確認するように尋ねる問いに、薫子は黙って頷くだけだった。
そんな彼女を見ながら、遼の心がだんだん重くなっていく。
既に妊娠4ヶ月に入っているため、これからお腹が大きくなっても目立たないようにドレスは配慮されていた。胸の上部には小花がたくさんあしらわれており、下部の切り替え部分にはリボンが飾られ、そこから下はオーガンジーのふわっとしたプリンセスラインとなっている。
「薫子様、よく似合っておりますよ......」
「薫子さん、素敵だわー!」
ばあやが目を細めて薫子を見つめ、逸子は歓声の声を上げた。
だが、薫子には、ふたりを見つめ返して微笑む余裕などなかった。鏡の前の自分を、他人が立っているかのような眼差しで見つめていた。
急遽決まった結婚式は着実に近づいており、薫子は毎日結婚式の準備に追われていた。
いや、正確には追われているのは薫子の周囲だった。当の本人であるはずの薫子は、皆が説明するプランにただ頷いたり、言われるがまま衣装を着せられたり、どこかに連れて行かれるだけだった。
そこには、薫子の意思や気持ちなど、どこにもなかった。
「わりぃ!遅れた!」
バタバタと忙しない音ともに扉が開けられ、遼が転がるように入ってきた。
「こら、遼! バタバタ騒がないの!」
そう咎める逸子の声も耳に入らず、遼は薫子が視界に入った途端立ち尽くし、ボーッと見つめた。
あまりにも長く見つめられ、さすがの薫子も遼の視線に気づき、心配そうに声をかけた。
「遼、ちゃん?」
薫子の声に、遼は夢から覚めたように目を瞬しばたいた。
「ぉ......馬子にも衣装だな」
「ちょっと、遼......もっと言いようがあるでしょうが。
ったく、ここは素直に『綺麗だよ』って言うのが男でしょ!」
逸子は呆れたものの、薫子は驚いたように遼を見つめていた。そんな言葉であっても、遼が薫子の衣装について褒めたのはこれが初めてだったからだ。
「ありが、とう」
薫子がそう言うと同時に、遼は目を逸らした。
「お、ぉう」
横を向いた耳は、真っ赤に染まっていた。
「あ、照れてる、遼ちゃーん! 可愛いー」
「うっせ、お袋!」
---悠に、見てもらいたかったな。
そんな思いが、薫子の脳裏に過る。
もしあの時、悠と共にイギリスへ行っていたなら......悠からのプロポーズに答え、純白のウェディングドレスを着て、ヴァージンロードを共に歩いていたのかもしれない。
そんな思いを巡らせた後、フッと息を吐いた。
でも、それは儚い夢となってしまった......
私が、その夢を終わらせてしまったんだ。
薫子は俯くと、ドレスのスカートをギュッと摘んだ。
衣装合わせが終わったところで、ブライダルサロンにて打ち合わせが待っていた。
そこには、母の華子と共に龍太郎の秘書である柴崎が待っていた。白髪の混じった髪をオールバックにし、銀縁の丸眼鏡を掛け、眼光の鋭い柴崎は、何を考えているか分からないところが怖く、薫子は必要な時以外はなるべく関わらないようにしている。
薫子と遼が歩いてきたのを見て、柴崎が一礼する。
「招待者のリストを持ってまいりました」
「ご苦労、様です」
そう言って、薫子は柴崎からリストを受け取った。
急遽決定した結婚式にも関わらず、龍太郎は櫻井財閥の威信にかけ、式を盛大に行うことを譲らなかった。それにより、政財界、芸能界はもとより、少しでも櫻井財閥に関係のあるあらゆる著名人をリストアップさせ、招待者リストを作成することを柴崎に命じたのだった。もちろん、薫子に招待客を選ぶ権利などない。
薫子は受け取ったリストを開き、一瞥した。
長々と続く招待者リストの中から美姫と大和の名前を確認して安堵したものの、陽子や真奈美の名前はなかった。それは、父が薫子の交友関係を知らないこともあったが、もし知っていたとしても、親が政財界の人間ではなく、招待しても何の得にもならない彼らを招待することはなかっただろう。
柴崎は用事を終えるとまた一礼し、速やかに去っていった。
彼が打ち合わせには参加しないことに、薫子は安堵の息を吐いた。柴崎といると、その背後には龍太郎が控えているようで、緊張で身が竦むのだ。
打ち合わせが始まったものの、薫子は聞いているのか聞いていないのか分からないような雰囲気だった。遼は母の逸子に気付かれるのではないかとヒヤヒヤしたが、逸子は結婚式のプランに夢中で、それどころではなかった。
櫻井ロイヤルホテルの「絢爛の間」にて行われる豪華な披露宴。政財界、芸能人たちが数多く呼ばれ、華やかに飾り立てられる会場。一流のシェフによるフルコース、天井にまで届きそうなウェディングケーキ、豪華な演出の数々......
普通なら、誰もが憧れる豪華で盛大な結婚式にも関わらず、どれも薫子の興味を引くことはなかった。
「お父様の話では、こちらのプランで進めて欲しいとのことでしたが、よろしいですか」
時々、担当者が確認するように尋ねる問いに、薫子は黙って頷くだけだった。
そんな彼女を見ながら、遼の心がだんだん重くなっていく。
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